- 行動経済学的を応用すれば、人の意思決定や行動変容を促すことが可能です。
- 実は、悪用も、あるいは、結果として悪性を帯びることも現実です。
- なぜなら、陽陰は、表裏一体だからです。
- 本書では、行動経済学のナッジの悪性版スラッジを取り上げる1冊です。
- 本書を通じて、いかに私たちの身の回りに悪性のナッジがひそんでいるかに意識的になれるでしょう。
行動経済学については、過去の投稿「【踊る!「人の心理」とは!?】行動経済学の使い方|大竹文雄」や「【正しいナッジの見つけ方とは!?】行動経済学の使い方|大竹文雄」や「【ナッジは、ナーチャリングモデルになる!?】行動経済学の使い方|大竹文雄」などをぜひご覧ください。ナッジについても詳しくご紹介しています。
スラッジとは!?
スラッジとは、人々が何かを手に入れようとするときにそれを邪魔立てする、摩擦のようなものと考えるとわかりやすいのではないだろうか。
第1章 社会の前進を阻むスラッジ
スラッジは、英語で、ぬかるみの意味です。多くの人の円滑な社会活動を阻みます。
たとえば、待ち時間、報告の負担を伴うものなど、いわゆるお役所仕事などもそうでしょう。給付金、医療、雇用、ビザ、許認可、など支援を受けようとするときに必要なもの、対面式の面接などもスラッジと言えそうです。
スラッジは、時間を奪い、手間を強要し、あちこちへの移動さえ要求することもあります。
経済用語でいう「取引コスト」に近いものです。
ナッジ/スラッジは表裏一体!?
行動経済学的でいう、ナッジとスラッジは表裏一体のものです。
ナッジについては、こちらの投稿「【正しいナッジの見つけ方とは!?】行動経済学の使い方|大竹文雄」もぜひご覧ください。
ナッジは、良い目的にも悪い目的にも使われる可能性があります。
デフォルト設定によって消費者のニーズに合わないような意思決定をさせることもありますが、よりよい習慣を生活の中に組み込むことだってしてくれます。
例えば、ナッジとスラッジをイメージするには、以下の4タイプを見比べてみることが良いでしょう。
摩擦 少 | 摩擦 多 | |
良 性 | (1)「行動を容易にする」有用なナッジ 例:簡素化、空港の地図、優れた年金運用プランへの自動加入 | (2)熟慮を促進するナッジまたはスラッジ 例:「本当に○○したいですか?」、冷却期間、待機期間の設定 |
悪 性 | (3)「行動を容易にする」有害なナッジ 例:コストの高い不要なプランへの自動加入 | (4)スラッジ 例:膨大な書類作成、運転免許やビザ発行までの長い待ち時間 |
スラッジは、確信犯的な設計者によってもたらされることも、反対に、計らずもスラッジ化してしまうことだってあります。いずれにしても、設計者は、「人は怠惰で、計算が苦手」であることを忘れてしまっているかのようです。
行政がメールでアテンションを送っても、見ないことだってあるし、いちいちマイナンバーカードを持っていないと、メッセージが見られなかったりすることだってあります。
民間では、ずる賢いマーケティング企業がスラッジを活用することだってあるでしょうし、値引きに見せかけ、極小の注釈文言を付けていたりするケースだってあるはずです。
スラッジは私達の暮らしのあらゆる領域に存在する。
第1章 社会の前進を阻むスラッジ
米国には、補助的栄養支援プログラムという食事補助制度があります。対象者は月3500万人、1人あたりの支給額は月130ドル。この制度は、受給世帯の子供の食料確保と福利向上に効果をもたらしています。
受給条件は、総世帯収入が全国的貧困ラインの130%以下であり、さらに住宅費や保育費などの控除を差し引いた世帯の手取り収入が全国的な貧困ラインの100%以下であることなどです。
米国の他の扶養制度と比べるとこの制度の利用率は高く月平均85%ほどにもなります。でも、受給資格のある国民の多くが、この制度を享受できていないそうです。その原因が、スラッジです。
申請と更新のプロセスにかなりのスラッジが存在しているからです。申請に平均5時間もかかり、役所には2回も足を運ばなくてならなず、また平均10.31ドルの申請費用がかかります。さらに、申請書は10ページを超える分量で、申請内容に虚偽があれば罰金、懲役刑を課せられる可能性まであります。申請書には、不可解な質問事項が含まれる場合もあります。(墓地費用を前払いしていないか、売血をしていないか、ビンゴで勝っていないか、で答えが「イエス」の場合は、証明書の添付が義務)
申請手続きの完了自体が、困難なのです。
スラッジは、悪性の場合、とことん人からコストを奪います。結果、社会全体の損失を招くのです。
人の性と向き合うためのスラッジ!?
ただ、一方で、スラッジには、活用するべき側面もあります。「人はミスを犯す」ことを前提に、熟考を促す機会を提供すると見立てれば、スラッジも良性になるのです。
行動科学者は人間の頭の中では二種類の認知が活動していると考える。すばやく直感的かつ感情的な「システム1思考」と、熟慮や内省といった「システム2思考」だ。
第五章 スラッジが必要な理由
2つの思考システムとうまく向き合うために、人は社会にスラッジを「あえて」埋め込んでいるともとらえられます。しかし、機能しているかどうか、あるいは本当に必要か、は、改めて検討が必要なケースも多々ありそうです。
身の回りの制約条件に、意義を唱えることも大切かもしれません。当たり前を疑ってみると、さまざまな可能性が見えてくるかもしれません。
本書がテーマにしているスラッジは、実はナッジが人によって別の見え方をした結果である。
解説/吉良貴之
ナッジ/スラッジの区別は案外難しいものです。立場や視野が変われば、互いに入れ替わります。身の回りの無駄に気づくためのよいキーワードとして「スラッジ」を運用してみてはいかがでしょうか。うざいことを見つけたら、「これ悪いスラッジかも!?」って思って、生活してみるのも良いかもしれません。
まとめ
- スラッジとは!?――無理無駄を促し、社会損失をもたらすものです。
- ナッジ/スラッジは表裏一体!?――見る人、視野、立場で入れ替わります。
- 人の性と向き合うためのスラッジ!?――うざいことにアンテナを立ててみましょう。