- 多忙を極めていますでしょうか!?
- 実は、1世紀のローマ時代から多忙に人生を送ることは、人生を浪費していると言われていました。
- セネカのよる書簡が二千年の時を越えて、私たちに警鐘を鳴らします。
- 本書は、初代ローマ皇帝時代を生きたひとりの哲学者の書簡です。
- 本書を通じて、多忙と暇について触れることができます。
多忙な人生とは!?
セネカによれば、多忙は人間から有意味な時間を奪い、人生を浪費させて、短くしてしまいます。
人生の短さについて
私たちは、人生を短いと嘆きます。ヒポクラテス『箴言』の冒頭にて、
「人生は短く、技術は長い」
人生の短さについて
との格言を残しています。
私たちは、多忙な生活から離れ、時間を有効に活用するすべを知ることによって、私たちは人生をながくすることが可能になります。
実際には人生は長いものです。人生全体が有効に活用されるなら・・のはなしです。
なぜ人は人生をみすみす浪費するのか!?
なぜ、私たちは人生を浪費してしまうのでしょうか。
われわれは、短い人生を授かったのではない。われわれが、人生を短くしているのだ。われわれは、人生に不足などしていない。われわれが、人生を浪費しているのだ。
人生の短さについて
なぜ、人生を浪費してしまうのかというと、人生を無限に感じてしまうことによります。実際には、人生には終りがあるということを私たちは知っています。なのにも関わらず、まるで永遠のように感じて、生きてしまいます。
時間は、自然のままに放っておけばすぐに過ぎ去っていきます。たしかに理性を使えば、時間をながくすることではできますが、時間が素早く逃げ去っていくことは避けられません。
人生を浪費しないためには!?
人生を長くするには、セネカは、次のようなことを言っています。
未来に頼らず、現在を逃さず、過去と向き合う
人生の短さについて
真の閑暇は、過去の哲人に学び、英知を求める生活の中にあります。すべての人間の中で、閑暇な人といえるのは、英知を手にするために時間を使う人だけです。
ここで思い出すのが、過去の投稿「【パンだけでなく、バラのある生活?】暇と退屈の倫理学|國分功一郎」です。
【パンだけでなく、バラのある生活?】暇と退屈の倫理学|國分功一郎
どうしたら幸福になるのか、どうしたらウェルビーイングを目指せるのか?そうした生き方の問いを持ったことはありませんか。 実は、國分功一郎さんの提唱する「暇と退屈…
暇があり、退屈していない状態をめざすことについて、解像度を上げることについて学ぶことができます。ぜひ、多忙であくせくしているなぁ!という方はおすすめです。
まとめ
- 多忙な人生とは!?――時間を浪費する人生です。
- なぜ人は人生をみすみす浪費するのか!?――無限であるかのように振る舞うからです。
- 人生を浪費しないためには!?――過去の哲人に学びを得ることです。