思いがけず利他|中島岳志

思いがけず利他

毎日の生活の中で、自力で頑張れるだけ頑張ってみる。今、ここに、わたしがあることに感謝しながら、丁寧に生きること。このことで、自分の力ではどうにもならない「他力」のちからを知り、そして、未来のどこかで他力によって偶然を自分に呼び込むことに繋がるかもしれません。こうした「思いがけなさ」の世界観の中に生きることこそが、「利他」なのであると考えます。

中島岳志
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本当の「利他」とはなんでしょうか?

コロナ危機によって「利他」への関心が高まっています。

はじめに

コロナウイルス感染症によって、マスクをしなければならない生活が2年以上も続いています。マスクをするのは大切な人にコロナウイルスをうつしてしまうのを避けるため、そして、社会全体にウイルスが広がるのを避けるためです。マスク嫌いの欧米でもすっかりマスク姿は市民権を得ました。

フランスの経済学者ジャック・アタリ氏の「合理的利他主義」という考え方にも注目が集まりました。利他主義という理想への転換こそが、人類のサバイバルの鍵だと説いたのです。

しかし、こうした「利他」に「利己」を見ます。

結局のところ、自己目的発の「利他」であるから、それは「利己」なのではないか?という疑問です。本当の「利他」とは本質的にどういったもので、どのような心構えで向き合うのか、本書では、「利他」の生き方について触れることができます。

「利他」であることととは

自分はどうしようもない人間である。そう認識した人間にこそ、合理性を度外視した「一方的な贈与」や「利他心」が宿る。この逆説こそが、談志の追求した「業の肯定」ではないでしょうか。

不可抗力的に機能しているもの

著者は、落語「文七元結」の解釈に向き合う立川談志から、利他の本質を探ります。主人公は、名も知らぬ若者(お店のお金をなくして吾妻橋で身投げしようとしていた)に、娘と引き換えに借りた大事なお金(1年後返せば娘も帰ってくる)を、渡してしまう。でもそれが巡り巡って、自分のもとに娘とともに帰ってくる。

主人公は、お金を渡すときに、自分に利がある未来など思いもよらないのに、なぜそのような行為ができたのか?その動機はどんなものであったのか?という点を本書は深く考察していきます。

そして、この思いがけない、自分の意識とは全く異なるところで、「思いがけず行動」してしまうことに「利他」の本質があると語ります。

有限な人間にはどうすることもできない次元があって、それを深く認識したときに、「他力」が働くといいます。そのことが偶然を呼び、未来において解釈をすればそれは必然であったと思えるようになります。

たしかに、私自身、思い起こしてみると、まだまだ短い人生ですが、いろいろな転機があったように思います。でもそれを今解釈すれば、なんとなく今につながっていて、でもそれは自分でそうしよう!と思ってそうなっているのではなく、何か大きな力とか縁のようなものがそうしてくれている感覚になります。

ただし著者は、「他力」の本質を次のように説きます。

「他力本願」とは、すべてを仏に委ねて、ゴロゴロしていればいいということではありません。大切なのは、自力の限りを尽くすこと。自力で頑張れるだけ頑張ってみると、私たちは必ず自己の能力の限界にぶつかります。そうして、自己の絶対的な無力に出会います。

おわりに

しんどいことや我慢しがたいことは色々あるものですが、そんな中でもベストを尽くすことが重要なのでしょう。

そして、そのことで、自分を「偶然性を呼び込む器」にしておくこと。自分の能力の過信を戒め、なにか大きな力に謙虚になること。これが重要だと著者は語ります。

私は、「利他」は人のために尽くすことだと思って今しがた、でも本質的な「利他」とは、一生懸命、今を生きることだったのです。今を生きれば限界を知る、そのことで自分よりも大きな存在の力に触れ、そして、その心構えと努力自体が、いつか巡り巡る中で、偶然を引き寄せるきっかけとなる。

自己の反省の中に、利他へのきっかけ、いとぐちがあるのであると、知ることができました。

「利他」とウェルビーイング

私たちは「与えること」が利他だと思いこんでいます。だから「何かいいことをしよう」として、時に相手を傷つけてしまうのです。

あのときの一言

贈与がそうであるように、「利他」もひょっとするとの見返りを期待してしまいます。でもそれでは、「利己」になってしまいます。著者は、この利他の持つ「支配」や「統制」という問題を指摘します。

ここで2つの事例を見ながら利他の本質を突き詰めていきます。それが、認知症のスタッフの強みをお客様とともに引き出す沖縄料理店「ちばる食堂」と歌う素人に寄り添った伴奏が見事な「NHKのど自慢」です。

いずれも、ここに見る「利他」は、他者の個性に寄り添い、ポテンシャルが引き出さされているときに生まれています。私たちが「受け手」となって利他が起動するのは、相手の好意によって自己の能力が引き出され、主体性が喚起されたと感じたときではないか、と著者は指摘します。

ここには、以前の投稿の「わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術|渡邊 淳司,ドミニク・チェン他」との共通点を見ることができます。

この本は、本質的なウェルビーングの追求には、個人と組織のそれぞれのウェルビーイングの両立が必要ではないか、と説いたものです。この中で、個人と組織とが互いの個性や特徴を引き出し合っている関係に焦点を当てています。

「利他」との共通点を見つけられる点であり、ウェルビーイング追求にあっても共鳴する考え方なのではないかなと思いました。

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とある仕事で「利他」について考えるきっかけがあり、本書を手に取りました。それも偶然性であったのかなと今になって考えることができます。本書は、生き方についてひとつの「利他」であることの考えをもたらしてくれます。落語や浄土真宗などの事例も非常に興味深く、深く楽しく読むことができました。コロナ禍の中で、少し俯瞰して物事をとらえてみよう!という時代に応える一冊ではないでしょうか。

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