演じれば、もっと楽に、自由になれる!?『先生を続けるための『演じる』仕事術』松下隼司

演じれば、もっと楽に、自由になれる!?『先生を続けるための『演じる』仕事術
  • どうしたら職務・職位をまっとうすることができるでしょうか。
  • 実は、演じるという秘訣が欠かせないかもしれません。
  • なぜなら、自分を俯瞰する視点を提供してくれるからです。
  • 本書は、大阪府の公立小学校でご活躍される松下隼司先生によるよりよく仕事を続けるための視点を描いた一冊です。
  • 本書を通じて、演じるという手法によって、組織における自らの行動を前に進めていくことができるかもしれません。

極限が演じさせた!?

松下隼司(まつした・じゅんじ) さんは、1978年生まれ。奈良教育大学で美術を専攻し、2003年から大阪府の公立小学校教諭として教壇に立ち続けています。現場での経験は20年以上に及び、令和4年度の文部科学大臣優秀教職員表彰をはじめ、教育・芸術・表現の分野で数々の受賞歴を重ねてきました。

「先生」という仕事の持続性をテーマにした著書『先生を続けるための「演じる」仕事術』をはじめ、『教師のしくじり大全』や『楽級経営』など、現場感覚と実践知を融合させた教育書を多数執筆。さらに、絵本『ぼく、わたしのトリセツ』『せんせいって』では、子どもの視点や感情をやわらかく描き出しています。

特筆すべきは、10年間にわたる演劇活動の経験と、アンガーマネジメントの資格を活かし、教育現場に「表現」と「感情の自己制御」を取り入れてきた点です。また、Voicy配信『しくじり先生の「今日の失敗」』などを通じて、失敗から学び続ける姿勢を発信し、全国の教育関係者から支持を集めています。

限界まで追い詰められたとき、人は何を手放し、何をつかみ直すのか。

新卒で小学校教員となった松下隼司さんは、日を追うごとに心が沈み、朝、布団から出るのもやっとという日々を送っていました。夜は眠れず、日中は教室で子どもたちの心が離れていくのを感じる。夢の中では、学級崩壊の悪夢が何度も繰り返され、鏡に映る自分の髪は日に日に減っていきました。

ついには、自宅からタクシーに乗って職場へ向かいながら、自分に問いかけます。

「休職か退職か、それとも……死ぬか」

教員3年目。また6年生の担任を任され、「あの失敗だけは繰り返さない」と必死に決意するものの、心の奥には「あと何年、続けられるのだろう」という不安が居座り続けました。

そのとき、ふと生まれた考えがありました。

「教師の職を“演じる”という手もあるのではないか」

10年間続けてきた小劇場での演劇経験が、ここで思わぬ形で息を吹き返します。職員室では“愛されキャラ”を演じ、授業では役者としてのスイッチを入れる。そうやって自分を守りながらも、仕事を続けるための術を見つけ出していく——この発想の転換こそが、松下さんを救う一歩となったのです。

演じるとは!?

そもそも「演じる」とはどういうことでしょうか。

作り笑いをしたり、うわべだけを取り繕うことだと思われがちですが、松下隼司先生が語る「演じる」はそれとはまったく異なります。それは、自分を偽ることではなく、状況に応じて最適なふるまいを選び取り、切り替えるための自己制御の技術なのです。

教師は五者たれ」――五者を演じよう

松下先生が先輩から受け取ったこの合言葉は、教師という仕事を“役割の束”として捉え直す視点です。疲弊しがちな感情労働を、スイッチ可能な“役”として扱うことで、自分を守りつつ子どもと学びを守る発想です。
たとえば、次の五つのモードが示唆されます。

  • 学者:学びの設計者として、根拠に基づく授業を構築する。
  • 医者:観察・診断・介入で、子どもの状態とクラスの“健やかさ”を整える。
  • 保護者:安全基地として、安心して試行錯誤できる関係と場を担保する。
  • 役者:声・表情・間(テンポ)で授業を駆動し、注意の流れをデザインする。
  • 芸者:場の機嫌をつくり、学びを「楽しい経験」に変えるおもてなし。

職場で愛されキャラを演じるポイント」という言葉が示すように、教室内外で“役”を意識して選ぶことは、対人関係の摩擦を減らし、回復の余白を確保する実用の知恵でもある。

つまり「演じる」は、自分を押し殺すことではなく、専門職としての“役の切替え”で成果と持続性を両立させるフレーム。追い詰められた現場から発したこの発想は、教師の仕事を「消耗戦」から「選択的・意図的なふるまい」へと変換するレジリエンスの技術なのだ――このように読めます。

演じることで得られること・捨てられること ― 4つのポイント

松下先生が提案する「演じる」仕事術は、単なる気持ちの切り替えではなく、日々の職務に持続性を与えるための具体的な行動指針でもあります。その要となるのが、次の4つのポイントです。

  1. 理想の教師像を演じる
    自分の素の性格や気分に左右されず、「もし教師ドラマの登場人物だったら」というイメージで教室に立つ。明るさや優しさが足りないときも、役になりきることで、子どもたちに安心感と一貫性を提供できます。これは自己犠牲ではなく、プロとしての役割の遂行です。
     
  2. 嫌なことがあっても気持ちを切り替える
    家庭や職場でのトラブルがあっても、それを教室に持ち込まない。「役者」として舞台に立つように、授業中は意図的に別のモードに切り替える。感情の引きずりを避けることで、場を守り、自分も守れます。
     
  3. 仕事モードを引きずらない
    家庭やプライベートでも“先生の顔”を続けてしまうと、疲労や摩耗が加速します。公演が終われば舞台を降りるように、職場を出たら教師役を降ろし、別の自分で過ごすことが、長く続けるためには欠かせません。
     
  4. 同僚の良いところを素直に吸収する
    「自分なりのやり方」に固執せず、同僚の授業やクラス運営から良いところを見つけて真似る。演じる視点を持つことで、自分の型に柔軟性が生まれ、自己流で行き詰まるリスクを減らせます。

「演じる」という意識を持つことで、考え方と働き方が変わった――松下先生はそう語ります。役になりきることで得られるのは、単なるパフォーマンスではなく、心の余裕と仕事の持続力なのです。

「演じる」という行為は、往々にして誤解されやすい言葉です。作り笑いやうわべだけの振る舞いだと捉えられることもありますが、松下先生の実践はそうではありません。それは、その瞬間の自分を俯瞰して捉え、今必要とされる“役”を意図的に選び直すという、きわめて戦略的な行為です。

心理学的に見れば、これはまさにメタ認知の応用です。自分の感情や思考の状態をモニタリングし、望ましい方向にコントロールする。職場での人間関係や授業中の突発的な状況において、こうした「ひと呼吸置いた上での選択」ができるかどうかは、心身の消耗度合いに直結します。演じるとは、外側に向けたパフォーマンスであると同時に、内側を守るための自己調整でもあるのです。

さらに、文学的・哲学的視点から見ると、これは平野啓一郎さんの「分人」概念に非常に近い考え方です。分人とは、人間が一枚岩の人格ではなく、関係や場面によって異なる“分人”として現れる存在だという発想です。

友人といるときの自分、家庭での自分、職場での自分は、どれも同じ「私」ではありますが、それぞれが異なる側面を担っています。

平野啓一郎さんの分人については、こちらの1冊「【本当のあなたの「個性」はどこにある!?】私とは何か「個人」から「分人」へ|平野啓一郎」をぜひご覧ください。

松下先生の「演じる」仕事術は、この分人的視点を日常に落とし込み、教師としての分人、同僚としての分人、家庭人としての分人を状況に応じて切り替える仕組みです。

重要なのは、これが「本来の自分を隠す」ことではなく、自分という全体の中から最適なパーツを選び出し、前面に出すという選択行為である点です。

この切り替えが可能になると、教師という職業にありがちな「常に同じ人格であり続けねばならない」という自己拘束から解放されます。むしろ、場に応じた分人を意図的に演じることで、心の摩耗を防ぎ、柔軟にふるまえるようになります。その結果、日々の小さなストレスも溜め込まずに流し、役割を持続的に果たすことができるのです。

こうして見ていくと、松下先生の「演じる」は、単なる職場テクニックではなく、自己保存と他者との関係調整を同時に可能にする、生き方のフレームでもあります。

そして、それは結果的にメタ認知の力を高め、自分の感情や行動をより自在にコントロールできる人間へと成長させる――そんな二重の効用を秘めているのです。

演じるの効用とは!?

……こうして見ていくと、松下先生の「演じる」は、単なる職場テクニックではなく、自己保存と他者との関係調整を同時に可能にする、生き方のフレームでもあります。

そして、それは結果的にメタ認知の力を高め、自分の感情や行動をより自在にコントロールできる人間へと成長させる――そんな二重の効用を秘めているのです。

“確固たる自分”という「幻想」から自由になる時、人は本来的に社会の中での役割を見出しやすくなるのかもしれません。

演じるというのは、そうした自由の入り口でもあり、自分をすり減らすことなく関係性を紡ぎ続けるための知恵でもあるのです。

さらに興味深いのは、松下先生が「演じる」一方で、“素”の側面も大切にしていることです。演じ続けるだけでは、相手にとって手の届かない存在になりかねません。しかし、ふとした瞬間に見える等身大の姿や弱みは、子どもや同僚、保護者に安心感を与えます。

役者や芸人が舞台を降りたときの素顔に親近感を覚えるように、教師もそのギャップがあるほど、人としての魅力が増し、関係性は温まります。時には弱音を吐くことも、案外大切です。

「少しくらいの隙を見せた方が、親しみや安心感をもってもらえます」

完璧であろうとする姿だけでなく、「つらい」「迷っている」という本音を適度に共有することで、相手も心を開きやすくなり、信頼はより深まります。

演じることと素を見せること――一見相反するように思える2つは、実は互いを引き立て合う関係にあります。演じることで場を整え、素を見せることで距離を縮める。この往復こそが、持続的な信頼関係を育むための“隠れた演出”なのかもしれません。

松下先生の「演じる」仕事術は、教育現場という特殊な舞台での実践知です。しかし読み進めるうちに、私は以前読んだ安藤広大さんの『リーダーの仮面』との共通性を強く感じました。

『リーダーの仮面』では、プレイヤーからマネジャーへの移行を「仮面をかぶる」という比喩で語ります。それは、個人的な感情や関係性から距離を取り、組織全体の成果を優先する役割を自覚的に演じるということです。松下先生の「演じる」もまた、場にふさわしい役割を意図的に切り替え、持続可能な成果を出すための戦略です。

両者に共通するのは、「自分らしさ」の固定観念に縛られないという姿勢です。安藤さんはマネジャーとしての役割遂行を、松下先生は教師としての役割遂行を、それぞれ“役を演じる”という方法で実現しています。そして、その演技は虚構ではなく、自分の中にある複数の側面(分人)を選び取って前面に出す行為です。

現場や立場は異なっても、「確固たる自分」という幻想を手放し、役割に合わせてふるまう柔軟さを持つこと。その姿勢こそが、長く一線で活躍し続けるための共通解なのかもしれません。

リーダーの仮面については、こちらの投稿「【5つのポイントにフォーカスせよ!?】リーダーの仮面 ーー 「いちプレーヤー」から「マネジャー」に頭を切り替える思考法|安藤広大」もぜひご覧ください。おすすめです。

そして、週1の#考えるノートでもレビュー「4月なのでマネジメントについて、改めて確認してみた~『リーダーの仮面』に学ぶ本質的マネジメント~」をさせていただいております。

まとめ

  • 極限が演じさせた!?――松下先生のものごとに向き合うひたむきさと苦悩が、演じるという別分野のノウハウとの新結合を生み出しました。
  • 演じるとは!?――自分の中に、いくつかの役割を見出し、その「選択」によって最適な環境を作り出していくためのノウハウなのです。
  • 演じるの効用とは!?――それは社会でよりよく生きたいくための関係性の多様性を積極的に担保する取り組みにほかなりません。この発想は教育だけでなく、あらゆる職業に応用できるのです。
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