- どうしたら“自分らしさ”を見出すことができるでしょうか。
- 実は、写真家の視点に習うことが、ヒントを提供してくれるかもしれません。
- なぜなら、写真とは表現でもあり、その表現による他者とのコミュニケーションでもあるからです。
- 本書は、写真家・澤村洋兵さんによる写真とものごとの見立てを説く1冊です。
- 本書を通じて、ものごとに普遍的な関わり方について、自分の視点を見つけ出すヒントを得ます。
写真とは関係性の中にある!?
澤村洋兵(さわむら・ようへい)さんは、1985年京都生まれのフォトグラファー。美容師、和食料理人、バリスタ、珈琲焙煎士など、異色かつ多彩な職業経験を経て写真の道へ。
人物写真や風景、スナップなど幅広いジャンルを手がけ、広告や企業案件をはじめとする商業写真の現場でも活躍しています。独自の色彩感覚を生かしたLightroomのオリジナルプリセットは、多方面で人気を集めています。
また、オンラインサロン「写真喫茶エス」を主宰し、SNSブランディングや写真表現の発信にも力を注ぎ、InstagramやYouTube「キョウトボーイズ」など複数の媒体で精力的に活動。各職業で培った感性と器用さを融合させ、「その人らしさ」を引き出す撮影スタイルは多くの共感を呼んでいます。
フォトグラファーは「自分の写真」よりも「見て欲しい人」が先にある
澤村さんは、写真家という職業を、自分の表現欲だけでなく他者との関係性の中で成立する営みと捉えています。
撮る行為は、自分を主語にした自己完結的なものではなく、誰かの目に届くことで初めて意味を帯びる。
そのため、被写体との対話や、その人の魅力を見つけることが撮影の大前提になります。
この視点は、写真に限らずあらゆる表現活動に通じます。
たとえばビジネスでも、プロジェクトのゴールは自分の成果を誇ることではなく、誰かの課題を解決し、感動や価値を提供することにあります。
「先に他者がある」という順序は、作品やサービスを一段深いレベルで人と結びつける起点になるのです。
澤村さんは、この他者志向を自然体で行っています。写真を見せたい人がいるからこそ、その人の表情や背景、空気感を大切にしようとする。
結果的に写真は「見せたい人」の人生の一部を映し出し、さらにそれを通じて第三者にも共感や温度を伝えていく。写真が媒介するのは、情報だけでなく、そこに宿る感情や物語なのです。
そして、この考え方は「自分らしさ」を考えるときにも重要なヒントになります。私たちはつい、自分の内面ばかりを探り、そこで“らしさ”を見つけようとしてしまいます。
細やかな積層の中に、独自性は現れる!?
しかし、自分らしさは内側だけで完結するものではなく、他者とのやりとりや、相手に何を届けたいかという行動の中で自然に表れてくるものかもしれません。
澤村さんの言葉は、自分らしさを“関係性の中で育まれるもの”として捉え直すきっかけを与えてくれます。
嫌いなものを排除していく
澤村さんは、自分の写真にオリジナリティを宿すために、何か新しいものを「足す」よりも、むしろ嫌いなものを排除することを優先しています。
これは、自分が何を好きかを知るための裏返しでもあります。不要なもの、心が動かないものを外していくことで、本当に心に響く要素だけが残り、それが積み重なって写真の質や一貫性を形づくっていくのです。
この姿勢は、自己理解のプロセスとしても応用できます。私たちは「好きなことを見つけよう」と意識する一方で、嫌いなものや違和感のあることを整理する時間は意外と少ないかもしれません。
しかし、澤村さんが示すように、嫌いを外すことは好きの輪郭を浮かび上がらせる行為です。そしてそれは、自分らしさをブレない形で育てる方法でもあります。
さらに、この「好きの集合」という発想は、日常の小さな選択にもつながります。服の選び方、道具の使い方、撮影のタイミングや場所の決め方──そうした積み重ねが、無意識のうちに自分の作品や活動全体のトーンを決めていく。
結局のところ、表現は一回限りの大きな選択ではなく、細やかな選択の積層として現れるのです。
自分らしさは環境や仕事、生き方の中に潜んでいる
澤村さんは、自分らしさを「内側から掘り出す特別な核」としてではなく、日々の環境や関わる人、日常の選択や仕事の積み重ねの中で自然に現れるものと捉えています。
たとえば、自分がどこに住み、どんな風景や空気に囲まれているか。どんな人と一緒に時間を過ごし、どんな趣味や活動を楽しむのか。こうした生活のディテールこそが、自分らしさを形づくるフィルターになるのです。
この考え方は、自分探しを特別な「旅」や「大きな転機」に頼らない方法とも言えます。
日々の暮らしの中で、自分の感覚が心地よく響く場所や人を選び取る。それを意識的に繰り返すことで、自分らしさは外部環境と呼応しながら育っていきます。
「自分」という存在は、固定された輪郭ではなく、環境との対話で常に更新されるものだということです。
多くの分野を横断していくこと!?
写真表現においても、このフィルターの働きは大きいでしょう。どんな景色を選び、どんな色を好み、どの瞬間にシャッターを切るか──そのすべてに、日常の感覚や経験が反映されます。澤村さんの言葉は、表現と生活が地続きであること、そしてその延長線上にこそ「自分らしい写真」が生まれることを示しています。
違うジャンルのいい部分を写真に落とし込む
澤村さんは、美しさや魅力を写真に取り込むとき、自分の専門領域だけで完結させません。
アートや雑誌、料理、建築といった異なるジャンルから感性を引き出し、それを自分の写真表現に翻訳しています。こうした異分野からの引用は、作品に厚みや独自性を与えると同時に、自分だけの「視点のライブラリー」を広げる行為でもあります。
これは、まさにリベラルアーツ的な態度です。特定分野の深い知識だけでなく、広い領域にアンテナを張り、多様な体験や感覚をストックする。
その引き出しが多ければ多いほど、新しい組み合わせや発想が生まれます。澤村さんのキャリアは、美容師、料理人、バリスタ、焙煎士など、多くの職業経験を経てきたからこそ、写真に落とし込める要素が多層的になっています。
この姿勢は、表現者だけでなくビジネスや日常生活にも通じます。ひとつの分野で磨いたスキルを、別の分野の視点や方法論と掛け合わせることで、既存の枠を超える成果や価値が生まれるのです。
「多軸的に好きなジャンルを育てること」は、自分らしさを磨く最良の方法のひとつであり、その積み重ねが他にはないオリジナリティを形づくります。
好きだからこそ距離をおく
澤村さんは、好きな対象にのめり込みすぎる危うさにも目を向けています。写真に集中するあまり、それ以外のことが見えなくなってしまうと、結果として作品の幅や深みが失われてしまう。
だからこそあえて距離をとり、他の体験や関心に目を向けることで、自分の表現が更新されていくのだと語ります。
この考え方は、まさに哲学としての「距離感」の大切さを教えてくれます。物事との距離が近すぎれば偏愛に閉じこもり、遠すぎれば無関心になってしまう。適度な距離感こそが、観察と解釈を可能にし、創造的な関わりを生み出すのです。
昨日お会いした、とあるアーツ・アンド・クラフツ分野の事業者さんの話にも重なります。
コロナ以降の競合出現でポジショニングを模索される中、「自分は何が好きで、それを誰のために表現したいのか」というシンプルな問い直しが、ブランドの一貫性を支えると感じられました。
好きという感情は強い推進力になりますが、それだけでは視野が狭まりがちです。
むしろ澤村さんのように、好きであるからこそ一歩距離をおき、誰に届けたいかという解像度を高めることが、持続的な表現やブランドの核をつくるのではないでしょうか。
結局のところ、自分らしさとは孤立した核ではなく、他者や環境との関係の中で浮かび上がるもの。
その関わり方を決めるのが「距離感」であり、それが写真にも仕事にも人生にも共通する普遍的な態度なのだと感じさせられます。
自分の感性に素直になるためには、衝動の捉え方が重要かもしれません。こちらの1冊「【自分を「型」から解放するには!?】人生のレールを外れる衝動のみつけかた|谷川嘉浩」もぜひご覧ください。おすすめです。

まとめ
- 写真とは関係性の中にある!?――ものごとと自分との関係性、そして、その距離感を描き出し、独自性として表現してしまうものが写真なのです。
- 細やかな積層の中に、独自性は現れる!?――結果論として、自分らしさというものが見出されていきます。
- 多くの分野を横断していくこと!?――やはり、1つの分野に特化しているのではなく、分野やカテゴリーという便宜にとらわれるのではなく、自分の心に素直に反応してみることが、独自性へ繋がっていくのです。
