- どうしたら、よりよい人生を自らの手で作り出していくことができるでしょうか。
- 実は、偽仕事を排除することが重要かもしれません。
- なぜなら、偽仕事は、あなたの人格をないものとして振る舞うからです。
- 本書は、自分という人間と絶えず向き合い、そして磨くための1冊です。
- 本書を通じて、仕事に「意味ある時間」を取り戻し、人生という“アート”を検討する機会を得ます。
偽仕事が奪うものとは!?
前回の投稿「意味から逃げるな!?『忙しいのに退化する人たち やってはいけない働き方』デニス・ノルマーク,他」に続き、今回もこちらの1冊『忙しいのに退化する人たち やってはいけない働き方』のレビューを続けさせていただきたいと思います。
前回の投稿では、「偽仕事=pseudowork」という言葉を手がかりに、現代の働き方に潜む“見えにくい無意味さ”について考察しました。
データや歴史を紐解くと、人類は本来もっと「自由な時間」を持っていたはずなのに、テクノロジーの発展やオフィスワークの台頭とともに、むしろ“忙しさ”が加速している。
それは、必要だから生まれた仕事ではなく、「やっているフリ」や「証明のための作業」が膨張した結果なのではないか――そんな問いを立てました。
また、「中身のない仕事=偽仕事」は、ただの“業務上の無駄”という話にとどまりません。
それに従事し続けることは、働く人の自己肯定感や尊厳までも損なってしまうという、本質的な問題なのです。
誰の役にも立っていないことを、わかっていながら続けなければならない。そんな状態が、心と身体にダメージを蓄積していきます。
そこで本書では、「パーキンソンの法則」を逆手にとり、仕事の量ではなく“中身”で考えるという転換が提案されていました。
私たちがいま問うべきなのは、「もっと働くか?」ではなく、「その仕事は本当に価値を生んでいるのか?」という問いなのかもしれません。
次回は、さらにこの偽仕事の構造を分解しながら、「どうすれば“本物の仕事”に時間とエネルギーを使えるのか?」を一緒に考えていきたいと思います。
──本当に価値あるものを生み出す力が、日々すり減らされている。
偽仕事がもたらす害は、単なる“ムダな時間”ではありません。
それは、創造性という人間の最も重要な力を、静かに、しかし確実に削っていくのです。
ここでいう創造性とは、詩や芸術といった限られた領域の話ではありません。
たとえば、社内の改善案を思いつく力、新しい提案をつくる力、あるいは顧客の課題を見抜き、そこに新たな価値を加える力――つまり、ビジネスにおける「創造の力」そのものです。
けれど、日々“やっているフリ”の資料作成や無意味な会議に時間を奪われ、緊急性だけで回っている業務に追われていれば、その力はやがて枯れていきます。
「オフィスビルにいてほとんど何もしていない何百万人もの人のことを考えてみてください。
その人たちが解放されて有意義なことをできるようになったら、何を成し遂げられるか考えてみてください。」
著者のこの問いは、本質を突いています。
もし偽仕事から私たちが解放され、本当に意味ある時間を手にしたとしたら――
どれだけの新しいサービス、社会的価値、創造的な挑戦が生まれるでしょうか?
この「可能性の剥奪」こそが、偽仕事のもっとも深刻な罪だといえるのかもしれません。
人格が奪われていく!?
この点において私はこちらの1冊「あなた自身!?『ビジネスを育てる 新版 いつの時代も変わらない起業と経営の本質』ポール・ホーケン」を思い出しました。

自分のあり方が、そのままビジネスになる──『ビジネスを育てる』(ポール・ホーケン)レビューと、偽仕事の根本問題を見つめてみます。
そもそも、ビジネスとは何でしょうか?
稼ぐための手段?それとも、社会を変える仕組み?
ポール・ホーケンは、それらをすべて包み込みながらも、こう言います。
ビジネスとは、自分自身の“人格”を描写する方法であると。
『ビジネスを育てる』は、アメリカの自然食品ビジネスの先駆者であり、環境活動家でもある著者が、自らの経験をもとに語った一冊です。
そこには、「ビジネスを育てる」とは、会社をスケールさせることではなく、自らの価値観・世界観を社会との接点で“表現”していくことだという信念が込められています。
「ビジネスの成功は、ひとえにあなた本人にかかっている。
あなたが世界に二人いないように、あなたのビジネスも唯一無二のものなのだ」
この思想に触れると、働くことの意味が、ただ「こなす」ことではなく、「生き方そのもの」として立ち上がってきます。
では、こうした“表現としてのビジネス”と、前回ご紹介した『忙しいのに退化する人たち』で描かれた“偽仕事”とは、どう繋がるのでしょうか?
実は、偽仕事がもっとも害を及ぼすのは、この「人格を表現する機会」を奪ってしまうことにあります。
日々、「意味のない会議」「存在証明のための資料」「やっている感だけの業務」に時間とエネルギーを消費し続けると、人は「自分が何者か」「何を望んでいるか」「何を成したいのか」という核心に触れる余白を失っていきます。
結果として、ビジネスは“作業”に堕し、自分の人生と切り離された“別人格の営み”となってしまうのです。
だからこそ、偽仕事はよくないのです。
それはただの生産性の問題ではなく、「自分を育てるはずの営み」そのものを、空洞化させてしまう構造的な罠だから。
創造とは、自由な時間と余白の中でしか生まれません。
そして、ビジネスとは本来、「あなたがどんな世界を生きたいか」を映し出す鏡だったはずです。
だからこそ、偽仕事に気づくこと、そこから自分の時間と感性を取り戻すことが、
「ビジネスを育てる」という本質的な行為の第一歩なのではないでしょうか。
今日からはじめる、偽仕事からの脱出法とは!?
──あなたは、自分の「内なるもの」を世界に投げかけているか?
偽仕事が「時間を浪費し、創造性を奪い、人格を表現する機会を潰す」ものだとすれば、
それに対する“本質的な仕事”とは、まったく逆のベクトルにあるはずです。
引用にあるように、ヘーゲルやマルクスを引きつつ本書は語ります。
「仕事とは、内にあるものを外に出し、外にあるものを内に取り込む活動である」
「人間は、みずからが共鳴する世界に出会うことで、エコーを響かせるようにして本質を発揮していく」
つまり、仕事とは単なる「作業」や「義務」ではなく、世界との相互作用=自己と社会の“交歓”にほかなりません。
人は、自分の内にある何か──願い、違和感、関心、怒り、理想──を、手を使い、言葉を使い、形あるものとして世界に差し出していく。
すると今度は、社会や他者からの反応が返ってくる。そこには、喜びもあれば葛藤もあるでしょう。
しかしその“行き来”の中にこそ、人間の仕事の本質が宿るのです。
一方、偽仕事はどうか。
- それは他者の人生に意味をもたらさない。
- 自分自身の「内なる声」と接続していない。
- 世界と響き合うことも、価値を届けることもない。
だからこそ、それを続ければ続けるほど、人は“自分が世界に影響を与えている”という感覚を失い、
やがて「自分が存在する意味」すら曖昧になってしまうのです。
これは仕事における、最も本質的な問いのひとつです。
収益性やスケールを超えて、自分の本心が宿った行為が、誰かとつながり、世界と共鳴していく実感。
それを取り戻すことが、「偽仕事」から「本質的な仕事」へと立ち返る第一歩になるのではないでしょうか。
そしてそのとき、仕事はもはや“義務”ではなく、“贈与”に変わります。
本書の終盤、著者たちは「偽仕事から自由になるにはどうすればよいか?」という問いに対して、決して難解な哲学や理論で返すのではなく、
日常のなかで私たち一人ひとりがすぐに始められるシンプルな行動指針を提示してくれます。
そのいくつかをご紹介しましょう。
- 会議を最小限に抑える
→「とりあえず集まる」をやめる。目的のない会議は、その場の空気も、時間も、創造性も奪います。 - 人を信頼してそれを示す
→細かく管理せず、任せてみる。責任と信頼が交換される場では、偽仕事は生まれません。 - 忙しさを語るのをやめる
→「忙しい」は免罪符ではなく、問いの回避。「何に忙しいのか?」と自問することで、余白が生まれます。 - 時間で測るのをやめる
→「どれだけ働いたか」ではなく、「何に貢献できたか?」で時間の意味を再定義しましょう。 - 世界と交わる仕事に身を投じる
→自分の中にあるものを外に出し、社会との相互作用を感じられる営みにこそ、本質的な手応えがあります。
これらの行動は、どれもとても具体的で、“小さな選択の積み重ね”が仕事の質を変えていくことを教えてくれます。
つまり、「本物の仕事」への回帰とは、環境を変えることではなく、まず自分のあり方を問い直すことから始まるのです。
あなたが膨大な時間を費やしているのは、はたして本質的な活動だろうか?
偽仕事に気づき、創造性を取り戻すには!?
──あなた自身の「仕事」を生きるために。
本書は、私たちの働き方の“根”を問う一冊でした。
そこにあったのは、「効率」や「成果」よりももっと大事な、“仕事とはなにか?”という哲学的問いかけ。
偽仕事を手放すとは、自分の時間を守ること。
創造性を取り戻すこと。
そしてなによりも、あなた自身の物語を、自分の手で描いていくことに他なりません。
あなたの仕事は、あなた自身を表していますか?
この問いから、すべてが始まるのかもしれません。
まとめ
- 偽仕事が奪うものとは!?――創造性、そして、可能性です。
- 人格が奪われていく!?――偽仕事は、人格を構築する機会を人から奪い続けます。
- 今日からはじめる、偽仕事からの脱出法とは!?――まず気づくこと、そして、意味ある行動を検討し、実行することです。
