- どうしたら中身のある時間を過ごすことができるでしょうか。
- 実は、「中身のない仕事」「ブルシット・ジョブ」を避けて、意味ある仕事を自ら創り、選ぶ姿勢です。
- なぜなら、私たちはほうっておくと「偽仕事(pseudowork)」に埋め尽くされて、人生を棒に振ってしまう可能性もあるからです。
- 本書は、本当に「意味ある仕事」とはなにか?を見極めるための1冊です。
- 本書を通じて、最も貴重な資源である時間を無駄にせずに、豊かな人生を作っていくためのヒントを探ることができます。
偽仕事、案外身近!?
デニス・ノルマーク(Dennis Nørmark)は、1978年生まれ。デンマーク出身の文化人類学者です。オーフス大学で人類学の修士号を取得後、長年にわたりコンサルタントとして企業に関わってきました。現在は、フリーの講演家・著述家として、国際的に活動を展開しています。
彼の関心は、人間の文化的な癖や、組織の中で無意識に繰り返される「意味のない仕事」に注がれており、著書『Cultural Intelligence for Stone-Age Brains(石器時代の脳のための文化的知性)』では、現代社会における“文化の衝突”や“働き方のズレ”を鋭く読み解いています。
企業の社外取締役も歴任し、現場と理論の両方を熟知したユニークな視点を持つ、まさに「現代の知のナビゲーター」ともいえる存在です。
アナス・フォウ・イェンスン(Anders Fogh Jensen)は、1973年生まれ。デンマークを拠点に活動するフリーの哲学者です。ソルボンヌ大学で哲学の修士号を、さらにコペンハーゲン大学で博士号を取得しています。
彼はこれまでに10冊以上の著書を執筆しており、その多くが現代社会の構造や、私たちの生き方・働き方に深く切り込んだものです。『The Project Society』『Brave New Normal』など、ポストモダン的な時代に生きる私たちが直面する課題に、哲学的なまなざしから光を当ててきました。
また、劇作家や講師としても活躍しており、抽象的な理論にとどまらず、生活や社会の具体的な場面にまで思索を広げている点が特徴です。
本書の中核をなすキーワードの一つが、「偽仕事」です。
いわゆる「中身のない仕事」や「ブルシット・ジョブ」と呼ばれる類型と似てはいるものの、著者たちはそれとはいくつかの重要な点で異なると述べています。
たとえば、こう書かれています。
偽仕事は「職業そのもの」ではなく、「職業の一側面」なのだ。
つまり、特定の職種や業界が“偽仕事”であると断じるのではなく、どんな職業にも紛れ込んでいる「意味を見失った仕事」の断片こそが偽仕事なのだということです。
実体のないコンサルティング業務、戦略なき資料づくり、承認のための承認会議、形だけの報告書──。こうした“やってる感”だけが残り、本質的な価値を生み出さない業務は、たとえ本人や組織が真剣に取り組んでいたとしても、「偽仕事」とみなされうるのです。
働いているのに、なぜ報われないのか?──「偽仕事」の罠と、日本の未来への問いを!
まじめに働いているのに、なぜこんなに疲れているのか。
そして、なぜこれほど頑張っているのに、何かが空しいのか。
そんな問いを、ふとした瞬間に抱いたことはないでしょうか。
どうやらその背景には、「偽仕事」という、見えにくい罠があるのかもしれません。
データによれば、日本の平均労働時間は週42時間を超え(男性は46時間)、OECD諸国の中でも上位の長時間労働国家です。
にもかかわらず、時間あたりの生産性ではデンマークをはじめとする欧州諸国に後れを取っており、労働の“質”という視点で見ると、深刻なギャップが存在しているのです。
さらに、本書ではこのようにも指摘されます。
日本が非常に高度な技術を持ち、高い教育水準を誇っていることは言うまでもない。どちらも高い生産性につながるはずの要因である。
しかしOECDの統計は、なぜ日本の生産性が上がらないのかをほとんど解決できていない。
日本の労働時間の大部分は、真の価値を生むことのない、成果が出ない仕事に費やされているのだ。
つまり、ただ「頑張りが足りない」「もっと効率的に働け」という話ではなく、働いている“中身”そのものが問われているのです。
本来、人類はもっと「自由な時間」を持っていた?
本書が明らかにしているのは、私たちが当たり前のように受け入れている“忙しさ”や“長時間労働”が、実は人類の歴史の中で見るとかなり異常な状態だという事実です。
人類学者たちが観察してきた、狩猟採集社会の暮らし。そこでは、食料も自由時間も今よりずっと豊かに存在していました。
「働き詰め」などという概念はなく、必要な分だけ獲り、あとは語らい、歌い、遊んでいたのです。
では、なぜ私たちは「文明」とともに、働く時間を増やし続けてきたのでしょうか?
たとえば13世紀のイングランドの農民は、年間1620時間程度しか働いていなかったとされています。これは、現代の日本の労働者よりも圧倒的に短いのです。
さらに時を経て、20世紀前半には「これからは技術進歩によって労働時間はどんどん減り、自由時間が増えていく」と真剣に信じられていました。
1930年、経済学者ケインズはこう語りました。
「100年以内に経済問題は解決され、1日3時間の労働で生きていけるようになるかもしれない」
また同年、建築家フランク・ロイド・ライトもプリンストン大学で「空間と自由時間に満ち、仕事とプライベートが分かれた理想都市」の未来像を描き出しました。
けれど、現実はどうでしょうか?
時間は減るどころか、むしろ奪われています。テクノロジーは進化したのに、なぜか私たちはますます「時間がない」と感じる社会に生きている。
その背景には、「偽仕事」の増殖という、見えざる構造の問題があったのです。
もうひとつ、本書が鋭く指摘しているのが、「オフィスワークの登場」がもたらした“目に見えにくい支配”です。
もともと、オフィスビルが都市に次々と建てられ始めたことで、そこに集まる人々のための新たな仕事が次々に生まれていきました。急成長する官僚的組織を支えるべく、新しい職業や職務が次々と編成され、「書類」「手続き」「管理」「監督」といった“中間的な仕事”が急増していったのです。
「気送管や電話の発明が、かえって新しい管理手順や監督形態を生み出した」という指摘は、まさにその象徴です。
便利になるはずのテクノロジーが、かえって仕事を増やす――。
こうした“逆説”は私たちの暮らしの至るところに見られます。
たとえば、
- タイプライターの普及 → 請求書や覚書、契約書、報告書、メモなどの文書の急増
- 効率を求めたはずの組織 → 管理のための管理が増える
- 勤怠・予実・稟議・チェックリスト → 本来の仕事より「仕事を仕事として証明する仕事」がメインになる
さらに、工場労働と異なり、オフィスワークは終わりが見えにくい。
シフト交代もなければ、物理的な制約も少ない。だからこそ、ロンドンやボストンのような都市では「オフィスに長く残ること」が常態化していったのです。
効率を求めて「管理する仕事」が増殖していく――。
それは、本来の“価値創出”から離れた場所で、人々の時間を搾取していく構造なのです。
働いている“つもり”でも、実際には働いていない?
デンマークのロックウール財団が行った調査によると、多くのデンマーク人が「週に39時間以上働いている」と自己申告していたにもかかわらず、実際に観察してみると平均33.2時間しか働いていなかったそうです。
中には「1日2時間しか実質的に働いていない」人も確認されており、「働いているフリ」の時間がいかに多いかが浮き彫りになりました。
しかも、こうした自己認識と現実の乖離は年々拡大しており、それによって“社会的ステータス”が保たれているのではないかという指摘まであります。
さらに、匿名であれば人々は驚くほど率直に認めます。
「実は一日中、仕事と関係ないウェブサイトを見ていました」
「無意味なメールとチャットの往復で終わりました」
――そんな声は、ギャラップ社の調査で“積極的に後ろ向き”と分類されたアメリカ人37%の中にも、多く含まれているとされます。
こうした行動は一見すると無害のようですが、長期的には心身への影響や、人生の充実度の低下として現れてきます。
中身のない仕事には、必ず代償がある。
「人間は長期間にわたって不条理な人生を送ることには耐えられない」
「中身のない仕事には、代償がついてくる」
本書では、こうした“偽仕事”の問題を、単なる生産性や経済性の問題にとどめていません。
それは、働く人の生きがいや自己肯定感を根底から損なうものなのです。
短期的には経済合理性があるように見えても、長期的には確実に破綻していく。
そうした構造的問題を、私たちは見過ごしてきたのではないでしょうか。
偽仕事は、なぜなくならないのか?
──虚しさが生む「偽仕事スパイラル」
本書で繰り返し語られるのは、「偽仕事には本質的な意味がなく、成果も影響力も生まない」という厳然たる事実です。
中身のない仕事は偽仕事であり、それに取り組む人がどう考えていようと同じである。
偽仕事がなくても、世界は何事もなかったかのようにそのまま続いていくだろう。
つまり、やらなければ世界に何の支障もない。でも、なぜか存在し続けてしまう。それはなぜなのか?
その答えの一つが、「自己正当化」の心理にあると本書は語ります。
たとえば…
- 何もしていないことを隠すために、あえてタスクを演出する
- 意味のない会議で、あたかも“関与しているフリ”をする
- 文書の整理や管理ルールの見直しを“仕事っぽく”演出する
- すでに知っていることを延々と説明するプレゼンを繰り返す
これらは、自尊心を保ち、居場所を確保し、自分の存在価値を感じるための“演技”でもあるのです。
ここに、虚しさのスパイラルが生まれます。
- 意味のない仕事に従事する
- 達成感が得られず、虚しさや疎外感を抱く
- その虚しさを埋めるために、さらに“やってる感”のある仕事を増やす
- 組織はそれを黙認、あるいは推奨する
- 結果として、偽仕事が制度化・習慣化されていく
このようにして、私たちは知らず知らずのうちに「仕事をしているフリの経済圏」の中で生きてしまっているのかもしれません。
偽仕事から自由になるために
──「本物の仕事」に、時間と命を使おう!!
偽仕事とは、誰かにやらされているのではなく、私たち自身が「やっているつもり」になっている時間でもあります。
そして、それは人生の時間そのものを削り取っていきます。
では、どうすれば私たちはそのスパイラルから抜け出せるのでしょうか?
本書の終盤でヒントとして挙げられるのが、「パーキンソンの法則を逆転させる」という考え方です。
パーキンソンの法則:「仕事は、与えられた時間の分だけ膨張する」
これを逆手に取れば、「仕事時間を意図的に減らすことで、仕事そのものの質と集中度を上げられる」という見立てになります。
つまり、
- 「このタスクに、本当に1時間も必要だろうか?」
- 「この打ち合わせ、30分で足りるのでは?」
- 「その報告書、誰かの人生に意味があるだろうか?」
こう問い直すことで、時間というリソースを「投資」に変えられるのです。
そしてその問いは、やがて「それは本当にやるべき仕事か?」という根本的な自己対話へとつながっていきます。
偽仕事から自由になるとは、時間を取り戻すこと。
そして、取り戻した時間で「本物の仕事」に集中すること。
それは、価値ある成果を生むだけでなく、自分自身の尊厳と生きがいをも回復させていく営みなのです。
ブルシット・ジョブについては、こちらの1冊「【あなたは、レンガを積んでいるか?それとも聖堂を建てているか?】ブルシット・ジョブと現代思想|大澤真幸,千葉雅也」もぜひご覧ください。

次回も引き続き本書『忙しいのに退化する人たち やってはいけない働き方』のレビューを続けさせていただきたいと思います。
まとめ
- 偽仕事、案外身近!?――意味のない時間を奪い尽くす偽仕事の存在にまず、気づきましょう。
- 本来、人類はもっと「自由な時間」を持っていた?――社会の構造によって、人は時間を奪われ続けていきました。今、なお絶頂です。
- 働いている“つもり”でも、実際には働いていない?――自分を騙すこと、もうやめましょう。
