- 創造性を持ち続けることで、大切な視点はどこにあるでしょうか。
- 実は、“遊び”を持つことかもしれません。
- なぜなら、それが他者との共創のリソースになるから。
- 本書は、世阿弥と利休という日本の文化史を代表するクリエーターから、新しいものごとを生み出すこと、そのための習慣のあり方について学ぶ1冊です。
- 本書を通じて、“遊び”の自由を人生にインストールするための方法を得ます。
遊びとは!?
大橋良介(おおはし・りょうすけ)さんは、京都市生まれの哲学者。京都大学文学部を卒業後、ドイツ・ミュンヘン大学にて博士号を取得し、ヴュルツブルク大学にて哲学教授資格(Habilitation)を得るなど、日独の思想界を架橋してきた国際的な研究者です。
滋賀医科大学助教授を経て、京都工芸繊維大学、大阪大学大学院、龍谷大学で哲学の教育・研究に従事。退職後もケルン大学やウィーン大学など複数の欧州大学で客員教授として講義を行うなど、その思想的足跡は国内外に及びます。
2014年からは日独文化研究所の所長として、東西思想の対話を進める活動も続けておられます。
著書には『ヘーゲル論理学と時間性』『感性の精神現象学』『共生のパトス』など多数あり、西田幾多郎やヘーゲルといった哲学者を通じて、「感性」「場所」「悲しみ」などのテーマに深く切り込む著作を重ねてきました。
本書『〈芸道〉の生成』では、そんな著者が長年取り組んできた哲学的視座を土台に、世阿弥と利休という日本思想の源泉に独自の光を当てています。
では、“遊び”とは、どのような姿勢のことをいうのでしょうか?
単に気ままに振る舞うことではありません。
むしろ、型を知り、型を深く体得したうえで、その型からあえて逸脱していく余白を持つこと。
それは、自由とは単なる放逸ではなく、自らに課した制限のなかにこそ宿るというパラドクスでもあります。
“遊び”という概念をより深く理解するうえで、世阿弥が自らの著作に「遊楽」や「遊芸」という言葉を用いていたことは示唆的です。
たとえば『風姿花伝』では、天の岩戸に隠れた天照大神が「その時の御遊び、申楽の始め」として神楽によって誘い出される神話に触れ、芸の起源そのものに「遊び」があることを指摘しています。
さらに本書で興味深いのは、「観る側」と「演じる側」の関係が、決して一方的ではないという視点です。
著者は、近世の儒学者・西山松之助の「近世の遊芸論」を引きながら、「演者がいて観者が一方的に受け取るのではなく、観者もまた参加し、場合によっては自ら演じるようなものだった」と述べています。
ここで言う“遊び”とは、ただの余白ではなく、「共に創る」ことの可能性なのです。
日本中世・近世の「遊芸」について、本書第三章でも言及した西山松之助の「近世の遊芸論」という、周到な学芸論考がある。西山はそこで、「遊芸の共通項のうち、最も重要なことは、あそびであることと、そのために、参加者は、例外なく自分で演じるということである」と、述べている。
演者と観者がともにその場を生成していく。
そうした“共生空間”が芸道の根底にあった──この視点は、まさに現代における共創や共感の起点ともなり得るでしょう。
共に作ることとは!?
翻って、茶の世界はどうでしょうか。
利休がたどり着いた茶の「極意」は、実は極めて素朴な所作にあります。
「夏ハイカニモ涼シキヤウニ、冬ハイカニモアタタカナルヤウニ」(『異書』)
つまり、夏はどこまでも涼しく、冬はどこまでも暖かく──
そんな、あたりまえのことを徹底するという、徹底の美学です。
さらには、
「親疎ヲ択バズ、式法等、アナガチニ不可云(規則やしきたりはうるさく言うものではない)、火ヲコシ、湯ヲワカシ、茶ヲ喫スルテイコト也」
と語られるように、茶を点てるという行為が、「火をおこし、湯をわかし、茶をのむ」という、ごくごく日常的な営みに還元されていくこと。
まさにこれは、日常世界の追い立てから脱却し、“あたりまえ”を再発見するための行為だったとも言えるでしょう。
そして、それを利休は「遊び」と呼びましたが、その意味もまた特異です。
「その場合は『あそび』といっても、『遊び半分』という意味ではなくて、その奥を究めることに一生を費やすような道、すなわち『遊楽』だった」
という指摘のとおり、この“遊び”は、むしろ人生をかけた本気の探究。
「野遊び」と表現することは、そこから自然なことだった。
自然とともにあること、形式からの解放、そして“今・ここ”に共にあること。
それこそが、茶の芸道における“遊び”の精神であり、利休がたどり着いた自由のかたちだったのです。
そして、決定的なことは──
招く人と招かれる人が、互いに同じ空間を共有し、ともに茶の席を作るということなのではないでしょうか。
ここにこそ、「芸道」としての茶の真髄があるように思うのです。
茶室は、単なるパフォーマンスの舞台ではありません。
亭主と客がそれぞれの役割を超えて、一期一会の空間と時間を「共に」創る場なのです。
それは、世阿弥が「演者と観者の相互関係」に注目した姿勢とも通底します。
演じる者と観る者、招く者と招かれる者、その間にある“あわい”を媒介にして、芸が生成されていく。
もはや、芸術とは一方的な表現ではなく、「共に居ること」「共に場を生成すること」なのです。
そこでは、あらかじめ決められた構造よりも、「そのとき」「その場」で生まれる即興性、
つまり、“遊び”の余地がこそ、核心的な価値となってきます。
利休の茶は、だからこそ完成を目指さない。
型を極めることで型を離れ、出会いの一瞬一瞬に身をゆだねる。
それは、単なる「接待」でもなければ、形式的な「もてなし」でもない、
他者とともに“美”を生成する、共創的な芸の営みであったのです。
もっと遊びを習慣に!?
そもそも「あそび」とは、ただの余暇や気晴らしではありません。
「あそび」は、現実の必需に追われた生活の中でしばらくその必需連関から外れる時空であり、現実の世界に不可欠の自由なゆとりと解放だ。
むしろそれは、現実の必需に追われた生活の中で、しばらくその必需連関から外れる時空であり、
生きるために不可欠な、自由な“ゆとり”と“解放”なのです。
あそびには2つの次元があります。
ひとつは、「迷惑な遊び」「危険な遊び」。
それは秩序を逸脱し、社会の常識から外れる行為でもあります。
「迷惑な遊びであり、危険な遊びでもあり、それを減殺する道徳的意味もある」
つまり、道徳的に抑制されるべき「あそび」がある一方で、もうひとつの異なる次元のあそびが存在します。
それが「敬虔な遊び」です。
宗教的な修行、精神的な観想、そして祈りと一体となった行としてのあそび。
「仏や聖人や、あるいは宗派にかかわらぬ親の教師、教行証誠者、遍歴の人々が、宗派的に定められた場ではなく、時宗の遊行僧のように、あるいは観音信仰の地に赴いて教化し、遍歴遊教の地で飢えてこそ求められ、歓ばれることのときに得た姿でもある」
ここに現れるのが「遊行」です。
それは、“布教”という枠組みではなく、人のあいだに分け入る歩みそのものであり、
宗派を越えて風土を歩くその“身体の在り方”自体が、すでに「あそび」の精神を体現しているのです。
『南方録』では、こうした宗教的な「遊行」に加えて、茶人のあそびについても記されています。
「武家があそびて猟し、すなわち“狩”す。茶人があそびて飲む、すなわち“野点”す」
ここでいう“野点”とは、戦陣の中の茶湯であり、利休が記録した松原三テイ、利休ノハラキといった、野外での茶席のことです。
つまり、現実からいったん距離をとり、自然とともに在ること──それ自体が、利休にとっての“あそび”だったわけです。
こうして見ていくと、利休の芸道も、世阿弥の芸道も、
どちらも“あそび”という根本構造の上に築かれていたと捉えることができるのです。
つまり──
あそびとは、現実の必需からしばし解き放たれ、それでもなお真剣勝負に身を置くこと。
そして同時にそれは、他者とのつながりの中で、本質を見つけるための深みへ向かう行為でもあるということです。
そして、その一瞬において、他者と共に在り、共に空間と時間をつくりあげるという、
最も自由で、最も豊かな共創の場に他ならないのです。
ところで、歩くことで、遊びを日常に取り入れるアプローチもあるかもしれません。こちらの1冊「ただひたすら歩く、それは自分に還ること!?『歩くという哲学』フレデリック・グロ,谷口亜沙子」もぜひご覧ください。

まとめ
- 遊びとは!?――型を知り、型を深く体得したうえで、その型からあえて逸脱していく余白を持つことです。
- 共に作ることとは!?――遊びによって、本気でものごとを取り組むことについて初めて知ります。
- もっと遊びを習慣に!?――最も自由で、最も豊かな共創の場を作りましょう。
