【「常識」を疑うために・・!】日本の死角|現代ビジネス

日本の死角
  • 常識を疑うためには何が必要でしょうか!?
  • 実は、あたりまえになっていることを、もう一度、そもそもから疑うことです。
  • あたりまえは、ファクトや言葉にしなくては、疑うことができません。
  • 本書は、謎多き国、日本の現状をさまざな角度から照らす1冊です。
  • 本書を通じて、この国の違和感多き常識に迫ることができます。
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なぜ、ハーバード流を輸入したくなるのか!?

この国の問題を考える上で欠かせないのが教育に関する議論です。

日本の教育システムは、米国と比べると遥かに集権的で、これにより米国では考えられないほどの教育の平等性を保っている。

日本人が大好きな「ハーバード式・シリコンバレー式教育」の歪みと闇

日本の教育の平等さを支える大きな柱の一つが、義務教育費国庫負担金制度です。教員給与の3分の1は中央から、残りの3分の2は都道府県から支給されるだけではなく、教科書も国が支出し、施設費も国が半額を負担しています。

日本の教育システムは、豊かな地域や富裕層からの税収を貧しい地域や貧困層の教育に充てるシステムが存在しています。

その一方で、アメリカの教育システムには、このようなシステムが強く機能しません。富裕層は、その豊かさをそのまま自分の子弟の教育に反映させることが可能になっています。

つまり、教育ヒエラルキーが結果的に存在しているのがアメリカです。その最上位にあるのが、ハーバード式やシリコンバレー式と呼ばれる教育体です。

日本人がハーバード大学やシリコンバレーで見る米国の基礎教育というのは、米国のごく限られた上澄みであるが、ある国の平均ではなく上澄みだけを見て、それを日本の平均と比較するするというのも、それは比較として成り立っていない。

日本人が大好きな「ハーバード式・シリコンバレー式教育」の歪みと闇

集権的な教育にも良い点・改善を目指したい点があるでしょう。その冷静な視点が必要なのかもしれません。教育システムは、それを取り巻く社会福祉政策に規定されて、社会福祉政策は、文化・社会・経済的背景に規定されます。これらの俯瞰した視点を考慮することなく、部分的な輸入をしてもそれは不都合になるのです。

なぜ、今の若者は「個性」を隠すのか!?

かつて人間関係が不自由だった時代の若者たちは、強制された関係に縛られない「一匹狼」に人間的な魅力を覚えました。

しかし、今日の若者は、一人でいる人間を「ぼっち」と呼び、さげすみの対象とします。

一人でいることは関係からの解放ではなく、むしろ疎外を意味するからである。

いまの若者たちにとって「個性的」とは否定の言葉である

今日の若者たちは、「上司に見られているかもしれない不満」よりも、「見られていないかもしれない不安」の方が強いのです。

個性的であることがあこがれであった前世代の大人を牽引していたのは、社会的な理想や信念といったいわば抽象化された他者でした。その評価基準は普遍的だったのです。

それに対して今日では、象徴が存在しにくくなりました。社会が後景化して、ヒエラルキーでものごとを考えづらい時代になったからです。その結果、身近な周囲にいる具体的な他者の評価が全面にせり出しています。

しかもその評価の基準は、場の空気次第で大きく揺れ動いてしまう。

いまの若者たちにとって「個性的」とは否定の言葉である

そのために、都合ごとに相手の反応を探り当てなければならない状況にあるのです。

「個性」が忌避される中、「チーム」が称賛されます。みんなで創造力を発揮するのはむしろOKなので、チームとしての取り組みや、推進を掲げると、前進しやすくなります。

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一方で、やはり人はひとりひとり「個性」を持って生まれているものです。この良い意味で、どうしようもない「個性」と共鳴する何かを見つける機会というのも、必要なのではないでしょうか。

なぜ、学校は生徒に多くのことを強いるのか!?

日本の学校は、あらゆる生活(人が生きることのすべて)を囲いこんで学校のものにしようとする。学校は水も漏らさぬ細かさで集団生活を押しつけて、人間という素材から「生徒らしい生徒」をつくりだそうとする。

日本の学校から「いじめ」が絶対なくならないシンプルな理由

「生徒が生徒らしくない」状態を、「学校」が極めていやがります。「生徒が生徒らしくない」状態は、「学校」が壊れる原因になるからです。たとえば、生徒の髪が長い、スカートが短い、化粧をしている、色のついた靴下を履いているといったありさまを目にすると、センセイという存在は、被害者意識をあらわにします。

「わたしたちの学校らしい学校がこわされる」
「おまえが思いどおりにならないおかげで、わたしたちの世界が壊れてしまうではないか。どうしてくれるんだ」
というふうに・・・。

この「生徒らしさ」「学校らしさ」は、私たちにとって、あまりにもあたりまえのことになっている。だから、人をがらりと変えながら、社会の中に別の残酷な小社会をつくりだすしくみに、私たちはなかなか気づくことができない。

日本の学校から「いじめ」が絶対なくならないシンプルな理由

社会で当たり前のように許されていることが、学校では許されていない一方で、社会で取り締まりの対象となる名誉毀損、侮辱、暴行、傷害、脅迫、強要、軟禁監禁、軍隊のまねごととされることが、あたりまえに運用されることもある。

学校は「教育」「学校らしさ」「生徒らしさ」という膜に包まれた不思議な世界だ。その膜の中では、外の世界では別の意味をもつことが、すべて「教育」という色で染められてしまう。そして、外の世界のまっとうなルールが働かなくなる。

日本の学校から「いじめ」が絶対なくならないシンプルな理由

いま、改めて、学校・先生・生徒の役割を見つめる機会に私たちは立ち会っているのではないでしょうか。

あらためて、学校の解像度を上げていくためには、もう一度、勉強の意味を知る必要もあるかもしれません。こちらの投稿「【生きるための知恵の身につけ方とは!?】勉強するのは何のため?|苫野一徳」もぜひご覧ください。

まとめ

  • なぜ、ハーバード流を輸入したくなるのか!?――米国の上澄みです。日本の平均と比較しないように冷静になりましょう。
  • なぜ、今の若者は「個性」を隠すのか!?――社会的成功の象徴が薄れ、身近な具体的な集団に除外されないことを志向するからです。
  • なぜ、学校は生徒に多くのことを強いるのか!?――「教育」の名の下、「らしさ」を追求するシステムになっているからです。
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