増田みはらし書店・店主の増田浩一です。
「アメリカは、世界で最も成功した“ブランド”かもしれない」
国家をブランドとして捉える視点って、あまり一般的ではないかもしれません。
でも、アメリカという国がここまで人々の心をつかんで、経済や文化を越えて「自由の象徴」として世界中に浸透してきたことを考えると、これはまさに見事なブランド戦略の成果と言えるんです。
そして、その起点となったのが1776年に刊行されたトマス・ペインの小冊子『コモン・センス』でした。これ、単なる政治論文ではないんです。実は国の方向性を示した「ブランド宣言書」――つまり、最初のブランドブックと見ることができるんですね。
アメリカ建国の歴史的背景
まず、当時の状況から整理してみましょう。
アメリカ大陸の東海岸には、17世紀以降、イギリスから渡ってきた移民たちが13の植民地を築いていました。宗教的自由を求めた人々、新しい土地や機会を探し求めた人々が新大陸に渡って、独自の生活を始めていたんです。
ただし、それはあくまで「イギリスの植民地」としての立場でした。重商主義の考え方では、植民地は宗主国の利益を生むための存在とされて、自由な交易なんてもってのほか。がんじがらめの制約の中で暮らしていたわけです。
18世紀半ばになると、人々の不満はどんどん大きくなっていきます。その象徴的なスローガンが「課税なき代表なし(No taxation without representation)」でした。遠く離れたイギリス本国の議会に自分たちの代表を送ることもできないのに、重税を課されるのは不当だ、と。これって、現代でも通じる感覚ですよね。
そんな不満が爆発したのが、1773年のボストン茶会事件です。
茶税に抗議する植民地の人々が、なんとインディアンに変装して港に停泊していた東インド会社の船に乗り込んで、342箱もの茶葉を海にザブーンと投げ捨てました。
イギリスが植民地支配の象徴としていた「お茶箱」を破壊することで、彼らは「もう従わない」という強烈な意思を示したんです。
この事件は単なる騒動ではありませんでした。独立へ向かう象徴的で大きな転換点だったんです。
とはいえ、この時点でも全ての人々が「独立」を望んでいたわけではありません。
王に忠誠を誓いつつ自治を求める穏健派も多くて、独立か妥協かで世論はかなり揺れていたんです。
『コモン・センス』という決定打
そんな迷いの空気を一変させたのが、1776年1月に刊行されたトマス・ペインの小冊子『コモン・センス』でした。
当時の人口250万人に対して、なんと50万部という驚異的な売れ行きを記録したんです。この数字、ちょっと驚きませんか?これは人口の実に20%にあたります。
どれくらい凄いかというと、明治日本で大ベストセラーになった福澤諭吉の『学問のすすめ』が総発行部数340万部で人口比約10%でしたから、『コモン・センス』はその倍の普及率を達成していたことになります。
しかも『学問のすすめ』は17編に分かれて5年間かけて刊行されたのに対し、『コモン・センス』はたった1冊の小冊子でこの数字ですからね・・・!
ポイントは、知識人だけでなく、農民や労働者にまで広く読まれて、政治への参加意識を呼び覚ましたということです。
『コモン・センス』の凄さは、難しい理屈を並べなかったことです。誰もが直感で理解できる「常識(common sense)」の言葉で語ったんですね。
“There is something absurd, in supposing a Continent to be perpetually governed by an island.”
(大陸が永遠に小さな島によって統治されると考えるのは不条理である)
イギリスという「島」がアメリカという「大陸」を支配するのはおかしい――このシンプルな比喩は、難解な政治理論よりもよっぽど人々を納得させました。まさに「コモン・センス」ですよね。
ちなみに『コモン・センス』の全文はこちらからどうぞ!
二項対立による明快なメッセージ
『コモン・センス』を読み解いていく中で、一貫して感じるのは、ペインがあえて、徹底した二項対立の提示をしていることです。
- 島(イギリス) vs 大陸(アメリカ)
上述の通り、島が大陸を支配する力関係は、違和感がある!!という論調。
- 王政 vs 自然の理
“Of more worth is one honest man to society, and in the sight of God, than all the crowned ruffians that ever lived.”(一人の誠実な人間は、これまで生きた全ての王冠を戴いたごろつきよりも価値がある)
- 従属 vs 自立;子供のままでいるか、大人として歩み出すか。
“Now is the seed-time of continental union, faith and honor. The least fracture now, will be like a name engraved with the point of a pin on the tender rind of a young oak; the wound would enlarge with the tree, and posterity read it in full grown characters.”(今こそ大陸統合の種まきの時、信頼と名誉の時である。今の小さな亀裂も、若いオークの柔らかい樹皮に針先で刻んだ名前のようなもので、傷は木と共に大きくなり、後世の人々はそれを成熟した文字として読むことになるだろう)
こうした構図って、どちらを選ぶべきかを曖昧にできない状況をつくるんです。
結果的に、人々を「独立」へと追い込んでいきました。
現代のブランド戦略でも、よく使われる手法ですよね。
『コモン・センス』をブランドブックとして読んでみる
ここからが面白いところなんですが、この小冊子は現代の経営における「ブランドブック」と全く同じ構造を持っていたんです。
ミッション、ビジョン、バリュー、パーパス――まるで企業が理念を整理するかのように、アメリカという国の根本思想を明確に提示していました。
- Mission(使命):自由と平等を基盤に、自らの社会を築く
- Vision(未来像):「我々には、世界を再び始める力がある」
“We have it in our power to begin the world over again.”
- Value(価値観):誠実さ・自立心・普遍性
- Purpose(存在意義):アメリカの独立はアメリカ人のためだけではなく、人類全体のため
これって、まさに現代のスタートアップが作るブランドブックそのものですよね。
イギリス vs アメリカ:ブランド比較
当時のイギリスは、長い歴史を誇る「老舗ブランド」でした。
伝統と秩序、格式を守り続けることが価値とされていて、階級社会がガッチリ固定されていました。
一方、アメリカは完全な「挑戦者ブランド」だったんです。
自由・流動性・フロンティア精神を旗印にして、まだ見ぬ社会の可能性を切り拓こうとする。
『コモン・センス』は、まさにこの挑戦者ブランドの「ブランド宣言書」として人々を鼓舞したのですね。
クライマックス:人類のためのフロンティア
そして、ペインの最大のレトリックがここにあります。上記のパーパスの部分でも取り上げた以下の引用です。
“The cause of America is in a great measure the cause of all mankind.”
(アメリカの大義は、大いなる意味で人類全体の大義である)
これ、普通に凄くないですか?
アメリカの独立を「人類の戦い」へと拡大解釈したんです。これは単なる局地的な政治闘争ではなく、新しい社会の実験であり、人類の未来を左右する試みなんだ、と。
だからこそアメリカは、地理的なフロンティアであると同時に、人類にとっての新しい社会的フロンティアになったんですね。この代弁者ポジションは、なかなか取れるものではないですが、やっぱり初めにやった人の利得ってあるものですよね。
このレトリックは、1776年7月4日に採択されたアメリカ独立宣言へと結実します。「すべての人は平等に造られ…生命・自由・幸福追求の権利を持つ」と高らかに宣言されたその理念は、『コモン・センス』が示した常識を制度へと昇華させたものでした。
そして興味深いことに、その後のアメリカのリーダーたちも、このレトリックを一貫して採用し続けているんです。
リンカーン大統領は1863年のゲティスバーグ演説で「government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth(人民の、人民による、人民のための政府を地球上から消してはならない)」と語り、南北戦争をアメリカの内戦ではなく民主主義そのものを守る戦いとして位置づけました。
フランクリン・ルーズベルト大統領も、1941年の真珠湾攻撃後の議会演説で「We will gain the inevitable triumph—so help us God(我々は必ず勝利する。神よ我らを助けたまえ)」と述べ、太平洋戦争を単なる報復戦争ではなく「正義 vs 悪」の人類的戦いとして描きました。
ケネディ大統領の1961年就任演説では「ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man(人類の自由のために共に何ができるかを問え)」と語り、月面着陸計画も「人類全体の偉業」として位置づけました。実際にアームストロング船長が月面で発した「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という言葉は、まさにペインが250年前に使った精神のエコーなんです。
つまり、「アメリカの使命=人類の使命」という構図は、建国以来250年間変わらないアメリカのブランド戦略の根幹だったということですね。
ペインがもたらした現代への問いかけ
さて、全体を俯瞰して、ペインがやったことを整理して、ポイントを抽出してみるとこんな感じになります。
- 不満を語るのではなく、新しい常識を提示すること
- 局地的な問題を、人類的な使命へと昇華すること
- 理屈ではなく直感に訴える二項対立で語ること
この語り口(レトリック)の工夫が充実化されていたからこそ『コモン・センス』は、人々の心とその後の歴史を動かしたんだと思います。
ひるがえって現代の私たちも、AI、気候変動、格差といった大きな課題に直面していますね。そんな今だからこそ求められているのは、ペインにならって「新しい常識(common sense)」を提示することではないでしょうか。
「私たちにとっての新しい“コモン・センス”とは、いったい何なのか?」
それが今、この時代に問われているんだと思います。
そして、改めて見てみると、現代に続くブランド論が、まさにアメリカから生み出されてきたということも納得できますよね。自由と個性、挑戦と革新を価値観の中核に据えた国だからこそ、企業も個人も「らしさ」を大切にするブランディングの考え方が根づいたんでしょう。
トマス・ペインが250年前に『コモン・センス』で示した手法は、今もなお私たちのブランド戦略の基本になっています。
それでは、また来週お会いしましょう。
