- お金があれば、私たちは豊かになれるのでしょうか?
- 実は、お金そのものには何の価値もないんです。
- なぜなら、働く人がいなければ、お金はただの紙切れだからです。お金のむこうには、必ず「人」がいるんです。
- 本書は、元ゴールドマン・サックスのアナリストである田内学さんが、資本主義の最前線で気づいた「経済の本質」を教えてくれる一冊です。
- 本書を通じて、私たちは「お金への誤解」を解き、財布の外を見る視点を手に入れることができます。そして、過去の蓄積の上に現在があり、今の選択が未来の土台になることを理解できるんです。
田内学さんは、元ゴールドマン・サックスのアナリストです。資本主義の最前線で働きながら、ある重要な気づきを得ました。それは、お金は偉くない、そして経済は、お金ではなく人を中心に考えないといけない、という気づきです。通貨の話ではない。
経済の話だ。純粋に経済を突き詰めて考えたときに見えてきたのは、お金ではなく「人」だったのです。
この経験が、本書を書く原点となりました。
特に、日本国債をめぐる問題に直面したとき、「日本とは何か」「借金とは何か」をとことん考え抜いたことが、本書の核心的なテーマにつながっています。金融の世界で培った専門知識を、私たち一般の読者にもわかりやすく、そして本質的に伝えてくれる一冊です。
お金のむこうに「人」がいる
働く人がいなければ、お金は力を失うんです。
これ、当たり前のことなんですけど、私たちはついつい忘れてしまうんですよね。お金があれば何でもできる、お金さえあれば豊かになれる、そんな風に思い込んでしまう。でも実際には、お金のむこうには必ず「人」がいるんです。
なぜ紙幣をコピーしてはいけないのか。これ、法律で禁じられているからという以上の理由があります。
紙幣を手に入れないと、刑務所に入れられてしまうから僕たちは働いている。でも僕たちはその法律を受け入れている。それが納税だ。紙幣は円貨幣(紙幣を発行)だが、いずれにしてもそれは国民が徴収し、それも支払わなければ刑務所に入れられる。実はこの法律があるからこそ僕たちは円を使うようになったんだ
と、このように田内さんは指摘します。
つまり、お金の価値を支えているのは、働く人々なんです。働く人がいなければ、お金はただの紙切れです。
ピラミッドの建設に、お金はまったくかかっていなかったという話も興味深いです。
必要なのは、予算を確保することではなく、労働を確保することだったんです。確認したかったのは、「すべてのモノは労働によって作られる」という生産活動の大原則についてでした。
現代では、絶対的な権力がなくても、言語の壁やスキルの壁を超えて、相手が求めるだけの価格さえ払えば他の人に働いてもらうことができる。この「交渉力」が、お金が持つ1つの力だと田内さんは言います。
お金を流せば、自然に労働が集積され、どんな複雑なものも作り上げることができる。これがお金のもう1つのコミュニケーション力、つまり「伝達力」です。
僕たちはつい、お金を使ってモノが手に入ると感じてしまう。
でも実際には、このときの「使う」という言葉は、お金ではなく、誰かの労働を「使う」のです。
お金のむこうには必ず「人」がいる。あなたの財布が外の財布へ流れていることに気づくことが大切なんです。
あなたが消費しているのは、お金ではなく、誰かの労働なんです。お金のむこうには必ず「人」がいる。あなたの労働によって支えられているんです。
ゴールドマン・サックスという資本主義と拝金主義の会社で働いてみて僕は確信した。お金は偉くない。そして経済は、お金ではなく人を中心に考えないといけない。通貨の話ではない。経済の話だ。純粋に経済を突き詰めて考えたときに見えてきたのは、お金ではなく「人」だったんです。
改めて、経済とは何かを考えないといけないと思うんです。わたしたちが社会の運営に対して負担しているのは働くことです。働くことで何かを生産し、その成果を社会全体で分かち合う。その結果、わたしたち一人ひとりの生活が豊かになる。これこそが経済なんです。
「お金を支払うこと」が社会に対しての負担になるのではなく、「支払うお金を稼ぐために働くこと」が、社会に対しての負担になるんです。
この視点、本当に大切だと思います。私たちは財布の外の空間で人々が労働しているという事実を、もっと意識する必要があるんです。
価格ではなく、価値(効用)を見よう
わたしたちが感じる価値の1つは、この「効用」と呼ばれる「使うときの価値」なんです。
言い換えれば、自分がどれだけ満足したかということです。
価値とは、商売人にとっての価値なんです。
コンビニのおにぎりが100円で、家族が作るおにぎりがタダなのは、効用の差ではないんです。
家族が作るおにぎりは、まずいからタダなのではなく、お金を払わなくても働いてくれるからタダなんです。知り合いのおばちゃんのお弁当屋がいつもあなたに値引きしてくれるのは、あなたに作ることがおいしくないからではない。喜んで働いてくれる人には、お金による交渉は必要ないんです。
働きたくない人に働いてもらうときほど、強い交渉が必要になる。この働きたくなさを測ることになる人があることをすると、みんなが他の人のために喜んで働くなら、価格は存在しなくなる。
つまり、価格とは、「どれだけ働きたくないか」を表している指標なんです。
1本10万円のワインは、いいワインです。いいところを100倍も200倍も持っているようなワインではないはずです。100円のワインより1個から2個はいいところがあります。1000円のワインがおいしいと感じる人は、味がわかる人よりも変わった1個か2個しかない、いいところに気づくことのできる幸せな人です。いいワインがどうかは、あなたが決めればいいのです。
この「決められる」ということが、本当の豊かさなんじゃないかと思うんです。
選択の自由こそが豊かさの本質です。お金があれば、自分の満足度(効用)に応じて自由に選べる。100円のワインで十分満足できる人もいれば、10万円のワインを選ぶことで得られる「選べる幸せ」を感じる人もいる。どちらが正しいということではなく、自分にとっての価値を見極めることが大切なんです。
そして、投資についても同じことが言えます。
ほとんどの人は転売されているチケットを買っているんです。
つまり、ほとんどのお金は応援したい会社には流れないんです。2020年3月期(日本取引所グループ傘下の証券取引所)での日本株の年間売買高は744兆円でした。一方で、証券取引所を通じて、会社が株を発行して調達した資金は約2兆円でした。
コンサートの例でいえば、主催者が売ったチケットはたったの2兆円で、742兆円は転売されたチケットの分だけでした。株が会社から発行されるときに、株を購入する人がいる。その人のお金だけが会社に流れて、その会社の成長に寄与される。それ以外の取引はすべてが転売だったんです。
転売はただのギャンブルでしかないんです。
収益と費用を比べるということは、その事業が生み出す付加価値、つまり生産された財・サービスの価値と労働の負担を比較することでもある。投資することが決定すると、投資されたお金は事業主を通じて続々と労働につながり、事業を見ることができる。
そして、その事業の成功がいずれ、将来の生活を豊かにする。新たなモノやサービスを利用できるようになるんです。
投資の損は、事業の失敗を意味する。
その事業に費やされた労働に対して、お客さんが感じた効用が少なすぎたということです。多くの労働がムダになった。その労働が他のことに使われていたら、僕たちの生活はもっとずっと楽になっていたのかもしれないんです。
私たちは、価格ではなく価値(効用)を見る必要があります。そして、自分のお金を使うということは、誰かの労働を動かすということなんです。だからこそ、お金の流し方をコントロールすることが、とても大切なんです。
GDPの罠と、蓄積された豊かさ
社会全体にとって重要なのは、お金を増やすことではなく、お金を流すことなんです。
なるべく多くのお金を流すために、銀行の金庫の扉は2つある。1つ目の扉は、僕たちがお金を引き出す(貸し出しを行う)しかない。その結果、誰かの信用が増えて、同時に預金が増える。それだけの話なのです。
実は、この「投資」が未来を作っているんです。
でも、ここで大きな誤解があります。それが「経済効果」という言葉です。
この「1・6兆円の経済効果」の意味は、「1・6兆円移動させた」という意味でしかないんです。社会全体で見れば、お金は増えていないんです。社会全体にとって大事なのは、①お金が大量に動くこと、②労働がモノに変換されること、のほうにあるんです。
1・6兆円のお金が流れることで、多くの労働が印刷機やATMの製造に投じられ、新紙幣が新たに製造され、新紙幣の使用を可能にするんです。この新しい紙幣がもたらす効用は、主に紙幣の偽造防止に役立つことによって、国民の1年間の卸・小売総生産が約1・9兆円だから、1・6兆円というのは、それに匹敵する労働が注ぎ込まれることになる。この既大な労働を、紙幣を刷新して機能・効用が大きければ、この生産活動は社会にとって十分意味があることでした。
しかし効用が小さければ、社会の負担が大きすぎるんです。
これが自然に発生した生産活動であれば、いちいち負担と効用を比較しなくても問題ないんです。
ところが、この新紙幣の発行のように、政府の政策などによって半ば強制された生産活動ならば、「労働の負担>効用」になってしまうことも十分ありえるんです。
だから、「経済効果」という言葉を聞いたときは、まず「効用のよくわからない生産活動なのではないか?」と疑ったほうがいいんです。数字にごまかされて、効用に見合わないほどの労働が注ぎ込まれているのを放っておくと、社会はどんどん疲弊していくんです。
そして、ここからが本当に大切な話です。
GDPではなく、この「効率」が生活を豊かにしているんです。
そして、「蓄積」もまた生活を豊かにしている。
生活は直近1年間の労働の上に成り立っているわけではないんです。過去の労働の蓄積の上に、現在の生活が成り立っているんです。
すでにほとんどの主要都市の間は高速道路や新幹線で結ばれているんです。そのため、新たに敷設される道路や線路のGDPは減少傾向にある。減少していることが、すでに僕たちが十分に利用していることを表しているんです。生産活動が減っていることを嘆く必要はないんです。新たに追加される道路や線路が少なくても十分その分量に便利になっている(もちろん、老朽化の問題は別途考える必要はあるが)。医療施設にしても、教育施設にしても、過去の労働によって多くのモノが蓄積されて、現在に効用をもたらしているんです。
GDPは下がっても、効用は増えているんです。
僕たちの暮らしは過去の労働の上に成り立っているんです。1年間のGDPが表す生活の豊かさは、ごく一部でしかないんです。
現在は未来の土台になるんです。
お金にできることは、労働の分配とモノの分配でしかないんです。お金を増やしても、労働不足もモノ不足も解決できないんです。僕たちが直面している年金問題も、労働不足、モノ不足の問題が根本にあるんです。いくら年金を増やしても原因は解決しない。現役世代と呼ばれる働く人の割合が減少することにある。現役世代が減少していくと、生産力も減っていく。必要なモノが生産される量に入らず、生活できる人が出てくるんです。
年金問題を語るときには、「1人の高齢者を○人の現役世代で支えている」という話をよく聞くのに、「1人の子どもを○人の現役世代で支えている」という数字を誰も口にしないんです。1人の女性が産む子どもの人数しか気にしないんです。
子育ての負担が減っているというのは、「親」の話ではなく、「社会」の話なんです。社会が子どもを育てなくなってしまったんです。
少子化問題は、助け合いという経済の目的を忘れて、金銭負担を気にしているんです。
いよいよ、この本の本題に入っていく。経済は社会全体の話だと思いながらも、実際には自分の財布の中だけを見てしまいがちになるんです。ここでは、お財布の中だけではなく、財布の外を見るための「お金への誤解」を解いてきたつもりなんです。その誤解が、人々を、空間的にも時間的にも分断しているのではないかと僕は思っているんです。
空間的な分断は、さきほど話したように「財布の外の空間で人々が労働している」という誤解でした。
時間的な分断は、「財布の中のお金が自分の生活を支えている」という誤解でした。
現実は、財布の外の空間で人々が生産したモノによって生活しているし、それは過去に生産されたものがほとんどなんです。
つまり世代間の分断を引き起こしている原因の1つが、日本政府の借金だろう。「現在の豊かな生活は、過去の人たちの蓄積のおかげだ」と言われるんです。
本書は、この「お金への誤解」を解き、空間的・時間的分断を乗り越えるための1冊なんです。
お金のむこうに人がいることを思い出し、過去の蓄積の上に現在があることを理解し、そして私たちの今の選択が未来の土台になることを意識する。
そうすることで、私たちは本当の意味で豊かな社会を築いていけるんじゃないかと思います。
お金の本質については、こちらの1冊「時間とお金の調和を!?『生活をデザインする。:自分の人生を生きるための実践的方法』なにおれ」もぜひご覧ください。生活の解像度を上げていくことが、実はお金に対する誤解を解くヒントなのではないか、とも思える1冊です。

まとめ
- お金のむこうに「人」がいる――お金があれば何でもできるのではなく、人が働くから何でも叶えられる可能性のあるのが、社会の真実なのです。
- 価格ではなく、価値(効用)を見よう――効用こそが、私たちが必要なものであり、価格に騙されてはいけないのです。
- GDPの罠と、蓄積された豊かさ――効率面だけではなく、私たちは、蓄積面も含めて、人による労働のありがたさを考える必要があるのです。
