- お金があれば幸せになれると、私たちは本気で信じているんでしょうか?
- 実は、その信念こそが、現代社会を縛る最大の誤解なのかもしれません。
- なぜなら、お金自体には何の価値もないからです。お金で解決できる問題なんて、実はほとんど存在しないんです。私たちが本当に必要としているのは、お金そのものではなく、お金の向こう側にある「誰かの労働」であり「生み出された価値」なんですよね。
- 本書は、ゴールドマン・サックスでトレーダーとして活躍した田内学さんが、物語形式で綴るお金の教養小説です。中学2年生の優斗が、謎の大富豪ボスとともに「お金の正体」と「社会のしくみ」を学んでいく過程は、私たち読者に「お金は本当にえらいのか?」という根源的な問いを投げかけます。
- 本書を通じて、私たちが囚われている「お金至上主義」という誤解が、丁寧に解きほぐされていきます。そして最後に行き着くのは、意外にも「愛」という言葉なんです。お金と愛、この対極にあるように見える2つの概念が、実は深くつながっているという発見。それが、この本の最も美しいメッセージだと、私は思います。
田内学さんは、ゴールドマン・サックスでトレーダーとして活躍した後、金融教育の世界に転身した異色の経歴を持つ作家です。
灘中学校・高等学校から東京大学工学部、そして同大学院で情報工学を修めた後、2003年にゴールドマン・サックス証券に入社。約16年間にわたり、世界最高峰の金融機関でトレーダーとして実務経験を積みました。
2019年に退職後、「お金の向こう研究所」を設立。金融の最前線で得た知見を、より多くの人に伝えるための活動を開始します。
本書『きみのお金は誰のため』は、そんな田内さんが放つお金の教養小説です。物語形式で「お金の本質」を問い直すこの作品は、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」で総合グランプリを受賞しました。
金融のプロフェッショナルでありながら、お金について根本から問い直す。その姿勢に、田内さんの誠実さと、現代社会への危機感が表れているように思います。
お金は本当に「えらい」のか?
私たちは、いつからお金を「えらいもの」だと思うようになったんでしょうか。
この本を読んで、その問いが何度も頭に浮かびました。中学2年生の優斗が、投資銀行勤務の七海、そして謎の大富豪ボスとともに繰り広げる対話は、物語という形をとっていますが、その中身は極めて本質的な問いかけです。
「お金自体に価値があるわけやない。税を導入することで、個人目線での価値が生まれて、お金が回り始めるんや」
ボスのこの言葉は、私たちが普段当たり前だと思っている「お金の価値」について、根底から考え直すきっかけを与えてくれます。
お金自体には価値がない。これは一見すると奇妙な主張に聞こえるかもしれません。だって私たちは毎日、お金で物を買い、お金を稼ぐために働き、お金があれば幸せになれると信じているんですから。
でも冷静に考えてみれば、お金って結局は紙切れであり、データであり、約束事に過ぎないんですよね。
お金が本当に価値を持つのは、それが何かと交換できるときだけです。
つまり、お金の向こう側に、誰かの労働があり、誰かが作った商品があり、誰かが提供するサービスがあるからこそ、お金は意味を持つ。
この単純な事実を、私たちは忘れがちなんです。
本書では、ハイパーインフレの例が挙げられています。お金が紙幣パンに化けるわけではない。生産力があるから作れるんだと。ジンバブエの生活が苦しくなったのは、お金が増えすぎたからじゃなくて、物が作れない状況にあったからなんですよね。
この視点、本当に大切だと思うんです。
現代社会では、お金があればすべてが解決すると思われがちです。でも実際には、お金で解決できる問題なんてほとんどないんじゃないでしょうか。
インフレに苦しむ人を救うのは、紙幣を刷ることではなく、生産力を高めること。貧困を解決するのは、お金を配ることではなく、働く場を作り出すこと。
お金は手段であって、目的ではない。この当たり前のことを、私たちは何度でも確認する必要があるんです。
だからこそ、「お金はえらいのか?」という問いは、とても重要なんですよね。
お金を崇拝する社会では、お金を持っている人が偉く見えます。お金を稼ぐことが人生の目標になります。お金のためなら、どんな仕事でもいいと思えてしまいます。
でも本当にそれでいいんでしょうか?
働くことの本質と、未来への責任
この本を読んで、もう1つ強く感じたことがあります。それは、働くことの本質についてです。
「金と交換できたのは、補助輪みたいなもんや。いきなり紙幣を使えと言われても混乱するやろ。実際に新制度についていけず生産力が落ちた国や地域もある。はじめは、本体の車輪は税金を集めることなんや。本来の目的は税金を集めることなんや」
税金という制度の本質を語るこの部分、私は何度も読み返しました。
税金って、多くの人にとっては「取られるもの」「負担」というイメージがあると思うんです。できれば払いたくないし、高いと文句を言いたくなる。
でも本書が示すのは、まったく違う視点です。
税金は、未来への投資なんです。子どもたちへの贈り物なんです。私たちが今、社会に対して果たす責任の形なんです。
ボスは優斗に「税金の導入で、子どもにとっての価値は生まれた。せやけど、紙幣自体にはあかん生み出けへんないんや」と語ります。
この言葉の意味を考えると、働くことの本質が見えてきます。
働くこと自体が、誰かのためになる行為そのものなんです。お金を稼ぐために働くんじゃない。誰かが抱えている問題を解決しているから、その対価として報酬が発生するんです。
順序が逆なんですよね。
もし、もうけること自体を目的にしたら会社は長続きしない。
会社が長続きできるのは、社会の役に立っているからです。
その結果として、もうけることができる。そういう会社にこそ、人もお金も集まる。
この考え方、とても腑に落ちました。
私が特に印象的だったのは、「100人の国の話」です。お金がえらいと信じる人たちは、もっとお金を配れと叫んでデモ行進をした。でも他の人たちは淡々と働いた。どっちの行動が正しいか、もう明白なんですよね。
これが「お金はえらいのか?」という問いへの答えなんです。
お金を増やしても、生産力がなければ意味がない。働く人がいなければ、社会は回らない。誰かのために価値を生み出す人がいるからこそ、お金は機能するんです。
そして、もう1つ。
万年筆で「経世済民」と大きく書いた場面があります。これ、けいせいさいみん、と読むんです。世をおさめて民をすくう、という意味です。
経済は経世済民略して、経済なんや。経済あかんならあかんなが協力したらええやんか。そやけど、みんなが幸せになることなんや。その瞬間にしても、多くの人が働いて作ってくれたおかげで、なんぎさんやお母さんの幸せを今度は七海さんが受け継いでいるわけや。
働くことは、幸せを受け継ぐことなんです。先人たちが積み重ねてきた価値を受け取り、それを次の世代に渡していく。そのリレーの中に、私たちはいるんです。
だからこそ、効用ある資産を積み重ねて次世代に送ることが、私たちの責任なんですよね。
文化としての「考え方」を継承すること
この本を読んで、もう1つ強く感じたことがあります。それは、「考え方」そのものが継承されるべき文化資産だということです。
「もう1つ大事なことは、心から人を愛することや。家族でも恋人でも誰でもいい。それによって僕らの意識は大きく変わる。ぼくたちが自分に贈り物をするとき、人がどう感じているかを考えるようになる。自分と他者では見え方や感じ方が違うことに初めて気づく」
この言葉が、本書の最も重要なメッセージだと私は思います。
お金の話をしているはずなのに、最後に行き着くのは「愛」なんです。このギャップが、とても美しいし、とても真実だと感じました。
私たちは、情報のインフラを大切にしなければいけないんです。カルチャーと言い換えてもいい。
文明はまっすぐ発展します。技術は進歩し、経済は成長し、社会は複雑化していきます。でも文化は、意識的に受け継いでいかないと廃れてしまうんですよね。
この本で語られている「お金の本質」「働くことの意味」「未来への責任」といった考え方は、まさに継承されるべき文化です。
ミーム(meme)という概念を思い出します。
遺伝子が生物学的に受け継がれるように、文化や思想は社会的に受け継がれていく。でもそれは自動的には起こらない。誰かが語り、誰かが聞き、誰かが実践することで初めて、次の世代に渡されるんです。
ボスが優斗に語りかけるこの物語は、まさにそのミームの伝達なんですよね。
「僕が思うに、1つは目的を共有することやと思う」とボスは言います。「僕は同じ目的を共有することが大事やと思っている。誰もが共有できる目的は、未来や」
未来を共有したほうがいい。この言葉が、すべてを象徴しています。
お金を貯めることは、未来のためです。働くことは、未来のためです。税金を払うことは、未来のためです。子どもを育てることは、未来のためです。
私たち1人ひとりが、未来という共通の目的を持っているんです。
そして、その未来を豊かにするのは、お金の量ではなく、効用ある資産なんです。物理的な資産だけじゃない。技術も、知識も、制度も、そして何より「考え方」そのものが、次世代に渡すべき資産なんです。
現代社会は、お金こそが最上のものだという誤解に囚われています。
お金さえあれば幸せになれる。お金を稼げば成功者だ。お金持ちは偉い人だ。こういう価値観が、知らず知らずのうちに私たちの心を支配しているんじゃないでしょうか。
でもこの本は、その誤解を丁寧に解きほぐしてくれます。
お金は手段であって目的じゃない。大切なのは、人がいかに働き、人のためにあるか。効用ある資産を積み重ねて次世代に送ること。そして何より、心から人を愛すること。
これらの「考え方」を、私たちは意識的に継承していかなければいけないんだと思います。
物語の中で、優斗は少しずつ成長していきます。最初は何も知らなかった中学生が、ボスとの対話を通じて、お金の本質を理解していく。その過程は、まさに文化の継承の過程なんですよね。
私たちも、優斗のように学び続ける必要があるんです。
お金について、働くことについて、未来について。
当たり前だと思っていることを問い直し、本質を見極め、次の世代に伝えていく。
それが、今を生きる私たちの責任なんだと、この本を読んで強く感じました。
最後に、フリードマンの鉛筆の話を思い出します。1本の鉛筆を作るのに、何千もの人々が関わっている。誰も全体を知らないのに、みんなの協力で鉛筆は作られる。
私たちの社会も同じなんです。
誰も全体を把握していないけれど、みんなが自分の役割を果たすことで、社会は回っていく。そのときに必要なのは、お金への執着ではなく、未来への共感なんです。
「きみのお金は誰のため」というタイトルが、すべてを物語っています。
お金は、自分のためだけのものじゃない。
誰かのため、みんなのため、そして未来のためのものなんですね。
この視点を持つことで、お金との付き合い方が変わります。
働くことの意味が変わります。
そして、人生そのものが変わっていくんじゃないでしょうか。
お金とご自身との距離感を見つめるためには、こちらの1冊「お金を通じて、徳を積み、生涯ともに学べる仲間を作ろう!?『お金と銭』中野善壽」もぜひご覧ください。

まとめ
- お金は本当に「えらい」のか?――お金は手段であって、目的ではない。この当たり前のことを、私たちは何度でも確認する必要があるのです。
- 働くことの本質と、未来への責任――働くことは、幸せを受け継ぐことなんです。先人たちが積み重ねてきた価値を受け取り、それを次の世代に渡していく。そのリレーの中に、私たちはいるんです。
- 文化としての「考え方」を継承すること――「考え方」そのものが継承されるべき文化資産なのです。もしかしたらお金もそのツールにほかならないのかも知れませんね。
