価格コントロールの主導権―― ものごとの“価値”を守る母数戦略

価格コントロールの主導権―― ものごとの“価値”を守る母数戦略

みなさん、こんにちは。増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

私は、広告会社で内外連携のもと新規事業を生み出していくインキュベーションセンターの部長の役割をいただきながら、中小企業診断士としても活動しております。

#考えるノート と題して、週に1回、私がさまざまなご支援のもとで考えたことや、経営者や専門家の方からヒントを頂いたことについて、まとめて発信をしております。

社会的な意義を持つ活動や企業が増える中で、多くのソーシャルアクションブランドが直面する共通の課題があります。それは「規模拡大と価値維持のバランス」です。

「より多くの人に参加してもらいたい」という願いと、「本来の価値や品質を守りたい」という思いの間で揺れ動くリーダーたち。

今週は、このジレンマを解決する鍵となる「母数コントロール」について考えてみたいと思います。

山口周さんの著作から読み解く「価格の幻想」という概念

思想家・山口周さんは、2008年に岡本一郎というペンネームで『グーグルに勝つ広告モデル』(光文社新書)を著しました。この著書の中で山口さんはテレビ広告市場とデビアス社のダイヤモンド戦略を例に挙げ、価格形成の仕組みについて興味深い分析を展開しています。

山口さんの分析から読み解けるのは、「価格とは本質的価値ではなく、認識によって形成される」という洞察です。

本稿ではこれを「価格の幻想」と呼びたいと思います。

デビアス社はダイヤモンドの供給をコントロールし、「希少性」や「永遠の愛」というイメージを付与することで高価格を維持してきました。同様に、日本のテレビ広告枠も「事前買い付け制」「系列による供給制限」「大手広告代理店のハンドリング」によって、その価格が維持されてきたことを山口さんは指摘しています。

この「価格の幻想」とも言える現象は、今日のソーシャルアクションブランドにも大きな示唆を与えてくれます。価値とは、無制限に増やせば増やすほど高まるものではない——むしろ、意図的な「制限」によって守られ、高められるものなのです。

ソーシャルアクションブランドにおける価値形成の特殊性

プレミアムフライデー、絶飯リスト、グリーンバード、ヘラルボニーなどのソーシャルアクションブランドには、通常のビジネスとは異なる価値形成の特殊性があります。

これらのブランドの価値は、単なる機能や効用ではなく、「参加することの意味」「社会的な認知」「共感」によって形成されます。言い換えれば、「誰が」「どのように」参加しているかが、ブランド自体の価値を大きく左右するのです。

例えば、ヘラルボニーの価値は、障害のあるアーティストたちの作品が持つ唯一無二の創造性と、その作品を社会に橋渡しする審美眼とキュレーションの質にあります。

もし審査基準を緩めて作品数を無制限に増やしたら、その特別な価値は薄れてしまうでしょう。

同様に、グリーンバードの活動も、単に「ゴミ拾い」という行為自体ではなく、その一貫したビジュアルアイデンティティと、参加者の自発的な「楽しさ」の共有によって価値が生まれています。ここでも、母数のコントロールが価値を守る鍵となるのです。

これらのソーシャルアクティベーション(ソーシャルアクション)は、形が見えないものですので、その品質コントロール、そしてそれによってもたらされる価格コントロールが非常に難しいジャンルだと思われます。今回は、社会で求められ始めているそうしたジャンルを取り上げながら、その仕組をいかに作り出すか、そして、参加者を得るのか、思考を深めてみることにしたいと思います。

ここで重要なのが、価格レベルを担保することを目的として、ではなく、あくまで、「本物を守る」ことを思想に、参加者をコントロールする機能を持つということです。

それでは、詳しく仕組みや考え方を見ていきましょう。

母数コントロールの3つの次元:参加者・品質・拡大速度

母数コントロールには、大きく分けて3つの次元があります。

①参加者のコントロール

  • 誰が参加できるか(参加条件や選別の仕組み)
  • どのような役割で参加できるか(階層化)
  • どのくらいの人数まで受け入れるか(上限設定)

参加者のコントロールは、ブランドの核となる価値観や目的に共感する人々を集める重要な役割を担います。

例えば、単に「誰でも参加できます」とするのではなく、「この価値観に共感し、一定の行動基準を満たせる方」といった条件を設けることで、ブランドの本質を理解した参加者が集まりやすくなります。

また、参加者の役割を階層化することも重要です。ヘラルボニーであれば、アーティスト、キュレーター、支援者、購入者など、さまざまな関わり方ができます。このように参加形態に多様性を持たせることで、より多くの人が関われる間口を確保しつつも、核となる価値を守ることが可能になります。

②品質のコントロール

  • 何をもって「良い」とするかの基準設定
  • 品質を維持するための審査・認証プロセス
  • 品質低下を防ぐためのフィードバックの仕組み

品質のコントロールにおいて最も重要なのは、「何をもって良いとするか」という基準の明確化です。これは単なる「良い・悪い」の二元論ではなく、「このブランドならではの価値」を具体的に言語化することを意味します。

例えば、グリーンバードの活動であれば、単に「ゴミを拾う」だけでなく「楽しく、かっこよく、気持ちよく」という体験の質が重要です。このような独自の品質基準を設け、それを維持するための審査プロセスやフィードバックの仕組みを構築することで、活動の拡大に伴う品質低下を防ぐことができます。

③拡大速度のコントロール

  • 成長の各段階における適切な規模感の設定
  • ティッピングポイント(急激な拡大が起こる変曲点)の予測と対応
  • 拡大に伴う価値希釈リスクへの対策

拡大速度のコントロールは、多くのソーシャルアクションブランドが見落としがちな重要な次元です。「より多くの人に」という願いから、急速な拡大を目指してしまいがちですが、それによって本来の価値が希釈化するリスクがあります。

特に注意すべきは「ティッピングポイント」の存在です。SNSでの話題化やメディア露出をきっかけに、突然大きな注目を集めることがあります。こうした急激な拡大期に備え、事前に「どのようなペースで、どこまで拡大するか」の計画を立てておくことが重要です。

拡大の誘惑に負けず、「今はあえて成長を抑制する」という決断も、長期的な価値創造においては不可欠です。

これら3つの次元を初期設計の段階から組み込むことで、「無尽蔵なマイニングを防ぐ」体制を整えることができます。

事例分析:4つのソーシャルアクションブランドの成功要因

プレミアムフライデー 官民一体となった働き方改革の取り組みである「プレミアムフライデー」は、当初大きな注目を集めました。しかし、参加条件や品質基準の曖昧さから、「ただの月末の早帰り」という認識にとどまり、社会的なムーブメントには至りませんでした。母数コントロールの視点から見ると、「誰でも」「どんな形でも」参加できる緩さが、かえって価値の希薄化を招いた例と言えるでしょう。

絶飯リスト 対照的に「絶飯リスト」は、厳選された飲食店のみを紹介する仕組みによって、高い価値を維持しています。掲載店舗数を意図的に制限し、一定の審査基準を設けることで、「このリストに載っている店は特別だ」という認識を作り出しています。これは母数コントロールの好例です。

グリーンバード 街のゴミ拾い活動を展開する「グリーンバード」は、鮮やかな緑色のユニフォームという視覚的アイデンティティと、「楽しく、かっこよく、気持ちいい」という活動理念によって差別化を図っています。活動の拡大にあたっては「チーム制」を採用し、各地域のリーダーに研修を行うことで品質の一貫性を保っています。

ヘラルボニー 障害のある方々のアートを商品化する「ヘラルボニー」は、作家の選定プロセスと作品の厳選によって、高い芸術性と商品価値を両立させています。「障害者アート」という枠に収まらない独自の世界観を維持するため、展開スピードよりも一つひとつの作品の質を重視する姿勢が、ブランド価値を高めています。

実践編:母数コントロールを組み込んだブランド立ち上げの5ステップ

ソーシャルアクションブランドを立ち上げる際に、母数コントロールを組み込むための5つのステップを提案します。

ステップ1:明確な価値基準の設定 まず、あなたのブランドが大切にする「価値」を明確に言語化しましょう。「何を」「どのような状態で」提供することが価値なのか、その基準を具体的に設定します。この基準が曖昧なままでは、後々の母数コントロールが困難になります。

ステップ2:小さく始めて品質を確立する 初期段階では、規模よりも品質の確立を優先しましょう。少数の厳選された参加者や製品から始め、「これこそが私たちの目指す価値だ」という具体例を示すことが重要です。この段階での成功体験が、ブランドの価値基準を形作ります。

ステップ3:ティッピングポイントを見据えた拡大計画 ソーシャルアクションブランドには、急激に認知や参加が広がる「ティッピングポイント」が訪れます。この変曲点を事前に予測し、対応策を準備しておくことが極めて重要です。

ティッピングポイントの予測には、以下の指標が役立ちます。

  • 自発的な問い合わせや参加希望の増加率
  • SNSなどでの言及頻度の変化
  • メディア露出の質と量の変化
  • 参加者層の多様化

ティッピングポイントが近づいたと感じたら、以下の対応を検討しましょう。

  • 参加条件や審査基準の明確化・強化
  • 核となるコミュニティメンバーの役割の再定義
  • 品質管理プロセスの強化
  • 拡大ペースを意図的に制御するための施策導入

ステップ4:階層的な参加モデルの構築 全ての人が同じ形で参加するのではなく、関わり方に階層を設けることで、コアとなる価値を守りながら多様な参加を可能にします。

例えば、以下のようなネットワーク体制です。

  • コアメンバー:基準策定や意思決定に関わる
  • 認定メンバー:一定の研修や審査を経た正規参加者
  • サポーター:部分的に活動をサポートする役割
  • フォロワー:活動を応援し、情報を拡散する役割

ステップ5:価値の再生産システムの確立 持続可能な形で価値を守り続けるためには、価値を再生産するシステムの確立が不可欠です。

詳細については、以下もご参考にしてください。

  • 定期的な価値基準の見直しと再確認
  • 次世代リーダーの育成プログラム
  • 参加者からのフィードバックを活かす仕組み
  • 社会的インパクトの測定と可視化

持続可能な価値創造のための初期設計の重要性

山口周さんの著作から読み解ける「価格の幻想」の概念が教えてくれるのは、価値とは意図的なコントロールによって形成・維持されるものだということです。

ソーシャルアクションブランドにおいても同様で、「より多くの人に」という量的拡大の誘惑に負けず、質と量のバランスを取ることが成功の鍵となります。

これまで様々なブランド構築に関わってきた経験から言えるのは、初期設計の段階で「母数コントロール」の視点を組み込むことが、長期的な価値創造には不可欠だということです。

特に社会的意義を持つブランドは、その価値が多くの人々の共感や参加によって形成される分、無秩序な拡大によって価値が希薄化するリスクも高いのです。

あなたがこれからソーシャルアクションブランドを立ち上げるとき、あるいは既存のブランドの価値を高めたいと考えるとき、ぜひ「母数コントロール」の視点から自らの活動を見つめ直してみてください。

意図的な「制限」こそが、本質的な「価値」を守るためのパラドックスなのです。

それでは、また来週お会いしましょう。いつもご覧いただきありがとうございます。

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