増田みはらし書店・店主の増田浩一です。
もし明日、あなたのアイデアに100万円払いたいという人が現れたら、どうしますか?
「まだ完成していないから」と断りますか?それとも「ありがとうございます!」と即答しますか?
この質問に即答できない理由、もしかしたら、それは私たちが「いいものをつくること」と「売れること」を同じだと思い込んでいるからかもしれません。
しかし実際には、この2つはまったく別のことなのです。
広告会社で数多くの企画に携わってきた中で、痛感してきたことがあります。どれほど洗練された企画書も、どれほど美しいロゴも、どれほど完璧なプレゼン資料も、それだけでは「売れる」保証にはならないということです。
一方で、まだ粗削りでも、試作段階でも、「これ、欲しい!」と言ってもらえるアイデアは確実に存在するのです。
新しいことを始めるとき、私たちは順番を間違えているのかもしれません。
完璧な「いいもの」を作り上げてから売るのではなく、まず「売る」ことから始めてしまってもいいのです。
「いいもの」と「売れるもの」は違う
私たちはつい、「いいものを作れば売れるはず」と考えがちです。
品質を高め、機能を充実させ、デザインを洗練させれば、きっと顧客に喜んでもらえる──そう信じて、時間をかけて完璧なものを目指します。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。「作り手にとってのいいもの」と「買い手にとって欲しいもの」は、しばしば一致しないのです。
私たちは「やりたいことから始めよう」とよく言います。もちろん、その情熱は何よりも大切です。
しかし、やりたいという想いだけでスタートすると、時として作り手の理想ばかりが膨らんで、実際に価値を感じてくれる人の声が聞こえなくなってしまうことがあります。
一方で、「これ、いいですね」「いくらだったらお願いできるかな?」と言ってくれる人の声から始めたプロジェクトは、最初から確実な需要の上に立っています。なぜなら、そこには既に「お金を払ってでも手に入れたい」と感じる人が存在するからです。
つまり、完璧な商品を作り上げてから「ぜひ、買ってください」と言うのではなく、「こんなアイデアがあるんですが、どうですか?」と早い段階で市場に問いかけることで、本当に求められているものが何かを知ることができるのです。
この発想転換を明確に示してくれたのが、田所雅之さんの『起業の科学』でした。
著者は本書で、「プロダクトをつくる前に、売ってしまうのである」とはっきり述べています。
なぜそんなことが可能なのでしょうか。
それは、スタートアップや新規事業において本当に難しいのが、「何を、いつ、どのような順序で実現すればいいか」を判断する基準が存在しないことだからです。
つまり、正解がない世界では、市場の反応こそが唯一の羅針盤になるのです。
そのため本書では、事業の立ち上げプロセスを「20ステージ」に細分化し、【 仮説 → 検証 → 改善】のスプリントを繰り返していくための具体的な道筋を示しています。これは、まさに登山のルートマップのようなものです。
起業の科学については、こちらの投稿「【企業でやることのぜんぶ!】起業の科学|田所雅之」もぜひご覧ください。

最小限から始めて、市場に問いかける
特に印象的だったのが、第4章「PRODUCT MARKET FIT(PMF)」の内容です。ここでは、最小限のプロトタイプ(MVP)をまず構築し、それを市場に投げてフィードバックを得ることの重要性が、具体的な事例とともに語られています。
「企画書ではなく、受注書を書こう」 「プロトタイプを持って、買ってくれそうな相手に価格を聞け」
これらの言葉は、一見乱暴に聞こえるかもしれません。
しかし、よく考えてみると、これは「やりたいこと」中心の発想から、「買いたい」という顧客の反応から仮説を組み直すという、極めて合理的なアプローチなのです。
つまり、自分の頭の中だけで完璧な答えを探すのではなく、実際に価値を感じてくれる人との対話を通じて、プロジェクトの形を決めていく。これこそが、田所さんの提唱する行動型の起業哲学の核心部分です。
MIRAST(ミラスト)という「見切り発車」の実験
私が仲間とともに2017年に立ち上げた「MIRAST(ミラスト)」という未来共創プロジェクトも、まさにこの思想で進めていました。最初から完成されたサービスがあったわけではありません。むしろ、「見切り発車」の連続でした。
未来について対話するためのカードを手作りし、それを企業の経営者の方々にひたすら見せて回る。
「こんなカード、使ってもらえそうですか?」「もしサービス化するなら、いくらくらいが妥当でしょうか?」「実際の経営会議で使うとしたら、どんな改良が必要でしょうか?」
そうした問いかけを重ねる中で、予想もしなかった使い方を教えてもらったり、思いもよらない価値を発見してもらったり、時には厳しい指摘を受けたりしました。
そのたびに、カードの内容を修正し、使い方を変え、価格設定を見直していったのです。
振り返ってみると、「売ってから整えた」というよりも、「売れそうかどうかで作り替えた」という表現の方が正確かもしれません。それこそが、田所さんの言う「顧客の声を使った検証」であり、行動を通じた思考=アントレプレナーシップの本質なのだと、今になって理解できます。
ミラストについては、こちらのプロフィールページの中程をぜひご覧ください。
失敗を重ねることで見えてくるもの
この過程で学んだのは、失敗することの価値でした。
完璧な企画書を作り込んでから市場に出すのではなく、未完成のまま相手に見せることで、思いがけない発見が生まれるのです。
例えば、当初MIRAST(ミラスト)のカードは「戦略策定ツール」として設計していました。しかし実際に使ってもらうと、「チームビルディングに使える」「新人研修で活用したい」といった、全く想定していない用途を提案されることが多かったのです。
もし最初の設計にこだわり続けていたら、これらの可能性は見えなかったでしょう。
「売る」という行為を通じて、自分では気づけなかった価値や使い方を教えてもらえる。
これが、プロトタイプを早い段階で市場に出すことの最大のメリットだと感じています。
ビジネスは、人格を売ることでもあるかもしれない?
ここで重要なのは、新規プロジェクトは単なる仕事の延長ではないということです。
それは、自らの全人格を投じて、新しい問いと未来をつくり出す行為なのだと思うこともできました。
「やれと言われたからやる」のと「やらずにいられないからやる」の間には、決定的な違いがあります。
後者の場合、プロジェクトは提案者の人格や価値観と深く結びついているため、相手にとってもその本気度が伝わりやすいのです。
誰かにとっての「必要」になること。
誰かが「それ、ほしい」と心から言ってくれる瞬間をつくること。
そのためにまず必要なのは、完璧な準備ではなく、勇気を持って一歩を踏み出すことなのだと思います。
こうした起業やビジネスをつくることについての精神性については、こちらの1冊「あなた自身!?『ビジネスを育てる 新版 いつの時代も変わらない起業と経営の本質』ポール・ホーケン」から多くを学ぶことができました。ぜひご覧ください。

最初の一歩を「売って」みよう
新規プロジェクトを立ち上げるとき、私たちが最初に用意すべきものは何でしょうか。
完璧な資料でしょうか。確固たる自信でしょうか。
それらよりもまず、たったひとりでも「いいね」と言ってくれる人を探すことの方がはるかに重要だということです。そして、その人に向けて「これ、どうですか?」と試しに売ってみること。
その過程で、きっと多くの学びが得られるはずです。想定していた価値とは違う魅力を発見してもらえるかもしれません。思いもよらない改善点を指摘してもらえるかもしれません。時には厳しい現実を突きつけられることもあるでしょう。
しかし、それらすべてが、プロジェクトを本当に価値あるものに育てていくための栄養になるのです。
そして、こう自問してみるのです。
「いま、私は誰に“買ってもらおう”としているのか?」
その問いを胸に、今日も新しい挑戦を始めていきたいと思います。
