ハラスメントとAIが変えた、組織との付き合い方 ~私たちは何を失いつつあるのか~

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この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール


増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

最近、会議や1オン1の空気が、なんだか変わってきたなと感じることがあります。

誰かが誰かを強く責めているわけではないんです。むしろ配慮は増えて、言葉は丁寧になって、正しさも整っている。

なのに不思議なことに、前に進んでいる感覚だけが、どこか薄れている気がするんですよね。

たとえば、フィードバックの場面。

以前なら「どうすればできるか」を一緒に考えていたのに、最近は「なぜできないか」の説明が先に出てくる。環境が悪い、設計が足りない、心理的安全性が十分でない――。

どれも間違ってはいません。

耳を塞ぐべき話でもない。

ただ、その言葉の数に比べて、「じゃあ自分はどうするか」という問いが、少し後ろに下がっているように感じるんです。

ふたつの変化が、静かに起きている

この背景には、ふたつの大きな変化があるんじゃないかと思っています。

ひとつは、ハラスメントという言葉が持つ重さです。

本来は守るための概念であるはずのものが、いつの間にか、衝突や摩擦そのものを避ける装置として働く場面が増えてきました。

「それ、パワハラになりませんか?」

この一言が、率直なフィードバックや期待を語る機会を、静かに奪っていく。

もうひとつは、AIの存在です。

AIに「最近、職場でモヤモヤすることがあるんだけど」と相談すると、数秒で整った言葉が返ってきます。

「それは心理的安全性の不足です」
「適切なオンボーディングプロセスが設計されていません」
「組織のコミュニケーション設計に課題があります」

不安や戸惑いは、あっという間に「構造課題」という形に翻訳される。

言葉は整い、論点ももっともらしい。

けれど同時に、その問いを誰が引き受けるのかが、見えにくくなっていくんです。

他責と自責、どちらも続かない

こうして、他責と自責のあいだを行き来する状態が生まれます。

他責は、問題を外に置くことで心を守ります。

「組織が悪い」「環境のせいだ」と言えた瞬間、自分の内側を見なくてすむ。

一方で自責は、すべてを自分で抱え込んで、消耗します。

「自分が足りない」「もっと頑張らなければ」と責め続けた先に、力尽きてしまう。

どちらも一理あるんですよね。

でも、どちらも長くは続かない。

なぜなら、どちらも「問いの主体」が定まらないからです。

他責は問いを外に投げる。
自責は問いを内側で抱えすぎる。

でも本当に必要なのは、問いを「引き受ける場所」を自分に戻すことなんじゃないかと思うんです。

組織は、自分の代わりに生きてくれない

ここで少し、組織という存在について考えてみたいんです。

近年、「ティール組織」という概念が注目されていますが、その根底にあるのは実はシンプルな前提です。

組織は人格そのものではない、ということ。

人の代わりに成長してくれる存在でもなければ、失敗を引き受けてくれる親でもない。

組織はあくまで、自分が何かを試すためのツールなんですよね。

ツールである以上、前提があります。

それは、「使う側の自分が、どんな状態か」ということ。

完璧である必要はありません。

自信満々である必要もない。

ただ、今の自分がどこに立っているのかを、過剰に飾らずに見つめられているか。

できていないことがある。

まだ学びきれていない部分がある。

怖さや不安が先に立つ瞬間もある――。

それらを無理に否定せず、同時に組織や環境のせいだけにもしない。

その等身大を引き受ける態度こそが、ここで言う「覚悟」なのかもしれません。

覚悟は、踏ん張ることじゃない

覚悟というと、強さや根性を連想しがちです。

けれどここで言いたいのは、歯を食いしばることではないんです。

「これが今の自分だ」と、一度引き受ける静けさのこと。

まだできていないことがあっていい。

不安があってもいい。

ただそれを、組織のせいにして終わらせない。

かといって、自分を責めすぎもしない。

「これが今の自分の立ち位置だ」と認めた上で、そこから先、組織をどう使うか、何を学ぶか、どこに助けを求めるかを選び直す。

その選択が、ようやく自分のものになる気がするんです。

正しさを借りられる時代だからこそ

正しさはいくらでも借りられる時代になりました。

AIは、理由も構造も瞬時に提示してくれます。

ハラスメントという言葉は、自分を守る盾にもなる。

だからこそ、その正しさを使う主体が問われるんだと思います。

問いを外に預けきらず、内側に抱え込みすぎず、引き受ける場所を自分に戻せているか。

これは、立場に関係なく、誰にでも問われることです。

管理職も若手も、AIを使う人も使わない人も、みんなが少しずつ「引き受けない側」に寄っていないだろうか――。

組織は、自分ありきのツールです。

そのツールをどう使うか以前に、使う自分をどう引き受けるか。

この問いから逃げないことが、他責と自責を超える一歩なのかもしれません。

それでは、また来週お会いしましょう。

ちなみに、自責については、こちらの1冊「自責によって、“愛”は選べる!?『愛を選べ 14歳からの「奇跡のコース」』雲黒斎」もぜひご覧ください。刺激的です。


この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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