自分メディアで好循環の只中へ!?『僕はアーティストのように生きることにした。』なにおれ

僕はアーティストのように生きることにした。』なにおれの書影と手描きアイキャッチ
  • なにおれさんが提示する「節約は我慢ではなく自己理解の結果」という視点と、日常生活をアートとして捉える生き方。
  • 実は、この書籍にはもう一つ重要な側面があります。それは「自分メディア」という概念を通じた新しい働き方の提案です。
  • なぜなら、現代は個人の主観的な体験や価値観そのものが価値となる時代であり、それを継続的に発信する仕組みが新しい生き方を可能にするからです。
  • 本書は、アートとビジネスを融合させ、素直な生き方をしていく方策を見出します。
  • 本書を通じて、専門性に縛られることなく、人間としての感覚と体験を大切にしながら社会とつながる、現代的な生き方の可能性を発見することができるでしょう。

主観が価値になる時代—「正しさ」から「美しさ」へ

なにおれさんは1991年生まれ、現在33歳の男性です。月13万円で妻と暮らしながらセミリタイア中という、一見すると制約の多い生活を送っているように見えますが、その実態は全く違います。2018年から「少ないものとお金で楽しく暮らす」をコンセプトにブログ『なにおれ』を運営し、累計1000万PV超え、各種SNSでも多くのフォロワーを獲得されています。

特筆すべきは、その発信内容の多様さと実践性です。「生きづらい人のためのシリーズ」から「ミニマリスト式シリーズ」まで、人生戦略、節約術、自炊術、片付け術など、生活のあらゆる側面について具体的な方法論を提示されています。商業出版も2冊手がけており、単なる節約ブロガーの枠を超えた、現代の生き方そのものを問い直す思想家としての側面を持っています。

なにおれさんの魅力は、制約を創造性に変える発想力にあります。限られた収入という制約の中で、むしろ豊かで自由な生活を実現し、それを多くの人に共有することで新しい価値観を提示されています。

前回のレビューでは、なにおれさんが提示する「節約は我慢ではなく自己理解の結果」という視点と、日常生活をアートとして捉える生き方についてレビューをさせていただきました。

前回の投稿はこちら「生活とはアートである!?『僕はアーティストのように生きることにした。』なにおれ」からぜひご覧ください。

そして、この書籍にはもう一つ重要な側面があります。それは「自分メディア」という概念を通じた新しい働き方の提案です。現代は個人の主観的な体験や価値観そのものが価値となる時代であり、それを継続的に発信する仕組みが新しい生き方を可能にするからです。

アートとビジネスを融合させ、「自分らしさ」を軸とした等身大の働き方を示しています。今回の投稿では、そうした生き方に関するさらなる示唆を読み取っていきたいと思います。

現代社会では「正解」を求める風潮が強く、多くの人が客観的な基準や社会的な成功モデルに自分を合わせようとします。しかし、なにおれさんが提示するのは全く異なる価値観です。

「自分が美しいと思うもの、自分が欲しいと思うもの、自分が納得できるもの、そんな主観的な『正しさ』を形にする仕事は、固定を活かした働き方になります」

「正しさ」から「美しさ」への転換。これは単なる言葉遊びではありません。客観的に正しいとされることではなく、自分にとって美しいと感じることを基準にして生きるということです。

この視点に触れ、私は、宇多田ヒカルさんの“休業”記者会見のコメントを思い出しました。

宇多田ヒカルさんが語った「人間活動」という言葉を使いながら、ご自身の生き方をその時振り返ったのです。

宇多田さんは1998年のデビューシングル「Automatic」でダブルミリオンを記録し、翌年のアルバム「First Love」が767万枚という空前の大ヒットを記録するなど、10代から音楽界の頂点で活躍してきました。しかし2010年、彼女は「人間活動」という印象的な言葉を使って音楽活動の無期限休止を発表しました。

2023年のテレビ番組で宇多田さんが明かした休止の理由は、現代の働き方が抱える本質的な問題を浮き彫りにするものでした。「15歳から有名になっちゃって、全部周りがやってくれている。大人になったら普通やること、能力を何も身につけてなくて、それがだんだん自分が恥ずかしくなってきて」と語った彼女の言葉は、専門性に特化することで失われる人間性への危機感を表していました。

ニューヨークからロンドンに拠点を移した理由についても「ニューヨークだと住むところもあるし、銀行口座もあるし、弁護士もいるし、何も特にすることがなくて。全部セッティングされていた」と説明しています。つまり、すべてが整えられた環境から意図的に離れ、自分で生活を築き上げる体験を求めたのです。

これは、専門的な技能だけでなく、人間としての感覚や体験を大切にしたいという想いの表れであったのではないかと思うのです。「普通に暮らして、大人になりたい」という彼女の言葉は、現代社会で多くの人が直面している「専門性の罠」を象徴しています。

なにおれさんも同様に、効率性や収益性といった客観的基準ではなく、自分の感覚を信じることの重要性を説いています。

「主観にも価値が生まれる時代」

現代はSNSやインターネットの普及により、個人の体験や感覚がそのまま価値になる時代です。誰もが発信者になれる時代だからこそ、他人の基準ではなく自分の感覚を磨くことが重要になるのです。

しかし、ここで重要なのは単なる自己満足ではないということです。自分の主観を大切にしながらも、それを他者と共有し、価値として認められるものにしていく。この絶妙なバランスが、なにおれさんの働き方の核心にあります。

アートとビジネスの融合—作ることと届けることの循環

なにおれさんは、アートとビジネスを対立するものとして捉えるのではなく、融合させるものとして位置づけています。

アート:自分の主観を信じて形にすること(=作る)
ビジネス:その価値を他者に理解してもらい、手元に届けること(=販売する)

この定義は従来のビジネス観を大きく変えるものです。一般的にビジネスは「市場のニーズに応える」「効率的に利益を生む」といった外的な基準で語られがちです。しかし、なにおれさんの考えるビジネスは「自分が作ったものの価値を伝える」という、より人間的で創造的な行為として捉えられています。

「起業家的な仕事は、ビジネスチャンスを見つけて儲けること。でも、ビジネスだけでは幸せになれない。このバランスを取るために必要なのが、『どちらもやる』ことです」

重要なのは、アートかビジネスかという二択ではなく、両方を統合することです。自分の感覚に従って何かを作り出し(アート)、それを必要とする人に届ける(ビジネス)。この循環こそが、なにおれさんが実践している働き方の本質です。

月13万円でのセミリタイア生活も、この考え方から生まれています。大きな収益を追求するのではなく、自分が心地よく感じる生活を維持できる程度の収入を、自分らしい方法で得る。これは従来のビジネス成功モデルとは全く異なる価値観です。

宇多田ヒカルさんの「人間活動」も、音楽というアート活動から一旦離れて、人間としての基盤を築き直すという意味で、アートとビジネスを超えた生き方への模索だったと言えるでしょう。

継続の装置としての自分メディア—人間活動の新しい形

なにおれさんが提示する最も革新的な概念が「自分メディア」です。

自分メディア:両者をつなぐ、継続の装置

これは単なる情報発信ツールではありません。自分の主観的な体験や価値観を言語化し、それを継続的に他者と共有するためのシステムです。

「このジレンマを乗り越える力となるのが、アートとビジネスの融合です。アートだけでは生きていけない。でも、ビジネスだけでは幸せになれない。この具体的なアプローチに、『自分だけのメディアを持つこと』があります」

自分メディアの価値は、継続性にあります。一回限りの発信ではなく、日々の体験や気づきを積み重ねていくことで、自分だけの価値観と世界観を構築していく。これは現代版の「人間活動」と言えるかもしれません。

宇多田ヒカルさんが求めた「大人になるための活動」が個人的な成長に重点を置いていたとすれば、なにおれさんの「自分メディア」は、個人的な成長を社会的な価値として発信していく仕組みです。

重要なのは、これが単なる収益化手段ではないということです。

「『自分メディア』というわけです。アート:作ること、ビジネス:その価値を他者に理解してもらい、手元に届けること。そしてその両者をつなく信念と継続の装置」

自分メディアは、アートとビジネスをつなぐ「継続の装置」です。自分らしい生き方を実践し、それを発信し、同じ価値観を持つ人とつながっていく。この循環が、新しい形の働き方と生き方を可能にしているのです。

現代は誰もが発信者になれる時代です。しかし、多くの人は「何を発信すべきか」「どうすれば注目されるか」という外的な基準に翻弄されがちです。なにおれさんの「自分メディア」は、そうした外的基準ではなく、自分の体験と感覚を信じて継続的に発信していくことの価値を示しています。

これこそが、現代における「人間活動」の新しい形なのかもしれません。専門性に特化するのでもなく、かといって専門性を放棄するのでもない。自分の人間としての体験を大切にしながら、それを社会的な価値として発信していく。宇多田ヒカルさんが個人的な成長として求めたものを、なにおれさんは社会とのつながりの中で実現しているのです。

なにおれさんが『僕はアーティストのように生きることにした。』で描く働き方は、単なる節約術や生活術を超えた、現代的な「人間活動」の提案です。「自分メディア」を通じてアートとビジネスを融合させることで、自分らしさを軸とした持続可能な生き方を実現している。

この活動こそが「らしさをつくること」なんだと思います。

客観的な正しさではなく、自分にとっての美しさや心地よさを基準にして、日々の選択を積み重ねていく。その過程で生まれる独自の価値観や世界観こそが、その人の「らしさ」を形成していきます。

そして、この「らしさ」を軸にした生き方が、結果として「等身大の生活を創る」ことにつながるのです。月13万円という制約も、豪華さを求めない価値観も、すべてが自分の感覚に基づいた選択の結果です。無理をして背伸びするのではなく、自分にとって自然で心地よい生活のスケールを見つけていく。

宇多田ヒカルさんが「人間活動」として求めた「普通に暮らして、大人になりたい」という願いと、なにおれさんの実践する「自分メディアを通じた等身大の生活」は、どちらも現代社会で失われがちな人間性の回復を目指しているという点で共通しています。

現代は選択肢が無限にある時代だからこそ、自分らしい選択の基準を持つことが重要です。なにおれさんの生き方は、その基準を見つけ、それに基づいて継続的に行動することで、誰もが自分らしい豊かな生活を創造できることを示してくれています。

まとめ

  • 主観が価値になる時代—「正しさ」から「美しさ」へ――もっと自分の感性や感覚が、生活に、そして仕事になる感覚を大切にしてみてもよいのかもしれません。
  • アートとビジネスの融合—作ることと届けることの循環――これは、もしかすると「息をする」ように、生活と仕事を融合するような1日1日の過ごし方の論点かもしれません。
  • 継続の装置としての自分メディア—人間活動の新しい形――アートとビジネスの橋渡しをするのが「メディア」という装置にほかなりません。これを自ら持つことです。
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