- 売上は多ければ多いほど良い、営業日は増やせば増やすほど良い。そう信じて、週6日営業、朝から深夜まで働き続けていたら、どうなるでしょうか?
- 実は、営業日を半分にしても、売上は大きく下がらないんです。
- なぜなら、お客さんが本当に求めているのは「利便性」ではなく「美味しいパン」だから。そして、オーナー自身が冷静に考える時間を持てなければ、個人店ならではの価値を生み出すことはできないからです。
- 本書は、自転車操業で苦しんでいたパン屋のオーナーが、週3営業で生活できるようになるまでの9年間の試行錯誤を率直に綴った一冊です。
- 本書を通じて、「多ければ良い」という思い込みから抜け出し、自分だけの価値で勝負する道を見つけることができます。
松永健太さんは、東京都葛飾区出身のパン職人です。
2011年に母親の実家のパン屋を手伝い始め、2012年には中規模のスクラッチベーカリーでわずか3ヶ月の修行を経験しました。そして2013年4月、江戸川区小岩に「Boulangerie BASSE」を開業します。
本書を読むと分かりますが、この短い準備期間が、後の自転車操業につながっていきます。経営ノウハウも、パン作りの深い技術も、十分に身につけないままの見切り発車だったのです。
しかし、松永さんの素晴らしいところは、その苦しい状況から学び続け、試行錯誤を重ねたことです。週6日営業、朝から深夜まで働く日々から、週3営業で生活できる経営への転換。その過程で得た気づきを、惜しみなく共有してくれています。
2020年からはYouTubeチャンネル「YouTubeパン工房」を開始し、パン作りだけでなく、パン屋の運営についても情報発信を続けています。自分の失敗や成功を言語化し、同じように悩む人の役に立ちたいという姿勢が伝わってきます。
「多ければ良い」という幻想を疑う
週6日営業、11時オープンの20時閉店。休みもなく、早朝から深夜まで働き、睡眠もほとんど取れない。
松永さんが開業当初に実践していた働き方です。本人も振り返って「よく今生きているな」と思うほどの過酷さだったといいます。
でも、多くの個人店オーナーが、似たような働き方をしているんじゃないでしょうか。売上を上げるには、営業時間を長くして、営業日を増やすしかない。そう信じて。
松永さんも最初はそう考えていました。でも、試行錯誤の末に辿り着いたのは、週3営業、11時半から17時という短い営業時間でした。
驚くべきことに、営業時間を減らしても、営業日を減らしても、売上が大幅に下がることはなかったといいます。
「営業時間や日数を減らす事を告知すると、多くの場合『残念だけどもう来れない』『唯一自分の休みの日が定休日になってしまう』と言われます。ただし、ほとんどの人はお店が開いている時間にまた来てくれます。お客さんも嘘をついているつもりではないのですが、咄嗟の反応でそういうことを言ってしまうのです」
お客さんの言葉を額面通りに受け取ると、営業時間を減らすのは怖くなります。でも実際には、本当にそのパンが好きな人は、開いている時間に合わせて来てくれるんです。
ここで重要なのは、松永さんが見出した考え方です。
「大事な考え方としては、一番に提供するべきものは『美味しいパン』であって、『利便性』では無いという事です。利便性の追求は大手のパン屋さんに任せ、自分にしか出来ない価値をいかに作れるかが個人店の勝負どころになります」
個人店が大手チェーンと同じ土俵で戦おうとするのは、根本的な間違いなんです。
実際、松永さんは開業当初、原価計算もろくにせず、自信がなかったこともあって、かなり安い値段でパンを売っていたといいます。でもパンが安いと利益が出ない。利益が出ないと、いくら働いても苦しいだけです。
チェーン店と値段を比較する人もいます。でも、それは大きな間違いだと松永さんは言います。
「チェーン店がなぜあれほど安いのかと言ったら、『個人では到達できないレベルでの企業努力』があるからです。レシピの構築、機械化、マニュアル化、効率化に対する仕事を、フルタイムでやっている人が1つの会社に何人もいるのです。個人でそこを上回ろうとするのがそもそも間違いです」
大手の価値が「パンの値段の安さ」だとしたら、自分の店の価値は一体どこにあるのか。それを常に考えることが重要なんです。
その価値は「味」かもしれないし、「アイデア」かもしれない。「安心・安全」「店主の笑顔」「お店の雰囲気」であることもあります。
これはパン屋だけの話じゃありません。
私たちは無意識のうちに、すべての競合と同じ方法で戦わなければいけないと思い込んでいます。売上は多ければ多いほど良い。営業時間は長ければ長いほど良い。品揃えは豊富なほど良い。
でも本当にそうでしょうか?
個人が、大企業と同じ土俵で戦って勝てるわけがないんです。むしろ、自分にしかできない価値は何かを見極めて、そこに集中する。それが個人や小規模事業者の戦い方なんだと思います。
松永さんの経験は、「多ければ良い」という思い込みが、実は自分を苦しめているだけかもしれないと気づかせてくれます。
余白が生む創造的な経営判断
では、松永さんはどうやって「週3営業でも生活できる」という答えに辿り着いたのでしょうか。
それは、自分と向き合う時間を意識的に作ったからです。
「この時はほぼ毎日のように、夕方から2〜3時間ほどスタッフにお店を任せ、近くのファミレスでドリンクバーを頼み、本を読み、考え事をし、ひたすらノートをとるという作業をしていました」
忙しい中で、あえてスタッフに店を任せて、自分は外に出る。ファミレスで本を読み、ノートを取る。
一見、売上に直結しない行動に思えます。でも松永さんは、これこそが最も重要だったと振り返っています。
「『売上を上げる』という事に結びつきにくいように見えますが、とても大事な事です。この章ではこれから僕が試した行動が沢山出てきますが、全てこの『自分と向き合う時間を作る』という所からアイデアを生み出しています」
逆に、自分と向き合う時間がないと、忙しさに追われ、変化も改善もなく日々消耗してしまう。
これは経営だけでなく、人生全般に当てはまる真理だと思います。
忙しく働いていると、なんとなく前に進んでいる気がします。でも実際には、同じ場所をぐるぐる回っているだけかもしれない。立ち止まって考える時間がなければ、自分が本当に進みたい方向すら分からなくなってしまいます。
松永さんが実践したのは、読書とノート、そして仮説検証のサイクルでした。
「本というのは一番コスパのいい自己投資になります。投資である以上、ハズレも沢山あります。読書を普段しない人は当たりと外れの判断が難しいので、とにかく沢山読む事をお勧めします」
本を読んで新しい視点を得る。それを自分の状況に当てはめて考える。ノートに書き出す。そして実際に試してみる。
このサイクルを回し続けることで、松永さんは少しずつ経営を改善していきました。
そして重要なのは、仮説が外れることを前提にしていることです。
「お店を始めたときの『こういう商品・サービスが売れるのではないか』という仮説は大体間違っています。この最初の思い込みに囚われたまま大して上手くいかず、そこを離れる決断が出来ないとどんどん疲弊します」
9年やってもまだまだ仮説が外れることは多いといいます。ただし、的中率は上がった。これはパンの技術と一緒で、とにかく数を重ねるしかない。
未来のことは全て仮説。だから仮説を立てながら生きていく。
この姿勢が、松永さんを自転車操業から救い出したんです。
そして変化を恐れないことも重要でした。
「変化をして仮に お客さんが減ったとしても、その変化を受け入れて新しいお客さんが入って来ます。変化をしても、お客さんはそこまで気にしていません。抵抗感を露わにするお客さんが目立つだけです」
変化に反対する声は大きく聞こえます。でも実際には、ほとんどの人は気にしていない。新しい変化を受け入れて、新しいお客さんが来てくれる。
変化することはお店の成長に不可欠だと、松永さんは断言しています。
「オーナーの時間というのはとても貴重です。特に実務でパンを焼いている時間以外に、『自分やお店と冷静に向き合う時間』というものがとても大切となります」
パンを焼く技術も大事です。でも、経営者として必要なのは「仮説の的確さ」「状況判断の素早さ」「決断する勇気」だと松永さんは言います。
そのすべてを磨くために必要なのが、自分と向き合う時間なんです。
週3営業で十分な理由。それは、週2日は予定のない日がある。その余白が、次の一手を考える時間を生むからです。
「頑張っている自分」の罠から抜け出す
でも、なぜ私たちは休むことがこんなにも苦手なのでしょうか。
松永さんは、似たような話を何度も書いたと言いながら、あえてもう一度強調しています。
「ここまで説得してもみんな休むことが苦手だからです。僕も含めてです」
その原因を、松永さんはこう分析しています。
「日本では特にそうかもしれませんが、原因は『頑張っている事そのものが評価されやすい社会』にあると感じています」
頑張っている自分を自覚していると、それだけでなんとなく安心してしまう。
これは、本当に危険な罠だと思います。
朝早くから夜遅くまで働いている。休みなく営業している。そういう姿を見せることで、周りからの評価を得られる。自分でも「ちゃんとやっている」と感じられる。
でも、それは本当に価値を生み出しているでしょうか?
松永さんが気づいたのは、頑張ることよりも、ちゃんと利益を出して余裕のある生活を実現することの方が大事だということです。
その上でスタッフやお客さんに還元することができる。
「お客さんが上司にならないように気をつけましょう」
これは深い言葉だと思います。
お客さんの要望に全部応えようとすると、自分の時間もエネルギーも奪われていきます。営業時間を延ばせ、定休日を減らせ、もっと安くしろ。
でも、お客さんは別にあなたの人生に責任を持ってくれるわけじゃありません。
あなたが倒れても、別の店に行くだけです。
だから、自分の価値を信じて、自分のペースで仕事をする。それができる余裕を作ることが、長く続けるためには絶対に必要なんです。
松永さんの経験が教えてくれるのは、休むことは悪いことじゃないということ。むしろ、休むことで初めて、冷静に自分の仕事を見つめ直せるということです。
週6日、長時間労働していたときは、目の前のことをこなすだけで精一杯でした。でも週3営業にして、自分と向き合う時間を作ったことで、本当に大切なことが見えてきた。
個人店の価値は何か。自分にしかできないことは何か。どんなお客さんに来てほしいのか。
そういう本質的な問いに向き合えたからこそ、営業日を減らしても売上が下がらない経営を実現できたんだと思います。
これは、個人事業主だけの話じゃありません。
会社員でも、フリーランスでも、クリエイターでも、同じです。
「忙しい=価値がある」「頑張っている=成果が出る」という思い込みから、私たちは自由になる必要があります。
本当に大切なのは、自分が生み出す価値の質です。そして、その価値を生み出すためには、考える時間、休む時間、自分と向き合う時間が絶対に必要なんです。
松永さんの9年間の試行錯誤は、その真実を教えてくれます。
読書についてはこちらの1冊「知的インプットを増やし、自らを知り、アウトプットせよ!?『読書を仕事につなげる技術』山口周」もぜひご覧ください。

まとめ
- 「多ければ良い」という幻想を疑う――週6営業から週3営業へ。営業時間を半分にしても売上は下がりませんでした。なぜなら、個人店の勝負どころは「利便性」ではなく「自分にしかできない価値」だからです。チェーン店と同じ土俵で戦おうとすることが、そもそもの間違いでした。
- 余白が生む創造的な経営判断――ファミレスで本を読み、ノートを取る。自分と向き合う時間から、すべてのアイデアが生まれました。仮説を立て、検証し、外れたら方向転換する。変化を恐れず、数を重ねることで的中率を上げていく。この試行錯誤のサイクルが、自転車操業からの脱出を可能にしたのです。
- 「頑張っている自分」の罠から抜け出す――日本では特に、頑張っていること自体が評価される傾向があります。でも重要なのは、ちゃんと利益を出して余裕のある生活を実現すること。休むことは悪いことじゃない。むしろ、本質的な価値を生み出すために絶対に必要な時間なのです。
