- 本当に強いリーダーシップとは、どこから生まれるんでしょうか?
- 実は、数字では測れない「無形の力」を見抜き、時間をかけて人を育てる覚悟の中にあるんです。
- なぜなら、野村克也監督が遺したのは、優勝記録だけではありません。多くの選手を一流に育て上げたその根底には、一人ひとりの可能性を信じ抜く「愛」がありました。
- 本書は、専属マネージャー・小島一貴氏が間近で見た、野村監督の言葉と行動の真意を綴った一冊です。
- 本書を通じて、人の可能性を信じ、時間をかけて育て、人材を遺していく。その愛あるリーダーシップの本質が見えてきます。
著者の小島一貴氏は、1973年生まれ。東京大学法学部を卒業後、単身で渡米し、サンフランシスコ州立大学で運動学を専攻しました。高校まで野球を続けていましたが、肩を故障した経験があり、その治療も兼ねての学びでした。
2001年、独立リーグ球団でトレーナー見習いとしてキャリアをスタート。日本人選手の獲得により通訳も兼務するようになり、その後、故・伊良部秀輝氏の通訳としてプエルトリコのウィンターリーグやMLBテキサス・レンジャースで活躍しました。
2003年からは代理人事務所に勤務し、2006年より野村克也監督のマネジメントを担当することになります。以後、2016年の独立を経て、野村監督が逝去される直前まで専属マネージャーとして支え続けました。並行してアジアでプレーする外国人選手や北米でプレーする日本人選手の代理人も歴任しています。
各種メディアにて野球記事を提供しており、コアな野球ファンから高い支持を得ています。野村監督の最も近くで、その言葉と行動を見続けてきた人物だからこそ書ける、監督の深い人間性が本書には描かれています。
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「無形の力」を見抜く愛情
野村克也監督といえば、データを駆使した「ID野球」の創始者として知られています。しかし、その本質は数字だけを追い求めることではありませんでした。
監督が本当に重視していたのは「無形の力」なんです。
打率や本塁打数といった数字には限界があります。どんなに能力の高い選手が集まっても、有形の力だけで優位に立つことには限界がある。監督はそう考えていました。
では「無形の力」とは何か。
監督いわく、「有形の力」には限界があるのだという。いくら打率や本塁打数といった「有形の力」を高めたところで、0キロの速球を投げられる投手はいないし、200メートルのホームランが飛ぶ打者もいない。
能力の高い選手たちが集まる世界で、「有形の力」を磨いて優位に立とうとしても限界がある。だからこそ監督は「無形の力」に注目したんです。
「無形の力」とは何か。雰囲気、観察力、リード、研究だ。データやクセを研究することも含めて、「無形の力」なのだ。
さらに興味深いのは、この「無形の力」をチーム全体にも適用していた点です。
監督はチームに漂う雰囲気なども「無形の力」だと考えていた。ON時代は巨人のユニフォーム姿を見ただけで萎える気がしなかったと言い出す選手がいるほど、チームとして醸し出せることも「無形の力」なのである。
この視点は、データ至上主義とは一線を画すものです。
実際、監督はデータについてこう語っていました。
データは参考であり、決断に迷ったときに頼るもの。なぜなら相手だって日々変わるわけだから。体調、精神状態、表情はデータを超える。
数字で選手を分析しながらも、最終的には人間観察を重視する。この姿勢こそ、野村監督の愛情の表れでした。選手一人ひとりの表情や体調の変化を見逃さない。数字の向こう側にいる「人間」を見つめ続けたんです。
そして監督は、天才についても独自の定義を持っていました。
監督は、「本物の天才」という表現をすることがあった。監督の言う「本物の天才」とは、稀有な才能を持ちながら、「たゆまぬ努力を積み重ねることができる選手のこと」
天才とは生まれ持った才能のことではない。努力を積み重ねることができる力こそが、本物の天才なんです。
この考え方は、監督自身の経験から生まれています。華やかなスターではなく「月見草」として生きてきた監督だからこそ、地道な努力の価値を誰よりも理解していました。
そして監督は、この「本物の天才」を見抜く目を持っていました。それは選手の才能だけでなく、努力する姿勢を見守る愛情に満ちた眼差しだったんです。
時間をかけて育てる覚悟
野村監督のリーダーシップで最も印象的なのは、結果を急がない姿勢です。
監督には有名な言葉があります。
1年目に種をまき、2年目に水をやり、3年目に花を咲かせます
この言葉は、人を育てることの本質を表しています。すぐに結果を求めない。時間をかけて、じっくりと選手を育てていく。そこには、人の成長を信じて待つという深い覚悟がありました。
実際、監督は勝ち負けに対しても独自の哲学を持っていました。
監督に言わせると、鶴岡監督は負け試合のあとは機嫌がいいが、勝ち試合のあとは機嫌が悪いことがあった。絶対的なエースや大砲を積むうちに、鶴岡監督の狙いがわかってきたそうだ。負け試合のあとは機嫌がいいのは、選手たちもそれぞれ反省点があるし悔しいのでよく考える。だから鶴岡監督もことさらに反省を促す必要がない。
勝ち試合での不思議な勝ち、負け試合での不思議な負け。この違いを監督は重視していました。
不思議な勝ちとは、実力以上の結果が出てしまった試合です。そこには反省点が見えにくい。だからこそ監督は、勝ち試合でこそ厳しく選手を見つめました。
勝ち試合では不機嫌に振る舞った
一方で、不思議な負けは選手自身が悔しさを感じ、反省する。そこでは無理に叱る必要がない。常に反省させるために、勝ち試合では不機嫌に振る舞ったんです。
この姿勢の背景にあるのは、「理をもって接する。理をもって戦う」という監督の哲学です。
監督が「あの一言があったから、オレはここまでやってこれた」とまで言っていた一言がある。それはON時代の、鶴岡監督の一言だ。「野村、おまえ、ようなったのう」
鶴岡監督に直接ほめられた記憶は、監督の人生で最も大きなものでした。
この一言が欲しくて4年目のシーズン中、この一言で自信を持ち、
人は誰でも認められたいんです。ほめられることで自信を持ち、さらに努力できる。監督はそれを自分の経験から深く理解していました。
だからこそ、監督は選手に「理」をもって接したんです。感情的に叱るのではなく、なぜそうなのかを説明する。納得させる。時間をかけて対話する。
そして監督が最も大切にしていたのは、選手の「心」でした。
「心が変われば、とはつまり何かを感じて心を動かされるということ。何かを感じれば行動が、習慣が、人格が変わり、最終的には運命が変わる」
心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。
この連鎖を信じていたからこそ、監督は選手に「感じる」機会を与え続けました。
人間の最大の悪は何か。それは鈍感であって言うじゃない。目標をしっかり持って、小さなことでも「感じる」こと。そしてその積み重ねが人間の成長に不可欠だと。監督の深意「何かを感じる」ことがすべての出発点となる
感じることができれば、人は変われる。だから監督は、選手が何かを感じる瞬間を待ち続けました。すぐに結果を求めず、3年がかりで種をまき、水をやり、花を咲かせる。
それは、人間の成長を信じ抜く愛情なんです。
人を遺すとは?
野村監督には、リーダーとしての最終的な目標がありました。
財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上
お金を残すことは三流、仕事の業績を残すことは二流、人を育てて残すことこそが一流。この言葉は、監督の人生哲学そのものでした。
では、なぜ監督はこれほどまでに「人を遺す」ことにこだわったのか。
その答えは、監督自身の生い立ちにあります。
おわりに「王、長嶋が太陽の下のひまわりなら、オレは月の下のひっそりと咲く月見草」という、かの有名な監督の言葉がある。今ではひとつの名言として多くの人に知られているが、監督自身は本当にひっそりと咲く月見草のように生きようと見事な自己分析だと感じたことがある。
貧しい母子家庭で育った監督は、母が働く姿を見て育ちました。
監督は、貧しい母子家庭に生まれた。監督の母親や姉が懸命に働いてそれを支えた時代のことは、監督はどこか遠い目をして語ることは少ないが、間違いなく自由は働く母の姿を通じて教えられたのだろう。
華やかなスターの道ではなく、地道に努力を重ねる「月見草」の生き方。それは、監督自身が選んだ道でした。
そして監督は、その道を貫きながら、多くの選手を育て上げました。古田敦也、田口壮、稲葉篤紀。監督の教えを受けた選手たちは、今も野球界で活躍し続けています。
監督が重視したのは、プロセスでした。
プロセス野球とはすなわち、「仮説→実行→分析→仮説→実行」という「トライ&エラー」のサイクルを日々実践することに他ならない。
結果ではなく、そこに至るまでの過程を大切にする。失敗を恐れず、トライ&エラーを繰り返す。そうした文化を作ることで、選手は自ら成長していくんです。
監督は高級住宅地に大きな家を構えるなど、財を遂した。教え子の多くが今も大事にしているノートを通じ、若い選手への手紙を遺した、野球界以外にも影響を与えるなど、仕事も遺した。しかし最大の功績は、野球界に幾星霜の人材を遺したことだろう。存命中も、死してなお野球界の発展に寄与し続けている。
監督が遺したものは、優勝記録や戦術理論だけではありません。人を育てる文化、プロセスを重視する姿勢、そして何より、野球を愛し続けた教え子たちです。
「月見草」として生きることを選んだ野村監督。その生き方は、華やかさとは無縁でした。しかし、多くの選手の心に種をまき、時間をかけて水をやり、花を咲かせ続けました。
それは、最も崇高なリーダーシップの形なんです。
人を遺す。それは、自分の後に続く人材を育て、その人たちがさらに次の世代を育てていく。そうした連鎖を作り出すことです。
おわりに「王、長嶋が太陽の下のひまわりなら、オレは月の下のひっそりと咲く月見草」
この言葉に込められた深意は、今も私たちに問いかけています。
リーダーシップの本質は、目立つことではなく、人を育てること。
愛情を持って選手と向き合い、時間をかけて成長を見守り、自分の後に続く人材を遺していく。
野村克也監督が体現した、この愛あるリーダーシップは、すべての組織で人を育てる立場にある人々への、普遍的なメッセージです。
愛については、こちらの1冊「愛とは“違い”である!?『上手な愛し方 The Rules of Love』リチャード・テンプラー」やこちら「自分なりの“愛”はそこにあるか!?『カメラは、撮る人を写しているんだ。』ワタナベアニ」もぜひご覧ください。


まとめ
- 「無形の力」を見抜く愛情――野村監督のリーダーシップは、数字だけでは測れない選手の可能性を見抜くことから始まりました。雰囲気、観察力、リード、研究。データを参考にしながらも、最終的には人間観察を重視する姿勢こそが、選手一人ひとりへの深い愛情の表れでした。
- 時間をかけて育てる覚悟――1年目に種をまき、2年目に水をやり、3年目に花を咲かせる。監督は結果を急がず、時間をかけて選手を育てました。「心が変われば運命が変わる」という信念のもと、選手が何かを感じる瞬間を待ち続けた姿勢には、人の成長を信じ抜く深い覚悟がありました。
- 人を遺すとは?――「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上」。月見草として生きることを選んだ監督は、華やかさとは無縁の道を歩みながら、多くの選手を育て上げました。プロセスを重視し、トライ&エラーを恐れない文化を作る。それこそが、次の世代へと続く人材を遺すことなのです。
