- どのような生き方が理想でしょうか。
- 実は、2000年も前にストア派が、ひとつの考えを提示してくれています。
- それは、2024年現在のわたしたちの心を打つものです。
- なぜなら、人間の欲求や悩みは、いくら時代が変わっても普遍的なものだからです。
- 本書を通じて、生き方について考えるヒントを得ることができます。
エピクテトスとは?
「エピクテトス」という哲学者をご存知でしょうか?
今回は、2000年以上の時を経て、現代を生きる私たちにも深い示唆を与えてくれる古代ローマの賢人についてご紹介したいと思います。
エピクテトスは、ローマ帝国最盛期を代表するストア派の哲学者でした。彼が生きたのは、紀元1世紀後半から2世紀前半にかけての時代です。ネロ帝からハドリアヌス帝の治世にあたるこの時期は、ローマ帝国が最大版図を誇り、かつてない繁栄を謳歌していました。
しかし、エピクテトスが属していたストア派の歴史は、さらにその400年も前にさかのぼります。紀元前3世紀初頭、古代ギリシアのアテネで誕生したこの哲学派は、実は興味深い由来を持っています。開祖のゼノンとその弟子たちが、アテネの中心部にある「彩色柱廊(ストア・ポイキレー)」という場所で哲学を教えていたことから、「ストア派」という名前が付いたのです。
現代に例えるなら、キャンパスも校舎も持たない「哲学カフェ」のような存在だったのかもしれません。街の中心で、誰もが参加できる開かれた対話の場を創っていたというわけですね。
ストア派の哲学は、論理学・自然学・倫理学を統合した総合的な体系として、ヘレニズム時代の哲学界で主流の位置を占めていました。そして、ローマ時代に入ると、より実践的な性格を強めていきました。
特筆すべきは、この思想が持つ普遍性です。「どう生きるべきか」という永遠の問いに対して、時代を超えて様々なヒントを与え続けてきました。まさに「古くて新しい思考法」と言えるでしょう。
ローマ時代には、現代にあるもののほぼすべてが思考されていたと言います。もちろん科学技術では、現代のほうが進んでおり、便利な時代になっているかもしれませんが、人間に関することや社会に関すること、実は当時からそこまで思考について進化していないかもしれません。
あるいは、生き方について見方次第では、当時のほうが進んでいたと捉えられることもあるかもしれません。
彼の言葉には、現代人のみならず、およそ人間につきまとう共通の悩みや不安を一変させるような起爆力が秘められている。
ローマ時代については、こちらの1冊「【ローマ史に人類の学びがある!?】教養としての「世界史」の読み方|本村凌二」もぜひあわせてご覧ください。
エピクテトスは、実は奴隷出身でした。当時の奴隷制度が、その後の大航海時代のものとはかけ離れているものだっとしても、不自由な身であったことに変わりないですが、そうした状況に置かれてあったとしても、生き方に関する思索を常に行っていました。
その思考が認められて主人のコーチング役をつとめたり、多くの教え子に師事され、現代でも彼の言葉に触れることができるのは、エピクテトスの思考がネットワークの中で、つねに語られ続け、そして実践されてきたからでしょう。
ちなみに、ローマ時代と大航海時代の奴隷制度については以下でご確認ください。
ローマ時代の奴隷制度の特徴:
- 出自が多様でした。戦争捕虜、債務奴隷、生まれながらの奴隷など、様々な経路で人々が奴隷となりました。
- 社会的地位に幅がありました。教育を受けて医師や教師として働く奴隷から、過酷な肉体労働を強いられる奴隷まで、その境遇は大きく異なりました。
- 解放の可能性がありました。主人の意思で自由を得ることができ、解放された奴隷(解放奴隷)は市民権を得ることもありました。
- 人種や民族による差別は相対的に少なく、むしろ戦争の結果として奴隷となることが一般的でした。
大航海時代の奴隷制度の特徴:
- アフリカ人を主な対象とした人種差別的な制度でした。特に、アメリカ大陸のプランテーションでの労働力として、アフリカから大量の奴隷が強制的に連行されました。
- 商業的な性格が強く、人間を商品として扱う大規模な奴隷貿易が行われました。
- 世代を超えて継続する制度でした。奴隷の子供も自動的に奴隷となり、解放される可能性は極めて限られていました。
- 労働条件は概して過酷で、特にプランテーションでの労働は非人道的なものでした。
これらの奴隷制度について、こちらの1冊「【どうしたらしなやかマインドセットになれる!?】マインドセット:「やればできる!」の研究|キャロル・S・ドゥエック」との接続をみます。きっと生きる希望を底支えする気持ちが全く異なったのではないかと思います。
何に注力するべきか?
エピクテトスが強調するのは、私たちがコントロールできるもの・できないものを見極めることの大切さです。
いくら、頑張っても、コントロールできないものは、コントロールできないのです。富、金、名誉、評判、などなど、そうしたものにいくらモチベーションを燃やしたとしても徒労です。
やめましょう。
大切なのは、自分でコントロールできるものは何かを知り、それについて、取り組みを続けてみることです。
真の意味で自由に生きるためには、こうした「我々次第でないもの」に囚われてはいけない。それが幸福への近道なのである。
エピクテトスの教えはとても理にかなっているし、シンプルです。
自分次第で避けることができるものを、避けるべきだというものです。
私たちは、エネルギーを無駄遣いしてはならないのです。貴重な時間という資源の無駄遣いもNGです。考えて意味のあること、行動して意味のあることについて全力を投入していきましょう。
不都合の真実に目を凝らせ?
同時にその熱意を燃やし続けるためには、「不都合な真実」を意識し続けることの重要性もエピクテトスは説いてくれています。
すなわち、私たちは皆、死ぬ存在であるということです。
そして、不測の事態というものは起こるものなのです。
これらをそのまま受け入れて、淡々と進めていく、そして、だからこそ、いまの状況に感謝して、行動を続けていくことが重要なのです。
終わりがあるからこそ、私たちは、短い人生を太く生きることができるのです。
つまり、エピクテトスが首尾一貫して説いてくれているのは、ものごとは「捉え方」次第であるということでしょう。
これが、人間の時代の唯一の処世術かもしれません。捉え方次第で、人生は豊かに充実もするし、そうでなくなるかもしれない。でも、豊かに充実したイメージを元に、捉え方を調整し続けていれば、きっといいことが連鎖することも時にあるかもしれない。
「どう捉えるか」だけが唯一無二の対処法。
そう信じて、歩んでいくのです。
何がやって来ようと、
それから利益を
受けることはできる
エピクテトスについては、こちらの1冊「【世界の定義は、自分にある!?】エンキリディオン(ストア派哲学の手引書)|エピクテトス,湊凛太朗」もぜひご覧ください。
次回も今回の本書『奴隷の哲学者エピクテトス 人生の授業 ――この生きづらい世の中で「よく生きる」ために』のレビューを続けてみましょう。
まとめ
- エピクテトスとは?――いっとき奴隷でしたが、思考の自由を失わない人でした。
- 何に注力するべきか?――自分がコントロールできることに注力しましょう。
- 不都合の真実に目を凝らせ?――死ぬこと、運命を淡々と受け入れ、いまを生きましょう。