新しい“当たり前”を自分で作る!?『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』佐々木俊尚

歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山
  • 登山って、どんなものでしょうか!?
  • 実は、頂上を目指す苦労だけが、登山でないかもしれません。
  • なぜなら、たとえ平坦でも、自然とふれあい、仲間と楽しむ、そんな時間にも人が喜びを感じられる瞬間はたくさん詰まっているからです。
  • 本書は、登山というレクの概念を覆す1冊です。
  • 本書を通じて、新しい習慣を得る方法と視点を獲得することができます。
佐々木俊尚
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疲れてやまない現代人!?

佐々木俊尚(ささき・としなお)さんは、1961年生まれのジャーナリスト・作家。元毎日新聞の記者であり、現在は情報社会やテクノロジー、ライフスタイルを横断する視点から、さまざまな社会提言を行う論客として知られています。

著書には『レイヤー化する世界』『キュレーションの時代』『そして、暮らしは共同体になる』『自分でつくるセーフティネット』などがあり、個と社会、自然と都市、リアルとデジタルのあいだにあるグラデーションのような領域を、丁寧に見つめてきた人物です。

本書『フラット登山』では、「山登り=過酷な運動」という固定観念を見直し、「日常」と「自然」の境界をあいまいにするような、新しい登山スタイルを提案しています。

登山と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、「キツい坂道を登り、息を切らせて、やっと頂上に到達する」というイメージではないでしょうか。

でも、本当にそうしなければいけないのでしょうか?
もっと気軽に、もっと日常の延長として、自然を味わう方法はないのでしょうか?

佐々木さんは、そうした“がんばる登山”に潜むマッチョな価値観をやわらかく批判します。
たとえば画像の中にもあるように、

「登山というと『つらい』『歩くのだるい』『足が痛い』というネガティブな印象が多い。」

と指摘し、そこには「体力つければ大丈夫」といった根性論や、経験を積んだベテランのマウンティング的な態度もあるといいます。

しかし、その価値観に疑問を抱いたとき、私たちには新しい選択肢が開けてくるのです。

本書は、あえて「登頂」を目指さない登山、つまり「フラット登山」を提案します。

「だから必ずしも高い山脈に行く必要はない。山頂に立たなくたってかまわない。歩いて気持ち良い道だったら、平原や森の中にもたくさん存在している。」

このように佐々木さんは、登山を「高みを目指す行為」ではなく、「地形と戯れる行為」として捉えなおします。
それは、自然と自分とのあいだにある“強さ”や“到達”といった目的から自由になって、「ただそこにいる」ことを楽しむ態度でもあるのです。

現代の日本では、「働いていない時間=休養」とは言い切れない状況が生まれています。

たとえば仕事が終わっても、スマホで常に通知を確認し、SNSで他者と比較し、脳はつねに“オン”のまま。
意識的にリラックスしようとしても、「あのタスクまだやってないな」「早く寝なきゃ」という“べき思考”が頭の中をぐるぐる回ってしまう。

まるで、充電器につないでもバッテリーが50%までしか回復しないスマートフォンのような状態──
これが、現代日本人の「休んでも疲れが取れない」という感覚の正体なのではないでしょうか。

「フラット登山」が与える、真の“休養”の可能性を見出すことができるでしょう。

こうした“回復不能状態”から少し離れるために、佐々木俊尚さんが提唱する「フラット登山」は重要なヒントを与えてくれます。

登頂という目標も、タイムを計る必要もない。
「今日はこの森をのんびり歩いて、草の匂いをかぎ、風に吹かれよう」
それだけで、自分の感覚にチューニングし直すことができる。

しかも、それは特別な遠出をしなくても、郊外の里山や、ちょっとしたハイキングコースでも十分に味わえるのです。

つまり、「自然の中にいること」が目的になる──
そんな「目的のない時間」こそが、私たちの心を深く休ませるのです。

歩くことの効用については、こちらの1冊「人が歩けば、幸せになる!?『歩く マジで人生が変わる習慣』池田光史」もぜひご覧ください。最近歩くことについての1冊がたくさん目につくようになってきたような気がします。

フラット登山は、登山の再定義!?

フラット登山とは、ロングトレイルのように求道的でもなく、山頂を目指す達成型の登山でもなく、また街中の散歩のような短距離のゆるい移動でもない、“自然の中を、無理せず、深く、気持ちよく歩く旅”のことです。

都市の喧騒を離れ、豊かな自然の中に身を置きながらも、あえて頂上を目指さない。
「ただ歩く」ことそのものに意味を見出し、その道中で風、光、匂い、地形と戯れる。
それが、佐々木俊尚さんが提案する“フラット登山”の本質です。

本書では「フラット」には3つの意味があるとされています。それぞれを簡潔にご紹介します。

1.地形的な「フラット」──平坦で穏やかな大地を歩く

「登り下りを完全に避けることはできないが、あえて急登や登頂を目指さず、なだらかな道をゆったりと進む」。
自然の中でありながら、肉体的負荷が少なく、「歩く喜び」に集中できるルートを選ぶという意味でのフラットです。

2.ヒエラルキーからの「フラット」──登頂マウンティングからの解放

登山にはどうしても「○○山に登った」「標高何メートル」といった“成果”によるマウント文化が付きまといがちです。
フラット登山はそこから距離を置き、「どの山に登ったか」ではなく「どこをどう歩いたか」に価値を見出す、ヒエラルキーのない登山です。

3.気分の「フラット」──自分の心と自然を見つめる穏やかな時間

もっと気軽に、もっと自由に、もっとやさしく自然と向き合うという意味でのフラット。
無理せず、自分のペースで、風景と身体感覚を楽しみながら歩く。
日常のストレスから一歩引いて、「心を整える」ことにもつながる、精神的なフラットさを大切にする在り方です。

そういう道の数々をただ歩くことができるというだけで、ただ幸福だけを感じる。

そうした人間の感性に触れる山、道というのは、確実にあります。

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広がる道を見つけてみよう!?

フラットの定義に触れていくと、山だけではなく、もっと身近に道は広がっていることに気づきます。

実際に人々が住んで愛されている街は、けっして新宿や池袋や大宮のようなメガタウンではない。
幹線道路が縦横無尽に走り、大手チェーン店ではない個人経営の飲食店が充実していて、そぞろ歩きが楽しい街。
東京で言えば、谷根千や西荻窪、神楽坂、代々木上原といった、こじんまりとした街なのである。

著者は、幹線道路が走り、ショッピングモールが林立するような“便利すぎる街”よりも、
小さな個人店が点在し、思わず立ち止まりたくなるような雑多で温かみのある街こそが、
「実際に住みたくなる街」であると指摘しています。

これはまさに、前述の「ノイズのある空間」=五感を使って歩くことに意味がある場所の特徴にぴったり重なります。

これを「フラット登山」の思想にあてはめてみると、こう言えます。

山というフィールドだけでなく、都市の“こじんまりとした場所”もまた、「歩く喜び」に満ちたフラットな空間である。

頂上(中心)や成果(目的地)を求めるのではなく、「歩くことそのもの」「気持ちよさ」を目的に据えることで、都市の中でも“自然と接続された時間”を生み出せる。

たとえば、谷中銀座で立ち食いコロッケをほおばり、西荻窪で古本屋をひやかし、神楽坂の石畳をそぞろ歩く。
それは、山道をゆるやかに歩くのと、まったく同じ「感性の道行き」なのです。

なぜ人は“こじんまりとした街”に惹かれるのか?その理由をまとめると、次のようになります。

  • 歩くスピードに最適化されている(クルマより身体感覚優位)
  • 想定外の発見がある(ノイズと偶然性)
  • 人間と人間の距離が近い(小さな商店、常連文化)
  • 全体が「フラット」な関係性(ブランドやヒエラルキーから自由)

こうした場所は、まさに「都市の中の自然」と呼べる空間です。

つまり、フラット登山は「標高」や「山域」ではなく、

“どう歩くか”“どんな気持ちでいるか” に本質がある。

ということになります。

それは、街中でもできる。
あなたが日常を歩くルートに、ちょっと寄り道をして、五感を開くことから始まるのです。

まとめ

  • 疲れてやまない現代人!?――そもそも休養できていないのです。
  • フラット登山は、登山の再定義!?――山頂を目指さないことで、見えてくる価値があります。
  • 広がる道を見つけてみよう!?――身近なところにもフラット登山の要素はあります。
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