- あなたは本気で生きているだろうか?
- 実は、多くの人が「本気になれない」と悩んでいるのは、自分自身の問題やトラウマから目を背けているからかも知れません。
- なぜなら、本気とは「何か新しいこと」に向かうことではなく、「逃げ出したあの場所」にもう一度立ち返ることだから。自分が最も恐れていること、最も後悔していることに、改めて向き合えるかどうか。それが本気で生きているかどうかを決めるんです。
- 本書は、高校時代に憧れの応援団から逃げ出し、その結果37年の伝統を消滅させてしまった武藤貴宏さんが、その後悔と向き合い、「本気で生きる」ことの本質を掴むまでの物語です。
- 本書を通じて、私たちは気づくんです。他者を応援することと、自分自身の課題に向き合うことは、実はコインの表裏だということに。自分と向き合えない人は、誰も応援できない。そして、自分の最も恐れていた課題に立ち返ることができたとき、それ自体がすでに誰かへの応援になっているということに。
武藤貴宏さんは、我武者羅應援團の代表を務める方です。
我武者羅應援團は2007年に結成された、「気合と本気の応援であなたを熱くする」という志のもと、人々の勇気を後押しする応援団です。AKB48選抜総選挙での応援をはじめ、NHK紅白歌合戦、CM出演など、その活動は多岐にわたります。全日本バレーボールチームやオールブラックスなどトップアスリートにもエールを送り、フランスのエッフェル塔やニュージーランド、ドイツ、アメリカなど、海外での応援活動も成功させています。
しかし、この応援団が生まれた背景には、武藤さん自身の深い後悔があります。
高校1年生のとき、武藤さんは憧れていた応援団に入団しました。ところが、小心者でビビリだった彼は、先輩たちの気迫に圧倒され、わずか2週間で逃げ出してしまいます。その年、唯一の新入団員だった武藤さんが辞めたことで、37年の歴史を持つ母校の応援団は消滅しました。
「応援団が潰れてしまったのは、私のせいだ」
この後悔を抱えたまま、武藤さんは「変わりたい」という思いでアメリカに渡ります。しかし、そこで学んだのは、環境を変えても自分は変わらないということ。そして、苦しくても逃げずにやり切ることの大切さでした。
帰国後、アウトドアインストラクターとして働く中で、子どもたちが恐怖に向き合いながら岩山に挑戦する姿を見て、武藤さんの心にひとつの問いが生まれます。
「俺は、この子どもたちのように、本気で生きているだろうか?」
その問いに向き合ったとき、心の奥底に隠していた「応援団」という存在が姿を現したのです。武藤さんは、もう逃げ出したくない、もう後悔したくないという思いで、我武者羅應援團を立ち上げました。
そして数年後、偶然にも高校時代の先輩と再会し、母校の第38代応援団長を襲名することになります。長い長い逃亡生活が、ようやく終わったのです。
本書は、そんな武藤さんが、自分自身の挫折と向き合い続けてきた経験から導き出された、「本気で生きる」ことについての深い洞察が詰まった1冊となっています。
我武者羅應援團については、こちらをご覧ください。
「本気」とは何か――本気の状態をつくれるかどうか
「何に本気になるか」ではなく、「本気の状態をつくれるか」。
これが武藤さんの問いかけの核心なんです。多くの人は「本気になれるもの」を探している。天職を見つければ、運命の人に出会えば、夢が見つかれば、本気になれると思っている。
でも、それは違うんです。
確実に存在している時間は「今」だけだ。次の瞬間は訪れないかもしれないし、気がつけば何十年という時が経過しているかもしれない。それが現実なのだ。
武藤さんは本書でこう語ります。本気とは、未来のどこかにあるものではなく、「今」という瞬間に自分がどう在るかの問題なんです。
では、本気の状態とは何か。それは「結果を変えるんじゃない。結果に向かう、自分を変えるんだ」という姿勢だと思うんです。
結果がどうなるかは、正直言ってわからない。
もちろん、他人に影響を与えることを僕らは願っているし、信じている。でも、それを目的とすることは間違っている。もし、それを目的としたら、自分の努力が仇になったとしても、どうせ自分にはできない、やっても、うまくいくわけがない、と思っているなら、それは本気で生きているとは言えない。
大事なのは「何に本気になるか」ではなく、ただ単純に「本気の状態をつくれるかどうか」だから。本気の王道を歩いている人、どんなものにだって本気になれるし、「本気になれるものが見つからない」という人は、何に出会ったって本気にはなれない。本気とはそういうものなんです。
この視点は、私たちの「本気探し」の前提を根底から覆します。問題は「何」ではなく「どう」なんです。
武藤さん自身の物語がそれを証明しています。彼は高校時代、あれほど憧れていた応援団に入りながら、2週間で逃げ出しました。「こんなに厳しいとは思わなかった」「一人でやっていけるわけがない」「きっと俺の感覚、みんなと違っておかしいんじゃないか」――そう思って、本気になれなかった。
でも、本当は違うんです。応援団が自分に合っていなかったのではなく、武藤さん自身が「本気の状態」をつくれなかっただけ。だからこそ、彼は何年も経ってから、もう一度同じ「応援団」という場所に立ち返ることになるんです。
自分がつまらないと思っていた仕事でも、本気で取り組めば必ず新しい発見が必ずある。むしろ、それがあなたにとって「本気になれるもの」になるかもしれない。あるいは、「本気で取り組んだために、やっぱりこの仕事はつまらない」と感じたら、そのときこそ、新しい挑戦を見つける「本気になれる宝物」を見つけるはずだ。
ここに本質があるんです。本気で取り組んだ結果、「やっぱり違う」と気づくことも、それ自体が価値なんです。なぜなら、本気で向き合わない限り、私たちは「逃げた」という後悔だけを抱え続けることになるから。
武藤さんがアメリカ留学で学んだのも、まさにこのことでした。泣きながら飛行機に乗った初日のこと、英語がわからず一番前の席でもがいていたこと、食堂でどこに座ったら仲間外れにされないか真剣に悩んでいたこと――そういう苦しい記憶ばかりが鮮明に残っている。
でも、その記憶こそが彼の財産になったんです。
俺、あの時、やったじゃねえか。先が見えなかったけど、どうなるかわかんないけど、必死に食らいついて、泣きながらだけどやり切ったじゃねえか。
「本気で生きた」という事実は、たとえ世の中の誰も認めてくれなかったとしても、自分だけは、自分の心だけは、はっきりと覚えている。そして、それが何度も振り返すたびに力が湧いてくる源泉になるんです。
自分の課題に向き合うことが、他者への応援になる
武藤さんの物語で最も印象的なのは、彼が我武者羅應援團を立ち上げた動機なんです。
それは「誰かに求められたから」ではなかった。
「世の中に応援団が必要だから」でもなかった。
ましてや「夢や志があったから」でもなかった。
自分のやりたい気持ちに蓋をして、後悔をしながら生きていくのが嫌だったんだ。大嫌いな自分に、けりをつけたかったんだ。
応援団を立ち上げたのは、他の誰でもない、自分自身を応援できるようになりたかったから。
これが武藤さんの原点なんです。
アウトドアインストラクターとして働いていたとき、子どもたちがロッククライミングに挑戦する姿を見て、武藤さんは熱くなりました。特に、不登校だったAくんという男の子が、何度も落ちながら諦めずに頂上まで登り切ったとき。
Aくんは感想文にこう書きました。
「僕は不登校で、学校へ行くのは怖いです。自分が周りからどう見られるのか、とても気になります。でも、このままではダメだと思っています。今回の山登り、正直、参加したくありませんでした。登り始めて、何度も止めて帰りたくなりました。でも、ここでまた止めたら、いつもと一緒だと思いました。だから僕は、止めることを、やめました。とてもしんどかったけれど、登りきったとき、少しだけ、自分を好きになりました」
Aくんは、目の前の山に、自分が学校に行けていない状況を重ね合わせていたんです。だから、やめなかった。
この姿を見て、武藤さんの心にひとつの問いが生まれます。
私はインストラクターとして、偉そうに指導している。この子どもたちのように、本気で生きているのだろうか?
そのとき、彼の心に「応援団」という存在が姿を現したんです。武藤さんは、もう逃げ出したくない、もう後悔したくないという思いで、我武者羅應援團を立ち上げました。
ここに、私が本書で最も重要だと感じた洞察があります。
自分の課題に向き合うことと、他者を応援することは、コインの表裏なんです。
武藤さんは、自分自身の最大のトラウマ――応援団から逃げ出したという後悔――に向き合うために、応援団を始めました。それは一見、自分のためのように見えます。
でも、結果として何が起きたか。
数年後、武藤さんは偶然にも高校時代の先輩と再会します。そして、先輩から言われるんです。
「武藤、応援、よかったぞ。最高だったぞ。お前が今、こうやって多くの人に勇気を与えてくれる応援をしているのならば、俺たちの応援団、俺たちで潰れてしまったけど、一生懸命やってきたことは、無駄じゃなかったのかもな。おめでとう、ありがとうな」
武藤さんが自分の課題に向き合った結果、先輩たちの努力が報われたんです。そして最終的に、母校の第38代応援団長を襲名し、37年の伝統が復活することになりました。
これが、自分の課題を引き寄せることが、それ自体応援になるということなんです。
僕は「人生を賭ける何か」を見つけた人が本気になるのではなく、「本気になれば何か」が「本気になれる対象」を見つけるのだと考えている。もし、あなたが本気になりたいけれど、本気になれるものが見つからない、という人は、何に出会ったって本気にはなれない。順序が逆なのだ。まずは、目の前の何かに本気になってみることだ。どんなにつまらない仕事でもいい。その仕事で最高の結果を出すために、まずは本気でやってみたらいい。
自分の問題やトラウマから目を背けている限り、私たちは誰も応援できないんです。なぜなら、自分自身を応援できていないから。自分に向き合えていないから。
逆に言えば、自分の最も恐れていること、最も後悔していることに改めて向き合えたとき、それは必ず誰かの力になるんです。なぜなら、その姿そのものが「本気で生きる」ということを体現しているから。
本気で生きるための実践――主語を「私」にする
では、どうすれば本気で生きられるのか。
武藤さんは本書で、極めてシンプルな答えを提示します。
すべてを「自分ごと」にしているか?
会社だって、社会だって、上司だって、友達だって、みんな時間に追われて、あなたに都合のいい環境を提供してくれるとは限らない。独自に、勝手に存在している。結果として、あなたに都合のいい環境を提供してくれることもあるが、「あなただけ速攻の状況」を押しつけてくることもあるだろう。
私たちは、環境のせいにしがちです。「今の会社が合わない」「上司が理解してくれない」「時間がない」――そう言って、本気になれない理由を外部に求める。
でも、武藤さんの問いは鋭いんです。
僕も20代のころ、どこかに自分にフィットする仕事があって、自分にフィットする人がいて、自分にフィットする環境があると思っていた。そんな「どこか」を探すことが大事だと心から信じていた。でも、それは完全に間違っていた。世界中のどこへ行ったって「世界が自分のために回っていない」ということは同じ。むしろ、フィットする環境を与えてくれるならば、誰も与えてくれないのだ。もし、あなたが今の環境が不満があるならば、方法は2つしかない。環境に自分をフィットさせるか、そこから飛び出していくか。
環境を変えるのではなく、自分を変える。これが第一の実践なんです。
武藤さん自身、アメリカに渡れば変われると思っていました。でも、変わったのは環境ではなく、「逃げずにやり切った」という自分自身の姿勢だけだった。
第2の実践は、「主語を抜くな」ということです。
主語を抜くな!
「仕事がつまらない」「人生がおもしろくない」――そんな表現もよく耳にするが、そんなふうに主語を抜いて話さないでほしい。「私は仕事がつまらないと感じている」「私は人生がおもしろくて仕方がない」と言ってほしい。「仕事がつまらない」のではなく、「あなたがつまらないと思っているんだ」という事実を表現してほしい。そうすれば、少なくともあなたなのだ。
これは本質的な指摘なんです。「仕事がつまらない」と言った瞬間、問題は外部にあることになる。でも「私は仕事がつまらないと感じている」と言えば、それは自分の問題になる。自分の問題であれば、自分で変えられるんです。
第3の実践は、「人生は打率ではなく、打席数で決まる」という視点です。
人生は打率ではなく、打席数で決まる
究極の幸せとは、「山を登る過程」に存在する。
究極の幸せは「到達する過程」にある
もちろん、その過程には、苦しみやつらさもある。その真っただ中にいるときは、それが「究極の幸せ」や「喜び」であるとなかなか認識できないかもしれない。でも、よく考えてみれば、そこに幸せは確実に存在する。
結果を求めすぎると、私たちは打席に立つことを恐れるようになります。失敗したくない、恥をかきたくない、と思って動けなくなる。
でも、本気で生きるということは、打席に立ち続けることなんです。
誰かのために生きている人より、自分のために生きている人のほうが説得力がある
あなたもまず、自分のために生きてほしい。それがもし、人のためにもなるとしたら、その喜びは10倍にも、20倍にも膨れあがる。そういうものだ。
最後に、武藤さんは重要なことを語ります。自分のために生きることと、人のために生きることは、対立しないんです。
あなたが「なんとなく過ごしている日常」は、本当に「あなた自身の選択」だろうか?その答えを見つけるためにも、「なぜ」と問い続けた先に、「あなたが大事にしているもの」が間違いなく隠れている。
その「問い」自体にエネルギーがあるからだ。
本気で生きるとは、自分に問い続けることなんです。「これは本当に自分がやりたいことか」「自分は本気で向き合っているか」と。
そして、その問いに向き合い続けることそのものが、すでに本気で生きているということなんです。
本気、本当、本物を自ら突き詰める経営者・大住力さんから、我武者羅應援團のことをうかがいました。大住力さんのご著書についてはこちら「私たちがもつ本当の力とは何なのか!?『一生の仕事が見つかるディズニーの教え』大住力」やこちら「終わりがあるから大切にできる!?『残り30年ジャーニー 悔いなき人生を歩むための50の教え』大住力」もご覧ください。


まとめ
- 「本気」とは何か――本気の状態をつくれるかどうか――本気とは「何に本気になるか」ではなく、「本気の状態をつくれるか」の問題です。結果に向かって自分を変えられるか。今この瞬間に、目の前のことに必死に取り組めるか。それが本気で生きるということなんです。
- 自分の課題に向き合うことが、他者への応援になる――自分自身の問題やトラウマに向き合うことと、他者を応援することは、コインの表裏です。自分の最も恐れていた課題に立ち返ることができたとき、その姿そのものが誰かの力になります。武藤さんが応援団という自分の課題に向き合った結果、先輩たちを応援し、伝統を復活させることになったように。
- 本気で生きるための実践――主語を「私」にする――環境を変えるのではなく、自分を変える。「仕事がつまらない」ではなく「私は仕事がつまらないと感じている」と主語を明確にする。人生は打率ではなく打席数で決まる。そして、自分に問い続けることそのものが、本気で生きるということなんです。
