システムに、外部はない――「臭いものに蓋」という知恵をどう駆動させるか?

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この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール


増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

「ゴミを捨てる」という行為について、最近考えていました。

私たちは、不要になったものを袋に入れ、家の外に出します。

すると、それは目の前から消える。片づいた気持ちになります。

けれど本当に、消えているのでしょうか。

見えなくなったものは、本当に消えたのか

ゴミは焼却され、埋め立てられ、形を変えて地球のどこかに存在し続けています。見えなくなっただけで、なくなったわけではありません。循環の中に、場所を移しただけです。

でも、私たちは「見えなくなった」ことを「なくなった」と感じてしまう。

これって、不思議なことだと思いませんか。

袋に入れて、家の外に出した瞬間、それは「私の問題ではなくなった」ように感じる。清掃車が持っていった先のことは、考えなくていいことになっている。誰かが、どこかで、何とかしてくれている。

もしかすると私たちは、「外に出せる」という前提で世界を捉えているのかもしれません。

問題も、感情も、人間関係も。外に出せば、切り離せば、終わると。

しかし本当は、システムに外部はないのではないか。そんなことを思うのです。

「臭いものに蓋」は、排除ではなく設計である

「臭いものに蓋をする」という言葉があります。

どこか後ろ向きな響きを持つ表現です。

問題から目を背けている、臭いものを見ないふりをしている。

そんな否定的なニュアンスで使われることが多いですよね。

けれどよく考えると、この言葉は排除を意味していません。

臭いものは、捨てられていない。そこにあるままです。ただ、蓋をしている。つまり、扱い方を変えているだけなんです。

これって、すごく現実的な知恵だと思うんです。

臭いものを完全に消すことはできない。無理に消そうとすれば、余計なエネルギーを使ってしまう。あるいは、もっと大きな問題を引き起こすかもしれない。

だからこそ、距離をとる。時間を味方にする。そして、共にあることを選ぶ。

消すのではなく、付き合い方を設計する。

こうした考え方を、ウェンディ・スミスさんとマリアンヌ・ルイスさんは『パラドックス・マインドセット』と呼んでいます。以前このブログでもご紹介した『両立思考』という本で、彼女たちはこう書いています。

問題解決の前提を、『コントロール(管理)』から『コーピング(対処)』へとシフトする。パラドックスは完全な解決はできない。だから完璧な管理を目標にするのではなく、対処に軸足を移す。不確かさを受け入れ、曖昧さを尊重し、その時点で先に進むための道を探すこと

これは、まさにレジリエンスの姿勢そのものですよね。困難を排除するのではなく、困難と共に歩む力。しなやかさ、というのでしょうか。

ぜひこちらの投稿「【私たちは、二者択一にとらわれている!?】両立思考|ウェンディ・スミス,マリアンヌ・ルイス」「【パラドックス・マインドセットとは!?】両立思考|ウェンディ・スミス,マリアンヌ・ルイス」もあわせてご覧ください。

逃げられない関係こそ、設計の対象になる

朝の忙しい時間、娘や息子が癇癪を起こすことがあります。

急いでいるときほど、声を荒げたくなる自分がいます。

「今じゃない」と思う気持ちも正直あります。

けれど、そこで関係を“切る”という選択肢はありません。

それは理想や道徳の問題ではなく、単なる事実です。家族という関係は、人生の循環の中に組み込まれている。外部化することはできません。

イライラは消えません。疲労も残ります。

それでも、逃げられない。逃げられないというのは、覚悟というよりも構造の問題なのだと思います。

ならば、できることは何か。

消そうとするのではなく、扱い方を設計すること。

一時的に蓋をし、深呼吸し、時間を置き、もう一度向き合う。その繰り返しの中で、少しずつ道が開いていくことがあります。

こうして考えていくと、「逃げられない関係」というのは、家族に限った話ではないことに気づきます。

私たちは日々、さまざまな関係性の中で生きています。仕事の仲間、取引先、地域のコミュニティ。そして、自分が経営する組織やチーム。

これらもまた、簡単に「外に出す」ことができない関係です。

もちろん、退職することも、取引を終了することも、形式的には可能です。でも、その影響は循環の中に残り続ける。信頼関係の蓄積も、失った信用も、すべて次の関係に引き継がれていく。

つまり、関係というのは本質的に「逃げられない構造」を持っているのかもしれません。

経営もまた同じ構造を持っています。

不採算部門を切ればすべてが解決するわけではありません。問題社員を排除すれば文化が健全化するわけでもありません。炎上投稿を削除しても、信頼が戻るわけではない。

目の前から消えたように見えても、循環のどこかに痕跡は残る。

だからこそ、「切るか、抱えるか」という二択ではなく、どう扱うかという問いが立ち上がります。

経営とは、循環の中でバランスを取り続ける行為なのかもしれません。

循環の中で、扱い方をデザインする

外部があるという幻想を手放したとき、初めて設計が始まります。

排除ではなく、共存。
断絶ではなく、関係の再構築。

臭いものに蓋をするという言葉の中には、そんな静かなる知恵が潜んでいるように思えます。

私たちは大きなつながりの中にいます。
家族も、組織も、社会も、環境も。
そこから完全に抜け出すことはできません。

逃げられないという事実を受け入れたとき、不思議と視界が開けることがあります。

消そうとするエネルギーが、扱うエネルギーへと変わるからです。

もし今、「外に出せば終わる」と感じていることがあるなら、一度立ち止まってみるのもよいかもしれません。

その問題は、本当に外に出せるものでしょうか。

それとも、形を変えて循環の中に残り続けるものでしょうか。

もし後者なら、消そうとするよりも、どう付き合うかを考えた方が、ずっと建設的かもしれません。蓋をするタイミング、開けるタイミング、距離の取り方。そういう「扱い方の設計」に、エネルギーを使う。

完全に解決しなくてもいい。共存の形が見つかれば、それで十分なこともある。

そんなことを、最近考えています。

それでは、また来週お会いしましょう。


この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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