増田みはらし書店・店主の増田浩一です。
日本経済新聞に掲載されていた「オタフクソース、100年続くファミリー企業 承継の勘所」という記事を読み、大きな学びを得ました。ファミリー企業の承継というデリケートなテーマに真正面から迫り、ここまで関係性を築いて取材された記者の方の洞察力と努力に、まずは深い敬意を表したいと思います。
元記事は、こちら「オタフクソース、100年続くファミリー企業 承継の勘所:日本経済新聞」からどうぞ!!
記事には、単なる事業承継を超えた「ブランドをどう未来へつなぐか」という本質的な問いが生き生きと描かれていました。
そして何より印象的だったのは、100年企業としてのオタフクソースが実践する「ブランドを前にしたフラットさ」という姿勢でした。
ブランドを守るだけでは、やがて劣化していく
広島を代表するソースメーカーとして知られるオタフクソース。
1922年の創業から102年を迎え、現在では世界40か国以上に展開する企業に成長しています。
創業家の佐々木家8家が経営に携わるファミリー企業でありながら、なぜ100年以上にわたって成長し続けることができたのでしょうか。
ファミリー企業の承継というと、どうしても「伝統を守る」「創業者の理念を受け継ぐ」といった保守的なイメージが先行しがちです。
しかし、守ることだけを優先すれば、ブランドはやがて形骸化してしまいます。
逆に変えすぎれば、積み重ねてきた文化が失われてしまう。
このジレンマにどう向き合うかが、承継の最も難しい部分であり、同時に勘所でもあります。
時代は刻々と変化します。戦後復興期にお好み焼きというローカル文化とともに歩んできたオタフクも、現代ではハラル認証を取得してマレーシアに工場を建設し、パリに支店を開設するまでになりました。
もし「広島のお好みソース」という枠に留まっていたら、今日の成長はなかったでしょう。
ブランドという「仮説」が人をフラットにする力
オタフクの事例で特に興味深いのは、家族であってもブランドを前に置くことで、フラットな立場で未来を考える場を作っているという点です。
佐々木茂喜会長の言葉を借りれば、創業者の佐々木清一氏が残した「一滴一滴に性根を込めて」「調味料は人様の口に入るものだから、体に良くない原料は一切使ってはいけない」といった人生訓が、現在の企業理念「食を通じて『健康と豊かさと和』をもたらし、笑顔あふれる社会に寄与します」へと言語化されています。
ここで重要なのは、ブランドが一種の「バーチャルな仮説」として機能していることです。血縁や過去の実績といった「リアルな序列」ではなく、「オタフクらしさとは何か」「次の100年に向けてどうあるべきか」という「未来への共通仮説」を軸に、家族も従業員も対等に議論できる。
2015年に制定された「佐々木家 家族憲章」も、この考え方の延長線上にあります。
「株は8家が均等に持つ」「各家から1人の後継者を選出」といった平等性の原則と、「基本給(平等)+役職給(公平)」という公平性の組み合わせ。
そして「後継者は、世間が決める」というルールは、血縁よりもブランドへの貢献度を重視する姿勢の表れでしょう。
ブランドの成長と個人の成長が織りなす好循環
オタフクのもうひとつの特徴は、「非日常」を通じた人材育成への徹底的なこだわりなのかと、考えました。
新入社員の「キャベツ研修」では、種付けから収穫まで3か月間にわたって農作業を体験し、「一生キャベツのことを語れるようになる」。
「大人見聞録の旅」では、ミシュラン獲得店での食事や浅草での寄席鑑賞を通じて東京の文化に触れる。
中堅社員向けの「創芸塾」では、高杉晋作や坂本龍馬といった歴史上の偉人の足跡をたどりながら、地域の伝統工芸を体験する。
これらの研修は一見、利益に直結しないように見えます。
しかし佐々木会長は「様々な『非日常』を通して、五感六感を磨き、感性や想像力、コミュニケーション力を高め、パートナーシップや帰属意識を深めていく」と語ります。
ここにあるのは、ブランドの成長と個人の成長の好循環です。個人の感性が磨かれることで、より深くブランドの本質を理解し、それを体現できるようになる。
そして、そうした人材が増えることで、ブランド自体もより豊かで奥行きのあるものへと成長していく。
この好循環は、海外展開においても威力を発揮しています。「米国工場の30人が社員旅行に出かけた」「中国人の社員たちも社員旅行やバーベキューなどを皆で楽しんでいる」という光景は、単なる福利厚生を超えて、オタフクブランドの価値観を世界中で共有する仕組みとして機能しているのです。
承継における「のりしろ」としてのブランディング
承継において最も重要なのは、先代と後継者の間に生まれる「のりしろ」の部分かもしれません。
この「のりしろ」こそが、ブランディング(言語化)の共同作業なのではないでしょうか。
オタフクでは、創業者の人生訓を現代の企業理念へと翻訳する作業が、代々受け継がれてきました。そして2008年からは、社会課題をステークホルダー別に整理したマトリックスを作成し、毎年全社員と共有しています。「当社は三方よしではなく、四方八方よし」という考え方のもと、生活者、社員、得意先、仕入れ先、地域社会、業界、行政、株主という8つの方向を意識した取り組みを続けています。
2007年の食品偽装問題に対しては工場見学施設の充実で応え、2011年の東日本大震災後は海外展開への舵切りを行う。時代の変化に応じて、ブランドの在り方を問い直し、言語化し直す。この繰り返しこそが、承継の本質なのでしょう。
特に印象的なのは、佐々木会長が語る「七勝八敗理論」です。
事業を子どもに引き継ぐ時、「わしがここまでしてやったんじゃけえ、ちゃんとせえよ」と言うか、「わしはここまでしかできんかったが、あとは頼むで」と言えるかの違い。
後者の姿勢こそが、次世代とともにブランドを「育て直す」ための共同作業を可能にするのです。
100年企業の条件=時間を超えたブランドデザイン
ここまで見てきたオタフクの事例から浮かび上がるのは、100年企業の条件とは血縁や所有の連続性ではなく、「時間を超えて問い続けるブランドの存在」だということです。
ブランドは、時代を超えて受け継がれる「問い」のようなものかもしれません。
- 「オタフクらしさとは何か」
- 「お客様にどんな価値を提供したいのか」
- 「社会にどう貢献していくのか」
この問いに対する答えは、時代とともに変化していきます。
しかし問い続ける姿勢そのものが、ブランドの核心を成している。
創業者の佐々木清一氏が「孫子3代先のことを考えて行動せよ」と語ったように、ブランドデザインとは常に未来への投資でもあります。
次の100年をどうデザインするかという課題に向き合い続けることで、企業は時間の試練に耐えうる存在になっていく。
佐々木会長が24年に65歳を迎え、家族憲章に従って現役引退する姿もまた、この哲学の体現といえるでしょう。
「老害にならないよう、そして、後進の手本になるよう」という言葉には、ブランドを個人の所有物ではなく、時間を超えた共有財産として捉える視点が表れています。
すべての組織に通じる普遍的な示唆
この視点は、ファミリー企業に限らず、すべての組織に当てはまる普遍的な示唆を含んでいます。
パーパス経営や人的資本経営において重要なのも、組織のメンバーが共通の軸を前に置くことで、しがらみから解放され、未来をともに描けるかどうかです。
ブランドという「バーチャルな仮説」は、階層や利害関係を一時的に無効化し、フラットな対話を可能にする力を持っています。
そして、その対話を通じてブランドを言語化し続けることが、組織の持続的な成長につながる。個人の成長とブランドの成長が好循環を生み出し、時代を超えて愛され続ける存在になっていく。
ブランドは、ただ受け継ぐのではなく、常に育て直すもの。
オタフクソースの100年を超える歴史が教えてくれるのは、この当たり前でありながら、実践するのが難しい真実なのです。
それでは、また来週お会いしましょう。
理念の重要性というアプローチは、こちらの1冊「【「考える人」こそが資産!?】ニッチ企業は理念で生き残る|大塚雅之」もぜひご覧ください。

