自分の感覚を信じよう!?『客観より主観 “仕事に差がつく”シンプルな思考法』内田和成

『客観より主観 “仕事に差がつく”シンプルな思考法』内田和成の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

  • 「なんかおかしい」――そう感じたとき、あなたはその違和感を信じていますか?
  • 実は、情報過多の時代、私たちは自分の感覚よりもデータやファクトを優先するよう訓練されてきました。
  • なぜなら、「客観的であれ」という要求が強すぎて、自分の身体が発する微細なシグナルを無視してしまうからです。
  • 本書は、早稲田ビジネススクール教授で元BCG日本代表の内田和成さんが、「客観より主観」という逆説的なメッセージを説いた一冊です。
  • 本書を通じて、違和感や感覚を起点に思考を組み立てる「主観力」こそが、AI時代を生き抜く鍵であることが見えてきます。
内田和成
¥1,617 (2026/01/23 07:48時点 | Amazon調べ)
\楽天ポイント4倍セール!/
Rakutenで読む
\商品券4%還元!/
Yahoo!で読む

内田和成さんは、早稲田大学ビジネススクール教授であり、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の元日本代表を務めた経営戦略の第一人者です。

東京大学工学部卒業後、日本航空を経て慶應義塾大学ビジネススクールでMBAを取得。その後BCGに入社し、2006年から2009年まで日本代表を務めました。

内田さんは『仮説思考』『論点思考』など、ロジカルシンキングをベースにした思考法の著書で知られています。

しかし本書では、そうした論理重視の潮流に一石を投じる形で「主観の重要性」を説いています。

これは、数多くの経営者と向き合ってきた実務経験から得た確信です。

どれほど論理的に正しくても、相手の価値観を理解せず、自分の主観をぶつけなければ、人は動かない。

コンサルタントとして現場で痛感してきたこの真実を、内田さんは本書で惜しみなく語っています。

ロジカルシンキングの限界を知り尽くした専門家だからこそ書けた、極めて実践的な一冊なんです。

違和感を起点に思考せよ――情報過多が奪う「自分の感覚」

私たちは今、かつてないほど情報に囲まれて生きています。

スマホを開けば、無数のニュース、SNSの投稿、専門家の意見、統計データが溢れている。

そしてそのすべてが「客観的であれ」と要求してくるんです。

内田さんは本書で、こう指摘します。

そもそも「主観的でない意見」などというものが、世の中に存在するのだろうか。

この問いかけは、私たちが当たり前だと思っている前提を根底から揺さぶります。

「客観」とは何か。

辞書的には「主観から独立して存在する外界の事物」とされますが、実際にはファクト、数値、データ、科学的エビデンスといった言葉に置き換えられることが多い。

でも内田さんは、そうした「絶対的な客観」の土台が、今大きく揺らいでいると言うんです。

ひと昔前までは「世の中の決まりごと」がハッキリしていました。

経済成長を追い求める資本主義、部下は上司の指示を聞いて当然という組織文化、ひとつの会社に定年まで勤め上げマイホームを買うことが幸せ――こうした「客観的な規範や常識」が、普遍的な正解として受け入れられていた。

でも今はどうでしょう。

働き方は多様化し、終身雇用は崩れ、幸せの定義は人それぞれになりました。

かつて「客観」だと思われていたものが、実は特定の時代や文化における「主観の集合」に過ぎなかったことが明らかになってきたんです。

ようするに、「客観」よりも先に、まず「主観」があるのだ。

この認識が、本書の出発点です。

そしてここで問題なのが、情報過多の時代において、私たちが「自分の主観」を見失っているということなんです。

内田さんは、こう警告します。

現代人が触れる情報の多くは「他人の主観が加わったもの」で構成されており、それによって「自分の主観」が埋没してしまう恐れがある、と。

SNSを開けば、誰かの意見が流れてくる。

ニュースサイトには専門家の分析が並んでいる。

検索すれば、無数のレビューやランキングが表示される。

そうした「他人の主観」を大量に浴び続けるうち、私たちは自分が本当は何を感じているのか、何を大切にしたいのか、わからなくなってしまうんです。

特に厄介なのが、これらの情報が「客観」という装いをまとっていることです。

「データによると」「調査の結果」「専門家の見解では」――こうした表現は、あたかも絶対的な真実であるかのような印象を与えます。

でも実際には、どのデータを選ぶか、どう解釈するか、という時点で既に「誰かの主観」が入り込んでいるんです。

そして私たちは、そうした「客観を装った他人の主観」に囲まれるうち、自分自身の感覚を疑うようになってしまいます。

「データではこう言っているけど、自分の感覚では違う気がする」――そう思っても、多くの人は自分の感覚より、データの方を信じてしまう。

「専門家がこう言っているから、自分の違和感は間違っているのかもしれない」――そう考えて、自分の身体が発するシグナルを無視してしまうんです。

でもこれは、非常に危険なことだと私は思います。

なぜなら、自分の感覚こそが、思考の出発点だからです。

「なんかおかしい」という違和感、「これは面白そうだ」というワクワク感、「この人は信頼できる」という直感――こうした身体的な反応は、論理的な分析に先立って存在します。

そしてそれは、膨大な経験や学習の蓄積から生まれる、極めて高度な情報処理の結果なんです。

内田さんは本書で、こう述べています。

「左脳的な分析」よりも「右脳的な直感」

経営の現場では、データや分析だけでは見えないものがあります。

「なんかおかしい」という〝虫の知らせ〟が的中するとき

数字上は問題ないように見えても、「なんかおかしい」と感じる。

その違和感を追求してみると、組織の深刻な問題が隠れていた――そんなことは珍しくありません。

逆に、すべての指標が「やめるべきだ」と示していても、「これはいける」という直感を信じて進んだ結果、大きな成功を収めることもあります。

AI時代、定常社会を迎えた今、この「身体性の回復」はますます重要になってくると私は考えています。

AIは膨大なデータを処理し、パターンを見出し、予測を立てることができます。

でもAIには、人間が持つ「違和感センサー」がありません。

「なんかおかしい」という微細な感覚、「これは面白そうだ」というワクワク感――こうした身体的な反応は、人間固有の能力なんです。

そして定常社会、つまり経済成長が前提とならない時代においては、もはや「客観的な正解」を追い求めるだけでは生きていけません。

「みんながこうしているから」「データがこう示しているから」という理由で選択をしていては、自分らしい生き方は見つからないんです。

だからこそ私たちは、情報の洪水に流されず、自分の感覚を取り戻す必要があります。

それは「データを無視しろ」ということではありません。

データや情報は重要です。

でもそれらは、あくまで自分の感覚を確認したり、補強したりするための材料であって、自分の感覚を押しのけるものであってはならないんです。

「客観」の前に、まず「主観」がある。

この順序を取り違えないこと。

それが、情報過多の時代を生き抜く第一歩なんです。

主観をぶつけ合うことで信頼が生まれる

自分の感覚を取り戻すことの重要性は理解できても、実際にそれを行動に移すのは簡単ではありません。

なぜなら、「違和感」を表明することには、大きなリスクが伴うからです。

会議の場で、データに裏付けられた提案に対して「なんかおかしい気がします」と言えば、「感情論だ」と批判されるかもしれない。

上司の方針に「違和感があります」と伝えれば、「君は何を根拠に言っているんだ」と問い詰められるかもしれない。

だから多くの人は、自分の違和感を飲み込んで、「客観的に見て正しい」とされる方向に従ってしまうんです。

でも内田さんは、経営コンサルタントとしての長年の経験から、まったく逆のことを主張します。

論理だけでは、人は動かない。

どれほど筋の通った説明をしても、相手が「こいつは俺のことをわかっていない」と感じれば、提案は受け入れられない。

逆に、多少ロジックが粗くても、「この人は自分のことをわかってくれている」と信頼されれば、人は動くんです。

まず相手が「自分の価値を理解してくれている」という前提があったうえで、「わかっている人」の提案だから、聞く耳を持ってくれるのである。

これは、経営者との関係において特に顕著です。

経営者は、データや分析を求めているわけではありません。

もちろんそれらも必要ですが、本当に求めているのは「自分の価値観を理解し、主観をぶつけ合える相手」なんです。

内田さんは、こう述べています。

「主観と主観のぶつかり合い」を通し、価値観を共有し合ったうえで、「あの人の言うことなら、悪いことにはならないだろう」と信頼され、初めて提案に乗ってもらうことができる。他人事の提案で、人を動かすことはできないのだ。

ここで重要なのが、「主観をぶつける」という行為です。

これは、相手を論破することではありません。

相手を無理に説得しようとするのではなく、ただ自分の体験や感情を述べる。相手のことを論破したり、価値観を変えようとしたりするのではなく、別の価値観や考え方があることを示してあげるのだ。

つまり、「私はこう感じる」「私にはこう見える」という自分の主観を、正直に表明することなんです。

そしてそのためには、まず自分自身の主観を理解していなければなりません。

内田さんは、「ロジカルシンキングの限界」を超える3つのステップとして、こう提示します。

1「自分の主観」を理解する
2「相手の主観」を探り当てる
3「自分と相手の主観」をぶつけ合い、〝客観〟(主観が重なる部分)をつくる

この順序が重要なんです。

多くの人は、いきなり「客観的な正解」を求めようとします。

でもそれでは、表面的な合意しか得られない。

まず自分が何を感じ、何を大切にしているのかを明確にする。

次に、相手が何を感じ、何を大切にしているのかを探る。

そしてその2つをぶつけ合う中で、初めて「共有できる価値」が見えてくるんです。

この「主観をぶつけ合う」プロセスこそが、真の意味での対話です。

そしてそれは、論理的な議論とは根本的に異なります。

論理的な議論では、「正しいか間違っているか」を争います。

でも主観のぶつけ合いでは、「どう感じるか」を交換するんです。

そこに正解はありません。

あるのは、「私はこう感じる」「あなたはそう感じるんですね」という、感覚の共有だけです。

でもこの感覚の共有こそが、深い信頼関係を生むんです。

私自身、経営コンサルタントとして多くの経営者と対話してきましたが、最も実りある関係が築けたのは、論理的な分析を提示したときではなく、自分の違和感を正直に伝えたときでした。

「社長、この戦略は数字上は問題ないように見えますが、私にはどこか違和感があるんです」

そう伝えたとき、経営者は「実は私もそう感じていた」と本音を漏らしてくれることがあります。

そこから、データには現れない本質的な問題について、深い対話が始まるんです。

逆に、どれほど完璧なロジックで武装しても、相手の価値観を理解しようとせず、一方的に「正しさ」を押し付けようとすれば、関係は生まれません。

相手の価値観に触れるには、相手のことを注意深く観察し、言動の背後にある主観に対して想像力を働かせることが大切になるのだ。

この「想像力」が、実は最も高度な能力なんです。

データを分析する能力も重要です。

ロジックを組み立てる能力も必要です。

でも相手の主観を探り当て、自分の主観とぶつけ合い、共有できる価値を見出す――この能力こそが、人を動かす力なんです。

そしてこの能力は、自分の「違和感」を信じることから始まります。

「なんかおかしい」という感覚を無視せず、それが何を意味しているのか考える。

「この人には何か引っかかるものがある」という直感を大切にし、その背後にある価値観を探ろうとする。

こうした態度が、主観をぶつけ合う対話を可能にするんです。

もちろん、違和感を表明することには勇気が要ります。

「データで説明できないことを言って、笑われたらどうしよう」

「論理的でないと思われて、信頼を失うかもしれない」

そんな不安があるのは当然です。

でも内田さんが示すように、本当に賢い人は、相手を論破しません。

本当に信頼される人は、「客観的に正しいこと」を言う人ではなく、「自分の主観を正直に表明できる人」なんです。

だから私たちは、「なんかおかしい」という違和感を、もっと信じていい。

それは、論理で説明できなくても、膨大な経験と学習の蓄積から生まれる、極めて高度な判断なんです。

そしてその違和感を起点に思考を深めていけば、やがてそれは言語化され、他者と共有できる洞察になっていきます。

「客観」は、「主観と主観のぶつけ合い」の中で生まれるもの。

最初から存在する絶対的な正解ではないんです。

この認識を持つことが、「なんかおかしい」を信じる勇気につながります。

内田和成
¥1,617 (2026/01/23 07:48時点 | Amazon調べ)
\楽天ポイント4倍セール!/
Rakutenで読む
\商品券4%還元!/
Yahoo!で読む

ワクワクする生き方は主観から始まる――定常社会における身体性の回復

では、この「主観力」を、私たちはどう活かしていけばいいのでしょうか。

それは、組織のマネジメントにおいても、個人のキャリアにおいても、共通する問いです。

内田さんは本書で、組織を動かす鍵について、興味深い指摘をしています。

重要なのは、組織内に存在する多様な主観を、「客観的な指標」で無理やりコントロールするのではなく、より「大きな主観」によって束ねていくことだ。

この「大きな主観」とは、会社が何のために存在し、何を成し遂げようとしているのかを示す、理念やビジョンのことです。

内田さんはこれを「上位概念」と呼んでいます。

多くの組織が陥る罠は、売上目標やKPIといった「客観的な指標」で人をコントロールしようとすることです。

でもそれでは、人は動きません。

数字は達成できても、そこに情熱は生まれないんです。

逆に、「私たちは何のためにこの仕事をしているのか」という大きな問いを共有できれば、人は自発的に動き始めます。

それぞれが自分の主観に従って行動しても、上位概念という羅針盤があれば、組織は一つの方向に向かっていくんです。

上の指示にただ従うのではなく、自分の主観に従い、自分オリジナルの仕事、あるいはストーリーをつくっていこうと行動することが、結果的に組織を成長させるのだ。

ここで重要なのは、「主観に従う」ことと「勝手に動く」ことは違う、ということです。

主観に従うとは、上位概念を理解したうえで、「自分ならこう実現する」という道を選ぶことなんです。

そしてこの「自分の主観を表明する」姿勢こそが、個人のキャリアにおいても決定的に重要になります。

日頃から「自分の主観」を表明している人ほど、多くのチャンスに恵まれる。そこで経験を積むことができれば、「客観的な信頼性」も後からついてくるだろう。

これは、私が多くのビジネスパーソンを見てきて、強く実感することです。

「何を考えているかわからない人」には、チャンスは回ってきません。

でも「この人はこういう価値観を持っている」「この人はこういうことに情熱を持っている」とわかる人には、自然と声がかかるんです。

「あのプロジェクト、あいつに任せてみよう」
「この案件、あの人なら面白いアイデアを出してくれそうだ」

こうした判断は、その人の「実績」だけで決まるわけではありません。

むしろ、その人が普段から何を大切にし、どんな主観を持っているかが見えているからこそ、任せてみようと思えるんです。

そしてここで、冒頭に立ち返りましょう。

AI時代、定常社会において、なぜ「主観力」が重要なのか。

それは、もはや「客観的な正解」を追い求めるだけでは、生きていけないからです。

経済成長が前提だった時代は、「より多く、より速く、より効率的に」という客観的な指標で、すべてが測れました。

でもその前提が崩れた今、私たちは新しい問いに向き合わなければなりません。

「何のために働くのか」
「何が自分にとっての幸せなのか」
「どんな社会を実現したいのか」

こうした問いに、客観的な正解はありません。

あるのは、一人ひとりの主観だけです。

そして内田さんは、本書の最後にこう問いかけます。

客観的で、合理的で、画一的な〝つまらない生き方〟に身を投じるか。 主観的で、直感的で、個性的な〝ワクワクする生き方〟を選ぶか。 その答えは、あなたの「主観」が教えてくれるはずだ。

この問いかけは、極めて本質的です。

「つまらない生き方」と「ワクワクする生き方」――その違いは、自分の主観を大切にしているかどうかなんです。

データが示す「正しい選択」、周りが認める「安全な道」、社会が期待する「あるべき姿」――こうした「客観」に従って生きることは、一見すると賢明に見えます。

でもそこに、あなた自身の「違和感」や「ワクワク」は存在するでしょうか。

自分の身体が「なんか違う」と訴えているのに、それを無視して「客観的に正しい」道を歩み続けることは、長期的には持続不可能です。

なぜなら人間は、意味を求める存在だからです。

「なぜこの仕事をしているのか」
「なぜこの選択をしたのか」

その問いに、「データがそう示していたから」「みんながそうしているから」という答えしか持てないとき、私たちは自分の人生を生きているとは言えないんです。

だからこそ、身体性の回復が重要になります。

「なんかおかしい」という違和感、「これは面白そうだ」というワクワク感――こうした身体的な反応こそが、自分が本当に求めているものを教えてくれるんです。

それは論理で説明できないかもしれません。

データで裏付けられないかもしれません。

でもそれでいいんです。

ようするに、「客観」よりも先に、まず「主観」があるのだ。

この原則に立ち返ること。

自分の感覚を信じ、それを起点に思考を組み立てていくこと。

そして他者との対話を通じて、主観と主観をぶつけ合い、共有できる価値を見出していくこと。

これが、定常社会を生き抜く「主観力」なんです。

情報過多の時代だからこそ、私たちは自分の身体に耳を傾ける必要があります。

AIが膨大なデータを処理できる時代だからこそ、人間にしかない「違和感センサー」の価値が高まります。

そして「客観的な正解」が存在しない時代だからこそ、自分の主観を大切にし、それを他者と共有していく勇気が求められるんです。

主観的で、直感的で、個性的な〝ワクワクする生き方〟を選ぶか。

この問いに対する答えは、あなたの中にしかありません。

でもその答えを見つけるためのヒントは、あなたの身体が既に知っているんです。

「なんかおかしい」という違和感を無視せず、そこから思考を始めてみてください。

その先に、あなただけの道が見えてくるはずです。

まとめ

  • 違和感を起点に思考せよ――情報過多が奪う「自分の感覚」――私たちは「客観的であれ」という要求の中で、自分の身体が発する微細なシグナルを無視するよう訓練されてきました。しかし「客観」よりも先に、まず「主観」があるんです。情報の洪水に流されず、違和感やワクワクといった自分の感覚を取り戻すこと。それがAI時代、定常社会を生き抜く第一歩です。
  • 主観をぶつけ合うことで信頼が生まれる――「なんかおかしい」を信じる勇気――論理だけでは人は動きません。大切なのは、自分の主観を理解し、相手の主観を探り当て、それをぶつけ合う中で共有できる価値を見出すことです。「なんかおかしい」という違和感は、論理で説明できなくても、膨大な経験の蓄積から生まれる高度な判断なんです。
  • ワクワクする生き方は主観から始まる――定常社会における身体性の回復――もはや「客観的な正解」を追い求めるだけでは生きていけない時代です。客観的で画一的な生き方か、主観的で個性的なワクワクする生き方か。その答えは、あなたの主観が教えてくれます。自分の違和感を信じ、そこから思考を始めることで、あなただけの道が見えてくるはずです。
内田和成
¥1,617 (2026/01/23 07:48時点 | Amazon調べ)
\楽天ポイント4倍セール!/
Rakutenで読む
\商品券4%還元!/
Yahoo!で読む

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!