命令する企業から、問いかける企業へ ~ジョブ型的社会でも「正社員」が必要な理由とは!?~

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増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

企業と従業員の関係性って、そもそも何のために存在するんでしょうね。

この素朴な疑問について、経済学者ロナルド・コースが提示した理論は、広告会社で日々組織と向き合っている私にとって、とても身近で深い問題なんです。

ジョブ型雇用が注目される今だからこそ、改めて「正社員を雇う意味」を考えてみましょう。

企業は「命令」によって動く組織?

コースが1937年に発表した「企業の性質」という論文は、経営学の基礎を変えた名著として知られています。

彼が解決しようとしたのは、「なぜ企業という組織が存在するのか」という根本的な疑問でした。

理論的には、すべての経済活動を市場での取引で済ませることも可能なはずです。必要な時に必要な人に仕事を発注し、その都度対価を支払う。フリーランス経済が拡大している今の時代を先取りしたような発想ですよね。

でも実際には、多くの企業が従業員を雇用し続けている。なぜでしょうか。

コースの答えは「取引費用」でした。

市場でのやりとりには、相手を探す費用、交渉する費用、契約を結ぶ費用、履行を監視する費用など、様々なコストがかかります。そのコストが高すぎる場合、企業の内部に取り込んで「命令」によって調整したほうが効率的だというのです。

「市場では価格を通じて取引が調整されるが、企業内では経営者の命令によって調整が行われる」

このシンプルな対比が、コース理論の核心です。

市場は「契約」の世界、企業は「命令」の世界。

一見すると当たり前のようですが、実はとても深い意味があるんですよね。なぜ私たちはフリーランスや外部委託ではなく、わざわざ従業員を雇うのか。

「市場においては価格メカニズムを通じて生産が調整される。しかし企業の内部では、価格メカニズムが置き換えられ、起業家の命令によって資源が配分される。」
(Coase, The Nature of the Firm, 1937)

その経済合理性を「取引費用の削減」という観点で説明したんです。

「企業の存在は、価格メカニズムの使用に伴う費用を避けることによって説明できる。つまり、取引費用を削減するために企業が生まれるのである。」
(Coase, The Nature of the Firm, 1937)

例えば、毎日必要な清掃業務を考えてみましょう。毎回違う業者に発注し、品質を確認し、支払いをするのは大変です。それよりも清掃員を雇用して「毎朝9時に掃除をしてください」と指示したほうが、長期的には効率的ですよね。これがまさに「取引費用」の考え方なんです。

命令は、絶対か!?

でも、実際のマネジメントの現場にいると、命令だけで組織が動くなんてことはありえないと痛感します。

特に知識労働やクリエイティブな業務においては、上司が「こうせよ」と言っても、現場はしばしば状況に応じて解釈し、修正し、命令の背後にある意図を汲み取らなければならない。

あるいは別の例も検討してみましょう。

例えば、クライアントから「もっとインパクトのある提案を」と言われたとき、この「インパクト」って何を指しているんでしょうか。

視覚的なインパクト?メッセージのインパクト?それとも予算に対するインパクト?明確に定義されていない要求を、チームみんなで解釈し、形にしていく。

ここに「曖昧さ」が立ち現れるんです。

と、同時に、その「曖昧さ」に対してどのように対応していくのか、実はその対応の中身こそが、実は社会にとって無くてはならない価値の源泉なのではないか?とも、同時に思考が及びます。

命令は明確に見えて、実際には不完全なものなんですよね。

市場での契約がすべての事態を記述できないように、企業内の命令もまた細部をカバーしきれません。

だからこそ従業員の役割は「命令に従う」ことだけでなく、曖昧さを引き受け、解釈し、行動に移すことにあるんです。

従業員は「曖昧さの処理主体」

この視点に立つと、従業員という存在は単なる「命令の受け手」ではなく、「曖昧さの処理主体」だと言えるでしょう。

スタートアップとの連携プロジェクトでよく目にするのですが、大企業側の「イノベーションを起こしたい」という要求に対して、具体的に何をどうするかは現場の人たちが知恵を絞って形にしていくんです。

マニュアル化された業務や明確な指示で完結する仕事であれば外注やAIでも代替可能ですが、曖昧さを抱えたまま成果に至るプロセスは、やっぱり人間の関与が必要なんですよね。

「契約の限界が、従業員の存在理由を生み出す」

つまり、雇用関係の本質は「命令に従う」ことではなく、「命令がカバーしきれない余白を埋める」ことにあるんです。

経営者からすれば、従業員を雇うのは単なる労働力の確保ではなく、曖昧さを引き受けてくれるパートナーを得ることにほかなりません。

では、この延長線上で未来を考えるとどうなるでしょうか。

AIの登場によって、多くの命令はコード化され、プログラムが自動で処理していく時代になっています。効率化が進むほど、人間が担うのは「曖昧さの処理」という領域にますます集約されていくでしょう。

次に組織を動かす力は「問い」

そしてここからが本題なんです。命令でも契約でもなく、次に組織を動かす力は何か。

私は「問い」ではないかと思うんです。

これまで数多くの経営者との対話を重ねてきて気づいたのは、優れたリーダーほど「答えを与える」のではなく「良い問いを立てる」ということでした。

命令は「こうせよ」という一方的な方向づけです。でも曖昧さの時代においては、トップがすべてを定義することは不可能ですよね。

むしろリーダーの役割は「何を問うべきか」を示すことに移行している。

従業員は問いを受け止め、自ら考え、行動する。問いは命令のように一方的ではなく、参加を促す開かれた枠組みなんです。

企業を「命令の場」から「問いの場」へと変えていく。

これはリーダーシップ論の言葉でいえば、コマンド&コントロールからインスピレーション&エンゲージメントへの移行です。問いは組織の創造性を引き出し、従業員を「曖昧さ処理者」から「新しい意味の共創者」へと変えていきます。

こう考えると、従業員論は大きな変容を遂げているのかもしれません。

かつては、命令に従う人。
次には、曖昧さを処理する人
 そして、
これからは問いを共に担う人。

経営者にとっては、どんな問いを立てるかが最大のマネジメント課題となるでしょう。

従業員にとっては、その問いにどう応答するかが新しい役割となるでしょう。
そして両者の間にこそ、企業が存在する理由があるのだと思うんです。

心理的安全性を大切にした組織づくりも、実はこの「問いを共に担う関係性」から生まれるんじゃないでしょうか。

命令する側・される側という上下関係ではなく、同じ問いに向き合う仲間として。

そんな組織のあり方を、これからも探求していきたいと思います。

それでは、また来週お会いしましょう。

こちらの1冊「【大切なのは、“パーパス”のすり合わせ?】成果が出るチームをつくる方法|知念くにこ」も組織と個人の関係性を紐解くヒントを提供してくれます。

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