- 本(読書)という投資をどのように見るか・・・
- 実は、大変有意義な時間の使い方なのは間違いないかもしれません。
- なぜなら、それは著者との対話であり、知識の更新であり、そして自らの内面との向き合いだからです。
- 本書は、ジョージ・オーウェル氏による本の価値に関する1冊です。
- 本書を通じて、改めて読書の効用について、想像を巡らせるヒントを得ます。
読書のパフォーマンスとは!?
ジョージ・オーウェル(George Orwell)は、『1984年』『動物農場』などで知られる20世紀を代表するイギリスの作家・評論家です。社会正義への鋭いまなざしと、ユーモアを交えた風刺的文体で、今なお読み継がれる作品を多く残しました。本書はその中でも、彼のエッセイ作品を訳し、コンパクトにまとめた「5分文庫」シリーズのひとつです。
翻訳者である蜷川豊(にながわ・ゆたか)さんは、文学研究者としても著名で、硬軟織り交ぜた翻訳スタイルに定評があります。
本書は、そんなオーウェルのユーモアと知性が光るエッセイ「Books vs. Cigarettes(本 vs 煙草)」を日本語で気軽に読める1冊としてまとめたものです。
このエッセイが発表されたのは1946年、イギリスの戦後復興期。
オーウェルは、トリビューン紙で「読書にかかる費用は、煙草や飲酒と比べて本当に高いのか?」という問いを投げかけます。
当時、本は贅沢品という認識も根強く、特に労働者階級の人々にとっては「余暇=煙草やパブでの一杯」が定番。
それに対して読書は、上流階級の文化的な嗜みとされがちだったのです。
そんな時代背景の中でオーウェルは、身近な消費行動である「煙草」と「読書」を、費用の面から比較するというユニークな視点で語り始めます。
読書を単なる娯楽、例えば映画を観に行くようなものと考えれば、おおよその費用を見積もることは可能だ。
「読書=高い」という通念に対して、オーウェルはこう反論します。
仮に本をすべて新品で買って、1冊4時間で読むとしても、その費用は1時間あたり2シリング。これは映画館の高級席と同等か、むしろ安い。
さらに──
古本屋での購入や図書館の活用、中古の売却などを考慮すれば、費用はさらに下がる。つまり、読書とは「非常にコストパフォーマンスの高い娯楽」だと。
実際、彼は「読書はラジオに次いで安い娯楽ではないか」と言います。
このユーモラスな比較からは、単なる費用対効果を超えて、読書という行為をどう位置づけるかという文化的な問いも見えてきます。
知的生活こそにバリューを!?
印象的だったのは、「可処分時間」という概念の使い方です。
とくにこれは、末尾に掲載の翻訳者である蜷川豊(にながわ・ゆたか)さんによるレビューからなのですが、オーウェルは、仕事や睡眠などを差し引いた「個人が自由に使える時間」の使い方こそが重要だと説きます。
その上で、動画やSNS、ゲームのような受動的なメディア消費に時間を奪われていく現代の私たちの姿を予見するかのような一文を残しています。
「人類史上もっとも受け身の娯楽とは、“テレビを見ること”である」
この視点は、いまの情報環境にも深く突き刺さります。
オーウェルは、1冊の本に4時間かけて読み切るという行為そのものに、「集中力」や「能動性」が必要であることを忘れていません。
そして1946年当時から、彼はすでに「価格」の問題ではなく、
「読書が、ドッグレースや映画・飲み歩きほど“刺激的”な趣味ではない」と見なされていたことが根本の課題だと見抜いていたのです。
それでも、だからこそ──
読むことには、もっと静かで深い価値がある。
「知的生活」の扉を開く鍵になる、と彼は示唆しているように思えます。
読むことの効用とは!?
読むとは、思考すること。
そして、思考することは、静かで地味な営みである一方で、人生に深い変化をもたらす力を持つ営みです。
本書『本 vs 煙草』は、読書の「値段」を巡る一見軽やかな問いかけから始まり、最終的には「知的な自由」「主体的な時間の使い方」といった深いテーマへと私たちを導いてくれます。
読書はぜいたくか?それとも最も安価な贅沢か?
読書の価値を、いま一度“数字”と“感覚”の両面から考えさせてくれる、短くも味わい深い一冊です。
そして本書の訳者・蜷川豊さんは、このエッセイを読み解くにあたり、ある本質的な問いを投げかけています。
現代ほど読書に適さない時代というのは、これまでなかったのではないか。
情報があふれ、スマートフォンを開けば即座に何百もの刺激が押し寄せる時代。
何かを「読む」以前に、私たちは絶えず通知に反応し、次々と現れる視覚的コンテンツに意識を奪われています。SNS、動画、チャット、広告……どれもが「次の関心」を先回りして提供し、思考の余白を埋め尽くしていきます。
そんな“即応と選択”を求められる日常の中で、「本を開き、ひとつの文を読み、立ち止まり、考える」ための時間と集中力を確保するのは、かつてないほど困難になっています。
つまり、読書は「コストが安い」のに、心理的・環境的には“最も高価な行為”になってしまっているのかもしれません。
それでも──だからこそ。
今この時代にあって、あえてページをめくり、たった一人の知的時間に没入するという選択をすることは、
もはや静かな抵抗であり、小さな自由の回復とも言えるのではないでしょうか。
オーウェルのユーモアと洞察が示してくれるのは、
「読む」ということの“価格”ではなく、“価値”なのだと──そう感じさせられる1冊です。
ちなみに本書が、5分文庫でシリーズ化されているのも印象的ですね。この5分がもしかしたら、私たちを読書時間を考える、そして、他の時間と比べ、価値を見いだせる視点を提供してくれる大変貴重なものとなりうる可能性を示唆します。
まとめ
- 読書のパフォーマンスとは!?――1946年当時から非常にコスパの高い娯楽でした。と、同時に当時もコスパの概念があったのですね(!)
- 知的生活こそにバリューを!?――読書を通じてものごとを考えるということに価値があるのです。
- 読むことの効用とは!?――それは、すなわち考える、精神的な時間をもたらすのです。
