- 何が、ビジネスにおいて可能と不可能を分け隔てるでしょうか。
- 実は、相手を知るということかも。
- なぜなら、ビジネスとは関係性の中に成り立つものだからです。
- 本書は、三菱に遅れながらも、日本にディズニーを誘致するパートナーとして選出された三井の物語です。
- 本書を通じて、ビジネスを成功させるための秘訣を確認します。
三菱 vs 三井!?
馬場康夫さんは、映像作家、脚本家、演出家として、1980年代から1990年代にかけて日本のポップカルチャーの一翼を担った人物です。
特に「ホイチョイ・プロダクションズ」の中心的存在として知られ、同プロダクションが手がけた『私をスキーに連れてって』『彼女が水着にきがえたら』『波の数だけ抱きしめて』など、いわゆる“トレンディ映画”の仕掛け人として社会現象を巻き起こしました。
彼の作品群は、当時の都市生活者の価値観や消費スタイルを反映しながら、「軽やかな日常」と「ささやかな冒険」を融合させる独自の世界観を描き出してきました。
そして、実はその出発点のひとつが、東京ディズニーランドの開業という“文化的事件”であり、本書『「エンタメ」の夜明け』は、当時の空気感を馬場さん自身の実体験を通して鮮やかに描き出した回想録であり、ある種の“時代の記憶装置”とも言える一冊です。
ディズニーランドは、なぜ日本に来たのか。
そして、なぜ「三菱」ではなく「三井」だったのか。
この問いは、単に不動産開発の勝敗を問う話ではありません。
もっと大きな、ビジネスにおける「可能」と「不可能」の境界を照らし出す問いです。
三菱地所は富士山麓に、富士スピードウェイを中心とした300万坪の土地を所有しており、そこに、東宝と共同でディズニーランドを造ろうという考えだった。
現実的に考えれば、資本力でもグループの規模でも、当時の三菱地所のほうが優勢でした。
にもかかわらず、ディズニーは三井不動産の手に渡った――
なぜ、その逆転が起きたのでしょうか?
本書を読み進めるうちに見えてくるのは、
「数字」や「条件」ではない何かが、決定的な差を生んだという事実です。
それは、言うなれば、「熱」であり、「覚悟」であり、
目の前の交渉相手が“本気で夢を信じているか”という、説明しがたい空気のようなもの。
この出来事は、ビジネスの成否が、
単なる合理的な計算やスペックの優劣だけでは決まらないことを、私たちに教えてくれます。
つまり――
「不可能」と見えることを、「可能」にする境界線は、
人の“信じる力”や“巻き込む力”にこそ宿るのではないか?
そんな問いを、読者一人ひとりにも静かに投げかけてくる一冊です。
東京ディズニーランドが実現する10年ほど前、
実は、三菱地所が先にディズニーと接触していたことをご存知でしょうか。
当時の三菱は、東京湾岸の人工島に、ディズニーランド型の施設を含む大規模複合開発を構想していました。
そこにはホテル、ショッピングモール、そして交通インフラまでを包含した、
壮大で、理路整然とした“都市開発型エンタメプロジェクト”の青写真が描かれていました。
資料は整い、資金力もあり、何よりディズニーとの過去の実績もいくらかありました。
しかし――その提案には、「何か」が決定的に欠けていたのです。
それは、“自分ごと”として語られる熱意であり、
「なぜ、私たちがこの国に夢の国をつくるのか?」という、ストーリー性でした。
三井の逆転、企業イメージではない、“人間”が口説いた――。
一方で、後に誘致を成功させる三井不動産(そしてオリエンタルランド)は、
まったく異なるアプローチをとりました。
彼らは、「このプロジェクトをどう運ぶか」ではなく、
「このプロジェクトをどうしても実現したい」という強い想いを前面に押し出したのです。
たとえば、オリエンタルランドの幹部らは何度も渡米し、
ディズニーの開発部門と徹底的な対話を重ねます。
ビジネスの論理を超えて、「日本でディズニーランドを開くことの意義」を語り、
現地の社員たちの“心”をつかみにいったのです。
また、日本側の土地取得や官公庁との交渉も、
「絶対に成功させる」という覚悟とともにひとつずつ丁寧に乗り越えていきました。
結果として、ディズニーは「この人たちとなら任せられる」と判断し、
スペック上では劣勢だった三井・オリエンタルランド陣営との契約を選択したのです。
堀貞一郎とは!?
東京ディズニーランドの実現を陰で、そして実質的に支えた立役者――
それが、オリエンタルランドの初代専務であり、後の社長となる堀貞一郎氏です。
元・運輸省の官僚、そして国鉄の実務官僚としてキャリアを積んだ彼は、派手なリーダーではありません。
しかし、東京湾岸の埋立地に“夢の国”を誘致するという誰もやったことのないプロジェクトに対し、
前例に頼らず、自らの足で道を切り拓くタイプの現場主義者でした。
堀氏は、ディズニー本社との交渉の際、
単に書類や数字で未来を語るのではなく、体験として語る/感じさせるプレゼンテーションを仕掛けました。
その象徴的なエピソードが、「都心から12キロ」という訴求です。
彼は、予定地の浦安がいかに東京に近いかを強調するために、
「12キロ圏内」というキーワードを用い、距離感とアクセスの良さを視覚的に表現したパネルを用意。
そこに込めたのは、「夢の国」は決して遠くない、“日常に寄り添う非日常”であるという強烈なメッセージでした。
そしてその思いは、移動中の演出にも徹底されていました。
ディズニー幹部を現地視察に連れていく際、堀氏らはチャーターバスを用意し、冷蔵庫に彼らが好むドリンクをすべて揃えたのです。
幹部たちが普段何を飲むかを調査し、すべてがその場で“魔法のように”出てくる体験を演出。
その細やかさに、ディズニー幹部の一人は思わずこう漏らしたといいます。
さらには、ランチも一流のおもてなしを用意。
堀氏は帝国ホテルの総料理長・村上信夫氏に依頼し、こう伝えたそうです。
「アメリカ人がひとくち食べた瞬間に、時を忘れるような料理をお願いします。」
実際に提供された料理は、味はもちろん、見た目、タイミング、余韻までが完璧だったといいます。
ここにも、「相手の感情に寄り添う」ことを第一に考える、堀氏のプレゼン哲学が表れています。
“体験”を設計する──未来への想像を飛ばす構造。
視察はまだ終わりません。
堀氏はディズニー幹部をヘリコプターに乗せて浦安の上空を飛ばせ、予定地の全体像を文字通り“俯瞰”させました。
さらには、東京・新都心の当時日本一の高層ビル「三井ビルディング」にも案内し、
三井グループが持つ施工力・技術力・開発力を直接的にアピールしたのです。
ここまでやるか――という演出のすべてが、堀氏の“熱”の表現であり、
言葉ではなく五感と空気感で相手に訴えるプレゼンテーションだったのです。
堀たちが帝国ホテルから引き揚げた後、カードン・ウォーカー社長は、東宝の榎本と金子操常務をスイートに招き入れ、こう訊いた。 「三井に決めて、さしつかえないか?」 天下分け目の競合プレゼンテーションは、こうして1日で決着がついた。
こうした一連の動きは、
「不利な条件でも、やり方次第で相手の心を動かせる」ということを証明しています。
不可能を「見せる力」で可能に変えるには!?
東京からの距離、未整備の埋立地、資金力で劣る三井。
それでも、堀氏の一つひとつの演出が、ディズニーに「ここなら託せる」と思わせた。
つまり、ビジネスにおける“可能と不可能”の境界線は、情熱と工夫、そして相手を知り抜く想像力によって塗り替えることができるのです。
ビジネスにおける“可能と不可能”の境界線は、
情熱と工夫、そして相手を知り抜く想像力によって塗り替えることができる――
その中でも、特に重要なのが、「相手のことをどれだけ深く知っているか」という点です。
東京ディズニーランドの誘致成功において、
堀貞一郎氏らが示した最大の強みは、
「自社の長所を並べること」ではなく、
“相手の価値観にどう届くか”を徹底的に考え抜いたことにありました。
つまり、
ディズニーの幹部が何を好むのか。
どんな状況で安心し、どんな振る舞いに誠意を感じるのか。
相手の意思決定の「スイートスポット」はどこにあるのか。
こうした情報を「ただ集める」のではなく、「文脈に沿って料理する力」があったからこそ、
あれだけのプレゼンテーションが成立したのです。
これは、どんな業種・業態にも応用可能な原理です。
この事例をひとつのモデルとして見るなら、
ビジネスにおける説得や交渉、そして共創を可能にするためには、
次の3つのレイヤーを押さえておく必要があるといえるでしょう。
- 相手理解:相手の関心・価値観・判断基準をつかむ
- 自己理解:自社や自分の強み・弱み、ブランドや過去の信用を把握する
- 状況理解:その時・その場における相互関係やトレンド、タイミングを読む
この3つが重なり合ったところにこそ、
「ただ正しい」だけではない、心を動かす語り=説得力あるストーリーが生まれるのです。
今、あなたが提案しようとしている相手は、何に価値を感じるでしょうか?
競合よりも価格で劣る、自社の知名度が低い、経験が浅い――
そんな状況でも、相手の“内側”に目を向けたとき、
説得の余地は大きく広がっていきます。
誰かの意志決定に影響を与える力は、
「どれだけ語れるか」ではなく、「どれだけ知っているか」に宿る。
東京ディズニーランドの夜明けとは、
その“知る力”が、時代を動かした瞬間でもあったのです。
東京ディズニーランドの上陸は、
単なるエンターテインメントビジネスの成功例ではありませんでした。
それは、人が本質に感応し、未来の可能性に手を伸ばす瞬間を、社会全体で目撃した出来事だったのです。
堀貞一郎という人物は、戦後日本において、
「夢の国」を単なる輸入コンテンツではなく、
日本社会に根づかせる“文化”として丁寧に育てようとしました。
ディズニーの価値を、ディズニー以上に理解し、
その本質を次の世代に“物語”として引き継ぐ担い手だったとも言えるでしょう。
著者の馬場康夫さんは、こう結んでいます。
堀貞一郎も、ウォルト・ディズニーの正当な遺産相続人であった。彼らは、セルマ・ハワードと違って、遺産の価値を初めから知っていて、それを何倍にも増やして後の世代に残そうとした。
次の世代を担う若者たちも、ぜひそうあってほしいと思う。
*セルマ・ハワードとは、ディズニー家の家政婦を30年つとめた人物で、ウォルトからクリスマスと誕生日の日にディズニー社の株をボーナスとして送られていました。セルマに株を渡すたびに、「この株は手放さないでおくんだよ。きっと値が上がるから」と言われ、本当にそのように約束を守り、そのまま亡くなりました。彼女の死後、遺言執行者が遺産について調べるとその株券が発見され、その価値は、450万ドル(当時のレートで12億円)ほどになっていたそうです。
テクニックや戦略ももちろん大切です。
しかし、それだけでは人の心を動かすには至りません。
本質を見抜き、そこに自らの感性が反応してしまうこと。
そして、その感動を次の誰かと分かち合いたいと願うこと。
それが、ビジネスにも人生にも通底する、最も人間らしい創造行為なのではないでしょうか。
ビジネスをするということを改めて見つめてみるには、こちらの1冊「あなた自身!?『ビジネスを育てる 新版 いつの時代も変わらない起業と経営の本質』ポール・ホーケン」もぜひご覧ください。おすすめです。

まとめ
- 三菱 vs 三井!?――三井は、競合である三菱とディズニーを知り尽くすことで、突破口を見つけます。
- 堀貞一郎とは!?――電通で活躍した、日本を代表するプロデューサーの一人です。
- 不可能を「見せる力」で可能に変えるには!?――相手を知ったうえでの、本気の演出です。
