リ・ブランドとは、読み直しである!?『逆転の“最弱商材” 豆腐屋ブランディング』平川大計

『逆転の“最弱商材” 豆腐屋ブランディング』平川大計の書影と手描きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール

【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】倒産寸前の豆腐屋が売上9倍になった背景には、商材の弱さを「再解釈」する思考がありました。平川大計が実践したのは、最弱商材を地域文化として読み直すブランディングです。
 
1.再解釈の力:「差別化できない」という前提を疑い、地域性という新たな軸で商材を捉え直す
2.人が根源:食へのこだわりがない「短所」が、仕組み構築への専念を生んだ逆説的な強さ
3.文化の創造:商品を売ることを超え、豆腐文化そのものをつくることが「長く残る」ことにつながる

  • 「差別化できない商品」を、あなたはどう売りますか?
  • 実は、差別化できないという思い込みこそが、最大の制約になっているんです。
  • なぜなら、商材の特性は変えられなくても、その商材をどんな文脈で語るか——誰がつくり、どこで生まれ、何を受け継いでいるのか——は、いくらでも変えられるから。
  • 本書は、佐賀県武雄市の倒産寸前だった豆腐屋「佐嘉平川屋」を、売上9倍の企業へと立て直した平川大計による実践的ブランディングの記録です。
  • 本書を通じて、「ブランドは蘇る」という確信と、その蘇りを可能にする再解釈の思考法を手に入れることができます。

平川大計(ひらかわ・たいけい)氏は、佐賀県武雄市の豆腐屋「佐嘉平川屋」の三代目。建築の仕事に就き「長く残るものをつくりたい」という夢を抱いていましたが、倒産寸前の実家に戻り、腰掛けのつもりで経営を引き継ぐことになります。

食に関する専門知識も深いこだわりもないところからのスタートでしたが、それが却って商品を売る仕組みを考えることに専念できる条件になりました。通信販売の強化、屋号の変更、著名建築家による店舗設計など、次々と大胆な施策を打ち、2025年時点で入社した2000年当時比で売上約9倍、佐賀県内最大規模の豆腐屋へと成長させました。

商材の弱さを強みに変える「再解釈」の力

豆腐は、難しい商材です。

賞味期限が短い。価格競争に巻き込まれやすい。スーパーへの依存度が上がるほど利益率が下がる。かつては国内に5万軒以上あった豆腐屋が、2021年には5000軒を割るほど激減しています。業界に伝わる「豆腐屋は大きくなるとつぶれる」という言葉は、規模拡大がスーパーへの依存を高め、価格交渉力を奪われていくという構造的なリスクを端的に表しています。

では、どうするか。平川氏が選んだのは、この構造の中で戦うことをやめることでした。

差別化しづらい豆腐を差別化するために、地域性を差別化要因と決め、地元の原料を使い、地域性の強い商品を主力として、豆腐屋としては一般的な販売先であるスーパーなどの卸に依存することなく、通信販売や自社店舗での販売を強化してきました。

注目したいのは「差別化しづらい豆腐を差別化する」という言い方です。

「差別化できない」ではなく「差別化しづらい」。この微妙な言葉の違いに、思考の質が表れています。

商材そのものに差別化の余地がないとしても、商材の「文脈」には差別化の余地がある——そう読み直すことができる。佐賀・武雄という地域性、嬉野温泉が発祥とされる温泉湯豆腐、佐賀の郷土料理「呉豆腐」をアレンジした「豆乳もち」。これらはすべて、商材の物理的な特性ではなく、商材が持つ文化的な背景を差別化軸として設定した結果です。

さらに平川氏は、社名である「有限会社平川食品工業」を「佐嘉平川屋」へと変更します。工業製品的な印象を与えていた社名を、地域性と職人性を体現する屋号へ。商品パッケージを統一し、著名な建築家に依頼した自社店舗は、「過剰投資では?」と思われるほどの作り込みでした。

この「過剰投資」という言葉が、実はブランディングの本質を突いています。

ブランドとは、期待を超える体験の積み重ねです。「豆腐屋らしくない」店舗、「豆腐屋らしくない」パッケージが、かえって記憶に残り、語られ、「本物だ」という評価を生む。

再解釈とは、既存の枠組みを疑うことから始まります。「豆腐はこうあるべき」という前提を括弧に入れ、「この商材で何が語れるか」という問いに切り替える。その転換こそが、最弱商材を最強のブランドストーリーに変える起点になるんです。

ブランドを生み出す根源は「人」にある

平川氏がこの再解釈を実行できた背景には、逆説的な理由があります。

食に関するこだわりが、なかったことです。

もし私が食に対して強いこだわりを持っていたならば、豆腐をつくったことがないにもかかわらず、こういう豆腐をつくるべきだ、そのためにはこうあるべきだ、とおいしい豆腐をつくることだけにこだわっていたかもしれません。結果として、製造現場と衝突していた可能性も十分に考えられます。しかし、そうしたこだわりがなかった分、製造現場のプライドを保ちつつ、良いものをつくれば売れるという幻想にとらわれず、商品が売れる仕組みを考えることに専念できたのだと思います。

「良いものをつくれば売れる」という幻想。これは多くの中小企業、特に製造業の経営者が陥りやすい思考パターンです。品質への自信が、売れない原因を商品の外に求めることを阻む。平川氏にはその幻想がなかった分、冷静に「売れる仕組み」を設計できた。

これは、「短所が幸いした」という話に見えます。でも、もう少し深く考えると、これは「自分の立ち位置を客観視できた」という話でもあります。先入観がないからこそ、現実の構造がよく見えた。売上に匹敵する債務、金利の重さ、通信販売が持つ入金の早さと利益率の高さ——入社後1カ月間、帳簿を全部かき集めてパソコンに入力した平川氏の行動は、感情より先に現実を直視しようとする姿勢の表れです。

ここに、ブランドの根源としての「人」が浮かび上がります。

ブランドは戦略ではありません。もちろん商品でもない。ブランドは、その会社の人間がどんな問いを立て、何に向き合い、どう行動してきたかという蓄積が、外部から見えるようになったものです。

設備投資においても、平川氏の思想は一貫しています。「すべての機械を無理に稼働させようとしない」という考え方は、機械の稼働率を上げるために安売りをすることを拒否するものです。設備のために商品の価格を下げるのか、ブランドのために設備の稼働を調整するのか。この判断軸は、最終的に「何を守りたいのか」という人の価値観に行き着きます。

中小企業の経営者と話していると、ブランドを「外向きのもの」として捉えているケースが少なくありません。パッケージ、ロゴ、ウェブサイト——確かにそれらはブランドの表現です。でも、それらが機能するのは、内側に一貫した意志がある場合だけ。その意志を持つのは、やはり人です。

平川氏のストーリーは、ブランディングの出発点が常に「人がどう在るか」にあることを、実例として見せてくれています。

文化を創ることが「長く残る」ということ

平川氏は若い頃、建築の道に進もうとしていました。その動機として語られるのが「長く残るものをつくりたい」という言葉です。

構造物を通じて、時間を超えるものをつくりたい。そんな夢を持っていた人が、なぜ豆腐屋の経営者になったのか——その問いへの答えが、本書の「おわりに」に静かに記されています。

若い頃の私は、構造物を通じて「長く残るもの」をつくりたいという夢を抱いていました。しかし今では、「構造物以上に長く残るのは文化である」と実感し、豆腐文化の創造に情熱を注いでいます。

この一節は、単なる経営者の感慨ではなく、ブランディングの本質を言い当てていると思います。

建物は残ります。でも、文化はもっと長く残る。建物は物理的に存在しますが、文化は人の記憶と行動の中に存在する。誰かが「嬉野温泉に行ったら温泉湯豆腐を食べる」という習慣を持ち、それを子どもや友人に伝えるとき、文化は時間を超えて伝播します。

温泉湯豆腐を「三度おいしい鍋料理」として確立したエピソードは象徴的です。とろとろになった豆腐をそのまま楽しみ、残ったスープで野菜を煮て、最後はご飯を加えて雑炊で締める。この食べ方は、企画会社の提案をきっかけに生まれましたが、それ以上に「体験として記憶に残る構造」になっています。一品料理がメインディッシュに格上げされる、というのはまさにこの体験設計の成果です。

また、「佐嘉平川屋」という屋号が体現しているのも、文化の継承です。「有限会社平川食品工業」という社名には、企業の効率性や機能性は表れていても、その土地の記憶や職人の系譜は込められていません。「佐嘉平川屋」という屋号には、佐賀という地名、平川という家の名前、そして「屋」という職人的な矜持が凝縮されています。

これは、1950年に祖父が開業し、父が継ぎ、平川氏が三代目として引き継いだという物語と、不可分につながっています。ブランドが「蘇る」とはどういうことか——それは、過去の活動を単に繰り返すのではなく、その根源にあるものを抽象化し、現代の文脈で再定義することです。

「豆腐を売る」から「豆腐文化をつくる」へ。この転換が生み出したのは、価格競争ではなく文化的な唯一性です。卸先から「御社の売り場をつくりたい」と言われるようになった、という変化はその証左でしょう。

ブランドは、長く残ることを目指すとき、最も強くなります。そしてそれは、文化という形でしか実現しないのかもしれません。

ブランディングのベクトルとしては、Small is Beautifulもあるかも。こちらの1冊「忙しさによってもたらされる売上は、悪なのではないか!?『捨てないパン屋』田村陽至」もぜひあわせてご覧ください。

こちらのスロウな発想もぜひ掛け算ください。「本当のブランドとは!?『スロウ・ブランディング 記憶から価値をつくる』江上隆夫」。

まとめ

  • 商材の弱さを強みに変える「再解釈」の力――「差別化できない」という前提を疑い、地域性・文化性という新たな文脈で商材を読み直すことが、価格競争から抜け出す起点になります。商材の物理的な特性ではなく、その商材が持つ物語を差別化軸に設定することで、まったく異なる競争の場をつくり出せます。
  • ブランドを生み出す根源は「人」にある――食へのこだわりがないという「短所」が、売れる仕組みの設計に専念できる条件になった逆説は、ブランドが戦略や商品ではなく、人の在り方から生まれることを示しています。設備のために価格を下げないという判断も、最終的には「何を守りたいか」という人の価値観に行き着きます。
  • 文化を創ることが「長く残る」ということ――「構造物以上に長く残るのは文化である」という平川氏の言葉は、ブランディングの本質を照らします。商品を売ることを超えて、食べ方、屋号、店舗体験を通じて文化を創造することが、価格競争を超えた唯一性を生み出します。

実践のためのQ&A

本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。

価格競争から抜け出したいが、自社の「地域性」が見つからない場合はどうすればよいですか?

地域性は地名だけに限りません。創業者の物語、継承された技術、特定の顧客との関係性も立派な「固有の文脈」です。まず自社の歴史を棚卸しし、「なぜ、ここで、これをつくり続けているのか」という問いに向き合うところから始めるのが有効です。答えが出たとき、それがあなたのブランドの軸になります。

ブランディングに投資するお金も時間もない中小企業は、何から手をつけるべきですか?

平川氏が最初に着手したのは、屋号の変更という比較的コストの低い施策でした。まず「名前の見直し」から入ることで、自社のポジションを再定義するきっかけになります。次に、最も利益率が高く、自社の強みが最も出る商品に集中投資することで、ブランドの核をつくっていくアプローチが現実的です。

ブランディングの成果が出るまで、経営陣や社員をどうやって巻き込み続けますか?

本書のケースでは、通信販売という「入金が早く利益率が高い」チャネルを早期に伸ばすことで、数字として成果を見えやすくしています。ブランディングは長期投資ですが、短期的に数字で示せる施策を並行して進めることが、社内の信頼を維持する実践的な方法です。

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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