この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【本書の要約】組織変革の鍵は「会話の質」にある。批判や指摘ではなく、強みと可能性を問う対話が、人の底力を引き出し、チームを動かす。経営学博士ジャッキー・スタブロスと教育心理学博士シェリ・トレスが30年の実践から体系化した「AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)」の手法で、日常の会話が未来を生み出す力に変わる1冊。
- チームの生産性を上げたい、組織の雰囲気を良くしたい――そう思ったとき、私たちはつい「問題解決」から入ってしまいます。何が悪いのか、誰が原因なのか、どう直すべきか。
- 実は、その問いかけの仕方そのものが、チームの可能性を狭めているんです。
- なぜなら、批判的な会話は防御反応を生み、創造性や協働を阻害するから。
- 本書は、「価値ある会話」という新しいアプローチを提示します。問題を責めるのではなく、強みと可能性を問う。そのシンプルな転換が、個人の潜在能力を引き出し、組織全体を変革へと導くんです。
- 本書を通じて、日常の会話が未来を生み出す力に変わることを実感できるはずです。
ジャッキー・スタブロスは、ローレンス工科大学ビジネス&ITカレッジ教授で、経営学博士です。
リーダーシップ、戦略、組織開発、チェンジ・マネジメントの領域で30年以上の経験を持ち、複数の「強みを活かすアプローチ」を統合して、研究、教育、コンサルティングに取り組んでいます。
関係性の強化とイノベーションの促進を軸に、組織変革の最前線で活動してきました。
共著者のシェリ・トレスは、教育心理学の博士号を持ち、専門は共同学習です。
MBAとトランスパーソナル心理学の修士号も取得し、脳神経科学、ポジティブ心理学、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)をベースとした実践法を開発しました。
リーダーとチームの関係性強化、可能性の拡大、生産性とエンゲージメント向上を促進する基調講演を各所で行い、人事部長、組織開発担当者、女性リーダー、教育関係者、社会貢献団体や企業などに広く支持されています。
2人は、理論と実践の両面から「会話の質」が組織を変える力を持つことを証明してきました。
本書は、その集大成として、誰でも実践できるシンプルな手法を体系化したものです。
会話の質が組織の未来を決める
私たちは毎日、無数の会話をしています。
朝の挨拶、会議での発言、部下への指示、同僚との雑談。
でも、そのうち「価値ある会話」はどれほどあるでしょうか。
本書が提示するのは、会話を4つのタイプに分類する明快なフレームワークです。
縦軸は「アプリシエイティブ(価値を高める)/デプリシエイティブ(価値を下げる)」、
横軸は「インクワイアリー(探求)型/ステートメント(主張)型」。
この2軸で、会話は4つの領域に分かれます。
価値ある会話とは、つまり、深い関与であり、異なるものを織り交ぜることであり、共創であり、インスピレーションや尊重、啓発、創発、豊かな人間関係、信頼、共感であり、最高の結果を出すことだ。未来への影響は、価値ある会話から生まれる。
最も生産的なのは、アプリシエイティブな問いかけと対話を通じて価値を高める「価値ある会話」です。
これが本書で推奨する、アプリシエイティブ・インクワイアリー(AI)に基づく会話なんです。
次に「肯定的な会話」は、アプリシエイティブなコメントや発言で価値を高めます。
一方、デプリシエイティブな問いかけと防御的な反応で価値を下げるのが「批判的な会話」。
そして最も破壊的なのが、デプリシエイティブなコメントや発言で価値を下げる「破壊的な会話」です。
興味深いのは、問題解決のための会話も「批判的な会話」になりうる点です。
「なぜ遅刻が多いのか」「どこに問題があるのか」――こうした問いかけは、一見建設的に見えます。
でも実際には、相手を防御的にさせ、創造的な解決策を生み出す余地を狭めてしまうんです。
重大な課題についての会話は、個人やチーム、組織の成功には不可欠だが、それを「批判的な会話」としてやってしまうと、ポジティブな変化は生み出せない。
病院の管理職アリーシャの事例が示唆的です。
彼女は当初、スタッフ間の対立や業務の非効率という「問題」に焦点を当てていました。
しかしアプリシエイティブな会話に切り替えたとき、状況は一変します。
「私たちが最も協力できていたのはいつか」「その時の強みは何だったか」――こうした問いかけが、部門を超えた団結力と互いへの責任感を育てたんです。
相手や組織の価値を認めて大切にする、質問や探求を基調とした会話(=AIベースの会話)だった。
会話のタイプを選ぶことは、未来を選ぶことに等しい。
批判的な会話は過去の問題に焦点を当て、価値ある会話は未来の可能性に焦点を当てます。
どちらの会話を選ぶかで、個人の成長も、チームの生産性も、組織の文化も変わっていくんです。
プラス側の会話では、ポジティブさ、つながり、可能性、創造性、幸福感が経験できます。
一方、マイナス側の会話は、不安、孤立、制約、硬直性、不満を生み出します。
人生の豊かさも、人間として成長も、どのタイプの会話をするか次第で変わるのだ。
組織の未来は、日々交わされる会話の積み重ねでできています。
その質を意識的に選び取ることが、変革の第一歩なんです。
水面下の心身モードが会話を左右する
「価値ある会話」の重要性は理解できても、実践は簡単ではありません。
なぜなら、会話には目に見えない「水面下の要素」が強く影響しているからです。
本書が提示する「氷山モデル」は、この構造を鮮やかに描き出します。
水面上に見えるのは、実際に交わされる言葉や態度。
しかし水面下には、感情、思考、信念、価値観、過去の経験、身体の状態など、無数の要素が潜んでいるんです。
氷山に衝突して沈んだタイタニック号のように、水面上には見えないもののせいで、人間関係や努力がダメになることは多い。
私たちは普段、この水面下の要素に無自覚なまま会話しています。
疲れているとき、不安を抱えているとき、過去の失敗を引きずっているとき――そうした状態が、無意識に言葉の選択や態度に影響を与えてしまうんです。
その結果、意図していないのに批判的な会話や破壊的な会話に陥ってしまう。
本書が提唱する「チューン・イン」は、この水面下の要素に意識を向ける実践です。
手順はシンプルで、3つのステップから成ります。
①いったん停止、②深呼吸して、③好奇心を働かせる。
意識的に運転席につくには、自己認識と選択が重要だ。今何が起きているのかにチューニングを合わせる「チューン・イン」により、自分の無意識について意識することが必要なのだ。
「いったん停止」は、反射的な反応を止めることです。
怒りや不満を感じたとき、すぐに言葉にするのではなく、一瞬立ち止まる。
「深呼吸」は、身体の状態をリセットします。
呼吸を整えることで、防御モードから探求モードへと心身のモードを切り替えられるんです。
そして「好奇心を働かせる」は、自分の内面を観察することです。
今、自分はどんな感情を抱いているのか。
どんな思考が浮かんでいるのか。
身体はどんな状態なのか。
こうした問いかけが、自己認識を高めます。
自分の状態に気づくことができれば、発する言葉は自覚的に選択できる。
重要なのは、「プラス側」と「マイナス側」という概念です。
心身のモードがプラス側にあるとき、私たちは創造的で、協力的で、可能性を見出せます。
一方、マイナス側にあるときは、防御的で、批判的で、問題ばかりが目につく。
心身のモードは、前述のさまざまな要因によって、いつでも簡単にラインのプラス側にもマイナス側にも振れやすい。
興味深いのは、この心身のモードが脳の化学反応に直結している点です。
批判的な会話や破壊的な会話は、脳にとって「脅威」として知覚されます。
すると、ストレスホルモンが分泌され、高次の思考や創造性が抑制されてしまうんです。
一方、アプリシエイティブな会話は、脳の処理能力を最適化します。
ポジティブな感情が、高次の思考、創造性、共感、協力、回復力、つながりを可能にする。
これはポジティブ心理学の研究でも実証されています。
「生成的な質問」と「ポジティブなフレーミング」は、脳の化学反応にうまく作用して、脳の処理能力を最適化する。
チューン・インの実践は、自分を責めることではありません。
マイナス側にいる自分に気づいたら、そこからプラス側へと意識的に移動すればいい。
それは、無理にポジティブになることでもありません。
ただ、今の自分の状態を認識し、どの位置から会話を始めるかを選択することなんです。
「価値ある会話」を意図的に育むためのカギは、自分がどの位置にいるかを知ることだ。プラス側か、マイナス側なのか。
水面下の心身モードに気づくこと。
それが、会話の質を変える出発点になります。
生成的な質問とポジティブなリフレームで変わる
チューン・インで自分の位置を認識したら、次は具体的な実践です。
本書が提示する「2つの実践法」――「生成的な質問」と「ポジティブなフレーミング」が、会話を変える核心的な技法になります。
まず「生成的な質問」とは何か。
それは、新たな可能性を生み出す問いかけです。
問題の原因を追及するのではなく、強みや価値を探求する。
過去の失敗を責めるのではなく、未来の可能性を問う。
生成的な質問をするうえでは、まずは好奇心を持つ姿勢が重要だ。
研究者ジャーヴィス・ブッシュは、「生成性」をこう説明しています。
「新たなイメージや比喩、物理的な表現の創造であり、
①意思決定や行動選択で新たな選択肢が可能となるよう、人びとの思考を変える性質、
②人びとが実際に行動できるよう、説得力のあるイメージを湧かせる性質である」
つまり、生成的な質問は、単に情報を引き出すだけではありません。
思考の枠組みそのものを変え、新たな行動を可能にする力を持っているんです。
具体的な効果として、本書は以下を挙げています。
既存の考え方や行動の仕方を問い直す。
多様な視点、異なる見方の余地をつくる。
新たな情報やナレッジを浮き上がらせる。
創造性やイノベーションを刺激する。
関心の向かう先を変えたことで、生成的な質問が出てくるようになったのだ。
たとえば、部下の遅刻が続いているとします。
従来の問いかけは「なぜ遅刻するのか」「どうすれば直るのか」でしょう。
でも生成的な質問は、こう問います。
「あなたが最も時間を守れていた時期はいつでしたか」
「その時はどんな工夫をしていましたか」
「その強みを、今の状況でどう活かせるでしょうか」
この転換が、相手の防御反応を解き、創造的な解決策を引き出すんです。
もう1つの実践法が「ポジティブなフレーミング」です。
これは、問題を3つのステップで転換する技法です。
1[ネーミング]:問題や不満、課題、嫌なことは何なのか? 特定しよう。
2[フリッピング]:問題の真逆にあるポジティブな状態とは?
3[フレーミング]:フリッピングが実現したら、どんな良い効果があるだろう? 会話の参加者全員にとって望ましい結果は何だろう?
たとえば、「チームのコミュニケーションが悪い」という問題があるとします。
①ネーミング:メンバー間の情報共有が不足している
②フリッピング:メンバー全員が必要な情報をタイムリーに得ている状態
③フレーミング:それが実現すれば、重複作業がなくなり、意思決定が速くなり、信頼関係が深まる
この転換によって、会話の焦点が「誰が悪いか」から「何を目指すか」へと移ります。
すると、批判や防御ではなく、協働と創造が生まれるんです。
重要なのは、これらの実践法が脳の働きと整合していることです。
批判的な会話は、脳を脅威モードにし、思考を硬直させます。
一方、生成的な質問とポジティブなフレーミングは、脳を報酬モードにし、創造性を解放する。
「生成的な質問」と「ポジティブなフレーミング」は、脳の化学反応にうまく作用して、脳の処理能力を最適化する。こうした脳の状態を保って仕事や日常生活に臨みたい。
日常生活でも、この2つの実践法は応用できます。
本書が示す思考の対比が印象的です。
以前:「どうして今日は仕事が捗らなかったのだろう? この作業を家に持ち帰らないと、完了させるのは無理だ」
以後:「この報告書は明日までに完成させる必要がある。明日10時までに仕上げるのに、一番うまくいく効率の良いやり方はどれかな?」
生成的な質問を投げかけ、ポジティブなフレーミングを実践することは、地域社会や国内外の関係性の修復や強化につながる第一歩になるはずだ。
会話を変えることは、世界を変えることです。
なぜなら、私たちの世界は会話によって構成されているから。
生成的な質問とポジティブなフレーミングという、たった2つのシンプルな実践法が、個人の潜在能力を引き出し、組織を変革し、社会を変える力になるんです。
まとめ
- 会話の質が組織の未来を決める――本書は、会話を4つのタイプに分類し、アプリシエイティブな問いかけと対話による「価値ある会話」が、批判的・破壊的な会話とは対照的に、創造性と協働を生み出すことを示しました。会話のタイプを選ぶことは、未来を選ぶことに等しいのです。
- 水面下の心身モードが会話を左右する――目に見えない感情、思考、身体の状態が会話に強く影響します。「チューン・イン」(いったん停止、深呼吸、好奇心を働かせる)によって自分の位置を認識し、プラス側へと意識的に移動することが、会話の質を変える出発点になります。
- 生成的な質問とポジティブなリフレームで変わる――「生成的な質問」は強みと可能性を探求し、「ポジティブなフレーミング」は問題を未来志向に転換します。この2つのシンプルな実践法が、脳の処理能力を最適化し、個人の潜在能力を引き出し、組織を変革する力になるのです。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
