- なぜ、同じ出来事を経験しても、ある人は幸せで、ある人は不幸なのでしょうか。
- 実は、私たちが見ている「現実」は、心が映し出したものに過ぎません。
- なぜなら、世界そのものに意味はなく、私たちの解釈が意味を与えているからなんです。
- 本書は、『奇跡のコース』という教えを、高校のカウンセリングルームを舞台にした物語を通じて、誰にでもわかる言葉で伝えてくれる一冊です。
- 本書を通じて、視野や視点をアップデートすることの本質、そして「自責を選ぶ」ことが愛につながるという、人生を根本から変える洞察に触れることができます。
著者の雲黒斎さんは、北海道生まれのグラフィックデザイナー、そして広告代理店で活躍していた広告マンです。
順調なキャリアの最中、うつ症状の一種である記憶障害を患ったことが、彼の人生を大きく変えました。
闘病中、どこからともなく湧き上がる哲学的なインスピレーションと向き合い、その体験を「雲黒斎」という筆名でブログに綴り始めます。
そのブログが書籍化された『あの世に聞いた、この世の仕組み』は、15万部を超えるベストセラーとなりました。
その後独立し、常識とされるものに切り込む作風で執筆活動を展開。本書は、実に6年ぶりとなる書き下ろしです。
自身の苦しみを通じて得た洞察を、誰にでも理解できる言葉で届けようとする姿勢が、雲黒斎さんの作品の魅力なんです。
視野・視点をアップデートするということ
私たちは日々、目の前の「現実」に振り回されています。
上司の言動にイライラし、パートナーの態度に傷つき、SNSでの反応に一喜一憂する。
そして、「あの人が変わってくれれば」「あの状況さえ変われば」と、外側の世界を変えようと必死になるんです。
でも、本書が教えてくれるのは、まったく逆の視点なんですよね。
「私の心が、この世界をつくっています」
この一文は、衝撃的です。
世界が先にあって、私たちがそれを受け取っているのではない。
私たちの心が先にあって、それが世界を「そのように」映し出しているんです。
これは単なる精神論ではありません。
同じ雨の日でも、ある人は「憂鬱だ」と感じ、ある人は「植物が喜ぶ」と感じる。
同じ言葉をかけられても、ある人は励ましと受け取り、ある人は皮肉と受け取る。
つまり、出来事そのものに意味はなく、私たちの解釈が意味を与えているのです。
本書では、こう語られます。
君が自分の見方を変えることで、苦しい現実から抜け出すパワーを手に入れることができる。それ自体が「奇跡」なんだ。
「奇跡」とは、超常現象のことではありません。
ものの見方が転換され、世界がまったく違って見え始めること。
これこそが本書の核心なんです。
多くの人は、「現実を正しく認識しなければ」と考えます。
でも実は、私たちが「正しい」と思っている認識も、過去の経験や思い込みによって色づけされたものに過ぎないんですよね。
「私は、過去のものを見ています」
この言葉が示すように、私たちは「今」を見ているつもりで、実は「過去の解釈」を通して世界を見ているんです。
かつて傷ついた経験があると、似たような状況で身構える。
かつて否定された記憶があると、相手の言葉を疑いの目で見る。
つまり、私たちは「いま・ここ」の現実ではなく、過去の記憶が投影された世界を生きているのです。
だからこそ、視野・視点のアップデートが必要なんです。
それは、「ポジティブに考えよう」という単純な話ではありません。
自分の見方そのものが、どれだけ過去に縛られているか、どれだけ思い込みに満ちているかに気づくこと。
そして、「本当はどうだろうか?」と問い直すこと。
これが、人生を根本から変える第一歩なんですよね。
自責を選ぶことの本当の意味
「自責」という言葉を聞くと、多くの人は「自分を責める」ことだと思うかもしれません。
でも、本書が語る「自責を選ぶ」は、まったく違う意味を持っています。
それは、自分の反応や解釈を「選びなおせる」という自由を取り戻すことなんです。
「私は、自分の反応を選びなおせます」
この言葉には、深い解放があります。
私たちは、出来事に対して「自動的に」反応していると思いがちです。
誰かに批判されたら傷つく、誰かに無視されたら腹が立つ、誰かに裏切られたら絶望する。
まるで、出来事が感情を「引き起こす」かのように感じるんですよね。
でも実際には、出来事と感情の間には、必ず「解釈」が挟まっているんです。
批判されたとき、「自分が否定された」と解釈するか、「相手の意見の一つ」と解釈するか。
無視されたとき、「軽んじられた」と解釈するか、「相手に余裕がなかった」と解釈するか。
この解釈の違いが、感情を決定しているんです。
そして、この解釈は「選べる」んです。
他責を選ぶとき、私たちは自分を被害者にします。
「あの人のせいで、私は傷ついた」
「あの状況のせいで、私は不幸だ」
こう考えると、自分は無力な存在になってしまうんですよね。
なぜなら、他人や状況をコントロールすることはできないからです。
一方、自責を選ぶとき、私たちは自分を創造者にします。
「この出来事に対して、私はどう反応しているだろう?」
「この感情は、私のどんな解釈から生まれているだろう?」
こう問うとき、私たちは力を取り戻すんです。
なぜなら、自分の解釈は、自分で選び直せるからなんですよね。
本書ではこう語られます。
私は、解釈を変えることで自由になれる
この「解釈を変える」というのは、無理やりポジティブに考えることではありません。
自分が無意識に採用している解釈に気づき、「別の見方もあるかもしれない」と開くことなんです。
たとえば、上司に厳しく指摘されたとき。
「私はダメな人間だ」という解釈を選べば、落ち込みます。
「私の成長を期待してくれているのかもしれない」という解釈を選べば、前向きになれます。
「上司も余裕がなくて、つい厳しくなったのかもしれない」という解釈を選べば、思いやりが生まれます。
どの解釈が「正しい」かは、誰にもわかりません。
でも、どの解釈を選ぶかで、私たちの人生はまったく変わるんです。
自責を選ぶとは、この「選択の自由」を自覚することなんですよね。
そして、この自覚こそが、真の「ゆるし」への道を開きます。
「私は、誰かをゆるすことで軽くなれる」
「私は、自分をゆるすことで前に進める」
他人を責めているとき、実は私たち自身が苦しんでいます。
なぜなら、怒りや恨みは、持ち続けるほど重い荷物だからです。
でも、「相手のせいで傷ついた」という解釈を手放し、「私がそう解釈したんだ」と気づくとき、許しが自然に起こるんです。
それは、相手の行為を正当化することではありません。
自分の心を、過去の解釈から解放することなんですよね。
それが愛を選ぶということ
本書の核心は、シンプルな2択に集約されます。
「私は、怖れと愛のどちらかを選んでいます」
この言葉は、私たちの日常のあらゆる瞬間に当てはまるんです。
朝、会社に行くとき。
会議で発言するとき。
パートナーと会話するとき。
SNSに投稿するとき。
すべての場面で、私たちは「怖れ」か「愛」のどちらかを選んでいるんですよね。
怖れを選ぶとき、世界は敵に見えます。
「批判されるかもしれない」
「拒絶されるかもしれない」
「失敗するかもしれない」
こうした思考に支配されると、私たちは防衛的になり、攻撃的になり、自分を閉ざすようになります。
そして、他人も「脅威」として映るようになるんです。
一方、愛を選ぶとき、世界は味方に見えます。
「この人も、きっと精一杯なんだ」
「この出来事から、何か学べるかもしれない」
「今ここで、私にできることは何だろう?」
こうした思考に立つと、私たちは開かれ、柔軟になり、つながりを感じるようになります。
そして、他人も「仲間」として映るようになるんですよね。
重要なのは、この選択は「状況次第」ではないということです。
どんなに困難な状況でも、私たちは愛を選べるんです。
「私は、どんなときでも平和を選べます」
「私は、ぶつかりそうなときこそ、思いやりを選べる」
これは理想論に聞こえるかもしれません。
でも、前のセクションで見たように、私たちは「解釈を選べる」んです。
そして、愛を選ぶとは、世界を「敵ではなく味方」として解釈することなんですよね。
本書ではこう語られます。
私は、愛を選ぶことで世界を変えられる
これは、世界の物理的な状況を変えるという意味ではありません。
世界の「見え方」を変えるという意味なんです。
そして、世界の見え方が変われば、私たちの行動も変わります。
怖れから行動すれば、攻撃的で防衛的な行動になります。
愛から行動すれば、思いやりと創造性に満ちた行動になります。
すると、周囲の反応も変わり、結果として「現実」も変わっていくんですよね。
ここで、上記の最初のセクションで見た「視野・視点のアップデート」と、第2セクションの「自責を選ぶ」が、すべてつながります。
視野・視点をアップデートするとは、「私の心が世界をつくっている」と気づくこと。
自責を選ぶとは、「私は解釈を選びなおせる」と自覚すること。
そして愛を選ぶとは、「世界を味方として解釈する」と決めることなんです。
この3つは、別々の教えではなく、一つの真理の異なる側面なんですよね。
本書の最後に収録された31のレッスンは、この真理を日常に落とし込むためのものです。
「私は、競争ではなく、共鳴を選べます」
「私は、他人の評価から自由になれる」
「私は、比べなくてもいい」
「私は、何もしなくても価値がある」
これらの言葉は、単なる励ましではありません。
愛を選ぶとは、こういう世界の見方を選ぶということなんです。
競争ではなく共鳴を選べば、周囲は敵ではなく仲間になります。
他人の評価から自由になれば、自分らしく生きられます。
比べなくてよければ、嫉妬や劣等感から解放されます。
何もしなくても価値があると信じられれば、ありのままで平和でいられるんですよね。
そして、最も重要なのは、この選択が「いつでも」可能だということです。
「私は、愛を選ぶ力をいつでも持っている」
過去がどうであれ、今この瞬間、私たちは愛を選べます。
昨日まで怖れを選んでいたとしても、今日から愛を選べます。
さっきまで怒っていたとしても、今この瞬間、思いやりを選べるんです。
これが、本書が「奇跡」と呼ぶものの本質なんですよね。
外側の世界が劇的に変わることではなく、内側の世界観が根本から転換されること。
そして、その転換は、いつでも、誰にでも、今この瞬間に起こせるんです。
愛については、こちらの1冊「愛とは“違い”である!?『上手な愛し方 The Rules of Love』リチャード・テンプラー」もぜひご覧ください。

まとめ
- 視野・視点をアップデートするということ――私たちは「外の世界」を変えようとしがちですが、実は「私の心が、この世界をつくっています」という気づきこそが本質です。過去の解釈を通して世界を見ている自分に気づき、「本当はどうだろうか?」と問い直すことが、人生を根本から変える第一歩なんです。
- 自責を選ぶことの本当の意味――自責とは自分を責めることではなく、「私は、自分の反応を選びなおせます」という自由を取り戻すことです。他責は自分を被害者にし、自責は自分を創造者にします。解釈を選び直せると気づくとき、真の許しへの道が開かれるんです。
- それが愛を選ぶということ――すべての瞬間で、私たちは「怖れ」か「愛」のどちらかを選んでいます。愛を選ぶとは、世界を「敵ではなく味方」として解釈すること。そして、この選択は状況に左右されず、いつでも、誰にでも、今この瞬間に可能なんですよね。
