“適者生存”を広めた男が、最も“適者”だった。 ―― 【適者生存の呪いをほどく】第2回

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この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール


増田みはらし書店・店主の増田浩一です。

前回、実は、ダーウィン本人は「適者生存」と言っていない、というお話をしました。

前回の投稿はこちら「ダーウィンは、“適者生存”なんて言ってないってホント!? ―― 【適者生存の呪いをほどく】第1回」からどうぞ!

では、あの強烈な言葉は誰のものだったのか。今回は、その言葉を世に広めた人物に焦点を当てます。

名前はハーバート・スペンサー(1820〜1903)。
イギリスの哲学者です。

ただ、彼を「哲学者」と呼ぶだけでは、少し説明が足りません。スペンサーは学者というより、言葉で時代を動かした人物でした。現代的な言い方をするなら、コピーライターであり、プロデューサーであり、ジャーナリストでもあった。そういう存在です。

そして皮肉なことに、「適者生存」を広めた彼自身が、思想の世界で最も“適者”だったと言って良いかも知れません。

スペンサーとはどんな人物だったのか。

スペンサーは大学教授ではありませんでした。
鉄道技師として働いたのち、経済誌『エコノミスト』の編集者を経て、著述家として独立した人物です。
アカデミズムの外にいたからこそ、専門の壁を軽々と越えていきました。

彼が目指したのは、すべての学問を貫く「万能の法則」を見つけることでした。生物学、社会学、心理学、倫理学。それらをひとつの原理で説明できると信じていたのです。

そしてダーウィンの『種の起源』に出会い、その原理を「進化」に見出しました。

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ここで彼は、こう書きます。

“This survival of the fittest, which I have here sought to express in mechanical terms, is that which Mr. Darwin has called natural selection.” (私がここで機械的な言葉で表現しようとした「適者生存」こそが、ダーウィン氏が自然選択と呼んだものである。) ― Herbert Spencer, Principles of Biology, 1864

一見、ダーウィンの理論を丁寧に言い換えているように見えます。しかし実際には、ここで静かに、決定的なすり替えが起きていました。

「説明」を「物語」に変えた瞬間。

ダーウィンの自然選択は、あくまで「こういうことが起きている」という観察の記述でした。そこに価値判断はありません。

しかしスペンサーは、進化を「進歩」と結びつけました。

単純なものから複雑なものへ。未熟なものから成熟したものへ。世界はより良い方向に向かっている。
そういう壮大な物語を、「進化」という言葉に乗せたのです。

すると、こんな論理が生まれます。

生き残った者は、進化の階段を登った存在である。
つまり、勝者は能力が高いだけでなく、人間としても優れている・・・。

ここで、ダーウィンが慎重に排除していた「価値判断」が、こっそり戻ってきます。

なぜこの物語は、これほど広まったのか。

スペンサーの思想が爆発的に広まった背景には、時代の欲望があります。

19世紀後半は、産業革命によって急激な経済成長が起きた時代でした。一方で、貧富の格差も急拡大していた。富を手にした資本家たちは、ひとつの問いを抱えていたはずです。

「なぜ自分は成功し、あの人は貧しいのか。」

スペンサーは、その問いに明快な答えを与えました。

生き残った者が適者である。それは自然の摂理だ。

ここで、運は消えます。

偶然も抹消されます。

成功は能力の証明になり、貧困は人格の問題になる。ロックフェラーやカーネギーといった当時の実業家たちがスペンサーを熱狂的に支持したのは、偶然ではありません。彼の言葉は、彼らの成功を「科学的に正しい」と証明してくれるものだったのです。

呪いの正体。

こうしてスペンサーの物語は、社会に深く根を張っていきました。

その影響は、現代にも続いています。

年収、フォロワー数、KPI、ランキング。あらゆる数値が、存在価値の証明書のように扱われます。

「成長し続けなければならない」
「役に立たなければ価値がない」

そんな強迫観念が、私たちの心の中に静かに棲みついています。

哲学者マイケル・サンデルは、著書『実力も運のうち』の中でこう指摘しています。

成功した者は自分の努力だけを誇り、失敗した者は自分を責める。その構造が、社会の分断を生み、個人の尊厳を傷つけている。

これは、スペンサーが埋め込んだ回路の、現代における姿です。

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強い言葉は、理解を促進すると同時に、誤解も固定します。

「適者生存」というフレーズは、社会をわかりやすく整理した。
しかし同時に、生き残ることと正しさを結びつける呪いを、社会に刻み込みました。

では、この呪いをほどくことはできるのか。

次回は、吉川浩満『理不尽な進化』の視点から、その問いに向き合います。

現代の進化論は、スペンサーが消し去った「運」と「偶然」を、どのように取り戻したのか。そしてそれが、私たちの生きづらさとどうつながっているのか。

それでは、また来週お会いしましょう。


この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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