- よく生きるとは、どういうことでしょうか。
- 実は、死を意識するという逆説的な行動から生まれるのです。
- なぜなら、死を見つめると、今をよりよく生きていくことに繋がります。
- 本書は、1分でハッピーになれる「名言セラピー」でご活躍されるひすいこたろうさんによる死を身近にするための1冊です。
- 本書を通じて、よりよい人生、時間の見出し方について多くのヒントを得ることができるでしょう。
リスクは本当にリスクなのか?
ひすいこたろうさんは、「1分でハッピーになれる名言セラピー」シリーズで多くの読者に愛されている作家・翻訳家・セラピストです。視点を変えることで人生が変わるというメッセージを一貫して発信され、難しい哲学や人生論を分かりやすい言葉で伝える才能に長けています。
本書では、死を身近にすることで生の輝きを増す27の質問を通じて、読者の価値観を根本から問い直します。
日常を生きている中で、私たちはつい目の前のタスクに追われがちになります。「何のために今日を過ごしているのか」という本質を見失いながら。
この本が投げかける質問の中で、特に印象深いのは90歳以上のアメリカ人への調査結果です。
人生を振り返って最も後悔していることは何かという問いに、90%の人が「もっと冒険しておけばよかった」と答えたのです。
これは単なる思い出話ではありません。日々の選択において「今、本当にやるべきことは何か」を明確にする強力なメッセージだと感じています。
安全な道ばかりを選んでいては、本当の価値創造はできません。
「この命を何に使うか」
この問いかけが示すように、限りある時間だからこそ、冒険する価値があるのです。
死を見つめることで生まれる勇気
「死」と向き合うことで、逆説的に「生」への情熱が湧いてきます。今日が最後の日かもしれないと思えば、表面的な仕事に時間を費やしている場合ではありません。
トップマネジメントとの対話で感じるのは、本当に意味のある事業を創り出そうとする経営者ほど、この「冒険する勇気」を持っているということです。
- 安全な選択と冒険的な挑戦、どちらを選ぶか?
- 関わる人たちに本当に価値のある冒険を提供できているか?
- 自分のパーパスに正直な冒険をしているか?
死を意識することは決してネガティブなことではありません。むしろ、限りある時間だからこそ、今この瞬間に勇気を出し、本当に価値のある冒険に踏み出せるのです。
「死を想え(メメント・モリ)」という言葉が示すように、死への意識を通じて今をよりよく生きるという考え方は、実は人類が長い間培ってきた智慧です。
古代ローマでは、凱旋将軍の後ろに立つ奴隷が「お前も人間であることを忘れるな」と囁き続けたと言われています。仏教では諸行無常を説き、日本の武士道では死を覚悟することで真の生き方を見出そうとしました。
ソクラテスは「哲学とは死の練習である」と語り、スティーブ・ジョブズは「死は生命の最高の発明」と表現しました。時代や文化は違えども、人間は常に死という有限性と向き合うことで、生の意味を深く理解しようとしてきたのです。
「志のある人は、人間は必ず死ぬということを知っている。志のない人は、人間が必ず死ぬということを忘れている。その差だ」
現代においても、この古来の智慧は決して色褪せることはありません。むしろ、忙しさに追われがちな今だからこそ、立ち止まって「現実を見よう」「メメント・モリ」「死を忘れるな」という言葉の重みを感じる必要があるのです。
人は何に後悔するのか!?
本書で紹介されている、死を間近にしたホスピスで85歳のナディーン・ステアさんが残した詩があります。彼女は人生の最期に、自分がどう生きてきたかを振り返り、深い後悔とともに未来の人たちへのメッセージを込めて言葉を紡ぎました。
もしも人生をやり直せるなら
今度はもっとたくさん失敗したい。
よけいな力をぬいて
いつもリラックスして暮らす。
そして、おかしなことをたくさんする。
もう、なんでも深刻にうけとめることはやめる。
チャンスがあれば何度でも挑戦する。
もっとどんどん旅に出て
もっとたくさん山に登り
もっと色んな川で泳ぎたい。
すきなだけアイスクリームを食べ
むりして豆ばかり食べるのはよそう。
きっといまよりも、
問題は増えるかもしれない。
でも、頭の中だけの心配事は減るだろう。
ごらんのとおり、
わたしはごくふつうの人間です。
いつだって、
どんなときでも、
コツコツまじめに生きてきました。
ああ、そんなわたしの人生にも、
生きるよろこびを感じた瞬間が
いくどかありました。
もしも人生をやりなおせるなら、
あんなひとときが、たくさんほしい。
本当にそれだけで、あとはなにもいらない。
ただ、長生きするために今日を過ごすのではなく、
一瞬一瞬を大切に生きる。
体温計や湯たんぽ
レインコートやパラシュートがなければ
どこにも出かけられない。
わたしはそんな用心深いタイプの一人でした。
もう1度人生があるとしたら、
今度はもっと身軽に旅に出よう。
もしも人生をやりなおせるなら、
春から秋の終わりまで、
ずっと素足のままで暮らす。
もっとたくさんダンスを踊る。
もっとたくさんメリーゴーランドに乗る。
そしてもっとたくさん、
ヒナギクをつむ。
――ナディーン・ステア
その詩には、人と違うことを恐れて自分を抑えてしまったこと、もっと素直に生きればよかったこと、自分をもっと愛し信頼してあげればよかったこと、弱い部分も含めてありのままの自分を受け入れればよかったこと、そして嫌なことは嫌だとはっきり言えばよかったことなど、私たちが日常で直面する選択の瞬間における後悔が綴られています。
「もっと度胸を持って生きればよかった」
「もっと冒険をすればよかった」
「もっと自分を愛せばよかった」
私たちは生きているうちに、いつの間にか「ノーマル」という見えない檻を自分にはめてしまいます。「普通はこうするもの」「常識的に考えて」「人からどう思われるか」。
そんな制約の中で、本当の自分を押し殺してしまう。
でもナディーンさんの言葉は、そんな人工的な制約がいかに無意味だったかを教えてくれます。レイアウトやブランジャーになることも、メーゴーランドに乗ることも、体重を気にせず好きなものを食べることも、すべて「あるがままの自分」を表現する尊い行為だったのです。
「もっと自分を愛し、直せなくても言いたいものです」
死という終わりを意識した時、初めて私たちは気づくのです。他人の評価ではなく、自分らしく生きることこそが、本当の意味での「よく生きる」ということなのだと。
ナディーンさんの後悔の言葉と同じように、本書では幸福というものの本質についても深く問いかけています。
幸福をすでに私たちは生きている!?
「今日無事に生きていられるというのは実はとても幸運なことです。自分の両親が健在なのだとしたら、それもまた幸運なことです」
この言葉にハッとさせられます。私たちは普段、今日を無事に過ごせること、大切な人が元気でいることを「当たり前」だと思いがちです。でも実際には、これらはすべて奇跡的な幸運の積み重ねなのです。
「大好きな人が死なずに、今日生きていてくれる。それ以上の幸福ってありますか?」
この問いかけが示すように、幸福は遠くにあるものではありません。今この瞬間に、すでに私たちの周りに溢れているのです。
問題は、私たちの幸福への感度が鈍くなってしまっていることです。昔から初めて幸福に気がつく、でも「キミはもう、失わなくても気づいたよね?」と本書は優しく語りかけます。
財布を落とした時、人は必ず探すのに、幸福には最初から気づこうとしない。自分の本心を忘れても、人は落としたことにすら気づかない。
死を意識することで、私たちはこの鈍くなった感度を研ぎ澄ますことができるのです。
限りある時間だからこそ、今ここにある小さな幸福に気づき、それを大切にしようと思えるのです。
人とともにあることができるか!?
本田宗一郎さんの言葉が、人生の本質を端的に表しています。
「人生最高の財産は、名誉でもなく、お金でもなく、良き友だ」。
私たちはつい、目に見える成果や数字で人生を測ろうとします。でも本当に大切なのは、人とのつながりなのです。
本書では、こんな問いかけがされています。「人間だけが持っている本能があります。食欲、睡眠欲、それは動物も持っています。では人間だけが持っている本能とは?」
答えは「愛されたい」です。
この本能こそが、私たちを人とのつながりに向かわせる原動力なのです。一人で見る夢は夢でしかない。しかし誰かと見る夢は現実です。
「人間だけが持っている本能とは?『愛されたい』だそうです」
人との対話を通じて価値を共創するという私の活動も、根本にはこの「愛されたい」「つながりたい」という人間本来の欲求があるのだと感じています。
死を意識した時、最後に心に浮かぶのは達成した成果ではなく、愛した人、愛してくれた人たちの顔でしょう。財産や地位は一緒に持っていけませんが、人との絆は心の中で永遠に生き続けます。
今この瞬間も、あなたの周りには愛し合える人たちがいます。その奇跡的なつながりに、どれだけ感謝できているでしょうか。
人とのつながりを深く感じる中で、もうひとつ大切なことに気づきます。
それは自分自身の役割を明確にすることです。
本書では、役割について興味深い視点を提示しています。役割を持った時に、魂が宿る(命のエネルギーが入る)。時刻を知らせ、人を起こすという役割を持ったとき、目覚まし時計の役割が生まれる。
「友だちを励ました」という役割が加わることで、あなたが仕事で会った友だちを励ましたとしたら、「友だちを励ます」という役割が加わることになります
この言葉が示すように、役割は大きなものである必要はありません。日々の小さな行動の中にも、必ず誰かの役に立つ瞬間があります。
しかし、その役割を感じるためには、まず自分自身が幸せを感じることから始める必要があります。
「人生は、幸せになるのが目的じゃない。幸せがスタート地点。幸せから夢へ向かうんです」
この視点は重要だと思います。幸せを追い求めるのではなく、今すでにある幸せに気づくこと。そこから自分の役割が見えてき、他者への貢献が生まれていく。
死を抱きしめて、今ここを生きる
この本を通じて感じることは、人は本来、もっとも素直に生きることが自然だということです。そして、その自然な状態とは、死を前提として生きるということなのかもしれません。
現代社会は、死を意識することが限りなくゼロに感じるように作られています。
医療技術の進歩、便利な生活環境、そして忙しい日常。これらすべてが、私たちから死への意識を遠ざけていきます。
でも本当は、死という有限性こそが、生きることの意味を与えてくれる最も大切な要素です。
ナディーンさんの後悔、90歳の人たちの「もっと冒険すればよかった」という声、そして古今東西の賢人たちが語り継いできた「死を想え」という教え。すべてが同じことを指しています。
私たちはもう一度、死を抱きしめて生きてみることが必要なのではないでしょうか。死を恐れるのではなく、死があるからこそ今この瞬間が尊いのだと受け入れること。
そうすれば、自然と素直な自分で生きられるようになります。
他人の評価よりも自分の想い、安全な道よりも意味のある冒険、表面的な成功よりも深いつながり。
今ここを感じてみることが重要です。限りある時間の中で、あなたは何を大切にして生きていきますか?
死の捉え方については、「【自他を抱きしめるために?】あした死ぬ幸福の王子――ストーリーで学ぶ「ハイデガー哲学」|飲茶」のこちらの1冊もとてもおすすめです。

まとめ
- リスクは本当にリスクなのか?――本当のリスクは、当たり前の中に生きてしまっていることに、気付かないということかもしれません。
- 人は何に後悔するのか!?――もっと大胆に、自分に素直に、自由に生きていくことについて、それができなかった・・・と、後悔します。これは取り戻すことができないのかもしれません。
- 人とともにあることができるか!?――感謝やありがたみ、幸福とは、実は他者とともにある時、実現するものです。
