「パーパス経営」で陥りやすい罠とは?~押し付けではなく、個人が上手にパーパスを「育む」ための視点~

「パーパス経営」で陥りやすい罠とは?~押し付けではなく、個人が上手にパーパスを「育む」ための視点~

近年、多くの企業で「パーパス経営」への関心が高まっています。

組織の存在意義を明確にし、それを軸とした経営を目指す。素晴らしい取り組みのはずなのに、なぜかメンバーの参加意欲が今ひとつ・・・ということを感じられている方も少なくないかも知れません。

組織へのコミットメントが高いのはどんな人?

実は、ここに私たちの直感を覆す興味深い研究結果があります。

サンタクララ大学リービー経営大学院のリーダーシップ論の教授ジェームズ・M・クーゼスさんは、リーダーシップ開発と組織行動の分野で長年にわたり研究を続けてきた第一人者です。彼の代表的な著書『リーダーシップ・チャレンジ』では、個人と組織の価値観の一致が「組織への参加意欲」やパフォーマンスに与える影響を明らかにし、特に「価値観の明確化」がリーダーシップにおいて不可欠であることを示しました。

ジェームズ・M・クーゼス教授が実施した大規模な調査が示したのは、驚くべき事実だったのです。

この調査では、組織の価値観(パーパスと捉えてよいでしょう)の明確度の高低と、個人の価値観の明確度の高低で、人を4つの象限に分類し、それぞれの象限内の人の「組織への参加意欲」を7段階で評価したのです。

みなさんはどんな仮説を持ちますか?最も「組織への参加意欲」が高いのはどこの象限でしょうか?

そうです。お察しの通り、最も高いのは「組織の価値観の明確度が高く、個人の価値観の明確度も高い」象限の人でした。

しかし、最も「組織への参加意欲」が低かったのは、実は「組織の価値観は明確だが、個人の価値観が不明確な人々」 だったのです。

具体的な数字は、以下のとおりです。

自分の価値観・不明確×自分の価値観・明確○
組織の価値観・明確○組織への参加意欲が最も低い層
(4.87)
組織への参加意欲1番
(6.26)
組織の価値観・不明確×組織への参加意欲3番目
(4.90)
組織への参加意欲2番
(6.12)
価値観の明確度と参加意欲の相関関係

最も高いスコアを示したのは、 「組織の価値観も個人の価値観も明確」な場合で、6.26点。これは予想通り。しかし、注目すべきは、「組織の価値観は明確だが、個人の価値観が不明確」な場合。なんとスコアは4.87点まで低下するのです。

これは、「組織の価値観も個人の価値観も不明確」な場合(4.90点)とほぼ同じレベル。 むしろ、「組織の価値観は不明確でも、個人の価値観が明確」な場合は6.12点と、かなり高いスコアを示しています。

この数字が物語るのは、 組織の価値観をいくら明確に示しても、「個人の価値観が育っていなければ、むしろ逆効果になりかねない」という事実なのです。

経営へのヒントとは?

ある書道の師範の言葉(確かNHKの番組でかつて見聞きしたような・・・出典が明示できずに申し訳ございません)が、この課題へのヒントを示してくれます。

書道では、まず手本の文字を真似ることから始まります。でも不思議なことに、どんなに忠実に真似ようとしても、 そこには必ず「自分らしさ」が現れてくるのだそう。

それは、その人の身体的な特徴かもしれません。 その時の精神状態かもしれません。あるいは、筆を持つ手に宿る、言葉にできない何かかもしれません。

書の道とは、そうした「真似できない自分」を 少しずつ受け入れ、活かしていく過程なのだと。

実は、組織の中で価値観を見出すプロセスも、これと似ているのかもしれません。

特に日本人のキャリア形成のように、組織に従う中で、たまたまのセレンディピティの中から自分自身のキャリアをたまたま見出すスタイルが優位な中では、私は上記の書の道に通じる発想で、自らを見出すやり方がフィットするのではないか?と考えています。

リーダーには何が求められるのか?

これらを踏まえて、リーダーとして、マネジメントの観点から何ができるのかを見極めてみましょう。

上記の研究結果と書道のメタファーが示唆してくれるのは、 パーパス経営における「押し付け」の危険性です。

価値観は、トップダウンで植え付けられるものではありません。むしろ、メンバー一人ひとりが、実践を通じて自分なりの解釈や意味を見出していく。また、その実践はある程度のお手本や既存のロードマップを活かす形で実施して頂き、そこからどうしてもはみ出してしまう“何か”を大切にすることなのです。それをリーダーとして支援することが、 真の組織力を高めることにつながります。

具体的なアプローチとして以下のようなアクションを大切にされてみてはいかがでしょうか?

メンバーの「気づき」を大切にする

  • 小さな違和感や疑問に耳を傾ける
  • 成功体験だけでなく、戸惑いも共有できる場を作る
  • 「正解」を求めるのではなく、対話を重視する

実践の機会を積極的に提供する

  • 新しい挑戦の場を作る
  • ただし、モデルケースややり方をある程度示す
  • 振り返りの時間を大切にする

個人の成長をサポートする

  • 一人ひとりの価値観の探求を励ます
  • 多様な解釈や視点を認める
  • 長期的な成長の視点を持つ

パーパス経営の真価とは?

組織の価値観が明確であることは、確かに重要です。 しかし、それは「押し付け」ではなく、「育む」ものでなければなりません。

書道の例に戻れば、 上手な指導者は「完璧な模倣」を求めません。 むしろ、真似る過程で現れるその人らしい「にじみ出る個性」を大切にします。ただしそれが「にじみ出る」ためには、まずは真似るという行程が欠かすことができないということが印象的です。

パーパス経営も同じではないでしょうか。

組織の価値観という「手本」があり、 それを実践しようとする中で、メンバーは必ず自分らしい解釈や違和感、そして共感を感じることになります。その過程こそが、 個人の価値観を育む豊かな土壌となり、ひいては組織全体の強さにつながっていくのです。実は、これこそが日本的なダイバーシティ&インクルーシブの考え方にもつながっていくかも知れません。

ジェームズ・M・クーゼス教授の研究が示す数字は、 私たち経営者への重要な警鐘かもしれません。

パーパスは「伝える」ものではなく、「共に見出していく」もの。その視点を持つことで、真の意味での「パーパス経営」が 実現できるのではないでしょうか。

メンバー一人ひとりが、自分なりの価値観を見出し、組織と共に成長していく。まずは、自分自身が組織の、そして個人のパーパスの体現者となることから始め、メンバーのみなさんが安心してパーパスを突き詰めていける「場」を率先して作ることが、現代のリーダーに求められる重要な役割なのかもしれません。

パーパスと個人の成長について、さらに理解を深めたい方は、こちらの#考えるノートの記事「ドラえもんに学ぶパーパス経営の秘訣とは?~時を超え“成長”の本質に迫る~」もぜひご覧ください。個人と組織の成長の関係性について、ドラえもんの物語をヒントに考えてみました。

パーパスの探索は、終わりなき道です。また、その探索行為自体が、個人の活動であり、そして経営実践とも言えるのかも知れません。私も、引き続き、学びを続けていきたいと思います。

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