真の教育とは!?『伝説の校長講話 渋幕・渋渋は何を大切にしているのか』田村哲夫,古沢由紀子

『伝説の校長講話 渋幕・渋渋は何を大切にしているのか』田村哲夫,古沢由紀子の書影と手描きアイキャッチ
  • 教育とは、単に知識を詰め込むことなのでしょうか?
  • 実は、本当の教育とは「人間とは何か」を問い続けることなんです。
  • なぜなら、私たちが学ぶすべての知識は、人類が長い歴史の中で積み重ねてきた「認知革命」の結晶だからです。
  • 本書は、渋谷教育学園幕張中学校・高等学校(渋幕)と渋谷教育学園渋谷中学校・高等学校(渋渋)を日本有数の進学校に育て上げた田村哲夫校長の「校長講話」を収録した一冊です。
  • 本書を通じて、リベラルアーツの本質——つまり「よりよく生きる」ために必要な教養とは何かが見えてきます。

田村哲夫先生は、1932年生まれ、東京大学経済学部を卒業後、文部省(現・文部科学省)に入省されました。その後、渋谷教育学園の理事長となり、渋谷幕張中学校・高等学校、渋谷渋谷中学校・高等学校を設立。両校を東大合格者数で全国トップクラスの進学校に育て上げました。

しかし田村先生の教育理念は、単なる「進学実績」にとどまりません。

「自調自考(自ら調べ、自ら考える)」「国際人としての資質を養う」「高い倫理感を育てる」という3つの教育目標を掲げ、生徒一人ひとりが自立した人間として成長することを重視してきました。

本書『伝説の校長講話-渋幕・渋渋は何を大切にしているのか』の共著者である古沢由紀子さんは、フリーライターとして教育分野を中心に取材・執筆活動を行っています。田村先生の中学生・高校生に対する講話を丁寧に記録し、その教育哲学を広く伝える役割を担いました。

人間だけが持つ「時間を意識する力」

田村先生の講話で最も印象的なのは、人類史の視点から教育を語っている点です。

私たちは日常生活で、過去を振り返り、未来を想像しながら生きています。

でも、この能力は実は人間特有のものなんです。

人は時間というものを見つけ出して、人間らしく生きるための主役を演じられるようになって生まれました。古代文明が興ったエジプトではナイル川が一年のある時期に必ず決水を起こし、その後に肥沃な土壌ができることから、その時期を予測して農耕や漁労が始まり、やがて文明が築かれたと言われています。ナイル川沿岸の人たちは、決水の時期で時間を意識したのかもしれませんね。

この洞察は深いんです。

他の動物は「今」しか生きられません。過去の記憶はあっても、それを体系的に理解し、未来の計画に活かすことはできない。

でも人間は違います。

過去を振り返り、そこから法則を見出し、未来を予測して行動する。この「時間を意識する力」こそが、人類を他の生物と決定的に分けたものなんです。

田村先生は、この認識を生徒に持たせることを重視しています。

なぜなら、学校で学ぶすべての知識——歴史、科学、数学、言語——は、人類が時間を意識し、過去から学び、未来を構想してきた営みの結晶だからです。

歴史を学ぶということは、単に年号や出来事を暗記することではありません。
過去の人々が何を考え、どう生きたかを知り、そこから現在を理解し、未来を想像する訓練なんです。

これは「自調自考」の理念とも直結しています。

与えられた答えを覚えるのではなく、「なぜそうなったのか」「これからどうなるのか」を自分で考える。その思考の土台になるのが、時間を意識する力です。

さらに重要なのは、時間を意識することで「人間の存在意義」が見えてくることです。

私たちは、限られた時間の中で生きています。だからこそ、その時間をどう使うか、何のために生きるかが問われる。

若いうちから時間の重みを理解することは、人生の選択において極めて重要な視点を与えてくれるんです。

個人と社会の折り合いをつける思考

田村先生の講話のもう一つの核心は、「個人と社会」の関係を考えさせることです。

現代社会では、「個性を大切に」「自分らしく生きる」という言葉が溢れています。でも、個人主義を突き詰めると、社会との衝突が生まれるんです。

一人一人には価値があって、みんな違う。その主体性を持った個人が、自分以外の客体、友達や社会に取り囲まれて、やりとりをするわけです。自分も変わっていきますが、相手も変わっていく。違う、こう考えた方がいいんじゃないかとか、こういう考え方がいいよと言われます。やりとりしていくうちに主体の自分がいいと思う考え方がだんだん変わっていくことが社会的存在としての個人を変化させていくのです。

この考え方は、単純な個人主義とも、全体主義とも違います。

個人は独立した存在として価値を持ちながら、同時に社会との相互作用の中で変化していく——この動的な関係性を理解することが、「よりよく生きる」ための鍵なんです。

私たちは、自分の意見や価値観を持つことが大切だと教えられます。でも同時に、他者との対話を通じて、自分の考えを修正していく柔軟性も必要です。

この「折り合いをつける力」は、リベラルアーツ教育の本質そのものです。

リベラルアーツとは、多様な学問分野を学ぶことで、物事を多角的に見る力を養うことです。

歴史を学べば、人間社会の多様性が見えてくる。哲学を学べば、異なる思考の枠組みが理解できる。科学を学べば、客観的な事実の重要性がわかる。

こうした多様な視点を持つことで、自分と異なる意見に触れたときに、単に拒絶するのではなく、「なぜそう考えるのか」を理解しようとする姿勢が生まれるんです。

田村先生は、生徒に「社会の中に生きているからこそ、その人のアイデンティティを意識して、アイデンティティを意識して生きることが必要になるんです」と語っています。

これは深い洞察です。

アイデンティティは、孤立した個人の中には存在しません。他者との関わりの中で、「自分とは何か」が初めて浮かび上がってくる。

だからこそ、社会との折り合いをつける思考が必要なんです。

自分の信念を持ちながらも、他者の視点を理解する。
自分の利益を追求しながらも、社会全体のことを考える。

この両立こそが、リベラルアーツが目指す「教養ある市民」の姿です。

リベラルアーツが育てる「生き方の選択肢」

田村先生の教育哲学で最も重要なのは、「生き方の選択肢」を広げることです。

現代社会では、効率や成果が重視されがちです。「何の役に立つか」が問われ、即効性のないものは軽視される。

でも、本当に豊かな人生とは、多様な選択肢を持つことから生まれるんです。

私は「当事者意識」が分かりやすいと考えています。つまり、人間を育てる時に何を大切にすべきだということです。人に言われたことをやるのがレイバー、人から言われたことの中から自分が面白いと思うもの、やる価値があると思うものをやるのがワーク。言われなくても自分が絶対にやりたいと思うのがアクションとかミッション、という話はしましたよね。

この「レイバー」「ワーク」「ミッション」という区分けは、人生の質を考える上で本質的です。

多くの人は、言われたことをこなす「レイバー」の段階で人生を終えてしまいます。

でも、リベラルアーツを学ぶことで、視野が広がり、自分が本当に面白いと思える「ワーク」が見えてくる。さらに深く学べば、自分が絶対にやりたいと思う「ミッション」に出会える。

これは単なる理想論ではありません。

人間は本能だけでは生きられません。
知性を使って、本来的な仕事であれば、AIも人が出せないことを知ることが必要なんです。

AI時代だからこそ、リベラルアーツの重要性が増しています。

AIは与えられたタスクを効率的にこなすことができます。
でも、「何をすべきか」「何のために生きるか」を考えることはできません。

その問いに答えられるのは、人間だけです。

そして、その問いに答えるためには、幅広い教養が必要なんです。

歴史を知らなければ、人間社会の可能性を想像できない。哲学を知らなければ、「よりよく生きる」ことの意味を考えられない。科学を知らなければ、世界の仕組みを理解できない。

田村先生が渋幕・渋渋で実践してきた教育は、まさにこの「生き方の選択肢」を広げるためのものです。

私が考えていたのは、「富国」だけではなく、一人一人の個人の人生を豊かにするための学校教育です。まず自身に対しての自分自身、つまり自己同一性を持つこと。ソクラテスも「汝自身を知れ」と言ったように、スタートは自分について知ることです。

この言葉が示すように、教育の本質は「自分を知る」ことから始まります。

そして、自分を知るためには、人間とは何か、社会とは何か、歴史とは何かを学ぶ必要がある。

その学びの過程で、生徒は多様な視点を獲得し、自分なりの生き方を選択できるようになるんです。

リベラルアーツは、すぐに役立つ知識ではありません。でも、人生を豊かにする「感度」を育てます。

時間を意識する力、個人と社会の折り合いをつける思考、そして生き方の選択肢——これらすべてが、若いうちから教養に触れることで培われるんです。

確かに、こうしたリベラルアーツを知る授業ってなかなかないですよね。

私も高校は附属高等学校で、非常に時間に自由がありました。倫理や科学などの授業を通じて、田村先生の講話にあるような哲学や認知科学の断片は知ることができたんです。

でも、もっと横断的な「リベラルアーツという一本の線」のような認識を蓄えられるきっかけというのは、とても貴重で、羨ましく思います。

「生き方」の時代において、若いうちからこうした視点を持てることは、とても大切なのだと思いました。

教養については、こちらの1冊「あなたの視点は確かか!?『視点という教養(リベラルアーツ)』深井龍之介,野村高文」も大変おすすめです。ぜひご覧ください!!

まとめ

  • 人間だけが持つ「時間を意識する力」――過去を振り返り、未来を想像する能力は人間特有のものであり、学校で学ぶすべての知識は、人類が時間を意識し、過去から学び、未来を構想してきた認知革命の結晶です。時間の重みを理解することで、限られた人生をどう生きるかという本質的な問いに向き合えます。
  • 個人と社会の折り合いをつける思考――個人は独立した存在として価値を持ちながら、同時に社会との相互作用の中で変化していきます。リベラルアーツを学ぶことで多様な視点を獲得し、自分と異なる意見に触れたときに理解しようとする姿勢が生まれ、教養ある市民としての土台が形成されます。
  • リベラルアーツが育てる「生き方の選択肢」――幅広い教養を持つことで、言われたことをこなす「レイバー」から、本当に面白いと思える「ワーク」、さらに自分が絶対にやりたい「ミッション」へと人生の質を高めることができます。若いうちから教養に触れることで、人生を豊かにする感度が培われます。
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