- あなたは今日も会社に向かいますが、そこで本当に手に入れているものは何でしょうか?
- 実は、私たちの多くは「能力を売っている」と思い込んでいますが、西村佳哲は本書で全く逆のことを言っているんです。
- なぜなら、会社が「仕事を売っている」のであって、私たちは「仕事を手に入れる」ために会社へ通っている――そして、その対価として支払っているのは「時間」、つまり私たちの「いのち」そのものだからです。
- 本書は、デザインコンサルタントである著者が、柳宗理、IDEO、パタゴニアなど、様々な「働き方」を訪ね歩き、仕事の本質を問い直した記録です。
- 本書を通じて、組織の色に染まることへの虚しさを感じている人たちに、自分自身のパーパスを紐解き、固有で代替がきかない仕事を生み出すヒントが見えてくるはずです。
西村佳哲さんは、デザインコンサルタント、そして「働き方研究家」として活動されている方です。
もともとはプロダクトデザインの世界にいた西村さんですが、次第に「デザインそのもの」よりも「どのようにデザインが生まれるのか」「どんな働き方がよいものを生み出すのか」という問いに関心が移っていきました。
本書は、そんな西村さんが日本国内外を旅しながら、印象的な働き方をしている人々に会いに行き、対話を重ねた記録です。
訪ねた先は実に多様で、工業デザイナーの柳宗理さん、デザインファームIDEO、アウトドアブランドのパタゴニア、イタリアの職人たち、そして日本の様々な現場で働く人々。
西村さんの文章は静かで、押し付けがましさがありません。淡々と、しかし温かいまなざしで、それぞれの働き方を見つめています。
そこから浮かび上がってくるのは、「仕事とは本来、自分でつくるものである」という、当たり前だけれど忘れられがちな真実です。
会社に何を外注しているのか――時間という対価と仕事の本質
私たちは普段、何気なく「会社で働いている」と言いますが、その関係性を冷静に見つめ直すと、驚くほど転倒した理解をしていることに気づくんです。
多くの人は「自分の能力を会社に売っている」と考えています。だから給料をもらえるのだと。でも西村さんは本書で、全く逆の見方を提示しています。
人は能力を売るというより「仕事を手に入れる」ために、会社へ通っている。そんな側面はないだろうか。
この一文を読んだとき、私は自分が広告会社を志した理由を思い出しました。それは「能力を買ってもらいたい」からではなく、「自分がやりたい仕事を手に入れたい」からだったんです。
では、その仕事を手に入れるために、私たちは何を支払っているのでしょうか。
ワーカーが能力を売っているというより、会社が「仕事を売っている」のである。ここで私たちが仕事と引き換えに、そこで支払っている対価はなんだろう。それは「時間」である。そして時間とは、私たちの「いのち」そのものである。
この指摘は、極めて本質的です。
私たちは毎日、自分の時間――限りある人生の一部――を会社に差し出しているんです。それは単なる労働力の提供ではなく、文字通り「いのち」の切り売りです。
ここでミヒャエル・エンデの『モモ』を思い出さずにはいられません。灰色の男たちが人々から時間を奪っていく物語。私たちもまた、気づかないうちに、自分の時間をどこかに外注してしまっているのかもしれません。
何を外注しているのか。それは、もしかしたら「夢」や「希望」なのかもしれません。
「会社に入れば、何か意味のある仕事ができるはず」「この組織なら、自分の可能性を発揮できるはず」
――そんな期待を抱いて、私たちは時間を差し出します。
でも実際には、組織の色に染められ、自分らしさを失っていく。そんな虚しさを感じている人は少なくないはずです。
国家や企業という大きな「ものがたり」だけでは生きづらい時代になりました。終身雇用も崩れ、会社への帰属意識も薄れていく中で、私たちは改めて問わなければなりません。
自分は何のために働いているのか。
誰のために時間を使っているのか。
そして、本当に手に入れたい仕事とは何なのか。
西村さんが訪ねた様々な働き手たちには、ある共通点がありました。
働き方を訪ねてまわっているうちに、その過程で出会った働き手たちが、例外なくある一点で共通していることに気づいた。彼らはどんな領域であれ、自らの仕事とその人の関係性が、世の中の多くのワーカー、特にサラリーマンのそれと異なるのだ。
それは何か。彼らは「会社の仕事」をしているのではなく、「自分の仕事」をしていたんです。たとえ組織の中にいても、他人に丸投げできないような、とても個人的な関わり方をしている。
組織の一員として働きながらも、自分事として仕事に向き合う。それは簡単なことではありません。でも、そこにこそ、仕事の本質があるのではないでしょうか。
会社に何かを外注するのではなく、会社という場を借りながら、自分自身の仕事をつくっていく。そんな関係性が、これからの時代には必要なのだと思います。
時間をかけて仕事は生まれる――柳宗理とIDEOが示す創造のプロセス
では、「自分の仕事」とは、どのようにして生まれてくるのでしょうか。
本書に登場する工業デザイナー・柳宗理さんとの対話は、その本質を教えてくれます。
柳さんは、デザインというものが最初から完成形で現れるわけではないと語ります。
一番最終的な形のイメージは、最初はほとんどないんですか。棚 こういうもの作ったらいいなみたいな感じで言うじゃない。でも、そうじゃない。全然違うものが出てくるうちに出てきちゃうんだよ。いろんな格好が出てくる。なんでも常にそうです。イメージは最初からあるんじゃなくて、その前はそうでなかったのが試作を繰り返していくんだね。そのうちよさそうなものが出てくるんだからわからないよ。
この言葉には、創造というものの本質が詰まっています。
私たちはつい、「最初に完璧な計画を立てて、それを実行する」というやり方を理想だと思いがちです。でも実際の創造は、そんなふうには進まないんです。
一番最初に考えたものが、最後まで続くってことは、まずありゃ得ないね。
(中略)
一番最初の、こういうのあったらいいなって思っていたものと、できあがったものとは、まったく違っちゃうんですよね。絶えず一年くらいかかるし。時間を方けて、絶えず最初のイメージとも変わっていくのがやっぱり本式だよ。
「時間をかけて、絶えず最初のイメージとも変わっていく」――これこそが、本物の仕事のあり方なのだと思います。
柳さんのこの言葉は、私たちの働き方にも深く関わってきます。私たちは「効率」を求めすぎて、時間をかけることを悪だと思い込んでいないでしょうか。
どうしたって時間はかかる。ここではひとつのものをただひたすら作ってるだけだと思うでしょ。だけど費用の方もかなりかかる! だから僕らは貧乏なんだよ(笑)。それでもそういうことをやり直していかないとね。本当に美しいものは、そとても言うかね(笑)、まあ好きだからね。好きだから、どんなことしたってデザインしていきたいっていう気持ちがあるから。
好きだから、時間をかけられる。好きだから、何度でもやり直せる。費用がかかっても、効率が悪くても、それでも続けられるのは、その仕事が「自分のもの」だからなんです。
同じことは、デザインファームIDEOの働き方にも見られます。
世界的に有名なIDEOのスタッフでも、自分たちの設計に不安を感じることは多いと言います。
世界に冠たるIDEOのスタッフでも、自分たちの設計に不安を感じることは多いという。しかしそれを認めた上で、「ラピッド・プロトタイピング(rapid prototyping)」で、それを克服している。IDEOを設立したデヴィッド・ケリーは「頭の中で想像しているものを実際に目に見える形にしない限り、さらに進めて議論を深め、改良して洗練させる前の出発点の中で出来る訳け早い時期に試作をつくり、課題を炙り出すことが重要だ。大きな問題は後になってから生じる。先発の最終段階では試作をつくるのが難しい」と語っている。
デザインのスキルは、プレゼンテーションが上手なことではないんです。
編者のところ、課題をクリアして゛いく唯一の方法は、何度も失敗を重ねることでしかない。デザインのスキルの大半は、その仕事の進め方の中にあると僕は思う。プレゼンテーションが上手だけではだめでしょう。
試作を繰り返す。失敗を重ねる。そのプロセスの中で、初めて本当に良いものが生まれてくる。これは柳さんの言葉とまったく同じです。
ここで重要なのは、「時間がかかること」を前提としている点です。効率や生産性ばかりを追求する現代の働き方とは、明らかに異なります。
でも考えてみれば、本当に価値のあるもの、代替がきかないものというのは、時間をかけないと生まれないのではないでしょうか。
私自身、広告会社で働く中で、短期間で大量のアイデアを求められることがあります。でも、本当に心に残る仕事は、時間をかけて何度も考え直し、作り直したものばかりです。
そして、そうした仕事には必ず「好き」という感情が伴っています。好きだから、時間をかけられる。好きだから、何度でも挑戦できる。
目的と手段の倒錯は、あらゆる仕事で起こりうる。もちろん個人の趣味や題目は斥ぬられるべきものでもない。
手段と目的を取り違えてはいけません。
効率は手段であって、目的ではないんです。
本当の目的は、良いものをつくること。
そのためなら、時間がかかっても構わない。
柳さんもIDEOも、そうした姿勢を貫いています。そして彼らの仕事は、結果として世界中の人々に影響を与え、長く愛されるものになっているんです。
時間をかけて、試行錯誤を重ねて、少しずつ形になっていく。そんなゆっくりとしたプロセスの中でこそ、本当に自分らしい仕事が生まれてくるのだと思います。
「自分」から「わたしたち」へ――越境する働き方が生む社会感性
時間をかけて生まれた「自分の仕事」は、やがて「わたしたちの仕事」へと変わっていきます。
本書の中で最も印象的なのは、パタゴニアの働き方です。アウトドアブランドとして知られるパタゴニアですが、その社員たちの働き方は、私たちの常識を大きく超えています。
ゼトニカ 人によりますね。でも、ストアーや支店の動務を希望して、世界各地での暮らしを楽しんでる人も多いです。セトニカさんのレキシビリティはかなり高いと思います。 たとえば私たちはインターンシップ・プログラムという制度を用意していて、パタゴニアの仕事を二ヶ月間、他の何かに置き換えることを奨励しています(Internship Program:給料とポジションはそのまま保障しながら、二ヶ月までの「制度」。対象となる非営利組織は、環境保護団体など、パタゴニアの総売上の1%から金銭的援助を受けている世界中五〇〇〇のグループ、または社内のパンフレットに掲載
パタゴニアでは、社員が給料とポジションを保ったまま、最大2ヶ月間、環境保護団体などで働くことができるんです。これは単なる福利厚生ではありません。
一信じられない! 個人に対する大変な投資ですね。セトニカ そういう人の存在も、内面に素晴らしい感受性や経験を持つ人を持つ人を育てらしいリソースだと思いませんか。それに、私たちは人を雇用するけれど、その人の人生まで雇い上げているわけではありません。
「人を雇用するけれど、その人の人生まで雇い上げているわけではない」
――この言葉には、仕事と人生の関係についての根本的な洞察があります。
多くの企業は、社員の時間を完全にコントロールしようとします。副業を禁止し、他の活動を制限する。でもパタゴニアは逆に、社員が別の場所で別の経験をすることを奨励しているんです。
なぜそんなことが可能なのか。それは、人が豊かな経験を持つことこそが、会社にとっても価値があると信じているからです。環境保護団体で働いた経験は、その人の感受性を育て、視野を広げます。そうして成長した人材こそが、パタゴニアという会社をより良くしていくのだと。
これは、私が非営利団体の支援をさせていただく中で実感してきたことでもあります。営利企業で働く私が、非営利の世界に関わることで、生きる意味や仕事の意義を問い直す機会をいただきました。
そして、そうした経験は確実に、本業にも良い影響を与えているんです。
西村さんは、こうした働き方の本質を「社会感性」という言葉で表現しています。
多くの人に喜ばれ、共感される成果を形にしている人には、自身の実感に触れるこの力能と同時に、もう一つ、この社会で生きている、他の人々が感じていることを感じる力能=社会感性(social sensitivity)とも言えるものが備わっていると思う。これは、他者の視線や評価を気にすることではない。他者の願いや喜びやつらさを、ともに感じとる力だ。
社会感性――それは、他者の評価を気にすることではなく、他者の願いや喜びやつらさを感じとる力です。
そしてこの力は、「自分」を掘り下げていくことで生まれてくるのだと西村さんは言います。
「自分」を掘り下げていくと、個人の枠におさまらない「わたしたち」という領域があらわれる。
これは極めて逆説的ですが、深い真実だと思います。自分自身の内面を深く掘り下げていくと、そこには普遍的なもの、多くの人に共通するものが見えてくるんです。
自分が感じている「なにか」が、単に個人的なものだとしたら、わざわざ人と共有するまでのことはない。 でも自分だけのことだとは思えないから、さらに形にして世に出してみることが出来る。そのとき仕事は、「自分」の仕事であると同時に、「わたしたち」の仕事になる。
私が広告会社を志したのは、まさにこのためだったのかもしれません。自分が感じている何かを、形にして世に出したい。それは自分だけのことではなく、多くの人が感じているはずのことだと思ったからです。
でも組織の中で働いていると、つい「会社の仕事」「クライアントの仕事」として、自分を切り離してしまいがちです。本当は、どんな仕事も「自分の仕事」であり、同時に「わたしたちの仕事」になりうるはずなのに。
村上春樹の共同体論や、柄谷行人の交換様式の議論を思い出します。人は完全に孤立した個人でもなく、完全に溶け合った集団でもない。「自分」と「わたしたち」の間には、微妙で豊かな関係性があるんです。
パタゴニアの越境的な働き方は、まさにこの関係性を体現しています。会社の仕事と環境保護活動は、別々のものではありません。環境保護団体で働くことで得た経験や感性が、パタゴニアでの仕事に活かされる。そしてパタゴニアでの仕事が、より大きな社会の変化につながっていく。
他人事では作り、自分の仕事。働くことを通じて「これが自分です」と示せるような、そんな望ましい働き方をすることが、個々の安定はかりでなく、社会の豊かさにもつながるんじゃないかということを「自分の仕事をつくる」で書きたかった。
西村さんの言う通り、自分の仕事をつくることは、個人の幸せだけでなく、社会全体の豊かさにつながっていくのだと思います。
組織の色に染まることなく、自分自身のパーパスを持ちながら働く。時間をかけて、試行錯誤を重ねながら、自分らしい仕事を育てていく。そしてその仕事が、やがて多くの人々とつながり、「わたしたちの仕事」になっていく。
そんな働き方が、これからの時代にはますます必要になってくるのではないでしょうか。
私自身、10年以上前にこの本を読んで影響を受けました。
そして今、改めて読み返してみると、当時以上に深く響くものがあります。
それは、国家や企業という大きな物語だけでは生きづらい時代になったからこそ、一人ひとりが自分の物語を紡いでいく必要性を、多くの人が感じ始めているからかもしれません。
自分の仕事をつくる。それは決して簡単なことではありません。時間もかかるし、不安もつきまといます。でも、その先には、代替がきかない、固有の価値を持った仕事が待っているはずです。
そしてその仕事は、あなただけのものではなく、「わたしたち」みんなのものになっていくのです。
自らを客観視することが、自分の仕事を作るということになっていきそうです。こちらの1冊「【頭がいいは、視点で決まる!?】メタ思考~「頭のいい人」の思考法を身につける|澤円」もぜひご覧ください。

まとめ
- 会社に何を外注しているのか――時間という対価と仕事の本質――私たちは「能力を売っている」と思いがちですが、実は「仕事を手に入れる」ために会社へ通っており、その対価として支払っているのは「時間」――私たちの「いのち」そのものです。組織の色に染まることへの虚しさを感じる今、自分は何のために時間を使っているのかを問い直し、会社という場を借りながら「自分の仕事」をつくっていく関係性が必要になっています。
- 時間をかけて仕事は生まれる――柳宗理とIDEOが示す創造のプロセス――柳宗理もIDEOも、最初のイメージ通りには進まず、試行錯誤を重ねながら時間をかけて良いものが生まれることを示しています。効率を追求するあまり、私たちは時間をかけることを悪だと思い込んでいますが、本当に価値のあるもの、代替がきかないものは、好きだからこそ時間をかけ、何度でもやり直せる仕事の中から生まれてくるのです。
- 「自分」から「わたしたち」へ――越境する働き方が生む社会感性――パタゴニアの越境的な働き方は、人を雇用しても人生まで雇い上げないという姿勢を示しています。自分自身を深く掘り下げていくと、個人の枠を超えた「わたしたち」という領域が現れ、自分が感じている「なにか」を形にして世に出すとき、それは「自分の仕事」であると同時に「わたしたちの仕事」になります。自分の仕事をつくることは、個人の幸せだけでなく、社会全体の豊かさにもつながっていくのです。
