自らを再定義せよ!?『PLURALITY』オードリー・タン,E・グレン・ワイル

『PLURALITY』オードリー・タン,E・グレン・ワイルの書影と手描きアイキャッチ
  • あなたは「人間」をどう定義しますか?
  • 実は、私たちが当然だと思っている「個人」という概念そのものが、問い直されるべき時代に入っているんです。
  • なぜなら、デジタル技術が加速度的に発展する現代において、私たちは「アトミックな個人」として存在しているのではなく、常に関係性の中で規定される存在だからです。
  • 本書は、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンと経済学者E・グレン・ワイルが、民主主義とテクノロジーの未来を「多元性(Plurality)」という概念で捉え直した革新的な一冊です。
  • 本書を通じて、大国や大組織の中で見えにくくなっている本質を掴み、多様性を内包しながら協働する新しい社会の可能性について考えていきます。
オードリー・タン,E・グレン・ワイル,⿻コミュニティ
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オードリー・タン氏は、台湾のデジタル担当大臣として世界的に知られる存在です。8歳でプログラミングを始め、15歳で起業、35歳で台湾政府に入閣という異色の経歴を持っています。

トランスジェンダーであることを公表し、多様性と包摂性を体現する人物としても注目されています。新型コロナウイルス対策では、マスクマップなどの市民参加型デジタルツールを開発し、台湾の成功を支えました。

共著者のE・グレン・ワイル氏は、マイクロソフト・リサーチの主席研究員であり、急進的市場(Radical Markets)の提唱者として知られる経済学者です。市場メカニズムと民主主義の再設計に取り組み、既存の経済システムへの鋭い批判と新しい制度設計の提案で注目を集めています。

本書は、テクノロジーと社会の交差点で活動する2人が、台湾の実践を踏まえながら、民主主義の未来を描いた意欲作です。

「人間」の再定義――関係性の中で生きる私たち

「Plurality」という言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

日本語では「多元性」や「多数性」と訳されるこの概念ですが、本書ではその意味を大きく拡張しているんです。

Pluralityとは何だろうか。Pluralityの思想的起源のひとつは、本書で紹介されているとおり、ハンナ・アーレントの「人間の条件」という概念にある。アーレントは「人間の条件」の序章で、「人間(men)」がひとりの人間(Man)ではなく、複数形で語られる理由を問うている。答えは「人類とは複数性・多元性(Plurality)こそが複数性である」と定義している。つまり、ひとり人間も「人間である」という点で共通し、互いに生身として存在を持つ存在をする中では、個々の人生と視点という独自性(差異)を有している。アーレントは、この「平等であるながら異なる」という二重の特質こそが、人間の多元的

従来、私たちは「個人」を独立したアトミックな存在として捉えてきました。でも、それって本当でしょうか?

実は、人間はアトミックな存在ではなく、その社会関係に応じて異なる役割を求められているんですね。

こうした社会関係性にもとづく人格は、社会的人格と呼ばれています。さらに、人間そのものが社会関係なくとも初めから複雑な生命体であり、そこに社会関係が加わると、なおさら複雑な存在となるんです。

この視点は、私たちが日常で感じている実感に近いのではないでしょうか。

職場での自分、家族といる時の自分、友人と過ごす時の自分――これらは別々の「ペルソナ」ではなく、関係性の中で現れる私たち自身の多元性なんです。

真の調和とは差異を選ばることではなく、多様な声を積極的に束ねて共通の目標へ向かうことにある。

この言葉が示すように、本書が提案する「Plurality」は、単なる多様性の尊重を超えています。

差異を乗り越える温かい眼差しこそが差異であり、差異は必ずしも悪いものではないという認識が重要なんです。むしろ、創造的プロセスを生み出す源泉こそが差異であると捉えています。

アーレントの「平等であるながら異なる」という2重の特質――これこそが人間の多元性の本質です。

私たちは誰もが「人間である」という点で平等でありながら、同時に固有の人生と視点という独自性を持っている。この矛盾するように見える2つの側面を同時に抱えることが、人間という存在の豊かさを生み出しているんです。

当たり前を疑う勇気――中央集権からの脱却

ここで根本的な問いを投げかけたいんです。

私たちが「当たり前」だと思っている社会システムは、本当に最適なのでしょうか?

こうした「大切なものを守りつつ、新たな可能性を積極的に受け入れる」というバランスは、私たちがいま直面しているデジタル民主主義の課題において、まさに核心をなすものである。

本書が鋭く指摘するのは、現代社会を支配する「中央集権的なプラットフォーム」の問題点です。

GAFAMに代表される巨大テクノロジー企業は、確かに便利なサービスを提供してきました。でも、その代償として私たちは何を失っているのでしょうか?

中央集権的なプラットフォームが、私たちのつながりから価値を搾取する一方で、共有しているという実感を損なわせ、社会的な結びつきを削ぐことが多すぎる懸念もある。

この指摘は非常に重要です。

便利さと引き換えに、私たちは自分たちのデータ、プライバシー、そして社会的なつながりそのものをプラットフォームに委ねてしまっているんです。しかも、その構造自体を疑問視することなく、「これが当然だ」と受け入れてしまっている。

大きな国や組織の中にいると、こうした本質が見えにくくなります。

なぜなら、システムの内側にいる人間は、そのシステムの前提そのものを疑うことが難しいからです。
「これが普通だ」「他に方法はない」――そんな思い込みが、私たちの視野を狭めているんです。

ここで台湾という立ち位置の意味が浮かび上がってきます。

台湾は国際的に微妙な立場にあり、大国の論理に簡単には組み込まれない独自の視点を持っています。この「周縁」からの視点こそが、中央集権的なシステムの問題点を鋭く見抜く力を生み出しているんです。

「忘却と自己の思想」を超えて

この言葉が示唆するのは、私たちが無意識に受け入れてきた前提を一度忘れ、ゼロベースで考え直す必要性です。

「個人」という概念も、「中央集権的なプラットフォーム」も、「民主主義のあり方」も――すべてが再考の対象となるんです。当たり前を疑う勇気を持つこと。それこそが、新しい可能性を開く第一歩なんです。

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日本の可能性――多様性を育てる土壌

最後に、本書が日本に向けて投げかけるメッセージについて考えたいんです。

日本文化が古くからの伝統を深く敬いながら、新しいものを躊躇なく取り入れる姿勢を見事に両立させていたことだった。

オードリー・タン氏の日本への眼差しには、大きな期待が込められています。

日本は伝統と革新を同時に抱える稀有な文化を持っているという指摘は、私たちにとって重要な示唆を含んでいるんです。

シリコンバレーが破壊的イノベーションを追求していた一方で、日本は通信事業者や銀行、小売業者などが互いに連携しながら社会のニーズに応じた技術開発を進めていた。その代表例が上がり「その新しい技術の設計と内容の融合」は、ここ日本では単なる理想ではなく、歴史的に培われてきた価値観をデジタル社会の設計へ落とし込むための、ダイナミックな調和であるのだ。

この視点は、シリコンバレー型の「破壊的イノベーション」とは異なる、日本独自の可能性を示しています。

社会のニーズに応じた技術開発、多様な主体の連携、伝統的価値観とデジタル技術の融合――これらは、まさに本書が提唱する「Plurality」の実践例なんです。

さらに興味深いのは、こんなエピソードです。

私が若い頃に参加していた「マジック:ザ・ギャザリング」の大会は、単なる個人の勝利を目指すものではなく、多様な手法の創造性に敬意を払う場でもあった。

一見、本題と関係なさそうなこの話が、実は核心を突いているんです。

「マジック:ザ・ギャザリング」というカードゲームは、無数のカードの組み合わせから独自のデッキを構築し、多様な戦略を競い合うゲームです。重要なのは、単一の「最強戦略」を目指すのではなく、多様な手法の創造性そのものが評価されるという点なんです。

これはまさに、Pluralityの思想を体現しています。

画一的な「正解」を求めるのではなく、多様な声を積極的に束ねて共通の目標へ向かう。その過程で生まれる創造性こそが、社会を豊かにするんです。

日本には、この多様性を育てる土壌がすでにあります。

伝統を守りながら新しいものを取り入れる文化、社会のニーズに応じた技術開発の実績、そして多様な手法を尊重するマインドセット。これらを活かすことで、日本は中央集権的プラットフォームとは異なる、Plurality型のデジタル民主主義を実現できる可能性を持っているんです。

オードリー・タン氏らの「Plurality」をとらえる素晴らしい補助線を提供してくれる1冊にこちら「【本当のあなたの「個性」はどこにある!?】私とは何か「個人」から「分人」へ|平野啓一郎」をおすすめします。ぜひご覧ください。

まとめ

  • 「人間」の再定義――関係性の中で生きる私たち――人間はアトミックな存在ではなく、社会関係の中で異なる役割を持つ多元的な存在です。「平等であるながら異なる」という矛盾を抱えることこそが、人間の豊かさを生み出しています。
  • 当たり前を疑う勇気――中央集権からの脱却――中央集権的プラットフォームが私たちの社会的つながりを損なっている現実を、台湾という周縁の視点から鋭く指摘します。当たり前を疑い、新しい可能性を開く勇気が求められています。
  • 日本の可能性――多様性を育てる土壌――日本は伝統と革新を両立させる文化、社会のニーズに応じた技術開発の実績を持っています。多様な手法を尊重するマインドセットを活かすことで、Plurality型のデジタル民主主義を実現できる可能性があります。
オードリー・タン,E・グレン・ワイル,⿻コミュニティ
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