この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「忙しい」のは事実ではなく、脳が生み出す感覚かもしれません。作業療法士の菅原洋平が脳科学の知見から解き明かす、多忙感の正体と行為主体感を取り戻す実践法を提示しています。
1.多忙感の正体:「忙しい」は脳疲労と外乱が生む錯覚であり、実際の業務量とは切り離して考えられる
2.行為主体感の回復:「やらされる」から「自分でやる」への転換が、時間の質をまるごと変える
3.意味の棚卸し:何のためにやるかを問い直すことが、能動感覚を生み出す土台になる
- 「まだ何も手をつけていないのに、なぜか忙しい気がする」──そんな感覚、覚えがありませんか?
- 実は、忙しさには2種類あります。実際にやることが多い「多忙」と、そう感じてしまう「多忙感」です。
- なぜなら、私たちの脳は現実の業務量に関係なく、独自のメカニズムで「緊急度」を操作し、勝手に忙しさをつくり出すことがあるからです。
- 本書は、作業療法士として多くの企業や個人と向き合ってきた菅原洋平が、脳科学と行動科学の知見をもとに、多忙感の正体を解き明かした一冊です。
- 本書を通じて、「時間に追われる感覚」から「時間を使いこなす感覚」へのシフトが、具体的な思考と行動の転換によって可能になることがわかります。
菅原洋平は、作業療法士として病院勤務を経て、現在は企業や個人へのコンサルティングを行っています。脳科学に基づいた睡眠・時間管理・タスク管理の研究と実践で知られ、ビジネスパーソンの生産性と充足感の向上を支援しています。
著書に『あなたの人生を変える睡眠の法則』などがあり、働き方と脳の関係を平易な言葉で伝える書き手として幅広い読者に支持されています。
「多忙」と「多忙感」は脳が生み出す別物だった
コンサルタントとして経営者や管理職と話していると、「やることが多すぎて頭が追いつかない」という声をよく耳にします。でもそのとき、少し立ち止まって考えてみると、本当に業務量が多いのか、それとも「多い気がしている」だけなのか、判然としないことが少なくありません。
本書はその違いを、脳のメカニズムから明確に説明しています。
多忙には2種類ある──それが本書の出発点です。実際にやることが多い状態を「多忙」、そう感じてしまう状態を「多忙感」と呼び、この2つをはっきり区別するところから議論が始まります。
では、多忙感はなぜ生まれるのか。
本書によれば、主な原因は「脳疲労」と「外乱」の組み合わせです。
脳疲労は、意思決定の連続・マルチタスク・情報過多によって引き起こされます。
私たちは日々、何百もの小さな選択をしています。ランチを何にするか、メールにどう返信するか、会議でどの意見を支持するか。こうした判断の積み重ねが、脳のバッテリーを静かに消耗させていきます。
現代人の脳疲労の主な原因は以下のようなものです。
● 意思決定の連続:自分の意思に基づいて選択をする
● マルチタスク:複数のことを同時に処理する
● 情報過多:処理しきれない量の情報にさらされ続ける
そこに「外乱」が加わります。チャットの着信音、メールの通知、画面に飛び込む広告──こちらの意思とは無関係に注意を奪いにくるものです。脳疲労と外乱が重なるとき、脳は未処理のタスクを「緊急」と誤認し始めます。
明日のプレゼンの準備をしている最中に、来月の企画書のことが頭をよぎる。企画書に集中しようとすると、今度は来年度の予算のことが気になり始める。そして結局、どれも中途半端になってしまう。脳が勝手に「緊急度」を操作して、私たちに忙しさを感じさせていたのです。
この記述を読んだとき、「これは自分のことだ」と感じた方も多いのではないでしょうか。経営者や管理職ほど、頭の中でこうした「見えないタスクのスタック」が積み上がりやすい状況に置かれています。
さらに本書が指摘するのは、行為に「意味」を感じられるかどうかで、多忙感がまったく変わるという点です。同じ作業量でも、意味を感じられていれば忙しさは生まれにくい。逆に、なんとなくこなしているだけの作業は、たとえ量が少なくても重くのしかかります。
「同じ人間が、同じ時間を使って作業をしているのに、感じる忙しさはまったく違う」という本書の言葉は、時間管理の本質が「量のコントロール」ではなく「感覚のデザイン」にあることを示唆しています。
行為主体感が時間の質をまるごと変える
多忙感を解消するために本書が提示する核心的な概念が、「行為主体感」です。
「自分がやりたいことを思うようにやれている感覚」──これが行為主体感であり、本書はこれを充足感の源泉として位置づけています。
この概念を理解するうえで、「受動感覚」と「能動感覚」の区別が重要な手がかりになります。受動感覚とは、刺激を受け取る側に立つ感覚です。メールが来たから確認する、上司に言われたからやる、締め切りが迫っているから動く──こうした状態では、自分は外部の刺激に対して反応しているだけです。一方、能動感覚とは、自分が主体として動く感覚です。「自ら頬に触れた」という自覚があるように、行動の起点が自分の内側にある状態です。
本書はこの2つを、時間感覚のモデルとも結びつけます。
心理学では時間感覚を「ムービング・タイム」と「ムービング・エゴ」の2種類で説明します。
ムービング・タイムとは、時間が自分に向かって迫ってくる感覚です。「締め切りが迫っている」「もう時間がない」「まずい、遅刻する」──こんなとき、私たちは時間という巨大な波に追いかけられているような感覚になります。このとき、すべての予定は外乱となり、あなたを追い立てて、多忙感が生まれます。
一方、「ムービング・エゴ」とは、自分が時間の中を前進している感覚です。時間が自分に向かってくるのではなく、自分が時間の上を歩いている──この感覚の違いが、同じ業務量でも余裕の有無を決定します。
コンサルタントとして現場を見ていると、この違いは経営者や管理職のリーダーシップにも直接現れます。ムービング・タイムの状態にいるリーダーは、常に「対応」に追われ、チームへの指示も反応的になりがちです。それに対してムービング・エゴの状態にいるリーダーは、自分のペースで優先順位を決め、チームを能動的に動かしています。
多忙感の解消とは、単なる時間管理のテクニックではなく、行為の主体を「外部の刺激」から「自分自身」に取り戻すことなんです。本書が提示する実践のひとつが、リアクションをアクションに変えることです。
たとえばメール返信。これを「メールが来たから確認する」(リアクション)から「9時と15時にまとめて処理する」(アクション)に変えるだけで、自分のペースで対応できます。
「ちょっといい?」という声かけへの対応も同じです。「今すぐ」(相手のペース)ではなく「14時からなら30分取れます」(自分のペース)に変える。小さな転換ですが、これが積み重なると、1日の体感がまるで変わります。
「リアクションは疲れるが、アクションは疲れない」という本書の指摘は、生物学的な根拠に基づいています。1日中リアクションばかりしているから忙しく感じる──この構造を理解するだけで、対処法が変わります。
意味の棚卸しが「自分のペース」の土台をつくる
行為主体感を取り戻すためのさらに根本的な問いとして、私が本書から受け取ったのは「意味の棚卸し」の重要性です。これは本書が直接使っている言葉ではありませんが、随所に流れる思想として読み取ることができます。
本書には、「行為に意味を感じられれば、多忙感は生まれない」という一文があります。裏を返せば、意味を感じられない作業が積み重なるほど、多忙感は増していきます。いくら効率化を図っても、何のためにやっているかがわからない作業は、脳にとって重い負荷になり続けます。
ここで「効率より工夫を重視する」という本書の視点が意味を持ちます。効率化とは、同じことをより速くこなすことです。工夫とは、どうすれば意味を感じながら進められるかを考えることです。この違いは小さく見えて、積み重なると大きな差になります。
経営者や管理職が陥りやすいのは、「やるべきこと」が増えるにつれて「なぜやるか」を考える余裕がなくなっていくパターンです。タスクに追われるうちに、意味との接続が切れていく。その状態で時間管理術を学んでも、根本的な解消にはなりません。
「やらなきゃ」を「どうやってやろう」に変える
本書のこの言葉は、単純に見えて深いものを含んでいます。「やらなきゃ」は義務感であり、外部からの圧力です。
「どうやってやろう」は、自分の工夫の余地を見出す問いです。この問いへの転換こそが、受動感覚から能動感覚へのスイッチになります。
そして意味の棚卸しには、止まる時間が必要です。本書の終章で語られる「やりつくす」という概念が、ここに響いてきます。
「やりつくした」とは、出せるアイデアをすべて出しきった、人の手を借りずに自分の力でできる範囲のことをすべてやった、という感覚です。「やりつくす」ということが、脳が求めていることです。
「やりつくした」瞬間、私たちは自然と手を止め、深呼吸をし、満ち足りた時間を味わいます。本書はその「止まること」こそが真の充足感の証だと言います。多忙感の対極にあるのは「暇な状態」ではなく、この「やりつくした感覚」なんです。
意味の棚卸しとは、現在こなしている作業を一度立ち止まって眺め、「これは自分にとって何のためか」を問い直す作業です。コンサルタントとして経営者と話すとき、この問いをていねいに扱うことが、組織全体の余裕と成果につながると実感しています。タスクの量を減らすより前に、タスクとの向き合い方を変える。その土台に、意味との再接続があります。
本書の最後にある「人は作業でできている。誰もが作業で世界を変えられる」という著者の信念は、作業療法士としての矜持そのものです。
作業は単なる仕事のこなし方ではなく、自分と世界をつなぐ行為です。その感覚を取り戻すことが、多忙感からの真の解放につながる──本書はそう伝えています。
時間の使い方については、こちらの1冊「自分貧乏にならないために・・!?『豊かな人だけが知っていること――時間貧困にならない51の習慣』長倉顕太」もぜひご覧ください。

まとめ
- 「多忙」と「多忙感」は脳が生み出す別物だった──脳疲労と外乱が重なるとき、脳は現実とは無関係に「緊急度」を操作し、多忙感を生み出します。意味を感じられない作業が積み重なるほど、この感覚は強まります。
- 行為主体感が時間の質をまるごと変える──「やらされる」から「自分でやる」への転換、ムービング・タイムからムービング・エゴへのシフトが、同じ業務量でも余裕の質を決定します。リアクションをアクションに変える小さな実践が、この転換を支えます。
- 意味の棚卸しが「自分のペース」の土台をつくる──効率より工夫を重視し、「やらなきゃ」を「どうやってやろう」に変える問いへの転換が、能動感覚の出発点です。「やりつくした」感覚こそが、多忙感の対極にある充足の証です。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
