この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【経営ビジョンの視点で読み解く本書の核心】「複雑な世界をシンプルに見ようとすること」が、今の時代の最大の落とし穴です。山田和雅が戦略デザインの現場から提示する「3つのレンズ」は、世界を揺らぎとして捉え直すための実践的な認識フレームです。
1.単純化思考からの脱却:線形・因果論的な見方を手放し、循環と創発を前提とした認識に切り替える
2.3つのレンズの習慣化:森羅万象・相互作用・入れ子構造の視点で、日常の課題を多層的に読み解く
3.第3の方向性を生む意志:A or Bの対立を超えて、新たな循環をデザインするビジョンと人の意志
- 今、「なぜうまくいかないのか」という感覚を、持ち続けていませんか?
- 実は、その感覚の正体は「単純すぎるモノの見方」への生理的な違和感かもしれません。
- なぜなら、この世界はそもそも、複雑に絡み合い、常に揺れ動くシステムとして存在しているからです。それを一本の因果の線で説明しようとすれば、どこかで必ずズレが生じる。そのズレが積み重なって、手のつけようのない社会課題になっていく。
- 本書は、戦略デザイナーとして数多くのプロジェクトに携わってきた山田和雅が、「システムのデザイン」という思想と方法論を余すところなく伝える1冊です。システム思考の理論的背景から、現場での実践知まで、具体的なプロジェクト事例とともに丁寧に語られます。
- 本書を通じて、世界を「循環」として捉える眼差しが育まれます。解決策を探すのではなく、システムそのものをデザインするという発想への転換が、少しずつ自分の中に根を張っていく。そんな読後感を持てる1冊です。
山田和雅は、株式会社BIOTOPEに所属する戦略デザイナーです。事業・組織・社会といった複雑なシステムを対象に、ビジョン策定からサービスデザイン、組織変革まで幅広くプロジェクトをファシリテートしてきた実践家です。
デザインと戦略の境界を超えて活動するなかで、「なぜ正しいはずの施策が機能しないのか」という問いに向き合い続けてきました。その答えを求める過程でたどり着いたのが、システム思考とデザインを統合した「システムのデザイン」という方法論です。
本書はその集大成であり、複雑性の時代を生き抜くための思想と実践を、真摯かつ丁寧に伝えようとする意志が随所に感じられます。社会課題解決に向き合うすべての人に、確かな知的武装を授けてくれる著者です。
「単純すぎるモノの見方」が限界を迎えている
本書の出発点にあるのは、著者自身が長年感じ続けてきた「違和感」です。それは「単純すぎるモノの見方」への生理的な違和感だと表現されます。
その違和感はおそらく、多くの人が共有しているものだと思います。問題を特定し、原因を探り、解決策を打つ。そうしたロジカルな手順を踏んでいるはずなのに、なぜか状況が改善しない。むしろ、介入すればするほど、別の場所で新たな問題が浮上してくる。
「この世界が大きなシステムとして存在していることを受け止め、そんなシステムが本来的に持つ、複雑でいて、変わり続け、摩訶不思議で、だからこそ美しいそのさまを生き生きと捉えながら、少しでもその全体を望ましい方向へとみんなで近づけていくための具体的な方法論」
この一文が、本書のすべてを言い表していると感じます。「複雑でいて、変わり続け、摩訶不思議で、だからこそ美しい」。この言い回しに、著者のシステムへの眼差しが凝縮されています。
なぜ「単純すぎるモノの見方」では限界があるのか。
それはペースレイヤリングの考え方を通じて鮮やかに説明されます。文明は「ファッション、商業、インフラ、ガバナンス、カルチャー、自然」の6つの階層で形作られ、それぞれが異なるスピードで変化しています。さらに現代では、最上部にテクノロジーと情報という超高速変化の層が加わり、最下部の自然でさえ気候変動によって加速度的に変化している。
「『いままで』『これから』のシステムの設計思想・意図の差分が現実として大きな溝を生み出す中で、ペースレイヤリングの議論の通り、思想(情報)とインフラの更新速度は二つのズレ続ける時計のように永遠に噛み合わず、情報やカネやヒトのフローはどちらに向かえばよいのかわからず、その二つの隔絶の谷間で右往左往し……それらは谷間に溜まりに溜まっていき、今度は手の施しようのない社会問題・社会課題となって現実世界に溢れ出て帰ってくる」
この描写は、現代の社会課題の構造をまさに言い当てていると思います。問題はそれぞれ独立して存在しているわけではなく、システムの構造から必然的に生まれ出てくるものだということ。ならば、個々の問題をモグラ叩き的に解決しようとしても、同じシステムが稼働し続ける限り、別の問題が次々と湧き出てくる。
求められるのは「社会インフラのリデザイン」であり、新たな良い循環が巡るパターンをデザインしていくことだと著者は言います。これは単なる問題解決ではなく、そもそものシステムの意図を問い直すということです。
ペン一本をデザインするにしても、ペンだけを見ていてはいけない。サプライチェーンの横軸と、文字の文化という縦軸、その座標の中心にしか、そのペンは生まれ得ない。あらゆるプロダクトやサービスは、より大きなシステムのなかの「パターン」として存在しているという視点。これが、システム視点で起こすプロダクトイノベーションの出発点です。
3つのレンズが世界の見方を変える
では、システムをどう捉えればいいのか。本書はその具体的な方法として「3つのレンズ」を提示します。これが本書の核心であり、最も実践的な価値を持つ部分だと感じます。
レンズ①「森羅万象のレンズ」——世界を複雑かつ適応変化するシステムとして捉える
このレンズが重要なのは、「揺らぎ」を前提にすることです。物事は、置かれているコンテクストによって無限に揺らぐ。ある文脈では正解だったことが、別の文脈では誤りになる。そのこと自体を、驚きではなく「そういうものだ」と受け止めるための視点です。
複雑適応系システムの特徴として、相互作用し続けること、適応し続けること、新規を更新し続けること、相互調整し続けることが挙げられます。要するに、システムは「完成」することなく、常に動き続けている。そこに確固たる「正解」を求めようとすること自体が、すでにズレているということです。
レンズ②「相互作用のレンズ」——世界を揺らぎ続ける動的なプロセスとして捉える
「目の前のエージェント(ヒトやモノなど)がなぜ今その振る舞いをしているのかを理解することが出発点となるから」
この視点の転換は、思いのほか深いものがあります。「あの人はなぜこうするのか」という問いを、性格や属性ではなく、そのエージェントが置かれているシステムの文脈から理解しようとすること。システムの変化を起こす際には、このメカニズムをハックして、望ましいネットワークを構築し、エージェントたちの振る舞いを方向づけていく。そういう発想が生まれてきます。
レンズ③「入れ子構造のレンズ」——マクロ、メゾ、ミクロの3レイヤーを意識する
複雑すぎる世界をシンプルに捉えるための方法として、入れ子構造があります。社会規範・価値観のレベル(マクロ)、組織やサービスのレベル(メゾ)、個々のアクターのレベル(ミクロ)という3層で世界を読む。
この3つのレンズで日常を眺めてみると、見える景色がじわじわと変わってきます。たとえば、職場での人間関係のトラブルをミクロレベルだけで見ていると、「あの人の問題」になってしまう。でもメゾレベル(組織の構造)、マクロレベル(業界や社会の価値観)から見ると、まったく別の構造が浮かび上がってくることがあります。
「線形ではなく無限に揺らぐ」ということを認め合えるかどうか、という問いを本書から受け取りました。この「認め合う」という表現が大事だと思います。一人が認識を変えるだけでは不十分で、関わる人たちが互いにその揺らぎを受け入れ合う文化をつくっていくことが、システムをデザインするということの本質なのかもしれません。
循環をデザインする——A or BではなくCを生み出す意志
本書の終盤、最も印象に残ったのが「第3の方向性」という考え方です。
システムの全体最適を目指す営みは、必ず「A or B」の対立に直面します。どちらも論理的には正しい。でも著者はそこで、AでもなくBでもなく、その対立を乗り越える「C」を目指すことを提案します。
「エージェントが同じでも、全く異なる関係性が編み上げた世界線では、その合理的は非合理かもしれないのです」
これは深い洞察です。「合理的」と判断している根拠そのものが、既存のシステムが生み出したアーキタイプであるとしたら——つまり、今のシステムの中での合理性に縛られている限り、新しいCは見えてこない。
この均衡を突破するものとして、著者はビジョンの力を語ります。BIOTOPEが定義するビジョンとは「作り出したい未来の景色」であり、「希い」であり、「祈り」のようなものだと。そしてその祈りに共鳴する人たちが集まって、新たな循環が生まれ始める。
日建設計のオープンイノベーションプラットフォームPYNTでの「メンタルヘルスとまち」プロジェクトの事例が示すように、システム意図の旗印に様々なステークホルダーが集まり、さらなるリソースを持ち寄ってくれるようになる。そのプロセスで、顧客はもはや単なる顧客ではなくなります。
「単一のサービスであればある人物を単に『顧客』として捉えるものを、あるサービスにおいてはその人物は『最終顧客』だが、ある別のサービスでは同じ人物を『サービス提供者』として捉えたり、バリューチェーン上の『サプライヤー』として捉えたり、はたまた『投資家』や『発信者』として捉えたり、一人の人物に対して複相的な人格を見出す」
「顧客の複相的ステークホルダー化」と著者が呼ぶこの現象は、システムのデザインがうまく機能しているときに起きることです。人々がシステムの意図に共鳴し、自らもそのシステムの担い手として動き出す。これはもはや、マーケティングや広報の話ではありません。
もうひとつ、著者が最後に強調するのが「人の意志」です。セオリーよりも大事なものがある、と。第3の方向性を取るためには、人の意志が不可欠だと語ります。
第3の方向性を取ることは、一見して合理的なアクションではありません。でも、既存のシステムが生み出した「合理性」に縛られずに、新しい世界線を構想する意志を持てるかどうか。そこに、システムをデザインするということの、最も人間的な側面があると思います。
循環をデザインするということは、結局のところ、どんな未来を「希う」かを問い続けることなのかもしれません。そしてその希いが、やがて人々を動かし、システムの流れ自体を変えていく。本書はその可能性を、丁寧に、真摯に、伝えてくれます。
まとめ
- 「単純すぎるモノの見方」が限界を迎えている——ペースレイヤリングが示すように、思想とインフラは永遠にズレ続け、そのズレが解消されないまま社会課題として溢れ出てくる。求められるのは個別の問題解決ではなく、社会インフラのリデザインです。
- 3つのレンズが世界の見方を変える——「森羅万象のレンズ」「相互作用のレンズ」「入れ子構造のレンズ」という3つの視点を習慣にすることで、世界を揺らぎとして捉え直す認識が育まれます。「線形ではなく無限に揺らぐ」ことを互いに認め合う文化が、システムデザインの土台です。
- 循環をデザインする——A or BではなくCを生み出す意志——既存の「合理性」を疑い、ビジョンという「祈り」を起点に第3の方向性を探ること。人の意志が均衡を突破し、ステークホルダーが複相的に関わり合う新たな循環が生まれます。
実践のためのQ&A
本書の内容を踏まえ、読者が直面しやすい「1歩先の疑問」についてまとめました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
