この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
【本書の要約】完全オンライン組織で「ママさん」人材を活用し、人口減少時代に新しい働き方を実現するMamasan&Companyの実践録。業務可視化を武器に、必要性に駆られて生まれた働き方改革の全貌を、田中茂樹代表が具体的な仕組みとともに解説する。
- リモートワークが当たり前になったと言われる今、本当の意味で「新しい働き方」を実現できている組織はどれだけあるんでしょうか。
- 実は、多くの企業は既存の働き方をオンラインに移しただけで、根本的な変革には至っていないんです。
- なぜなら、従来の「メンバーシップ型」の発想のまま、単に場所を変えただけだからです。
- 本書は、完全オンライン組織として「ママさん」という未活用の人材を解放し、全く新しい働き方を実現したMamasan&Companyの実践を記録した一冊です。
- 本書を通じて、人口減少時代における組織の在り方と、真の働き方改革のヒントが見えてきます。
田中茂樹さんは、Mamasan&Company株式会社の代表取締役です。
彼のキャリアは極めてユニークです。高校は体育コース出身で、大学進学を直前で辞めて専門学校で会計を学びました。会計事務所を経て、千葉県のスーパーマーケットチェーンに入社。経理部門に配属されましたが、システム導入プロジェクトに自ら立候補し、3年半にわたって現場のバイヤーや店長と共に業務プロセスの構築に携わりました。
この時の経験が、田中さんの「業務プロセス可視化」という核心的な思想の原点になっています。きちんと整備しないと現場が動けない、混乱する——そのことを実践を通じて身につけたんです。
その後、ブライダル会社の創業メンバーとして参画し、1年足らずで取締役に。管理本部を仕切りながらIPO準備を進めるという経験を積みました。そして2006年に起業し、2008年にMamasan&Companyをスタートさせます。
田中さんを特徴づけるのは、その圧倒的な行動力です。やりたいことがあれば社長に直談判し、時には衝突しながらも、夜中まで残って実現させる。そんな姿勢を、周囲の人々が支え、信頼してくれたと振り返ります。
「仲間意識は非常に重要」「組織を動かす能力の高さに驚かされた」——様々な組織での経験を通じて、田中さんは人の扱い方、組織を動かす術を学びました。そして何より、「情報処理の業務は本当に正社員が1日中やるべき仕事なのか」という根源的な疑問を抱き続けてきたんです。
この疑問が、完全オンライン組織という大胆な挑戦へと繋がっていきます。
「必要性」が生んだ完全オンライン組織
働き方改革という言葉が流行していますが、本当の改革は「こうあるべき」という理想からは生まれないのかも知れないです。
田中社長のMamasan&Companyは、まさに「必要性に駆られて」生まれた組織でした。東日本大震災でオフィスが使えなくなり、フルタイムで働けない主婦層しか採用できない状況に追い込まれたとき、従来の常識を捨てるしかなかったんです。
私たちは、リモートワークを選んだのではなく、リモートワークしか選択肢がなかった
この言葉が象徴するように、彼らの働き方は理念先行ではありません。切実なニーズから生まれた解決策だからこそ、机上の空論ではない実効性があります。
「ママさん」という未開拓の社会資源
日本社会には膨大な潜在労働力が眠っています。それが主婦層、特に子育て中の「ママさん」たちです。
彼女たちの多くは、高い学歴とキャリアを持ちながら、フルタイムで働けないという理由だけで労働市場から排除されています。1日8時間、週5日という画一的な働き方に合わせられないだけで、能力を発揮する機会を失っているんです。
田中社長はこの矛盾に気づきました。企業側が「フルタイムじゃないと使えない」と考えている一方で、ママさん側は「短時間でも働きたい」と思っている。この需要と供給のミスマッチを解消すれば、双方にとって win-win になるはずだと。
週10時間しか働けない人が5人集まれば、週50時間の労働力になる
シンプルな発想ですが、これを実現するには従来の組織運営を根本から変える必要がありました。それが「業務プロセスの完全可視化」という次のステップに繋がります。
偶然ではなく必然の強さ
多くの企業が「働き方改革」を掲げてリモートワークを導入していますが、形だけのものも少なくありません。なぜなら、それは「トレンドだから」「福利厚生として」といった付加的な理由で始められているからです。
一方、Mamasan&Companyにとってのオンライン化は、生存のための必然でした。他に選択肢がなかったからこそ、中途半端な妥協は許されなかったんです。
この「必要性に駆られた」という出発点が、彼らの組織に独特の強さをもたらしています。理想を追求して失敗したら引き返せますが、必要性から生まれた仕組みは引き返せません。だからこそ、どんな困難があっても前に進むしかなかったんです。
人口減少が加速する日本で、フルタイム正社員だけに頼る組織モデルは限界を迎えています。田中社長の実践は、この社会的課題に対する一つの明確な答えです。それは綺麗事ではなく、切実な必要性から生まれた現実解なんです。
業務プロセス可視化が支える新しい働き方
完全オンラインで、しかも短時間勤務のメンバーだけで組織を運営する。これを実現するために、田中社長が辿り着いた答えが「業務プロセスの徹底的な可視化」でした。
従来の日本企業は「メンバーシップ型」と呼ばれる仕組みで動いています。つまり、人を採用してから仕事を割り振る方式です。この方式では、ベテラン社員の頭の中に業務ノウハウが蓄積され、属人化していきます。
しかし、週10時間しか働けない人が5人で業務を分担する組織では、この方式は通用しません。誰かが休んだら業務が止まってしまうからです。
業務を人に紐づけるのではなく、業務そのものを独立させる
これがMamasan&Companyの根本思想です。そのために必要なのが、業務プロセスの完全な可視化でした。
フローチャートとマニュアルありきの運用
田中社長の組織では、すべての業務にフローチャートとマニュアルが存在します。それも、単なる手順書ではありません。誰が見ても、その業務を初めて担当する人でも、迷わず実行できるレベルまで詳細化されているんです。
たとえば、クライアント企業の経費精算業務を受託する場合、まずその業務を徹底的に分解します。どのタイミングで何を確認し、どう判断し、誰に報告するのか。すべてをフローチャート化し、判断基準を明文化します。
この作業を田中社長は「業務プロセス可視化」と呼び、自社の中核的な価値として位置づけています。実際、「業務プロセス可視化職人®」という商標まで取得し、これ自体をひとつの専門職として確立させようとしているんです。
従来の日本企業では、「見て覚えろ」「背中を見て学べ」という暗黙知の伝達が当たり前でした。しかし、そのやり方では短時間勤務・分散勤務の組織は成り立ちません。すべてを形式知化する。これが新しい働き方を支える基盤になります。
属人化からの完全な脱却
業務の可視化によって実現されるのは、属人化からの解放です。
日本企業の多くは、「あの人にしかできない仕事」で溢れています。一見、その人の能力が高いように見えますが、実際は組織の脆弱性を示しているんです。その人が休めば業務が止まり、辞めれば混乱します。
誰でもできる状態にすることで、誰もが価値を発揮できる
Mamasan&Companyでは、業務の標準化によって「誰でもできる」状態を作ります。これは決してメンバーの能力を軽視しているわけではありません。むしろ逆です。
標準化された業務を確実に遂行できるようになって初めて、その先の改善提案や付加価値創造に力を注げるようになります。基礎的な業務で悩む時間を削減し、より創造的な活動に時間を使えるようにする。これが可視化の本質的な目的なんです。
「慣習文化」との決別
日本企業に根深く残る「慣習文化」——「昔からこうやってきた」「なんとなくこのやり方」という根拠なき方法論。これが働き方改革の最大の障壁です。
田中社長は、すべての業務プロセスに「なぜこうするのか」という理由を求めます。説明できない慣習は容赦なく排除します。なぜなら、理由のない手順はマニュアル化できないし、短時間勤務のメンバーに説明もできないからです。
この「可視化」という武器によって、Mamasan&Companyは完全オンライン・短時間勤務という一見困難な条件下で、高い業務品質を維持しています。そしてこれは、人口減少時代のすべての組織が直面する課題への、極めて現実的な解答なんです。
カルチャーは仕組みでカバーできる
「組織文化が大事」「カルチャーフィット」——採用の現場でよく聞く言葉です。しかし、完全オンラインで、顔を合わせる機会もほとんどない組織で、どうやってカルチャーを醸成するのか。
田中社長の答えはシンプルです。「カルチャーは仕組みでカバーできる」。
これは一見、冷たく聞こえるかもしれません。しかし実は、極めて誠実な考え方なんです。なぜなら、暗黙の空気や雰囲気に頼る組織文化は、結局のところ同質性の高い、長時間一緒にいるメンバーにしか機能しないからです。
完全オンラインでも機能するチーム
Mamasan&Companyのメンバーは、ほとんど顔を合わせません。週10時間しか働かない人もいれば、深夜に作業する人もいます。勤務時間も場所もバラバラ。
従来の組織論では、こんなチームは「一体感がない」「コミュニケーション不足」と批判されるでしょう。しかし、彼らは高い業務品質を維持しながら、クライアント企業の重要な業務を担っています。
その秘密は、徹底した「仕組み化」にあります。コミュニケーションのルール、報告のタイミング、判断基準、エスカレーションのフロー。すべてが明文化され、誰もが迷わず動けるようになっているんです。
仕組みがあれば、空気を読む必要がない
これは、多様な働き方を実現する上で決定的に重要です。「空気を読む」「察する」といった暗黙の期待は、同じ時間・同じ場所で働く人にしか機能しません。短時間勤務や時差勤務のメンバーには、明確なルールが必要なんです。
エコシステムという新しいコミュニティ
田中社長は、自分たちの組織を「エコシステム」と呼んでいます。
従来の企業組織は、中心となる正社員がいて、その周辺にパートや派遣社員がいる、という階層構造でした。しかしMamasan&Companyには、そのような序列がありません。
週10時間働く人も、週30時間働く人も、それぞれが対等なメンバーとして業務を担います。誰かが休めば別の誰かが補い、誰かが得意な業務は得意な人が担当する。まるで自然の生態系のように、それぞれが自分の役割を果たしながら全体として機能する組織なんです。
このエコシステムを支えているのが、先に述べた業務プロセスの可視化です。可視化された業務は、誰でもピックアップして実行できます。空いている時間に、自分ができる業務を選んで担当する。このフレキシビリティが、多様な働き方を可能にしています。
時短・分散主義がもたらす持続可能性
フルタイム正社員だけで構成される組織は、実は非常に脆いんです。一人が倒れれば大きな穴が開きます。採用も難しく、離職のダメージも大きい。
一方、短時間勤務のメンバーが多数いる組織は、冗長性が高くなります。誰かが休んでも業務は回り続けます。子どもの病気で急に休む必要があっても、他のメンバーがカバーできます。
一人に8時間働いてもらうより、八人に1時間ずつ働いてもらう方が強い
これは単なる労働時間の配分の問題ではありません。組織の設計思想の転換です。
高度成長期の日本企業は、フルタイム正社員という均質な労働力を大量に確保することで成長しました。しかし人口減少時代には、その前提が崩れています。
多様な人材が、多様な形で働ける組織。
それこそが、これからの時代に求められる持続可能な組織なんです。そして田中社長の実践は、その具体的な設計図を示しています。
まとめ
- 「必要性」が生んだ完全オンライン組織――田中社長のMamasan&Companyは、理想を追求して生まれたのではなく、必要性に駆られて到達した組織です。だからこそ、机上の空論ではない実効性があります。「ママさん」という未活用の社会資源を解放したことで、人口減少時代における新しい組織モデルを提示しています。
- 業務プロセス可視化が支える新しい働き方――完全オンライン・短時間勤務を実現するために、田中社長は業務の徹底的な可視化に取り組みました。フローチャートとマニュアルによって属人化を排除し、「誰でもできる」状態を作ることで、多様な働き方を支える基盤を築いています。「業務プロセス可視化職人®」という専門性は、これからの組織運営に不可欠な能力です。
- カルチャーは仕組みでカバーできる――暗黙の空気や雰囲気に頼らず、明確な仕組みで組織を動かす。この思想が、完全オンラインでも機能するチームを実現しています。エコシステムという新しいコミュニティ形態と、時短・分散主義による冗長性の高い組織は、持続可能な働き方のモデルとなっています。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
