みなさん、こんにちは。増田みはらし書店・店主の増田浩一です。
私は、広告会社で内外連携のもと新規事業を生み出していくインキュベーションセンターの部長の役割をいただきながら、中小企業診断士としても活動しております。
#考えるノート と題して、週に1回、私がさまざまなご支援のもとで考えたことや、経営者や専門家の方からヒントを頂いたことについて、まとめて発信をしております。
今回は、前回ご紹介した「アクティビティ・エンゲージメント」の概念を発展させ、マイケル・ポーターのCSV理論を踏まえた、新たな価値創造モデル「CSA(Creating Shared Action:行動の共創)」について考えていきましょう。
前回の投稿は、こちら「アクティビティ・エンゲージメントの時代――企業が“副業”する時代のブランディング」からどうぞ!ぜひあわせてご覧ください。
CSVからCSAへ:企業の社会的役割の進化
2011年、マイケル・ポーターとマーク・クラマーがハーバード・ビジネス・レビューで提唱したCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)は、企業経営に大きなパラダイムシフトをもたらしました。
ハーバード・ビジネス・レビューの内容については、こちらの投稿「【社会のために企業は存在できるか?】経済的価値と社会的価値を同時実現する 共通価値の戦略|マイケル・E・ポーター」もご覧ください。

CSVの本質は「経済的価値と社会的価値の両立」にあります。従来、企業活動と社会貢献は相反するものと捉えられがちでしたが、CSVは「社会課題の解決と企業の競争力向上を同時に実現する」という新たな視座を提供しました。
これにより「企業は利益を追求するだけでなく、社会的課題の解決にも貢献すべき」という考え方が経営の主流になってきたのです。
しかし、CSV理論が登場してから10年以上が経過した今、その実践においていくつかの課題も見えてきました。
まず、CSVは主に「事業戦略」としての側面に焦点を当てており、「企業の本業を通じた社会課題解決」を基本としています。これ自体は、重要な視点ですが、必ずしも全ての企業が本業の延長線上で社会課題に取り組めるわけではありません。
また、CSVは「価値」に焦点を当て、その「成果」を重視する傾向があります。しかし現代社会においては、最終的な成果だけでなく、そこに至るプロセスや「行動」そのものにも大きな意味があります。“プロセス・エコノミー”という概念も少し前に登場しています。
さらに、CSVが提唱された時代と比べ、現在はデジタル技術の発展により情報の流通や共有の在り方が大きく変化しています。この変化は、企業と社会の関係性やコミュニケーションのあり方にも新たな可能性を開いています。
こうした状況を踏まえ、CSVを進化させる新たな概念として「CSA(Creating Shared Action:行動の共創)」を提唱したいと思います。
CSA(Creating Shared Action)という新概念の提唱
CSA(Creating Shared Action)とは、企業と社会が共に「行動」を創造し参画するプロセスを通じた価値創出モデルです。これは前回紹介した「アクティビティ・エンゲージメント」の考え方を理論化し、体系化したフレームワークと言えるでしょう。
CSVが「価値の共有」に焦点を当てるのに対し、CSAは「行動の共創」に焦点を当てます。つまり、企業と社会がともに具体的な活動に参画し、その共同行動を通じて新たな価値を生み出していくというアプローチです。
また、CSAでは、「行動」「活動」にフォーカスしたのは、変化の時代において、価値とは、つねにゆらぎ、また、同時にそれは相互の関係性の中に結果として見えてくるという論点にもよります。
現代社会では価値観が多様化し、何が「価値」であるかの定義自体が流動的です。さらに、真の価値は往々にして、異なる視点や背景を持つ人々の相互作用の中で創発的に生まれてきます。
このような時代に「あらかじめ定義された価値」を追求するのではなく、まず「共に行動する」という関係性の構築から始め、その過程で見いだされる価値に開かれた姿勢を持つ――これがCSAの本質的なアプローチなのです。
行動や活動を通じた関係性の中でこそ、事前には想像できなかった新たな価値が発見され、創造されていくという認識が、CSAの根底にあります。
この概念の中核には「副業する企業」というメタファーがあります。個人が副業を通じて新たな視点や能力を獲得するように、企業も本業とは異なる社会的活動に主体的に参画することで、新たな視点や関係性、価値を獲得していくのです。
CSAの特徴は以下の3点に集約されます。
- 行動の共創性:企業が一方的に提供するのではなく、多様なステークホルダーと共に行動を創り出し、参画する
- 活動の媒介性:活動そのものがメディア(媒介)となり、企業と社会をつなぐ接点となる
- 意識のマイニング:共創的な行動を通じて、企業や参加者の潜在的な価値観や使命感を掘り起こす
これらの特徴により、CSAは単なる社会貢献活動やCSR、あるいはCSVとも異なる、新たな企業と社会の関係性を構築するモデルとなります。
CSAのシステム的特性:活動のコンテンツ化と循環的価値創造
CSAの側面で、特に注目すべきは、「活動そのものがコンテンツとなり、継続的に社会の認知構造に働きかける」というシステム的特性です。
また、同時にこれが、価値を再定義しながらも生産し続ける仕組みでもあるということです。
従来の企業活動では、製品やサービスを提供し、それとは別に広報活動を行うという分断が一般的でした。CSVにおいても、社会的価値と経済的価値を生み出す事業活動と、それを伝えるコミュニケーション活動は基本的に分けて考えられていました。
しかしCSAでは、共創的な「行動」そのものがメディアとなり、自然にコンテンツを生成し続ける仕組みが実現します。企業が社会と共に創り出した活動は、リアルタイムで進行する「生きた物語」となり、その体験や成果が自然に伝播していくのです。
例えば、地域の森林保全活動に企業が深く関わり、地域住民や専門家と共に活動を展開する場合、その活動プロセスや参加者の声、変化していく森の様子など、すべてが有機的なコンテンツとなります。このコンテンツは、作られたストーリーではなく実体験に基づく真正性を持つため、強い説得力と共感力を持ちます。
このように活動がコンテンツ化されることで、PR・IRとの有機的連携も実現します。従来型のPRが「伝えるための活動」を作り出すのに対し、CSAでは「活動自体が自然に伝わる力を持つ」という発想の転換が起こります。また、IR活動における非財務情報としての価値も高まり、長期的視点を持つ投資家からの評価向上にもつながるでしょう。
さらに重要なのは、社会の認知構造への継続的な働きかけです。
CSAを通じた活動は単発的なキャンペーンではなく、持続的に展開されることで累積的な認知変容をもたらします。多様なステークホルダーとの接点を通じた「意識のマイニング」が連鎖反応を起こし、社会的議論や対話の「場」を創出し続ける触媒としての役割を果たすのです。
このようなシステム的特性は、デジタル時代との親和性も高いと言えます。SNSやデジタルプラットフォームを通じた活動の可視化と共有は容易であり、参加者自身による活動体験の発信が「第三者の声」としての信頼性を高めます。リアルとデジタルの融合による活動の拡張可能性も、CSAの大きな強みと言えるでしょう。
CSVとCSAの比較:共通点と相違点
ここで、CSVとCSAの共通点と相違点を整理してみましょう。
共通点は、以下のとおりです。
- 社会課題解決と企業価値創出の両立を目指している
- 慈善事業としてではなく、本質的な価値創造の枠組みとして捉えている
- 長期的・持続的な取り組みを重視している
相違点①:CSVが「事業戦略」に焦点、CSAは「活動参画のプロセス」に価値
CSVは企業の本業(事業)を通じた社会課題解決に焦点を当てます。例えば、途上国の栄養問題を解決する低価格栄養食品の開発・販売などが典型例です。
一方、CSAは必ずしも本業の延長線上にない社会的活動への深い参画を通じた価値創造を重視します。活動そのものがメディアとなり、その経験が企業文化や価値観に影響を与えることで、間接的に本業にも好影響をもたらす可能性があります。
相違点②:CSVが「成果」を重視、CSAは「行動」そのものに価値
CSVは最終的に生み出される「価値」や「成果」を重視します。
一方、CSAはその価値を生み出すための「行動」そのものに価値を見出します。行動のプロセスで生まれる気づきや関係性の構築、意識の変容など、目に見えにくい価値にも注目するのです。
相違点③:CSVが「企業と社会の価値共有」、CSAは「企業と社会の行動共創」
CSVは企業と社会が「価値」を共有することを目指しますが、その価値を生み出す主体は基本的に企業です。
一方、CSAでは企業と社会が共に「行動」を創造し、その共創プロセスを通じて価値を生み出していきます。この点において、CSAはより参加型・協働型のアプローチと言えるでしょう。
これらの違いは、CSAがCSVを否定するものではなく、むしろ補完し、新たな次元を加えるものであることを示しています。
実際、多くの企業にとって、CSVとCSAは並行して追求すべき価値創造の道筋となる世界観も想定されます。
日本的文脈におけるCSAの可能性
日本には「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」に代表される独自の経営哲学があります。
この考え方は、企業活動が自社だけでなく顧客や社会全体の利益になることを重視するもので、CSAの考え方と非常に親和性が高いと言えるでしょう。
また、日本企業には伝統的に強いコミュニティ意識があります。企業と地域社会の結びつきや、従業員同士の横のつながりを重視する文化は、CSAが目指す「共創的な行動」を実践する上での強みになり得ます。
さらに、日本社会では「参加」や「体験」を重視する傾向があります。
お祭りや地域行事、ボランティア活動など、共に行動することで絆を深める文化的背景は、CSAの実践においても大きなアドバンテージとなるでしょう。
デジタル時代の日本社会におけるCSAの実践モデルとしては、例えば以下のような取り組みが考えられます。
- 地方創生プロジェクト(自治体・地域との連携を前提として)への企業の深い参画と、その活動のデジタルアーカイブ化・発信
- 教育課題解決のための学校・企業・地域の三者協働型プロジェクト
- (スポーツクラブとの連携を前提とした)健康増進や介護予防のための世代間交流型活動と、そのデータ活用
- 環境保全活動と観光、地域産業(観光を中心とした資産マイニングも含む)を結びつけるエコシステム構築
これらの取り組みにおいて、日本企業の強みである「きめ細やかさ」「長期的視点」「関係性重視」といった特性が活かされることで、グローバルにも注目される独自のCSAモデルが生まれる可能性があります。
ここで、CSRと、CSVと、CSAをそれぞれ比較してみましょう。
企業の社会的役割の進化:CSR・CSV・CSAの比較
観点 | CSR 企業の社会的責任 Corporate Social Responsibility | CSV 共有価値の創造 Creating Shared Value | CSA 行動の共創 Creating Shared Action |
---|---|---|---|
基本概念 | 企業活動が社会に与える負の影響に責任を持ち、社会貢献活動を行う | 社会課題の解決と企業の競争力向上を同時に実現する事業戦略 | 企業と社会が共に「行動」を創造し参画するプロセスを通じた価値創出 |
企業と社会の関係 | 企業が社会に対して責任を果たす(一方向的) | 企業と社会が価値を共有する(双方向的) | 企業と社会が共に行動を創造する(共創的) |
本業との関係 | 本業と切り離された活動が中心 | 本業を通じた社会課題解決を重視 | 本業に限定せず、「副業的」社会活動も重視 |
重視する側面 | 社会的責任の履行、リスク管理 | 経済的価値と社会的価値の両立、成果 | 行動のプロセス、参画による意識変容 |
企業の役割 | 善き企業市民 | 戦略的な社会課題解決者 | 社会的行動の媒介者・共創者 |
活動形態 | 社会貢献活動、寄付、ボランティア | 社会課題解決型ビジネス、社会的事業 | 企業と社会の共創的行動、活動への深い参画 |
メディア・コミュニケーション | 活動と広報が分離、実績の報告 | 事業活動とその社会的意義の説明 | 活動そのものがメディアとなり継続的にコンテンツ生成 |
意識変容 | コンプライアンス意識の浸透 | 社会的価値と経済的価値の統合的思考 | 多層的な「意識のマイニング」による潜在価値観の発見 |
主な評価指標 | 社会貢献活動の実績、コンプライアンス遵守 | 社会的インパクトと事業成果の両立 | 行動への参画度、関係性の質、意識変容の深さ |
理論的背景 | 企業倫理、ステークホルダー理論 | 競争戦略論、経済的価値と社会的価値の統合 | メディア論、活動理論、参加型デザイン |
典型的な事例 | 地域清掃活動、従業員ボランティア、寄付 | 低所得層向け商品開発、環境配慮型製品 | 企業が深く関与する社会的活動プラットフォーム |
*CSAは従来のCSR・CSVを否定するものではなく、新たな次元を加えるものと位置付けられます。
実際には多くの企業において、これら3つのアプローチは相互補完的に機能します。
CSAを実践するためのフレームワーク
最後に、CSA(Creating Shared Action)を実践するためのフレームワークについて考えてみましょう。
1.共創行動の設計:社会課題と企業資産のマッピング
まず、取り組むべき社会課題と企業が持つ資産(人材、技術、ネットワーク、知見など)をマッピングします。重要なのは、必ずしも本業との直接的な関連性にこだわらず、「共に行動することで価値を生み出せる領域」を幅広く探索することです。
例えば、食品メーカーであれば、食品ロス削減という本業に近い課題だけでなく、食育を通じた子どもの居場所づくりや、農業体験を通じた地域コミュニティ活性化など、より広い視野で可能性を探ります。
2.活動のコンテンツ化:経験を物語に変換する仕組み
活動そのものがメディアとなり、コンテンツを生成し続ける仕組みを設計します。重要なのは「誰が」「どのように」その経験や物語を共有していくかという点です。
企業からの一方的な発信だけでなく、活動参加者(社員、地域住民、専門家など)が自発的に体験を共有できるプラットフォームや機会を創出します。また、活動の進展に合わせて物語が更新され続ける「シリアル化」の視点も大切です。
3.多層的な意識マイニング:個人・組織・社会レベルでの変容促進
CSAの本質的価値は、潜在的な「意識のマイニング(掘り起こし)」にあります。この効果を最大化するためには、個人・組織・社会という三つのレベルでの変容を促す仕掛けが必要です。
例えば、個人レベルでは振り返りや対話の機会を設け、組織レベルでは活動から得た気づきを事業や組織文化に反映する仕組みを、社会レベルでは活動を通じた新たな価値観や行動規範の形成を促進します。
4.行動の持続性と拡張性を高めるエコシステム構築
CSAの取り組みを一過性のものにせず、持続的・発展的なものとするためのエコシステム構築も重要です。
まず、多様なステークホルダー(企業、NPO、行政、教育機関、地域住民など)がそれぞれの強みを活かして参画できる「場」を設計します。次に、活動の成果や影響を可視化し、共有する仕組みを整えます。さらに、活動への新たな参画者を継続的に巻き込む「開かれた構造」を維持することで、エコシステムの持続性と拡張性を高めていきます。
CSAの時代に向けて
私たちは今、企業と社会の関係性が大きく変容する転換点に立っています。
製品やサービスを提供するだけでなく、社会と共に行動し、共に価値を創造する——そんな企業のあり方が求められる時代が到来しつつあるのです。
CSA(Creating Shared Action)は、そうした時代の要請に応える新たな価値創造モデルです。CSVが切り拓いた「経済的価値と社会的価値の両立」という地平を踏まえつつ、さらに「行動の共創」という新次元を加えることで、企業と社会の関係性をより豊かで実りあるものへと進化させていく可能性を秘めています。
活動がコンテンツとなり、PR・IRと密接に関わり、社会における認知構造へ働きかけ続ける——このようなシステム的特性を持つCSAの実践が広がることで、私たちの社会はより持続可能で創造的なものになっていくのではないでしょうか。
メディアの語源である「媒介するもの」という原点に立ち返り、企業自身が「媒介者」として社会的価値の循環を促進する。
企業の新たな社会的役割を体現するCSAの可能性を、これからも探求していきたいと思います。
それでは、また来週お会いしましょう。いつもご覧いただきありがとうございます。