この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
- 時間をかけて丁寧に仕事をすれば、良い成果が生まれる――そう信じて働いてきた人は多いのではないでしょうか。
- 実は、その信念こそが、私たちの働き方を非効率にしている最大の要因かもしれません。
- なぜなら、長時間労働と成果の質は必ずしも比例せず、むしろ時間の使い方を見直すことで、仕事の価値も人生の豊かさも同時に高められるからなんです。
- 本書は、世界競争力ランキング1位を獲得したデンマークの働き方を通じて、「短く働き、豊かに生きる」ための時間術を解き明かしています。
- 本書を通じて、時間をかければ成果が出るという思い込みから解放され、本当に価値ある仕事と人生に集中する方法が見えてくるはずです。
井上陽子さんは、ジャーナリストでありコミュニケーション・アドバイザーです。
筑波大学国際関係学類を卒業後、読売新聞社に記者として入社し、社会部で国土交通省や環境省を担当されました。その後、ワシントン支局で特派員として活躍し、在職中にハーバード大学ケネディ行政大学院を修了されています。
2015年、妊娠を機に夫の母国であるデンマークに移住されました。この移住が、井上さんの働き方や時間に対する価値観を大きく変える転機となります。日本で第一線の記者として長時間労働現場で活躍されてきた井上さんが、デンマークで目の当たりにしたのは、短時間労働でありながら高い競争力を誇る社会の姿でした。
現在は、ビジネス・インサイダーなどメディアへの執筆のほか、デンマークの経済社会や働き方に関する講演、日本とのビジネスに取り組むデンマーク企業のサポートなども行っています。著書に本書『第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』(ダイヤモンド社)、共著に『「稼ぐ小国」の戦略 世界で沈む日本が成功した6つの国に学べること』(光文社新書)があります。
日本とデンマーク、2つの国で働いた経験を持つ井上さんだからこそ、両国の働き方の違いを鮮明に描き出し、私たちに新しい視点を提供してくれています。
「個人の力」ではなく「仕組みの力」で成果を上げる
デンマークが2022年に世界競争力ランキングで1位になったと聞いて、多くの人はこう思うかもしれません。
「デンマーク人は、さぞかし優秀な人材ばかりなんだろう」と。
ところが実際にデンマーク企業で働いた外国人たちの証言は、意外なものでした。
「こんなに短時間労働で競争力が高いということは、一人ひとりがよほど優秀なんだろうな、と期待してデンマーク企業で働いてみたら、なんだかみんな凡人レベルで、拍子抜けした」
こうした逸話が数多く語られているんです。
デンマーク人が特別優秀というわけじゃない――この事実が示しているのは、競争力の源泉が個人の能力ではなく、「仕組み」にあるということなんです。
「仕組みの力で、働く人のポテンシャルを引き出しているため」
デンマークの強さは、ここにあります。
日本では、個人の能力や努力、献身に過度に依存する働き方が根強く残っています。
「あの人は優秀だから成果を出せる」「自分はまだまだ努力が足りない」――そんな個人主義的な価値観が、組織全体の生産性を高める仕組み作りを後回しにしてきたのかもしれません。
デンマークのアプローチは根本的に違います。
IMDの世界競争力ランキングを統括するアルトゥーロ・ブリス教授は、デンマークの競争力について次のように解説しています。
「国の豊かさを、人々の生活の質に転換できてこその、競争力」
ここで重要なのは、「お金」と「時間」の余裕がセットで揃うことです。
いくら経済的に豊かでも、それを享受する時間がなければ意味がない。
デンマークは、「資源は人しかない小国」であると自らを規定した上で、男女問わず労働人口を最大限に活用しながら、グローバル経済を柔軟に生き抜く戦略を取っています。
人口が世界のわずか0.07%という小国でありながら、レゴ、ノボノルディスク、マースク、ベスタスといった世界的企業を擁しているのは、この戦略の賜物なんです。
では、デンマークはどうやって「仕組みの力」を作り上げているのでしょうか。
その鍵は、デジタル化と組織文化にあります。
デンマークでは、転入転出や出生届、会社設立から不動産購入まで、生活に必要な手続きのほぼすべてが、行政窓口に行くことなくオンラインで完結します。
電子マネーも深く浸透し、日常生活で現金を触る機会がほぼありません。
こうした徹底したデジタル化が、社会全体の効率性を底上げしているんです。
さらに注目すべきは、挑戦と失敗を歓迎する組織文化です。
デンマーク企業には、次のような特徴があります。
- 完璧さよりもスピード重視
- 新たな技術やアイデアを前向きに取り入れ、失敗のコストを小さくする「トライ・アンド・エラー」の姿勢
- 組織のフラットさと、若手を含めてあらゆる人を戦力として活用していくマインド
これらの文化が、個人の能力に依存せず、組織全体で成果を上げる土壌を作っているんです。
日本でも、「仕組み化」「デジタル化」という言葉はよく聞かれるようになりました。
しかし、それらを導入する目的が「効率化」に留まっていることが多いように思います。
デンマークの仕組み作りの根底にあるのは、「人々の生活の質を高める」という明確な目的です。
仕組みは、個人を楽にするためではなく、組織全体で価値を生み出し、それを個々の豊かさに還元するためにあるんです。
私たちが学ぶべきは、個人の努力や能力を称賛する文化から、仕組みの力で全員が成果を出せる文化への転換ではないでしょうか。
それは、「頑張らなくていい」ということではありません。
むしろ、全員が本来の力を発揮できる環境を整えることで、組織全体の競争力を高めるという、より戦略的なアプローチなんです。
「時間をかける=価値がある」という思い込みを捨てる
日本で働いていると、「時間をかけて丁寧に仕事をする」ことが美徳とされる場面に何度も出くわします。
長時間働くことが、努力の証であり、誠実さの表れであると。
しかし、デンマーク人たちの間に浸透しているのは、まったく逆の考え方です。
「むやみに長時間働いても成果は出ない」
この共通理解が、デンマークの短時間労働を支える根幹にあります。
デンマークでは、仕事の評価基準が根本的に違うんです。
「常に意識しているのは、仕事にどれだけの時間をかけたかではなく、どれだけの価値を生み出したか」
「仕事〝やってる感〟は不要、価値ある仕事が判断基準」
つまり、どれだけ長く働いたかではなく、どれだけ意味のある成果を生んだかが問われるということです。
この価値観の転換は、働き方のあらゆる側面に影響を与えています。
まず、スピード重視で完璧は目指さないという姿勢です。
デンマーク企業の特徴とされるのが、「Agility(機敏性)」へのこだわり。
完璧を目指して時間をかけるよりも、素早く動いて改善を重ねる方が価値があると考えられているんです。
これは、トライ・アンド・エラーを前提とした文化とも深く結びついています。
失敗を恐れて時間をかけて準備するよりも、まず動いてみて、フィードバックを得ながら修正していく。
その方が、最終的により良い成果につながるという確信があるんです。
さらに重要なのは、「やる意味ある?」と問い直すカルチャーです。
経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーは、こう表現しました。
「そもそもやる必要のないことを効率的に行うことほど、無駄なことはない」
デンマークでは、この視点が組織文化として根付いています。
「これって、そもそもやる意味ある?」という問いを、誰もが気軽に投げかけられる環境があるんです。
これは単なる業務削減の話ではありません。
本当に価値ある仕事に集中するための、徹底した優先順位付けなんです。
デンマークでは人件費が高いため、こうした意識が自然と生まれています。
「デンマークでは、人件費が高いからこそ、労働者の側にも、それに見合う価値を出そうという切迫感が生まれる。上司の側も、『部下にこの成果を求めたい。でも、使えるのは週37時間だけ』という意識があるから、割り振る仕事を厳選する」
この相互作用が、組織全体の生産性を高めているんです。
日本では、「これもやっておいた方がいいかも」「念のため確認しておこう」という、安全志向の積み重ねが、結果的に膨大な業務量を生み出しています。
一つひとつは小さな仕事でも、積み重なれば大きな時間を奪うことになる。
そして、本来集中すべき価値ある仕事に使える時間が削られていくんです。
デンマークの医療現場の例も示唆的です。
「今日は手術だけ、外来だけ、当直だけと、決められた役割を100%こなすことが評価されており、時間外だろうが犠牲心や善意で仕事を引き受ける日本の医師の働き方との違いを感じた」
ここには、役割を明確にし、本来の仕事に集中できる仕組みがあります。
時間外労働や善意に依存しない働き方は、個人の犠牲を強いることなく、持続可能な成果を生み出すんです。
井上さんは、こう指摘しています。
「何かがうまくいかない時、ないものを増やそうとするのではなく、減らすことを考えてみてはどうだろう。減らすものは二つある。一つは、やることの量。そしてもう一つが、できないという思い込みだ」
増やすのではなく、減らすこと。
この発想の転換が、日本の働き方を変える鍵になるのかもしれません。
「時間をかければ良い成果が出る」という思い込みを手放し、「価値ある仕事だけに集中する」という文化を、組織全体で共有していく。
それは、個人の意識改革だけでは実現しません。
組織の仕組みとして、互いの了解事項として、根付かせていく必要があるんです。
1日を3分割する発想が生む豊かさ
デンマークの働き方を象徴する考え方が、8-8-8という1日の時間配分です。
睡眠8時間、労働8時間、そして自由時間8時間。
「8-8-8という考え方は、真ん中にある『自由時間』を8時間分確保し、1日を3分割したところが、決定的に大事だった」
この発想は、単なる時間管理の技術ではありません。
何のために働くのか、どう生きるのかという根本的な問いに対する、一つの答えなんです。
デンマークでは、自由時間は単なる余暇ではなく、「価値ある市民として貢献する時間」として認識されています。
「子どもと時間を過ごすとか、何かを学ぶとか、サッカークラブのコーチとしてボランティアをするとか、そういう時間は『価値ある市民』として貢献する、社会にとって意味のある時間として見られるところがあります」
つまり、仕事以外の時間が、社会的な意義を持つものとして尊重されているんです。
そして、この8時間の自由時間が確保されていれば、仕事の延長である残業時間が侵食してくる隙間がない。
物理的にも心理的にも、仕事と私生活の境界が守られる仕組みになっているんです。
興味深いエピソードがあります。
1998年にデンマークで就職したある人が、張り切って午後5時半ごろまで連日働いていたところ、ある日上司にこう注意されたそうです。
「もっと効率的に働いて、みんなと同じように4時に帰りなさい。あなたももっと、自由時間にやりたいことがあるでしょう」
日本の感覚だと、遅くまで働いている人を「頑張っている」と評価しがちですが、デンマークでは逆なんです。
定時に帰れないのは、効率的に働けていない証拠と見なされる。
そして、自由時間を大切にすることが、当然の権利として認められているんです。
では、なぜ自由時間がそれほど重視されるのでしょうか。
一つの理由は、人生に変化を起こすには時間が必要だからです。
「時間がなければ、人生に変化を起こせない」
新しいことを学ぶにも、人間関係を深めるにも、趣味を極めるにも、すべて時間が必要です。
仕事だけに時間を使っていたら、人生の選択肢は限られてしまう。
もう一つの理由は、幸福には時間をかけて築く人間関係が不可欠だからです。
「時間をかけなければ、得られないもの 90年続く研究が示す『人に幸福をもたらすもの』」
井上さんは、ハーバード大学が90年にわたって続けている研究に言及しています。
「人間関係と一言で言っても、築くのには時間がかかる」
深い人間関係は、一朝一夕には生まれません。
一緒に過ごす時間、何気ない会話、共有する体験――これらの積み重ねが、信頼と絆を育むんです。
ハーバードの幸福研究については、こちらの1冊「【人間関係こそ、最大の人生投資!?】グッド・ライフ|ロバート・ウォールディンガー,マーク・シュルツ」もぜひご覧ください!!おすすめです。

デンマークのソーシャル・キャピタル(社会資本)は世界1位とされています。
これは、人々の間の信頼関係や社会的つながりの強さを示す指標です。
その背景にあるのが、「第3の場所」での活動の豊かさなんです。
「『第3の場所』とは、家(第1の場所)でも、学校や職場(第2の場所)でもない、人々が気軽に集まって交流するような場所のこと。それは、合唱団のような組織化された場所であることも、カフェや公園のようなインフォーマルな空間であることもある。いずれにしても、仕事後に〝1日の第2部〟と呼べるような時間の豊かさがあればこそ、そうした場での活動は盛んになる。それが、人々の孤独を防ぎ、緩やかな社会的つながりを作っていくわけだ」
第3の場所での活動は、時間があってこそ成り立ちます。
そして、そこで築かれる人間関係が、幸福度を高め、社会全体の信頼を育んでいるんです。
「意味あることには、時間がかかる」
さらに、井上さん自身の気づきも示唆的です。
「大きな木であればあるほど、深く根を張るのには時間がかかるように、意味のあることはたいてい、実現までには時間がかかるもの。形になるかどうかも定かでない目標に向かって、地道な努力を積み重ねるためには、少しずつでも自分が意味を感じられることをやっていれば、その意味で一歩ずつでも進めればそれでいい、と納得することが大事だった」
急いで成果を出そうとするのではなく、意味を感じながら時間をかけて育てていく。
そのためには、焦らずに向き合える時間の余裕が必要なんです。
井上さんは、こうした気づきを得てから、変化が訪れたと言います。
「仕事の成果を焦る気持ちが消えるにつれて、家族や友人との時間も、積極的に楽しめるようになっていった。生産性とはまるで関係がない、今自分の目の前で展開している、幸せで豊かな時間を」
1日を3分割する発想は、仕事の時間を削るという消極的な意味ではありません。
むしろ、仕事以外の時間に意味と価値を見出し、それが人生全体を豊かにするという、積極的な選択なんです。
そして、その豊かさが、仕事にも良い影響を与えていく。
焦らず、意味を感じながら、時間をかけて育てる――そんな働き方と生き方が、デンマークには根付いているんです。
まとめ
- 「個人の力」ではなく「仕組みの力」で成果を上げる――デンマークの競争力の源泉は、個人の能力ではなく、誰もが力を発揮できる仕組みにあります。デジタル化や組織文化を通じて、凡人レベルでも高い成果を生み出せる環境を整えることが、持続可能な競争力を生むのです。
- 「時間をかける=価値がある」という思い込みを捨てる――デンマークでは、時間をかけたかではなく、どれだけの価値を生み出したかが評価されます。「やる意味ある?」と問い直すカルチャーが根付き、本当に価値ある仕事だけに集中する働き方が実現しています。増やすのではなく減らすこと、その発想の転換が鍵となります。
- 1日を3分割する発想が生む豊かさ――8時間の自由時間を確保する8-8-8の考え方は、単なる時間管理ではなく生き方の選択です。時間をかけて築く人間関係や、意味あることに向き合う余裕が、幸福度を高め、人生全体を豊かにします。仕事以外の時間に価値を見出すことが、結果的に仕事の質も高めていくのです。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
