- どうしたら、巨大な自社の特徴を活かして、新しい社会へのバリュー提供を実現できるでしょうか。
- 実は、ベンチャー企業を得意先とすることが良いかも。
- なぜなら、戦略的利益の実現を目指して「スタートアップの顧客になる」手法だからです。
- 本書は、BMWが生み出し、世界各地に広まったオープンイノベーションの手法に関する1冊です。
- 本書を通じて、現実的な企業変革パートナーとしてのベンチャー企業との連携をする利点を俯瞰します。
ベンチャークライアントモデルとは?
「ベンチャークライアント」モデルとは、BMWが生み出し世界各地に広がった新しいオープンイノベーション手法です。戦略的利益の実現を目指して「スタートアップの顧客になる」ことを目指します。海外ではBMWの他に、ボッシュ、シーメンス、ロレアル、テレフォニカ、エアバス、アクサなどが採用し、10を超える業種で活用が始まっています。
ベンチャークライアントモデルを深く知っていく前に、大企業の特徴とスタートアップの特徴をまとめてみましょう。
項目 | 大企業 | スタートアップ企業 |
---|---|---|
人材 | ・多数の従業員と専門家 ・確立された人材育成システム ・経験豊富な人材が多い | ・少数精鋭体制 ・柔軟な役割分担 ・若手や異業種からの転職者が多い |
資金 | ・安定した収益と豊富な内部留保 ・銀行融資や社債発行が容易 | ・限られた自己資金 ・VC・エンジェル投資家からの調達 |
設備・インフラ | ・大規模な生産設備や研究施設 ・整備されたITインフラ | ・最小限の設備 ・クラウドサービスの活用 |
目標設定 | ・長期的な成長と安定性 ・既存市場でのシェア拡大 | ・急速な成長 ・市場創出・課題解決 |
イノベーション | ・既存製品・サービスの改善 ・漸進的イノベーション | ・破壊的イノベーション ・大胆な発想と実験的アプローチ |
社会的影響 | ・雇用創出や経済成長への貢献 ・CSR活動 | ・社会課題の解決 ・テクノロジーによる社会変革 |
組織文化 | ・伝統や慣習を重視 ・階層的な組織構造 | ・フラットな組織構造 ・挑戦的な文化 |
上記の表のように大企業は、圧倒的な経営資源を活用して、確実な成長を目指すことにフィットしていると見ることができるでしょう。経路依存的に獲得した外部との比較的安定的なつながりも特徴です。大企業は、その信用・信頼から、多くの(同じように)大企業へのアクセスするルートをもっていることもポイントです。
しかし、変化に対して慣性の法則が働くため、なかなか対応しづらいという負の側面も持ちます。新しいことを積極的に行っていくためには、既存の事業に向き合うスタンスとは異なるロジックでものごとを判断する必要があり、多くの企業にとってハードルが高いものになります。
一方、スタートアップはその真逆を行きます。独自のビジョンを持ち、社会を変革するべく、不足しがちな経営資源を投下して、プロダクトの開発と販売を推進していきます。ゼロ1から経営を立ち上げていく必要があり、あらゆることを限られて資源の配置によって実現する必要があり、選択と集中が欠かせません。
上記2つのカテゴリーの会社群それぞれの特徴を活かし、デメリットを相殺するような取り組みこそが、「スタートアップクライアントモデル」なのです。
既存のサプライヤーではなく、圧倒的に優れた技術を持つスタートアップの顧客になることで、戦略的な利益を獲得する。
5つのステップとは?
スタートアップクライアントモデルは5つのステップからなる手法です。これは、本書の共著者でありドイツ27pilotsのCEOグレゴール・ギミーがBMW在籍時に考案し、実行してきたものです。
1)Discover・・戦略的課題とスタートアップのソリューションの特定。
2)Assess・・提携可能性のアセスメント。
3)Purchase・・MVP(Minimum Viable Purchase)の実施。
4)Pilot・・現場での実証、改善活動の実施。
5)Adopt・・事業部などでの本格受け入れ。
このように探索から、ミニマムのテスト、そして本格導入という形で順序立てて、互いのバリューを計測し、カルチャーも含めてすり合わせをしていく慎重派のモデルとなっています。
このことが大企業とベンチャー企業の間で、よくあるコンフリクトを防ぎ、排除し、よりよい具体的な取り組みを構築することが可能です。上述の5ステップは、コンフリクトの原因となるそれぞれの不安を取り除くために有用です。
大企業側の一般的な不安
- スタートアップが持つ技術の優位性への不安
- スタートアップの製品の品質への不安
- 技術を囲い込みたいという考え
↓ - 新しい挑戦をしないほうが安全なのでは・・?
スタートアップ側の一般的な不安
- 大企業へ一方的に技術が流出するリスク
- 大企業の意思決定のスピードの遅さ
- 利益分配や知財において不利益を被るリスク
↓ - フェアな扱いをしてくれるのか・・?
トップクラスのスタートアップが大企業に求めているのは、ビジネスへの助言でも資本でもなく、顧客となることである。
こうした双方の組織的な不安を和らげ、確実なコラボレーションを導くのが5つのステップということになります。
大切なことは?
スタートアップの顧客になることで大きな成果が生まれてきた
続いて、世界では、「ベンチャークライアントモデル」によって、実際にどのような成果が生まれているのでしょうか。
米国アップルは、米国アドビが開発したPostScriptを活用しました。PostScriptは、テキスト、画像グラフィックスを含む複雑なページレイアウトをデバイスに依存しない方法でアウトプットできる画期的な技術でした。アップルは、グラフィカルな能力が従来のものを超えるMacの開発に注力しており、この技術を活用して、デスクトップパブリッシングにおけるマーケットリーダーとしての地位を確立することができました。
米ファイザーは、2018年、当時スタートアップだったドイツのBioNTech(ビオンテック)とパートナーシップ契約を結びました。その後、ビオンテックとファイザーは、ビオンテックが持つmRNAワクチン技術にもとづき、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンとして2020年12月に認可されました。
このように実際に、双方がメリットを享受する形のコラボレーションが実現しているのです。互いにというところがポイントで、そのためには、排他的な契約を検討するのかどうかについても、検討の余地があるし、しばしば議論を呼びます。
答えは場合による。
以下のような排他的契約による主な損失とリターンのバランスをスタートアップ側は検討する必要があります。
<排他的な契約(MA含む)による主な損失>
- 競合企業に対して計上していた売上減少。
- スタートアップの時価総額の下落。
- 売上減少によるサービスレベルの低下。
<排他的な契約(MA含む)によるリターン>
- 排他的仕様による競争優位の維持。
- 継続的市場シェアの獲得。
時と場合により、これらのメリット・デメリットは揺れ動くため、状況に応じた判断が必要です。
このようにベンチャークライアントモデルは、大企業とスタートアップの新しい関係性を示唆するものです。上述の5つのステップにより確実な実行を目指すことで以下のような3つのメリットを得ることができます。
- 確実性
- 大企業(クライアント)の信用力と実績を活用できる
- 安定した収益源を確保しやすい
- 長期的なパートナーシップを構築できる可能性が高い
- クライアントの既存顧客基盤にアクセスできる
- 迅速性
- 大企業の意思決定プロセスを回避し、素早く市場に参入できる
- 新技術や革新的なアイデアを迅速に実装できる
- クライアントのニーズに柔軟かつ迅速に対応できる
- 市場の変化に対して俊敏に適応できる
- 大量
- 大企業の規模を活かした大量生産や大規模展開が可能
- クライアントの広範な販売網を通じて大量の顧客にリーチできる
- 大規模なデータや資源にアクセスできる可能性がある
- 大企業の資金力を背景に、大規模なプロジェクトに取り組める
ベンチャークライアントモデルは、あくまでイノベーション手法でありツール
ベンチャークライアントモデルを成功させるためには、「実験的で試験的」な考え方をしていくことが欠かせないでしょう。大企業が陥りがちなのは、確実性を過度に求めすぎて、意思決定やそもそもの協業の目的を見失ってしまうことです。
大切なのは、新しい取り組みによる、得意先企業や社会に対するイノベーションをスタートアップ企業とともに、実装していくというスタンスを忘れないことです。自分たちではなく、ユーザーや社会のペインや課題にフォーカスして、プロジェクトを進めていくことが求められ続けます。
スタートアップ企業の実態については、こちらの1冊「【Connecting the dots!?】100話で心折れるスタートアップ|えい,佐々木真」もリアルで面白いです。ぜひご覧ください。
まとめ
- ベンチャークライアントモデルとは?――大企業がスタートアップ企業の顧客となることで、イノベーションを推進していく考え方です。
- 5つのステップとは?――確実な協業体制構築のためにスモールサクセスをもたらす5つのステップを重視しましょう。
- 大切なことは?――実験的、試験的なマインドセットを忘れず進んでいくことです。