【自らの疑問に素直に、体験で差分を積み重ねてみよう!?】独学の地図|荒木博行

独学の地図
  • どうしたら、よりよく学びを続け、人生を豊かなものにし続けることができるでしょうか。
  • 実は、何を?どこで?よりも、「どう学ぶか?」が大切かも知れません。
  • なぜなら、学びというのは、実は日常生活の中に溢れているからです。
  • 本書は、目の前の日常そのものを学びにし、豊かな時間を作り出す1冊です。
  • 本書を通じて、自分の面白い!に忠実になり、時間を充実させるためのヒントを得ます。
荒木博行
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学びとは!?

人としての学びには、とくに「何を?」「どこで?」という問いよりも、まずは、「どう学ぶか」ということを先んじて考えていくことが良いかも知れません。というのも、人生のすべての時間に学びのヒントは溢れているし、そこから絶えず学べる体質を創ることは、よりよい人生のための秘訣だからです。

そうしたときに大切になるのは、自らの学びとは何かを、自ら定義するということです。この時、「**の資格をとりたい」とか、「**の課程をクリアしたい」とか、「**な分野にトライしたい」という、既存のシステムの中で作られた概念ではない、方向を意識して自分が考えていることを言語化してみることが大切です。

そうしたアプローチが自分らしい学びを深めることができるし、長続きするし、そして、もしかしたら将来的に誰かの役に立ったり、する可能性もあるからです。自らを既存の枠組みで捉えることなく、オンリーワンの自分の興味関心にどうやって注目し、掘り下げていくことができているかが、充実した時間の使い方に触れていくことになります。

面白そうだから学ぶ以上の理由はありません。

「なぜ学ぶのか」を最初に考えない理由

「Why」を問うことを、より社会の中で求められる時代です。パーパスというキーワードが聞かれて久しいですが、そうした意義・意味を検討することは、個人や企業組織がイキイキと活動していくためには、とても大切です。しかし、学びについては、あえて、最初から言語化をすると言うよりも、自分の興味の赴くままに、進めていくことのほうがより良い状態を目指せるかも知れません。

単純に自分が喜ぶから学び続けている状態を理想の状態として、検討してみましょう。

自らの疑問を大切に!?

まずは、既存の知識体系を無視することから始めましょう。

既存の知識を効率的に習得することは、必ずしも「良い学び」に結びつくのではないのです。

既存の知識体系をあえて無視する

私が、中小企業診断士に挑戦したのは、たしかに中小企業診断士という視覚が欲しかったわけでも、特定の例えば財務会計に強くなりたいという志が最初に合ったわけではありませんでした。

私たちが志を託せる会社という仕組み、みなが熱狂しうる、人が集まるための仕組みを知りたくて、その当時とくに興味のあった法人組織について広く知識を得たいと思い、診断士を目指した。と、今あらためて思い出しています。診断士の勉強を始めてみると、すぐにその資格を取得することが第一義になってしまって(目的と手段が逆転して)、別のモードに入ってしまったのですが、でも、どうしても知りたいことを感じながら、勉強することを忘れたわけではありませんでした。

大切なのは、自らが「問い」を立ててみるということが大切です。

自由研究、みなさんはどんな取り組みをしていたでしょうか。自由研究が苦手だったり、何をしてよいかわからない!という人も少なくなかったのではないでしょうか。それもそのはず、小学校の学習において、自由研究だけが問いの質が異なるからです。

その他の教科ははじめに誰かが設定した問いがあり、それにいち早く、正確に、多く答えられることが問われます。そしてその学習のためには、先生が言っていることを正しく理解し、よく聞くことが問われているものです。

しかし、自由研究だけは、問いがありません。自ら問いを立て、自ら研究を進めることが求められます。実は、この進め方をなかなか教えてもらえないのですよね・・この点を、教えてあげることで、自ら学ぶ体質のある子どもを育てることになるはずなのですが・・。

自由研究が異彩を放っていたのは、「自ら問いを立てる」という点にあります。

自由研究が持つ本質的な意味

問いを持つことです。そして問いは、とてもカジュアルなものでよいのです。「疑問」のレベルで十分。自分が何に対して不思議だなぁという気持ちをもっているのかについて知ることが始めの一歩を踏み出す、衝動になります。

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差分の積み重ね!?

疑問とは、例えばこんなものです。

  • ルネサンス時代にヨーロッパに生きていたら、どんな思考モデルをもっていただろうか?
  • 情報の消費スピードが速まる中で、スローな熟考型の社会を作るためには何をしたら良いか?
  • 私が死んだあと、世界は存在するのか?

などなど、これらは、必ずしも課題として設定されるものではなく、非常にパーソナルな疑問から生み出されてくる問いです。

「イシュー」ではなく「疑問」という日本語がふさわしい。

問いはイシューではなく、「疑問」で良い

学びの本質とは、そうした「疑問」を抱えながら、日常生活を送り続けて、体験の前後の差分を体感して、自らを変化させていき続けることにあります。

ある体験をする前の自分(A)と、その後の自分(B)の差分(B-A)こそが「学び」の正体にほかならないのです。

この差分をもたらすために次のようなステップを踏んで学びを続けてみましょう。

ステップ1.素直に感じたこと(=感想)をアウトプットする。
ステップ2.「それっぽい一般論」がないかチェックする。
ステップ3.「自分だけの具体論」に変換する。

それっぽい一般論とは、たいてい既知のものであるので、残念ながら、差分になりづらいです。何より「学んだつもり」になるためになかなか自分の学びが積み重ならない危険性があります。自分にとっての学びとは一体何なのかにフォーカスして言葉にして、積み重ねていく工夫が大切なのです。

「自分にとっての」何が新しい発見だったのか、ということを突き詰めていくことです。ぜひ「自分だけの具体論」として蓄積していきましょう。いろいろな前提条件がついていたり、あるいは、キャッチーなものでなかったとしても、無骨な言葉でいいので、自分が自分で得たことにはかわりありません。

「差分の切り出し」こそが、自らをアップデートし続け、自らだけの学びを習得し、そして、自分という人を育てていく活動になります。

あらゆる知識が役に立つとは限らない。ときには知る喜びのためだけに知識を追い求めよう。レオナルドは『モナリザ』を描くために心臓の弁の仕組みを知る必要はなかったし、『岩窟の聖母』を描くのに山頂に化石がある理由を調べる必要もなかった。しかし純粋な好奇心の赴くままに探究することで、同時代の誰よりも幅広い領域に知識を広げ、そのあいだの結びつきを発見することができた。

『レオナルド・ダ・ヴィンチ(下)』ウォルター・アイザックソン著、土方奈美訳/文藝春秋

前回の投稿「【自分を「型」から解放するには!?】人生のレールを外れる衝動のみつけかた|谷川嘉浩」もぜひあわせてご拝読頂き、自ら突き動かされる何かを見つけてみながら、人生そのものを学びに変えていきましょう。きっとよい世界感がそこにはあるはずです。

まとめ

  • 学びとは!?――どう学ぶかを知り、人生の時間を学びに変えていくことです。
  • 自らの疑問を大切に!?――自分が疑問に思えることから始めてみましょう。
  • 差分の積み重ね!?――体験をする前と後の差分を既知の概念を借りずに自ら積み重ねましょう。
荒木博行
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