この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
前回、こんな話を書きました。
子どもの頃から、私は「正解」を探し続けてきた。社会に出てからも、それは変わりませんでした。市場を分析する。競合を整理する。合理的な戦略を描く。正しい答えを出すこと——それが仕事だと信じていました。
しかし、どこかで引っかかり続けていました。
正しいはずの答えを出しているのに、何かが違う。そのもやもやを抱えたまま仕事を続けていた頃、ある経営者との出会いがありました。
転機になったのは、ある経営者との出会いでした。
とある地方の、地方の雄とも言える中堅企業のオーナー経営者です。
売上は数百億円規模。一代でその会社を築き上げた方でした。
工場もある。設備もある。技術も特許も、長年かけて積み重ねたものがある。
そして何より、はっきりとしたビジョンを持っていた――。
当時の私は、30歳前後。広告会社の一担当者でした。
それでも少しずつ、“経営支援”に近い仕事を任せてもらえるようになっていました。
市場を分析することもできる。
競合を整理することもできる。
戦略の選択肢を描くことも、それなりにできるようになっていた。
自分なりに、仕事はできていると思っていました。
そんな私に、その社長はある日、静かにこう言ったのです。
「私には、ビジョンがある。それを実現するために、お前だったら何をする?」
私はいつものように準備をしました。
市場の成長性。競争環境。顧客ニーズ。競合企業の動き。業界の成功事例。いくつかの戦略シナリオ。どの市場を狙うべきか。どの強みを伸ばすべきか。どこに資源を配置し、投資すべきか。
筋の通った提案だったと思います。
少なくとも「正しい答え」と呼べるものを、私は持っていったつもりでした。
しかし——社長は、首を縦に振りませんでした。
否定されたわけではありません。「それは違う」と言われたわけでもない。ただ、動かないのです。
「うーん」
そう言いながら、社長は資料をじっと見ていました。何かを考えているようでした。しかし明確な反応はなかった。会議室の空気が、少しずつ重くなっていきました。
チームのメンバーも、どうしたらいいのか分からない。提案は間違っていない。ロジックも通っている。それなのに、前に進まない。
何度かそうした会議が続きました。
そのたびに私は、資料を厚くしました。分析を精緻にしました。選択肢を増やしました。しかし結果は変わりませんでした。むしろ、提案を重ねれば重ねるほど、どこか距離が広がっていくような感覚すらありました。
私は正直、どうしたらいいのか分からなくなっていました。
私は、思い切って別のことをすることにしました。よくわからない状況に対して打ち手を尽くしてしまって、本当に万事休す状態だったとおぼろげながら記憶しています。
戦略の資料も、提案書も、持っていかない。
分析も、シナリオも、提示しない。
正直に言えば、これはかなりの賭けでした。
クライアントの経営者に会いにいく。それなのに、提案書がない。戦略もない。「こうすべきです」という結論が、何一つない。これは仕事と呼べるのか。
迷いました。何度も、引き返そうとしました。
それでも私は、いつものやり方ではもう駄目だということを、どこかで分かっていました。資料を厚くすれば届くのであれば、とっくに届いていた。分析を精緻にすれば動くのであれば、もうとっくに動いていた。同じことを繰り返しても、同じ結果しか生まれない。
だから、飛び混んでみるしかなかった。
代わりに持っていったのは、「未来の情報」だけでした。
社会はこれからどう変わるのか。
技術はどこへ向かうのか。
人々の価値観はどう変化していくのか。
まだ起きていない未来の断片のようなものです。「だからこうすべきです」という結論もない。提案と呼べるものは、ほとんどない。ただ、未来の可能性をいくつか並べただけ。
もしかしたら、これが最後のこの会社のミーティングになるかも知れない・・・。移動中もずっと、そんな覚悟を胸のどこかに抱えながら、私はその会議室へ向かいました。
しかし、思いがけないことが起きたのです。
私が話し終えたあと、社長が静かに口を開きました。
「なるほどな」
少し考えるように沈黙して、それからぽつりとこう言いました。
「だったら、こういう商品が必要だな」
私は驚きました。
その言葉は、私の話の中にはなかったからです。
社長は続けました。
「うちの強みは、やっぱりここなんだよ」
「これまでやってきたことを、もう少しこういう形にすればいい」
「採用も変えないといけないな」
次々と言葉が出てきました。
新しい商品のアイデア。
人材の話。
組織の方向性。
それまで止まっていた時間が、急に動き出したような感覚でした。
私は、ただ黙って聞いていました。
そしてそのとき、あることに気づいたのです。
答えは、私の中にはありませんでした。しかし確かに、ここには答えがある。
それは、社長の中から立ち上がってきていた。
私は何かを提案したわけではありません。戦略を示したわけでもありません。ただ、未来の情報をきっかけに、社長が自分の言葉で未来を語り始めたのです。
それまで私は、答えを出すことが仕事だと思っていました。しかし目の前で起きていたことは、違いました。答えを出したから社長が動いたのではない。社長の中にあった答えが、言葉として立ち上がってきた。私はただ、そのきっかけを少しだけつくっただけでした。
そのとき、はじめて分かったのです。
正解というのは、外から与えられるものではない。
人は、自分の中にある意志を言葉にできたときに動く。
そしてその意志は、他者との対話の中で、少しずつ形を持ちはじめる。
何より驚いたのは、その社長が、「生い立ち」を打ち明けてくれたんです。自分がどんな境遇で育ったのか、そしてなぜいまここでこのように事業をしているのか、それまでにどんな紆余曲折があったのか。
広告会社との公式なミーティングというよりも、それはまるで世代を超えた雑談のようでした。肩の力が抜けた、その人柄がそのまま流れ込んでくるような時間。私は心底、驚いていました。
次回は、引き続き、あの会議室での話をもっと思い出していきます。
社長が語ってくれたのは、商品のことでも、戦略のことでもありませんでした。もっと手前にある、何か。その話を聞いたとき、私は初めて、この会社の本当の部分に触れた気がしました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
