- あなたは今、「働いている時間」と「生きている時間」を分けて考えていませんか?
- 実は、多くの人が「ワークライフバランス」という言葉に縛られて、仕事と生活を対立するものとして捉えてしまっているんです。
- なぜなら、本来仕事というのは、自分の時間の一部であり、生きることそのものだからです。
- 本書は、「日本仕事百貨」を運営するナカムラケンタさんが、さまざまな働き方を実践する人々への取材を通じて見出した、「生きるように働く」ための本質を綴った一冊です。
- 本書を通じて、仕事の始まり方には「自分ごと」と「贈り物」という2つのスタート地点があること、そしてその両方を行き来しながら目の前の人に向き合い続けることこそが、一人ひとりのライフワークを作っていくのだと気づかされました。
ナカムラケンタさんは、「日本仕事百貨」を運営する株式会社シゴトヒト代表取締役です。
1979年、東京都生まれ。明治大学大学院理工学研究科建築学修了後、不動産会社に入社し、商業施設などの企画運営に携わりました。
そこで気づいたのは、居心地のいい場所には必ず「人」が欠かせないということでした。
この気づきが、ナカムラさんの人生を大きく変えることになります。退職後の2008年、”生きるように働く人の求人サイト”「東京仕事百貨」を立ち上げます。
2009年に株式会社シゴトヒトを設立し、2012年にはサイト名を「日本仕事百貨」に変更。その後も、ウェブマガジン「greenz.jp」を運営するグリーンズとともに「リトルトーキョー」をオープンしたり、いろいろな生き方・働き方に出会える「しごとバー」、誰もが自分の映画館をつくれる「popcorn」など、次々と新しいプロジェクトを立ち上げてきました。
ナカムラさん自身が、まさに「生きるように働く」を実践している人なのです。
仕事の2つのスタート地点
仕事って、どこから始まるんでしょうか。
この問いに対して、ナカムラさんは明確な答えを示しています。
生きるように働いている人たちの仕事には、この2つのスタートがあると思う。一つが「自分ごと」として始めたこと。もう一つはその対極にあるように、「他人ごと」の反対の意味である。後者の始め物語は、誰かに求められて応えること、その技や体験を受け渡していくうちに、求められる以上のことをお返しすると、それは贈り物になる。ことに自分のやりたいことだけではなく、贈られているものも仕事を形にして届けるか。
仕事には、この2つのスタート地点があるんです。
1つ目は、「自分ごと」として始まる仕事です。
自分の内側から湧き上がってくる「これをやりたい」という想い。自分が本当にやりたいことから始まる仕事は、エネルギーに満ちています。
ナカムラさん自身も、「東京仕事百貨」を始めたきっかけは、まさに自分ごとでした。
日本、仕事、百貨をはじめる上で、水やりになった一冊の本がある。それが『自分の仕事をつくる』。はじめて手に取ったのは、社会人になってすぐのことだったか思う。場所は世田谷区・九品仏にある「D&Department」で、毎週金曜日いお店があると聞いて、はじめてふらりと立ち寄ったときのこと。一階がカフェになっていて、二階に『本と道具』という小さなコーナーを発見。そこにあったのが『自分の仕事をつくる』だった。
この本との出会いが、ナカムラさんに「自分の仕事をつくる」という視点を与えたんです。
そして2つ目は、「贈り物」として形づくられていく仕事です。
これは「他人ごと」の反対という意味で、誰かに求められて応えることから始まります。
目の前にいる人のために何かをする。その技や体験を受け渡していく。そして、求められる以上のことをお返ししていくと、それは贈り物になっていくんです。
自分ごととして、自分のやりたいことからはじめる人もいれば、人に求められて何かをはじめる人もいる。
どちらか一方だけでは、仕事は続いていかないんじゃないでしょうか。
自分ごとだけで始めた仕事は、独りよがりになってしまうかもしれない。でも、他者への贈り物だけを考えていると、自分を見失ってしまうかもしれない。
重要なのは、この2つを行き来することなんです。
仕事のはじまりである、「自分ごと」と「贈り物」。でも仕事が続いていくということは、その2つが違わない、混ざり合っていくこと。ひとつのことはほかのもう一つの延長としてくれる人がいて、仕事になっていく。贈り物をするようにはじめた仕事も、自分がどうしたいか、というかがわかる。
自分の内側から始まった仕事が、誰かへの贈り物になっていく。
逆に、誰かのために作った贈り物が、自分の仕事を形作っていく。
この往復運動こそが、「生きるように働く」ということなんじゃないでしょうか。
ナカムラさんが「東京仕事百貨」というサイト名を選んだのも、まさにこの2つのバランスを意識してのことでした。
サイト名は「東京仕事百貨」にした。百貨店のように、いろんな仕事であふれる場所がつくりたかった。
百貨店というのは、さまざまな商品が並ぶ場所です。それと同じように、さまざまな「自分ごと」と「贈り物」が並ぶ場所。
それが「東京仕事百貨」であり、後の「日本仕事百貨」だったんです。
そして、このサイトを通じて出会った人たちの中に、この2つのバランスを見事に体現している人がいました。
それが、次のセクションで紹介する福島屋さんなんです。
「目の前の人」に応え続けること
「自分ごと」と「贈り物」という2つのスタート地点を持つ仕事。
では、この2つをどうやって行き来していけばいいんでしょうか。
ナカムラさんが取材した中で、その答えを体現していたのが、東京・羽根木にある「福島屋」というスーパーマーケットでした。
福島屋の福島徹さんは、当時のことを次のように振り返っています。
目の前の人に応え続けた結果なんですよね。「まったくそのとおりだと思います。応える、ということを、ずっと全身全霊でやってきたと思います」
「目の前の人に応え続ける」。
シンプルな言葉ですが、これがどれほど深い意味を持つのか、福島屋さんの実践を見ていくとよくわかります。
福島屋には、他のスーパーとは決定的に違う特徴がありました。
福島屋のもう一つの特徴は、あらゆる部門がつながっていること。一般的なスーパーでは青果、鮮魚、精肉というように、各部門が独立している。ところが福島屋では、たとえばお酒売り場で寿司をつくろうとしたら、売り場で売っているものと同じネタとお酢を合わせて試食も販売もできる。業務用とは仕入れる、こうすれば、各部門で調整する必要もない。発注すれば、いつでも同じ品質のものが、必要なときに必要なだけお店全体の在庫として共有できる。結果として、管理売り場はお店全体の冷蔵庫に収まるのようにすらすら食卓できるよう
普通のスーパーでは考えられないことです。
青果は青果、鮮魚は鮮魚、精肉は精肉。それぞれの部門が縦割りになっていて、壁がある。
でも福島屋では、その壁がないんです。
お酒売り場で寿司を作りたければ、売り場で売っているネタとお酢を使って、試食も販売もできる。各部門が独立しているのではなく、お店全体が一つの冷蔵庫のように機能している。
なぜ、こんなことができるんでしょうか。
なぜこんなスーパーをつくろうと考えたのか。福島さんは当時のことを次のように振り返る。「自分が何をしたいかではなく、一番最初からお店でも、ものをつくってくれた人に感謝させられることがあって、それまでは売上をどうやって上げるか、ということばかり考えていました。商売ですから当然のことです。でも、売ることではなく、みんなにとって、買い物はどういう役割を果たすのか、というあるべきだろうか。あぁいきい生きたいのは「生産者、加工業者、小売の三位一体」だった。それまで生産者や加工業者は、できるだけ安く買いたたくものだったのを大量につくっていた。そうすることで、同じ味のもの」
福島さんの視点が変わった瞬間がありました。
それまでは「売上をどうやって上げるか」ということばかり考えていた。でも、ある時から「ものをつくってくれた人への感謝」という視点が生まれたんです。
そして気づいたんです。
売ることではなく、みんなにとって買い物はどういう役割を果たすのか。
生産者、加工業者、小売の三位一体。
それまで生産者や加工業者は、できるだけ安く買いたたく対象でした。大量につくって、大量に売る。効率を追求する。
でも福島屋さんは、まったく逆のことを考えたんです。
「行き過ぎたのは「生産者、加工事業者、小売の三位一体」だった。それまで生産者や加工事業者は、できるだけ安く買いたたくものを大量につくっていた。そうすることで、同じ味のものを」
生産者の仕事を大事にする。
加工業者の技術を尊重する。
そして、お客さんに本当に必要なものを届ける。
この3つが、同じ方向を向いているんです。
だから、部門の垣根なんて関係なくなるんです。
お酒売り場でも、青果売り場でも、鮮魚売り場でも、みんなが目指しているのは同じこと。
次の世代に食べさせられることを残したい。
これが福島さんの「自分ごと」でした。
そして同時に、目の前の生産者、加工業者、そしてお客さんへの「贈り物」でもあったんです。
生きるように働いている人たちのなかでも、伸び伸びと技業を広げている人たちがいる。その人たちに共通していることのひとつは、自分たちでつくり、自分たちで届けているということ。
福島屋の実践から見えてくるのは、「自分ごと」と「贈り物」が分離していないということです。
自分がしたいこと。
作り手への感謝。
目の前のお客さんに届けたいこと。
この3つが、完全に一致しているんです。
だから、縦割りの垣根を超えられる。
だから、部門同士が協力し合える。
だから、お店全体が一つの冷蔵庫のように機能できる。
これこそが、「目の前の人に応え続ける」ということなんじゃないでしょうか。
目の前にいるのは、お客さんだけじゃないんです。
生産者も、加工業者も、一緒に働く仲間も、みんな「目の前の人」なんです。
そして、その全員に応え続けていくこと。
それが、「自分ごと」と「贈り物」を行き来しながら、仕事を続けていくということなんです。
ワークライフバランスからライフワークへ
「自分ごと」と「贈り物」を行き来しながら、目の前の人に応え続けていく。
こうした働き方をしている人たちには、ある共通点があります。
それは、仕事と生活を分けていない、ということです。
ナカムラさんは、本書の中でこんなことを書いています。
オンオフという言葉がある。ワークライフバランスという言葉もある。それらの言葉からは、仕事をする時間は反則、休む時間は◯の考え方が伝わってくる。僕は仕事は、仕事は、というように。どうやったら色を再現できるか、ついい考えてしまう山崎さんは二十四時間働いているのだろうか。そうではない。ちゃんと寝るし、休むときもある。遊ぶときもある。ただそれいうなら、バッコンのスリーブ次験に近いかもしれない。ほとんど無難は仕事はしていない。ただお店や家のことをしたり、けれどもすぐ考えている。お正月にお酒を飲んでいるときもきっとそうなんじゃないか。白味噌のなかに鮮やかに浮かぶにんじんを見たら、ああやったらこの色が再現できそうと考えているのかもしれない。
「ワークライフバランス」という言葉。
一見、良い言葉のように聞こえます。仕事と生活のバランスを取ろう、と。
でも、この言葉の前提には、「仕事をする時間は×、休む時間は○」という考え方が潜んでいるんです。
仕事は我慢するもの。
休みは楽しむもの。
この2つを分けて、バランスを取りましょう、と。
でも、本当にそうでしょうか。
ナカムラさんが取材した山崎さんという染物職人は、まったく違う生き方をしていました。
働いているときも、休んでいるときも、自分の時間をどこにいてもその働くをしている。「やりたいと思う。もちろん楽しいと思う。ずっと考え続けている」思うのはわからない。一年経っても変わらないし、一生同じかもしれない。
山崎さんは、二十四時間働いているんでしょうか。
そうではないんです。ちゃんと寝るし、休むときもある。遊ぶときもある。
でも、「やりたいと思う。もちろん楽しいと思う」。
だから、ずっと考えているんです。
お正月にお酒を飲んでいるときでも、白味噌の中に鮮やかに浮かぶにんじんを見たら、「ああやったらこの色が再現できそう」と考えているかもしれない。
これは、「仕事」をしているんでしょうか。
それとも、「生活」を楽しんでいるんでしょうか。
もう、その境界線がないんです。
働いているときも、休んでいるときも、すべてが「自分の時間」なんです。
だから、一年経っても変わらない。一生同じかもしれない。
これこそが、「ワークライフバランス」ではなく、「ライフワーク」を生きるということなんじゃないでしょうか。
仕事と生活のバランスを取るのではなく、仕事そのものが生活であり、生活そのものが仕事である。
この境界線のなさが、「生きるように働く」ということなんです。
でも、誤解してはいけないのは、これは「常に働き続ける」ということではない、ということです。
山崎さんも、ちゃんと休んでいます。遊んでもいます。
ただ、その休んでいるときも、遊んでいるときも、すべてが自分の仕事につながっている。
白味噌の中のにんじんの色を見て、染物のことを考える。
でも、それは苦痛じゃないんです。むしろ楽しいんです。
「やりたいと思う。もちろん楽しいと思う」。
この感覚がすべてなんです。
やらされているんじゃない。
やりたいからやっている。
だから、仕事と生活の境界線が消えていくんです。
ナカムラさんが「日本仕事百貨」を通じて出会った人たちは、みんなこの感覚を持っていました。
福島屋の福島さんも、次の世代に食べさせられるものを残したいという想いを持ちながら、日々お店に立っている。
それは「仕事」なんでしょうか。それとも「生きること」そのものなんでしょうか。
もう、その区別がないんです。
「自分ごと」として始まった想いが、「贈り物」として誰かに届けられていく。
そして、その贈り物を届けることが、また自分の生きる喜びになっていく。
この循環の中では、もう「仕事」と「生活」を分ける必要がないんです。
すべてが、自分の時間。
すべてが、自分の人生。
すべてが、ライフワーク。
だから、本書のタイトルは「生きるように働く」なんです。
働くことが、生きることそのものになる。
生きることが、働くことそのものになる。
この境界線のない状態を、一人ひとりが作っていく。
それが、現代を生きる私たちに求められていることなんじゃないでしょうか。
「ワークライフバランス」という言葉に惑わされることなく、自分なりの「ライフワーク」を見つけていく。
「自分ごと」として何を大切にしたいのか。
「贈り物」として誰に何を届けたいのか。
この2つを問い続けながら、目の前の人に応え続けていく。
そうすることで、仕事と生活の境界線は自然と消えていくんです。
そして、気づいたら、すべてが自分の時間になっている。
すべてが、生きることそのものになっている。
これこそが、「生きるように働く」ということなんです。
働くことを考えてみるには、こちらの1冊「働くは、自分を見つめること!?『新装版 ほぼ日の就職論。「はたらきたい。」』ほぼ日刊イトイ新聞」もおすすめです。ぜひご覧ください。

まとめ
- 仕事の2つのスタート地点――仕事には「自分ごと」として始まるものと、「贈り物」として形づくられていくものという2つのスタート地点があります。どちらか一方だけでは仕事は続いていかず、この2つを行き来することで、本当の意味での仕事が生まれていくのです。
- 「目の前の人」に応え続けること――福島屋の実践が示すように、目の前の人に応え続けることで、自分・作り手・顧客が同じ方向を向くことができます。部門の垣根や組織の壁を超えられるのは、この3つが一致しているからです。
- ワークライフバランスからライフワークへ――仕事と生活のバランスを取るのではなく、働くことと生きることの境界線を消していくこと。すべてが自分の時間であり、「やりたい」と「楽しい」という感覚の中で過ごすこと。それが、一人ひとりのライフワークを作っていくということなのです。
