意味から戦略へという本質。——「見えないものを読む経営」第25話

意味から戦略へという本質。——「見えないものを読む経営」第25話の手書きアイキャッチ

この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール


ひとつの居酒屋の物語を、4話にわたって辿ってきました。

純米酒280種類をそろえた店が、なんでも居酒屋になっていた。 社長の原体験が言葉になった。 意味を取り戻したとき、戦略が立ち上がった。

この連鎖を振り返りながら、私はずっと考えていました。 なぜこういうことが起きるのか。 意味が言葉になると、なぜ戦略が自然に見えてくるのか。

今回はその問いに、少し丁寧に向き合ってみたいと思います。


まず、起きたことを整理します。

社長は、5年間迷っていました。 何を前に出すべきか。 どんなサービスにすべきか。 誰に来てほしいのか。

答えが出ないまま、目の前のことに引っ張られ続けた。 しゃぶしゃぶも出した。蕎麦も出した。飲み放題も始めた。 ひとつひとつは悪い判断ではなかったけれど、 積み重なるうちに、店の顔がどこにもなくなっていった。

そして原体験が言葉になったとき、すべてが変わりました。

トップ画像を日本酒に変えた。 唎き酒放題を始めた。 従業員に「好きな日本酒を飲んでいい」と伝えた。 お客さんにヒアリングをした。

これらは、誰かが外から持ち込んだアイデアではありません。 意味が言葉になったとき、自然に出てきたものでした。

なぜか。

判断の基準が、生まれたからです。

「この店は、日本酒を通じて人が出会う場だ」

この一文があれば、判断できます。

しゃぶしゃぶは、その意味に沿っているか。 飲み放題という形は、出会いを演出できるか。 従業員の接客は、その体験につながっているか。

意味は、判断の軸です。 軸があれば、戦略は自然に立ち上がります。 軸がなければ、いくら考えても、決め手がない。


ここで、ひとつのことを考えてみたいと思います。

この居酒屋の変化を見ていて、私が気づいたことがあります。

意味が言葉になった後、お客さんの行動も変わりました。 純米酒のファンが口コミで来るようになった。 「新しい銘柄と出会いたい」という目的を持った人が集まってきた。

なぜお客さんは動いたのでしょうか。

価格が安くなったわけではありません。 立地が変わったわけでもありません。 広告を大量に打ったわけでもない。

変わったのは、店が発するメッセージでした。 そしてそのメッセージが、あるお客さんの中にあった何かと、 ぴったり重なったのです。


人は、欲望を持っています。

ここで言う欲望とは、単純な欲しいという気持ちではありません。 もっと深いところにある、「こうありたい」「こういう体験をしたい」 という、内側からの動きです。

純米酒のファンには、純米酒のファンとしての欲望があります。 新しい銘柄を知りたい。 造り手のこだわりに触れたい。 同じ好みを持つ人と話したい。 日本の文化としての日本酒を、深く楽しみたい。

あるいは日本に駐在している外国人には、 日本の文化に本当の意味で触れたいという欲望がある。 観光地ではなく、日常の中で、日本人と同じテーブルを囲みたい。 言葉は完全には通じなくても、何かで心がつながる瞬間を持ちたい。

そういう欲望は、すでにその人の中にある。 誰かが植え付けたものではない。


ここが、重要なところです。

強いブランドは、欲望を煽りません。 欲望を正当化します。

「あなたが感じているその欲望は、本物だ」
「それを求めてここに来ていい」
「ここは、その欲望が満たされる場所だ」

そう伝えることが、ブランドの本質的な役割です。

この居酒屋は、変化した後、まさにそれをやっていました。

純米酒を深く楽しみたいという欲望を持っている人に、 「あなたの欲望は正しい。ここに来てください」と伝えた。

日本酒を通じて人と出会いたいという欲望を持っている人に、 「その体験は、ここで得られます」と伝えた。

だから人が動いた。 背中を押されたから動いたのではなく、 「自分が求めていたものが、ここにある」と気づいたから動いた。


欲望を煽るマーケティングと、欲望を正当化するブランディングは、 似ているようで、まったく違います。

欲望を煽るとは、その人の中にまだない欲しいという気持ちを、 外から刺激によって生み出すことです。 限定品です。今だけです。他の人も買っています。 そういった仕掛けで、購買を引き出そうとする。

それは短期的には機能することがあります。 しかし長続きしません。 刺激がなくなれば、欲望も消える。 その人との関係は、取引の繰り返しにすぎない。

欲望を正当化するとは、まったく違う動きです。 その人がすでに持っている、深いところにある欲望に気づいて、 「それは本物だ」と肯定することです。

そのとき、人は単なる顧客ではなくなります。 「この店は、私のことをわかってくれている」 「ここに来ることに、意味がある」 そう感じ始めます。

そうなったとき、関係は取引を超えます。 その人はファンになり、仲間になり、 ときにはこちらが頼んでもいないのに、 口コミで広めてくれるようになります。

この居酒屋の常連客が、まさにそうでした。 社長に意見を求められたとき、喜んでヒアリングに応じた。 店のアイデアを一緒に考えた。 知人を連れてきた。

それは、価格が安いからでも、 アクセスが便利だからでも、 広告が上手だったからでもありません。

自分の欲望が、この場所で正当化されていると感じたから。 ここに来ることに、意味があると思えたから。


意味から戦略が立ち上がるとはどういうことか。

この話の流れを通して、少しずつ見えてきたと思います。

意味とは、「なぜこの事業をするのか」という問いへの答えです。 それは多くの場合、創業者や経営者の原体験の中にある。

その意味が言葉になると、判断の基準が生まれます。 何をすべきで、何をすべきでないか。 誰に届けるべきで、誰に届けなくてよいか。 その問いに、迷わず答えられるようになります。

そして意味が外に伝わったとき、 その意味と共鳴する欲望を持った人が集まってきます。 その人たちの欲望を正当化することで、 関係は取引を超えて、つながりになります。

つながりが深まると、組織の内側でも変化が起きます。 従業員が、自分の言葉で仕事を語れるようになります。 お客さんが、仲間のように関わってくれるようになります。 外部の協力者も、一緒に考えてくれるようになります。

戦略は、こうした連鎖の中から立ち上がります。 誰かが机の上で考えた計画ではなく、 意味を共有した人たちの行動の積み重ねとして、形になっていく。


ここで、ひとつ確認しておきたいことがあります。

意味があれば、戦略は要らないのか。 分析は不要なのか。

そういうことではありません。

分析は必要です。 市場を知ること、競合を知ること、顧客を理解すること。 それらはどれも、大切な仕事です。

しかし順序があります。

分析は、意味を実現するための手段です。 「この意味を、どうやって届けるか」を考えるための道具です。

意味がない状態で分析を始めると、 何のための分析かが、わからなくなります。 数字は集まる。情報は増える。 しかし、どこに向かうかが決まらないから、 判断ができない。

この居酒屋の社長も、5年間それをやっていました。 目の前の情報に反応しながら、判断を重ねてきた。 しかし意味がなかったから、判断に一貫性がなかった。

意味が先にある。 分析は後に来る。 戦略は、最後に立ち上がる。

この順序を間違えると、どれだけ優れた分析をしても、 どれだけ精緻な戦略を描いても、 組織は動きません。

なぜなら、人は戦略ではなく、意味で動くからです。


第4章を通して、ひとつの問いを考えてきました。

読んだ意味を、戦略にどう変えるか。

その答えは、シンプルです。

意味を言葉にする。 言葉になった意味を、判断の軸にする。 その軸に沿って、ひとつひとつの行動を決める。

戦略とは、その積み重ねの結果として現れるものです。

つくるものではなく、立ち上がるもの。

この居酒屋の物語が、そのことを静かに教えてくれていると思います。


次の章では、意味が個人を超えて組織へと広がるとき、 何が起きるのかを考えていきます。

ひとりの人間の意味が言葉になることで、 周囲の人の中にある意味と響き合い始める。

その共鳴の瞬間を、いくつかの現場から辿っていきます。


この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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