この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
原体験が言葉になった後、この店は変わり始めました。
劇的な変化ではありませんでした。
しかし、確かな変化でした。 ひとつの変化が、次の変化を引き出していく。
そういう連鎖でした。
最初に変わったのは、食べログのトップ画像でした。
しゃぶしゃぶの写真が、日本酒の写真に変わりました。
これを読んで、「当たり前ではないか」と思う人もいるかもしれません。 日本酒の店なのだから、日本酒を前に出すのは当然だ、と。
しかしそれが5年間、できていなかった。
なぜできなかったか。 「何を前に出すべきか」という判断の根拠が、なかったからです。
しゃぶしゃぶもある。蕎麦もある。ビールもある。 それらを否定する理由が見当たらなかったから、 どれを前に出すべきかも、わからなかった。
意味が言葉になったとき、初めてその判断ができました。 「この店は日本酒の店だ」という確信が生まれた。 だからこそ、迷わず変えられた。
小さな変化に見えますが、これは大きな転換でした。 判断の基準が、生まれた瞬間でした。
次に変わったのは、サービスの形でした。
「飲み放題」から「唎き酒放題」へ。
280種類の純米酒を、ただ飲むのではなく、 銘柄を比べながら、味を聞きながら、楽しんでもらう形に変えました。
これも、意味が言葉になったから生まれたアイデアでした。
この店が届けたいのは、新たな日本酒との出会いだ。 そう確認したとき、「唎き酒放題」という言葉は自然に出てきました。 どこかから持ってきたアイデアではありません。 意味に沿って考えたとき、そうなるしかなかった。
「出会い」を演出するなら、ただ飲み放題では足りない。 銘柄を知る。味を比べる。自分の好みを発見する。 そういう体験をつくることが、この店の役割だと気づいた。
ひとつの言葉が決まると、サービスの形が見えてくる。 そういうことが、ここでも起きていました。
そして、接客が変わりました。
社長が従業員に伝えたことは、シンプルでした。 「シフトに入ったら、好きな日本酒を飲んでいい」
試飲しながら、味を覚える。 自分が好きになった銘柄を、お客さんに自分の言葉で語る。 それだけでよかった。
従業員たちは、もともと日本酒が好きでした。 この店に入ったことにも、それぞれの理由があった。 しかし「何屋かわからない店」では、 その熱量をどこに向ければいいか、わからなかった。
意味が共有されたとき、従業員の言葉が変わりました。
「このお酒、先週初めて飲んだんですけど、すごくよくて。 普段ジューシーな純米酒が好きな方には、特におすすめです」
「今日のおすすめはこれです。この蔵、去年初めて仕入れたんですが、 造り手のこだわりが面白くて」
自分が飲んで、好きになって、言葉になった。 だからお客さんに届く。
マニュアルから出てきた言葉ではなく、 体験から出てきた言葉でした。
そしてそういう言葉は、お客さんに伝わります。
説明を聞いた客が、「じゃあそれをください」と言う。 飲んでみて、「なるほど、確かに」と言う。
その小さなやりとりの積み重ねが、店の空気を変えていきました。
変化は、客層にも現れ始めました。
日本酒を目的に来る客が、増えていきました。 純米酒のファンが、口コミで来るようになりました。 外国人の駐在員も、少しずつ顔を見せるようになりました。
そして、ある常連客との対話が、さらに大きなヒントをくれました。
社長がその客に「うちの店、どんなときに来たくなりますか」と聞いたのです。 すると、こんな答えが返ってきました。
「新しい銘柄と出会いたいときです。酒蔵めぐりが好きなんですが、 コロナで行けなかったとき、ここで満たせた気がして」
その言葉を聞いて、社長は確信したと言います。
自分がつくりたかった「出会いの場」を、 お客さんはすでに体験していた。 この店には、自分が届けたかったものが、確かにあった。
意味は、外から与えられるものではありません。 すでにそこにあって、言葉になるのを待っている。 お客さんとの対話が、その言葉をさらに鮮明にしてくれました。
数字にも変化が現れました。
客単価が上がりました。 唎き酒放題の価格も、値上げせざるを得なくなった。 それはクレームではなく、それだけの価値があると 感じてもらえるようになったことの表れでした。
やがて、テレビ番組の取材が入りました。 日本酒の特集に、この店が取り上げられることになった。
5年間、何でもある居酒屋として埋もれていた店が、 恵比寿の日本酒居酒屋として、 少しずつ、知られていくようになりました。
私はこの変化の連鎖を見ながら、ひとつのことを確認していました。
戦略は、意味の後に来る。
トップ画像を変えたことも、 唎き酒放題を始めたことも、 従業員の接客が変わったことも、 どれも誰かが外から持ち込んだアイデアではありませんでした。
意味が言葉になったとき、 その意味に沿った判断が、自然に生まれてきた。
何を前に出すべきか。 どんなサービスにすべきか。 従業員に何を伝えるべきか。
答えは、もともと意味の中にありました。 意味が言葉になったことで、その答えが見えるようになった。
戦略は、つくるものではありません。 意味が言葉になったとき、おそらく自然と立ち上がるものです。
社長は、その後しばらくして、病気で亡くなりました。
志半ば、という言葉では足りないほど、 やり残したことがあったと思います。
しかし、言葉になった理念は残りました。 なぜこの店をつくったのか。 何を届けたかったのか。 その原体験から生まれた言葉が、残りました。
息子さんが、店を引き継ぎました。
偶然のことではありましたが、 息子さん自身も、海外での駐在経験を持っていました。 父親が中国で経験したことと、重なる体験を持っていた。
だからこそ、父が言葉にしたものが、自分のものとして受け取れた。
「この店が何のためにあるのか」を知っていたから、 引き継いだあとも、同じ方向に向かって進んでいけた。
意味が言葉になることで、それは人を超えて受け継がれる。
この店の物語は、私にそのことを、改めて教えてくれました。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
