見えないものを『文脈』で読む。——「見えないものを読む経営」第19話

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この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール


私が広告の仕事をしている中で、ずっと好きなコピーがあります。

ANAの新聞広告に書かれた言葉です。

「きたえた翼は、強い。」

このコピーが掲載されたのは、2011年のことです。東日本大震災が起きた年でした。多くの企業が萎縮し、広告を自粛する空気が漂っていたあの時期に、ANAはこの言葉を新聞に載せました。「この厳しい時代に、それでも胸を張り立ち向かうあなたの、いっそうたのもしい味方になれることを」という一節には、震災後の日本社会全体への眼差しが込められています。

しかしこのコピーが届くのは、その時代背景だけが理由ではありません。もっと深いところに、このナラティブの力があります。

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ANAの創業は、1952年。たった2機のヘリコプターからの出発でした。

日本の航空業界には、当時から大きな存在がありました。JAL、日本航空です。国の後ろ盾を持ち、国際線を独占し、まさに「国策会社」として君臨していた。それに対してANAは、純粋な民間企業として産声を上げました。資本も規模も、比べものにならない。それでも、空を飛びたいという夢だけは、負けていなかった。

国策会社と民間会社。この構図は、ANAにとって長年の宿命でした。国際線への参入が認められたのも、創業から随分と経ってからのことです。その間ずっと、ANAは国内線で力を蓄え、翼を鍛え続けてきた。

「きたえた翼は、強い。」というコピーは、この歴史を知っている人には、まったく別の重さで届きます。


広告の本文には、創業の話が書かれています。たった2機のヘリコプターからの出発。純民間航空会社としての、ささやかなスタート。しかし胸の中にあった、大きな夢。

そこから58年間の歩みが、短い言葉で辿られます。平坦ではなかった道。辛苦。存亡の危機。それでも支えになったのは、創業の日に燃えていた夢の続きと、応援してくれた顧客だった。

事実として見れば、これはひとつの企業の歴史です。しかしこの広告では、その事実が「解釈」として一本の道筋になっています。

なぜ民間企業としてここまで来られたのか。何が私たちを支えてきたのか。
そしてこれから何をしようとしているのか。

過去、現在、未来が、一本の意志でつながっています。


そしてこのコピーが届くのは、ANAの歴史を知っている人だけではありません。

「この厳しい時代に、それでも胸を張り立ち向かうあなたの、いっそうたのもしい味方になれることを」

という一節を読んだとき、多くの人が自分の話として受け取ります。

翼をきたえてきたのは、ANAだけではない。自分もそうだ、と。

これはB2Bのビジネス顧客へのメッセージでもある。震災後に立ち上がろうとしていたすべての人へのエールでもある。国策会社を横目に見ながら民間企業として歩んできたプライドでもある。読む人それぞれの「どうしようもなさ」と、このナラティブが静かに重なります。

事実が解釈になり、解釈がナラティブになり、ナラティブが読む人の物語と共鳴する。

このとき言葉は、情報を超えます。


私はこれを「文脈で読む」ということの核心だと思っています。

企業の現在を理解したいとき、今の数字や戦略だけを見ていても、本当のことは見えてきません。

その企業がどこから来たのか。何を乗り越えてきたのか。どんな選択をしてきたのか。そしてなぜ、今この形をしているのか。

そうした歴史を丁寧に辿ったとき、初めて現在の姿が「解釈」として見えてきます。

これは単なる歴史調査ではありません。点として散らばっている事実を、一本の道筋として読み取る行為です。出来事と出来事の間にある関係性を読む。何が何を生んだのかを読む。そしてその流れの中に、今が置かれているという文脈を読む。


経営の現場でこの視点を持つと、見えてくるものが変わります。

なぜこの会社は、この市場にいるのか。なぜこの技術にこだわり続けているのか。なぜこの顧客との関係が長く続いているのか。

それらの問いに、歴史を辿ることで答えが見えてくることがあります。そしてその答えは、その企業の「どうしようもなさ」の正体であることが、多い。

意味は、現在の中だけにあるのではありません。過去から現在への流れの中に、静かに宿っています。


しかし、歴史を読むだけでは、半分です。

もうひとつの視点が必要になります。それが、未来からの逆算です。

同じことが、未来の視点でも言えます。

未来の社会の姿を仮説として描き、そこから今に向けて逆算する。歴史の延長線と未来からの視線が交わる点に、今やるべきことが浮かび上がる。過去から現在を読む力と、未来から現在を照らす力。このふたつが重なったとき、文脈はより立体的になります。

文脈で読むとは、孤立した事実を見ることではありません。事実と事実の間にある関係性を読むこと。過去から現在への流れを読むこと。そして未来から現在を照らすこと。

その視点が重なったとき、見えていなかったものが、少しずつ姿を現します。


次の話では、もう一歩踏み込みます。

読んだだけでは、意味はまだ眠ったままです。それを引き出すために必要なのが、仮説です。仮説を持って相手に向き合うとき、対話の質がまったく変わります。


この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。

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