この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
私はコンサルタントとして、多くの経営者と向き合ってきました。
会議室でも、現場でも、食事の席でも。そうした時間の中で、いつからか気づくようになったことがあります。
言葉より先に、身体が答えを出している瞬間がある。
ある飲食店の経営者と話していたときのことです。
その方は、MBOを経て独立し、飲食事業を展開していました。店舗の運営は順調で、数字もきちんと出ていました。戦略の話をすれば、明快に答えが返ってくる。優秀な経営者でした。
しかし、どこかしっくりこないものがありました。言葉にはできない、小さな違和感です。
しばらく話を聞いているうちに、その方の目がふと輝く瞬間がありました。醸造の話をしたときでした。
実はその方、もともとビールの醸造所をやりたかったのです。地域の人に、できたての醸造ビールを鮮度そのままで飲んでもらいたい。それだけビールが好きだった。しかし創業時は会社の新規事業として始めたため、オーナー社長の方針に従わざるをえなかった。気づけば飲食店になっていた。
そして飲食店として優秀であろうと、ずっと努力してきた。
他人の靴で、歩き続けていたのです。
「本当にやりたいことを、聞かせてください」と言ったとき、その方の目が変わりました。言葉より先に、目が答えていました。
目は口ほどにものを言う。古い言葉ですが、これほど正確な表現はないと思っています。人は言葉で嘘をつけても、身体では嘘をつけない。目の輝き、声のトーン、前のめりになる姿勢、止まらなくなる言葉の速度。そうしたものが、その人の本音を静かに教えてくれます。
もうひとつ、身体的な直感について話したいと思います。
広告会社にて、あるプロジェクトをゼロから立ち上げようとしていたときのことです。
チームの中にはさまざまな強みがありました。それぞれのやりたいこと、できること、ノウハウ。しかしそれらはバラバラで、まだ形になっていなかった。
あるとき、ひとつのキーワードが降りてきました。
理屈で考えたのではありません。むしろ、既存の枠組みを一度外して、自由に発想していたとき、ふっと出てきたものでした。そのキーワードは、N1(生活者ひとりひとり)の声、戦略的PR、インサイト、それらを串刺しにできるものでした。チームに持ち帰ると、みんなが「それだ」と言った。
論理的に正しいから賛同されたのではありません。何かが、みんなの中の何かに触れたのだと思います。
後にそのキーワードは商標登録し、大企業や中堅企業に提供できるソリューションになりました。あの直感の瞬間がなければ、存在しなかったものです。
直感とは、根拠のない思いつきではありません。それまでの経験や観察が、身体の中に蓄積されたものが、ある瞬間に一気に形になる現象だと、私は思っています。そしてそれは、論理で追いかけているときではなく、少し力を抜いたときにやってくることが多い。
身体を動かすことと、思考の質の関係については、面白い話があります。
スティーブ・ジョブズは、大事な話をするとき、歩きながら行うことを好んでいたと言われています。マーク・ザッカーバーグは、フェイスブックの社屋の屋上に、従業員が自然を感じながら歩けるトレイルを整備しました。
スタンフォード大学の研究によれば、座っているときより歩いているときの方が、創造性のスコアが平均六十パーセント高かったという結果が出ています。歩くことは、既存の枠にはまらない発散的な思考力を特に高めるとされています。
なぜでしょうか。
身体を動かすことで、脳は適度にリラックスします。強い覚醒状態から解放されたとき、それまで意識の下に沈んでいたものが、ふっと浮かび上がってくることがある。会議室で正面から考え続けていると見えなかったものが、歩いているときに見えてくる。
これは偶然ではないと思っています。思考は頭の中だけで起きているのではなく、身体全体で起きているのかもしれません。
見えないものを読むとは、情報を分析することではありません。
言語化される前の何かを、身体で受け取ることです。
相手の目を見る。声のトーンを聴く。場の空気を感じる。あるいは、自分自身の直感に耳を澄ます。そうした身体的な感覚を、思考の入口として大切にすること。
言葉になっていないものは、多くの場合、まず身体に届きます。
だからこそ、読む力を育てるためには、身体の感度を保つことが必要なのだと思っています。
次の話では、もう一段深く入ります。
個々の言葉や身体反応だけでなく、人と人の関係性、組織の歴史、そして未来からの視点。そうした文脈の中に置いたとき、見えてくるものがあります。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
