この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
資料を読む。数字を見る。言葉を聞く。
しかし、本当に重要なものは、そこには書かれていないことが多い。むしろ、言語化すらされていない形で、確かにそこに存在しています。
今回は、言葉や数字の前に、身体が何かを感じ取るという経験について話します。飲食店の汚れと、神棚。ふたつのエピソードから考えてみます。
前の話で、診断士試験の「書かれていないことを書く」という考え方に触れました。
しかし実際の経営現場では、もう一歩先があります。
書かれていないことを読む。そもそも言葉になっていないものを読む。資料にも、数字にも、言葉にも現れていない何かを、身体で感じ取る。
そういう場面が、現場には確かにあります。
支援先の飲食店を訪れたとき、最初に気になったのは、言葉でも数字でもありませんでした。
店内の汚れです。
厨房の隅に積み重なった什器。テーブルの脚についた油汚れ。トイレの隅のくすみ。どれも、営業に直接支障があるほどではありません。しかし、確かにそこにある。
私はそのとき、財務の資料をまだ見ていませんでした。しかし直感的に思いました。この店は、売上が厳しいのではないか、と。
後で数字を確認すると、やはりそうでした。
クレンリネス、つまり清潔さと衛生管理は、飲食店の基本中の基本です。それが行き届いていないということは、日々の業務の中で「当たり前のことを当たり前にやる」という感覚が、少しずつ緩んでいるということです。その緩みは、接客にも、料理の質にも、じわじわと滲み出ていく。売上の低迷は、その結果として現れていました。
考えてみれば、当たり前のことです。毎日の掃除は、誰かが意識して動かなければ続きません。続けるためには、その場所への誇りが必要です。誇りは、仕事への姿勢に滲み出ます。クレンリネスとは、清潔さの問題ではなく、組織の姿勢の問題なのです。
汚れは、組織の状態を映す鏡でした。
一方で、こんな経験もあります。
ある小さな広告会社を訪ねたとき、オフィスの一角に、丁寧に整えられた神棚がありました。
榊は新しく、お供えもきちんとされている。埃ひとつない。誰かが毎日、手を入れているのだということが、すぐにわかりました。
その会社の社長は、意識の高い方でした。話を聞いていくと、すでに後継者も決まっていて、従業員との関係もとても良い。長く続いてきた会社の空気が、オフィス全体に漂っていました。
神棚を見たとき、私はそのすべてを言葉で説明される前から、なんとなく感じていました。この会社は、大切にされている、と。
小さなことかもしれません。しかし、毎日誰かが手を入れ続けているという事実は、その会社の中に「大切にする」という習慣が根付いていることを示しています。習慣は文化になります。文化は、組織の強さになります。
神棚には、鏡が置かれています。
神道では、鏡には特別な意味があります。神様は遠くにいる存在ではなく、人の心の中に宿るという考え方があります。だからこそ鏡は「自分の心を映すもの」とされている。参拝とは、神を見る行為ではなく、自分自身を見つめる行為でもあると言われます。
その会社の神棚を見たとき、私はふと思いました。
見えないものを読むとは、外にあるものを読むだけではないのかもしれない。自分自身の内側を、鏡のように映し出す行為でもあるのかもしれない、と。
神棚は、その会社が「見えないものを大切にしている」という姿勢の、静かな現れでした。
数字には出てこない。資料にも書かれていない。
しかし確かにそこにある、組織の誠実さと継続性の気配。
ふたつのエピソードに共通しているのは、言葉や数字の前に、身体が何かを感じ取っていたということです。
私たちは現場に入ったとき、意識するかどうかに関わらず、さまざまな情報を五感で受け取っています。
空気の温度。音の質。人の動き。匂い。整理されているかどうか。誰かが目を合わせてくれるかどうか。
これらは、資料には書かれていません。しかし組織の状態を、雄弁に語っています。むしろ、資料や数字よりも正直かもしれません。数字は操作できます。言葉は取り繕えます。しかし、場の空気や人の動きは、なかなか嘘をつきません。
「書かれていないことを読む」とは、文章の文脈を読むだけではありません。
そもそも言語化されていない情報を、五感を通じて感じ取るということでもあります。
診断士試験で学んだ「文脈を読む力」は、現場では「身体で読む力」へと深まっていきます。
言葉の裏を読む。数字の奥を見る。そして、その場の空気を感じ取る。
見えないものを読むとは、頭だけでなく、身体全体で場に向き合うということかもしれません。
次の話では、こうして読み取ったものを、どのように言葉にしていくか——言葉にすることの意義について考えていきます。
クレンリネスが行き届いていない飲食店は、やはり売上が厳しかった。丁寧に整えられた神棚がある広告会社は、組織としての誠実さと継続性を持っていました。
どちらも、資料には書かれていませんでした。しかし確かにそこにあった。五感を通じて感じ取ることで、言葉や数字の裏側にある本質が見えてくることがあります。
次回は、「言葉にしなければ、沈んでいく。」——感じ取ったものを言葉にすることの意味について考えます。
この記事を書いた人:増田 浩一(増田みはらし書店 店主/中小企業診断士)プロフィール
ビジョン思考・組織・ブランド・生き方について、良書とともに探究しています。
